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橋本惠氏の『イワクロ.COM~岩畔豪雄(いわくろひでお)と日米諒解案~』(↓)
http://www.iwakuro.com/index.html
は偶然見つけたサイト(オンライン書籍)でしたが、史実を丹念に調べ上げている力作だと思われます。が、今回の質問の趣旨は内容そのものから外れますので、詳細はサイトをご覧頂くものとして、私がこのサイトを読み、凄いと思った点は、著者が医師であり、自然科学に携わる方ならではの科学的な視点で歴史を捉えている点でした。

それは、著者の言葉を借りれば、25年程前に日本で起こった「エイズ薬害禍であるが、日米交渉の挫折と以下の諸点で相似形を呈している。

(1) 正規の手続きを踏んでなされた国家的規模の過ちであるという点。
(2) 施策が間違った方向へと進路をとるにあたって特異なキャラクターのキーマンが介在しているという点。
(3) キーマンの倣慢さが政府機関の意志決定を制度的にも心理的にも席巻しているという点。
(4) 過ちが明らかになるに従って徹底的な隠蔽工作がなされたという点。」

ということです。(あとがき―私がこの本を書いた真の理由―より)

エイズ薬害禍と日米交渉の挫折――。一見何ら関連性のなさそうな2つの歴史的事実の間には実に驚くべき「相似形」が存在しているという著者の鋭い洞察力こそ、まさに自然科学で言う所の、事実を観察し、異なる事象間に存在する共通項を括り出し、そこから帰納的に規則性、法則性を導き出したことにあるように思われます。

ところで、史観(=歴史哲学?)というと、私には、唯物史観(史的唯物論?マルクス主義史観?)や皇国史観、あるいは終末思想や末法思想といった宗教的史観(?)くらいしか思い浮かばないのですが、いずれも特定のイデオロギーや宗教が色濃く反映されていて、到底、科学的なものとは思えません。

安政の大獄で刑死した福井藩士・橋本左内は、死の少し前、西郷隆盛や川路聖謨に対し、「日本がロシアと結べば必ずイギリスと戦争になる。イギリスと結べば必ずロシアと一戦交えなくてはならなくなる」と言ったそうです。その40数年後の1902年、日本はイギリスと日英同盟を結び、これを梃子に日露戦争を始めました。当時20歳を少し上回っただけの青年・橋本左内にどうして40数年後の未来が見えたのか――。

これはあくまでも推測ですが、おそらく彼は国内外の情勢だけでなく歴史にも通暁していたのではないか、そしてそこからある種の普遍的法則を彼独自の視点で帰納的に導き出していたからこそ未来が予測できたのではないかと思われます。

上述の橋本氏にしろ橋本左内にしろ、特定の史観とは全く無縁です(橋本左内は開国派であったため皇国史観からは自由でした)。再び橋本氏の言葉を借りれば、「歴史というものがしばしば言われる『歴史観』というような言葉で代表される、固定的な観念や概念でとらえられるようなものではなく、常にあらゆる可能性、流動性をはらんで進行してきたものであり、今現在も進行しつつあるものだ」と同氏が述べておられることからも明らかです(HOME―サイト立ち上げにあたり―より)。

考古学そのものを否定するつもりは毛頭ありませんが、歴史を学ぶことは、過去の膨大な情報量の中から、あたかも遺跡や土器を発掘するかのごとく細かい事実を穿り返すことではないように思われます。歴史を学ぶ意義は、まさに橋本氏や橋本左内のように、過去の事実から自然科学的探究によってある種の普遍的法則を見出し、それによって混沌とした現在を解析し、そして未来をも予測可能なものにすることにあるのではないかと思われます。

ところで、歴史には、史観(=歴史哲学?)以外に、自然科学における「普遍的法則」といったようなものは存在するのでしょうか?また、もし存在するとしたら、それはどのような歴史的事実を伴って表出したのでしょうか?それを通じて現在、そして未来をどのように解析することが可能なのでしょうか?また、そういったことを専門的に研究している方はいらっしゃいますでしょうか?あるいはこういったことに関する文献をご紹介頂いても結構です。よろしくお願いします。

A 回答 (15件中1~10件)

ある程度は繰り替えされます。



まんねりすれば飽きるように、腐敗、変革が繰り返すと思います。

また、ローマ、チンギスハーン、ゲルマン民族大移動など、ポイントはあるでしょう。

今は、惰性で止めれないのかもわかりません。

この回答への補足

ちょっと不確かな知識で申し訳ありませんが、たしかカール・マルクスだったと思うのですが、「歴史は繰り返される、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」と言ったような気がします。悲喜劇の部分は私には本当かどうかよく分かりませんが、確かにおっしゃる通りある程度は繰り替えされているとは思います。それが具体的にどういう形で繰り返されるのか、あるいは繰り返されてしまうのか、ということを教えて頂けませんでしょうか?よろしくお願いします。

補足日時:2008/02/20 22:08
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/02/20 22:14

橋本氏の論は


「人間って、こんなもんだよな」
程度と思います。
自然科学であるとすると、反証可能性を持たなければなりません。
歴史は単一生成されるので、やり直しができないとう理由で「反証可能性がない」と思います。

ちなみに 「一度目は悲劇で二度目は喜劇」はご指摘のようにマルクスで、ナポレオン一世とナポレオン三世の事を示します。おかげで、ナポレオン三世は暗愚の皇帝と評価されちゃいました。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

確かに、おっしゃる通り、自然科学であるとすると、反証可能性が必要条件となりますね。そして歴史は単一生成されるので、やり直しができませんから、「反証可能性がない」歴史は自然科学とは言えず、従ってそこにはいかなる法則も存在し得ない、という結論が導き出されるのではないか、と思われます。

お礼日時:2008/02/21 14:44

歴史の再現性というか必然性に関しては


歴史の方程式―科学は大事件を予知できるか (単行本)
という書籍ではいかがでしょうか?

橋本左内の場合、中国の史書からの類推です。
中国戦国時代で言えば、東西の強国である、秦と組めば斉と戦うことになり、斉と組めば秦と戦うことになるという、中原国家の歴史的な事実からの推測でしょう。歴史学というよりも地政学かな
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございました。

ご紹介頂いた本は面白そうですね。探してみます。

また、橋本左内の予測の源泉が中国の史書からの類推というのは大変興味深い事実でした。私はてっきり、彼はヨーロッパの歴史も勉強していたのではないかと推測していました。大変勉強になりました。

お礼日時:2008/02/21 14:49

>過去の事実から自然科学的探究によってある種の普遍的法則を見出し、それによって混沌とした現在を解析し、そして未来をも予測可能なものにすることにあるのではないかと思われます。



確かにお説ごもっともでありますが、おっしゃられていることを実践しているのが経済学であり、天気予報であり、株価予想であると思います。これらの学問はまさに過去の事実を積み重ねて未来を予想しますが、ま、お天気なんかある程度は正確に予想できますがそれだってせいぜい数日先のことで、一週間や一ヶ月先なんてぜーんぜん当たらないわけです。なぜかっていうと「未来の予想には不確定要素が多すぎる」からです。歴史というのは多くの人間が、それぞれの利害と思惑と野望により紡がれ、神様の振る気まぐれなサイコロによって方向が歪められるものです。

ご指摘の諸氏もあくまで「過去の出来事がこれとこれが該当した」と意地悪な言い方をすれば後知恵で繋げているといえなくもないわけです。では諸氏も「これからの日本はどうなると思いますか」については全く予測することは不可能だと思います。

野球の試合なんかで「7回のバント失敗がターニングポイントだった」なんてよく解説されますよね。でもあれは試合が終わった後だから「あの7回のバント失敗が・・・」といえるわけです。その試合中に7回にバント失敗しても「だから試合は負ける」と決まったわけではないですよね。ひょっとしたら誰かが逆転のホームランを打つかもしれないし、相手のリリーフ投手が思わぬ大乱調で試合がひっくり返ることだってあります。そうなると「あのホームランで流れが変わった」とか「リリーフ投手の乱調が思わぬ伏兵となった」となるわけですよ。

あくまで個人的見解ですが、史学はあくまで「過去を分析するもの」であって「未来を予想するもの」ではないと思います。未来が予想できるなら、占いも自然科学の学問になりえると思いますがどうでしょうか。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

そういうお考えもまた然りだと思われます。例として挙げられた経済学、天気予報、株価予想でふと思い出したのですが、金融工学の分野でブラック=ショールズモデルを理論的に完成させ画期的な業績を上げたとして98年にノーベル経済学賞を受賞したマイロン・ショールズとロバート・マートンの2人が経営に参画したLTCMがロシアのデフォルト(債務不履行)宣言とそれに伴うルーブル暴落により破綻したことはまだ記憶に新しいところです。

ブラック=ショールズモデルは、難しいことを抜きにして誤解を恐れずに簡単に言えば、確率度数分布によって未来を予測しようという大胆な試みでしたが、ノーベル経済学賞を受賞する頭脳をもってしてもロシアのルーブル暴落までは予測できなかったという意味では、確かにおっしゃる通り「未来の予想には不確定要素が多すぎ」るというご意見はもっともだとも思われます。従って、史学はあくまで「過去を分析するもの」であって「未来を予想するもの」ではないという回答者様のご意見は正しいと思われます。

お礼日時:2008/02/21 15:15

人間に性格があり、企業に企業体質があり、県や町や村に特色があるのなら、それらが構成した国家にも性格のようなものがあると思います。


また、そういった性格や体質が、似たようなことを繰り返す傾向があるなら、国も繰り返す歴史があったり、あるいはその国の歴史や政治には、ある傾向性をみることはできると思います。

また中国は、漢民族の王朝のときは、歴史上で似たような場面で、似たような暴動や陰謀がおきたりしているところもあれば、他民族(元や金・清)が中国を支配する時代では、統治や問題点への対応も異なるので、国の性格とは地理的な国というよりも、誰がその地を支配しているかでもかわると思います。ちょうど問題を起こしてばかり企業も、経営陣が外からはいり総入れ替えすると、企業体質と経営体質ががらっとかわるように。

またアメリカのように、移民を毎年一定量受け入れ、移民が足りないと抽選会も行っているような国では、国民のタイプもさまざまなので、今後どのような歴史をつくり繰り返していくかは見ていくに値します。
たとえば、多くの大陸(中国大陸や欧州大陸)では、長い年月の中で政治的にも民族的にも地域統合と分裂がくりかえされて来ましたが、アメリカも19世紀の南北戦争で国内の分裂と統合が終わり今後まったく分裂が起きない、とは現時点では言えないと思います。

ところで中国人が書いた、下記の本はおもしろかったです。
著者によると、日本の歴史をみると、中国大陸の王朝(政府)と親睦を深めていない時代や国交がない時代のほうが、日本は安定し文化的なものが国内でたくさんうまれている法則性があるというものです。
日本は中国とかかわらないほうがいいともいわんばかりの内容です。

「日中友好」は日本を滅ぼす! 歴史が教える「脱・中国」の法則
石平著 講談社 (2005/7/21) ISBN-13: 978-4062723275

ところでEUが統合の動きを開始した1993年に、イギリスが研究者を集めて20年後のEUの姿がどのようになっているか、要因を分析しながら研究をまとめました。それをBBCがドラマ化して放映しました。

そこでは、90年代の金融市場崩壊を指摘し(欧州の市場としていたが、実際は英国政府と米ヘッジファンドの英国ポンド通貨の売買バトルをきっかけに、タイ、韓国など1997年のアジア通貨危機になった)、21世紀の前半には世界の原油の取り合いを指摘し(現在のオイル高)、2013年にはアメリカは少数民族の数が増えすぎ、有色人種の大統領出現している可能性を指摘していました。オバマが勝てば、これも現実化します。
なお、欧州とアメリカは、今後オイルの権利でこじれて、欧と米のどちらかが爆撃をし衝突(戦争をするとまでは述べていない)、日本は軍を持っており(防衛省)中国の混乱に乗じて中国の沿岸部の経済的に豊かな地域に進出しているだろう、と指摘していました。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

大変興味深い事実をご紹介頂き、とても勉強になりました。

まず中国史に関してですが、確かにおっしゃることは中学・高校で勉強した際強く感じました。その時思ったのは、清朝滅亡後に新たにできたのは共産主義を旗印に掲げる毛沢東という名の皇帝を頂く漢民族の王朝が誕生したに過ぎないのではないか、ということでした。それはロシアにおいても同様で、スターリンという名の新しいツァーがロマノフ王朝のツァーに代わって登場したに過ぎないのではないか、ということでした。

次に日中史に関しては、面白そうなことが書かれていると思いました。ご紹介頂いた本は探してみます。

BBCのそのドラマも観てみたいのですが、番組名は何でしょうか?それが分かれば、もしDVDになっていれば探せるかもしれませんので。

お礼日時:2008/02/21 15:34

地域によってはありますね。


例えば中国王朝史は、成立・統一→中央集権化を目指す政策推進→宦官らの台頭による政治腐敗の進行→農民反乱→滅亡の繰り返しです。
イスラーム世界の拡大期には、各地域で様々な王朝が興亡を繰り広げましたが、その興亡はある程度同じ期間で繰り返されいていました。
遊牧世界では、有力騎馬民族がオアシス都市を占領支配して定住化すると、その後また他の有力騎馬民族がそのオアシス都市を占領支配するという繰り返しでした。
また同じく遊牧世界では、カリスマ的リーダーが出現すればそのもとに軍事力が一気に集結し、大帝国を築き上げるが、そのリーダー不在となるとその大帝国もあっという間に消滅するという歴史もあります。

この回答への補足

質問門ですが、回答者様は「歴史の反復性」は地域性があると指摘されておられますが、逆の言い方をすれば、地域によってはこうした「歴史の反復性」がない、ということになるのでしょうか?

補足日時:2008/02/21 15:39
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

大変興味深い事実をご紹介頂き、厚くお礼申し上げます。

お礼日時:2008/02/21 15:38

文系です。



この分野で著名なのは、カーという人が書いた「歴史とは何か」というそのものずばりの本で、岩波新書で手に入ります。これがまず、勉強のスタート地点としては、優れているでしょう。彼の理論によると、歴史とは現在と過去の対話であり、過去の事象は現代人の意識の枠組み内部でしか理解ができず、時代や状況に応じて、過去の事象の評価は変わってくるということになります。マルクスの場合は、同じ現象を、「意識が存在を規定するのではなく、存在が意識を規定する」という言い方をします。ようは生れ落ちた環境によって、人間の思考様式は大きな影響をうけてしまうというわけです。

歴史を貫く法則があるかと言われたら、強引に「ある」と言い切ったのはヘーゲルという哲学者です。歴史とは、人類社会がどんどんと自由なものになっていくプロセスだというわけです。これを単純化し、アメリカのネオコン思想に適合させ、すでに世界はアメリカ同様の自由社会になっているのだから、歴史は既に終わっているという意見を表明したのが、フランシス・フクヤマという人です。

過去の歴史から経験則を学ぶと、確かに、現代社会の現象も理解し易くなります。このあたりがアメリカ人に欠けている能力で、彼らは高々200年程度の歴史しかもたないため、過去の歴史に学ぶという態度に欠けているのです。第二次世界大戦後の日本の戦後処理において、江戸時代から残存していた地主・小作人関係を一掃し、多数の自営小作農民を作り出すという農地解放をやっています。しかし、GHQはこの時、フランス革命の前例があったことに気がついていなかったのだと思います。すなわち、土地をもらった農民は必ず保守化し、それ以上の民主化を望まなくなり、ナポレオン独裁の支持者となってフランス革命を止めてしまったということに。日本の場合、かつては共産党支持だった農民が、一斉に自民党支持に切り替わり、自民党的な地域密着型・利益誘導型政治を生み出したという、悪い副作用を発生させてしまったのです。

理科系の世界でも、法則とは言っても実は不十分なものであり、後に、それを含んだより高度な法則が提案されるということはありますよね。ニュートン力学から相対性理論への進化は、まさにそのようなものです。理科系学問においても、法則というのは絶対のものとは言えません。このレベルのものであっても理科系の人たちは法則は存在すると主張するわけですから、だったら歴史にも同じ程度のレベルの法則は存在すると、文系からは主張することが出来ます。そして、私がベースとしているヘーゲルという哲学者の場合、次のような理論があります。「現実的なものと、理性的なものは必ず一致する。理論と現実は違うなどといっている人は、単に偏見にとらわれているだけだ。偏見にとらわれない意識と同様、あらゆる哲学は現実的なものと理性的なものは一致するという確信からスタートするのである」。そう、明確に、社会科学の分野においても、法則は存在するとしている立場の人なのです。これは「法の哲学」という本の序文で明確に表明されているもので、のちにマルクス主義者が誤解し、「ヘーゲルは現実に存在する間違った社会体制を、理性的なものであるとして肯定する保守反動だ」という説をばらまいてしまったのです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

大変興味深い内容のご回答で、眼から鱗が落ちる思いが致しました。

まず、E.H.カーはその名は知っていても内容まで踏み込んだことはありませんでしたので、今回のご説明で大変よく分かりました。

しかし、今回の回答者様のご回答の中で最も興味をそそられたのは、ヘーゲルに関するとても分かり易いご説明でした。私の以前の知識では、まず弁証法の産みの親である、ということと、ヘーゲル哲学は神の存在と密接だということから、キリスト教色の強いものだという偏見がありました。ですから、今回の回答者様のご説明により、ヘーゲル哲学に対する認識が全く変わりました。

アメリカの対日占領政策についても、歴史から学ばないとどうなるかという実証例を詳細かつ平易にご説明頂き、誠にありがとうございました。

自然科学の分野でも、おっしゃる通りニュートンの古典力学からアインシュタインの相対性理論へと「法則」そのものが進化しているのですから、絶対不変な法則なるものはあり得ないと思われます。であれば、社会科学でも歴史の「法則」そのものが進化してもよさそうなものではないか、などとふと思ったのですが、いかがでしょうか。

お礼日時:2008/02/21 16:11

高校の世界史の馬渕先生、亡くなられたと訊いているので、哀悼を捧げる意味で、書き込みます。



 世界史は、本の装丁の話から始まりました。表紙、裏表紙、奥付など。さらに改訂や重版。和とじと洋綴じの相違など。こんな話が3回ほどあり、『世界史はいつから始まるのか』と感じ始めたころ、ようやく始まりました。それが強烈。歴史の話をしながら教室を歩き回られるのですが、教科書はとりあえず片手で持たれて広げているだけ。歴史の授業ではなく、物語を聞いている感じで、必死にノートを走り書き。家に帰って清書をすると、大学ノート8冊になりました。
 ノートは、始まりから重要人物、文化も建築物、美術品、科学的なものと、整然していました。そして、喜劇でもあるが(裏切り者などどうしようもない人物がいる)、悲劇の滅びの過程。黒板はほとんど使われず、この繰り返しでした。

>それが具体的にどういう形で繰り返されるのか、あるいは繰り返されてしまうのか、ということを教えて頂けませんでしょうか?よろしくお願いします。
その中で、何度もおっしゃった言葉が「歴史は繰り返す」。ヘロドトスの言葉だそうですが、授業を受けているときは「そんなことはない」と反発していました。しかし、今では自分流には解釈できます。
 授業では、各国の興亡を話されていました。その国がどのようにして始まり、どのような文化があり、そして何故滅んだのか。すなわち、歴史が始まってから、このパターンでない国はありません。平家物語の栄枯盛衰、これを伝えたかったのでは、と思っています。
 日本で言えば、藤原氏、鎌倉氏、足利氏、徳川氏の幕府は、同様のパターンで滅んでいます。300年は続いていません。中国の王朝も、エジプト、イスラム文化も、現在の世界を代表しているとは言えません。長期間続くと、中興の祖なんぞが出てきても、矛盾を取り繕えなくなるからです。
 日本も、アメリカの土地を買い漁り、地球を跋扈していましたが、もう四苦八苦しています。団塊の世代が表舞台から去っていますので、日本の力を延ばせる原動力が見当たりません。
 アメリカも、一人勝ちしているように見えますが、いつまでワガママを言えるかどうか。原水爆で世界を脅しているだけです。
 ちなみに、中国全体が日本並の暮らしをできることはありません。エネルギーから計算すると、現在の日本の100倍のエネルギーを必要とします。石炭が300年ぶん埋蔵されているそうですが、日本並の生活をすると3年で使い切ります。地球温暖化で、アウトでしょう。まったく新しいエネルギーが開発されれば別ですが。

 日本や中国の歴史を見ると、一つの国家、あるいは王朝が栄えるのは、300年が限界、と結論しています。ただ、これからは変るかもしれません。というのは、第二次大戦までは、武力に物を言わせて滅ぼせました。が民主主義が共通認識になると、征服することができないからです。腐ったままの国家がどうなるのか、興味があるところですが。

>そして未来をどのように解析することが可能なのでしょうか?
予言が当たるのではなく、当たった予言が残るのです。外れた予言は、消えていきます。当たる占い、ではなく、当たったものが歴史に残るのです。中国の歴史書には、「この戦いは不利」と占ったのに出陣して負けた、占い師が「この国の母になる」と占って、周囲は笑ったが皇帝の母になった、なんぞが残っていますが、これは当たったから残ったということです(阿刀田高氏の受け売り)。
 この子は、将来横綱になれる、なんぞを予言する人は多くのひとが言いますが、まあ横綱になれるのはほんの一握り。ほとんどの人はハズレです。そうでなければ、プロ野球の評論家がシーズン前に順位予想して、ほとんどハズレルにならないと・・・。阪神ファンの私が、「優勝は阪神」と予想しておけば、阪神が優勝すれば、世間は「よく当たる」と持ち上げてくれます。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

回答者様の恩師の馬渕先生、いいことをおっしゃいますね。私の高校時代の世界史の教師など、ただ教科書を棒読みするだけ。面白くも何ともありませんでした。貴重な体験をされた回答者様が羨ましいです。

「歴史は繰り返す」は、ギリシアの歴史の父・ヘロドトスの言葉でしたか。そして馬渕先生はそのことを実証されるために世界史の授業をされた、というわけですね。私もふと、ある方から伺った、「一度世界史の表舞台に上がった国や文明が滅ぶと、同じ国(文明)は二度と表舞台には登場しない」という法則(?)の話を思い出しました。ちょうどバブルの頃で、もう日本は世界から学ぶものは何もない、と言われていた時代でしたから、その後の凋落ぶりは改めて説明を要しないと思われます。

たった一つだけ、国家300年限界説の例外があるとすれば、それはローマ帝国でしょうか。もっとも、ローマ帝国時代の紋章か何かを、旗のマークだったか何か忘れましたが、それに使ったムッソリーニのファシスト政権が300年どころかその1桁少ない数字さえもたなかったのは、悲劇というより喜劇にさえ思えますが…。

回答者様の現代社会の分析も鋭い洞察力に満ちたものだと感服致しました。また、当たった予言が残り外れた予言が消えるなら、過去に予言されたことは全て当ったことになりますね。やはり洞察力の鋭い方(阿刀田高氏)の物の見方は私のような凡人とは視点が違うなと感心しました。

いずれにせよ、大変貴重なお話を伺えましたことに改めてお礼申し上げます。

お礼日時:2008/02/21 16:47

ANo7 harepandaです。



> 社会科学でも歴史の「法則」そのものが進化してもよさそうなものではないか、などとふと思ったのですが、いかがでしょうか。

歴史の法則が進化するかと言われれば、歴史は何世代にもわたってゆっくり続いていくものものであり、進化は存在しても、後になってみないと、その意味が分からなかった、というケースのほうが多いと思います。過去から学び近い未来を予想することは可能ですが、遠い未来のことを予測するのは非常に困難でしょう。社会の潮流を読み解くための前提が、どのように変化するか予想もつかないからです。たとえば、化石燃料が完全に枯渇する前に、人類が核融合発電を実用化しているか否かによって、社会のありかたは大きく変わるでしょう。核融合は高度な技術につき、開発に成功した国や企業がその能力を独占して特許登録してしまったら、現在以上に、電力輸出という現象が発達するでしょう(現在でも、電力の輸出・輸入をやっている国は、多数、あるのです)。

より広く社会科学全般を考えてみると、昨今のサブプライムローン問題を見ていて、よく感じることがあります。果たして、古典的な景気循環論は、今でも有効なのだろうか?と。

景気循環論自体が複雑な進歩を遂げており、その全体像を、マクロ経済学の専攻ではない私が理解しているわけでもないのですが、どうも、やはり、現実社会に合わなくなっているような気がします。景気循環論は基本的に製造業的な発想からスタートしているからです。すなわち「好景気→生産力増大→市場での商品の飽和→在庫の発生→不景気→生産能力の削減→在庫の消化→また、好景気→また生産力増大…」というのが、景気循環論の基本です。

さて、この景気循環論以前の経済学者の以前には、マルサスのように根暗な人がいて、経済は必然的に悪くなっていく一方だという発想をしていました。しかし、彼の考え方は当たりませんでした。景気循環という現象が、その後、発見されたからです。

そして、古典的な景気循環論は今でも有効なのか、考えて見ましょう。産業界の構造は大きく変わり、製造業が今でもある程度の重要性を持っている事実にはかわりはありません。しかし、新しい現象として、サービス業という、在庫調整の概念がないビジネスセクターが成長してきました。さらには、サブプライムローン問題に見るような、信用力が現実の返済能力を超えて高く設定された金融商品が世界を引っかき回す時代がやってきています。この状況でも、本当に古典的な景気循環論は有効なのだろうか?と、日々、TVの株式市況ニュースを見るたびに思うのです。昨今、「目の前の株価は下落しているが、ファンダメンタルはしっかりしているから大丈夫だ」という立場のアナリストがTVに出るたびに、「でも、そのファンダメンタルっている思想自体が、製造業的な時代遅れの発想なのに、信用力の暴走状態から生じたサブプライムローン問題を前に、ファンダメンタルを語る意味があるのかね?」、と。
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございました。

私も経済学を専門的に学んだことはありませんので、素人の発想でしかコメントできず、大変恐縮なのですが、回答者様が提示された命題、「古典的な景気循環論は今でも有効なのか」に関してははっきりしたことは分かりません。

ただ、アダム・スミスなどの古典派経済学の理論に基づいて「夜警国家論」という政策が採られていたのが、やがて大恐慌後、これではいかんということでケインズ経済学を生み、それがアメリカでルーズヴェルトのニューデール政策として現実のものとなって、その後、ブレトン・ウッズ体制ができて閉鎖的なブロック経済はやめましょう、という、まあ、いうなれば国際版ニューデール政策(?)の下、IMFや世銀なんかができていく。ところが音頭を取ってたアメリカ自身がニクソン政権時代に金・ドル交換制を止めてしまうというスミソニアン合意があって、この国際版ニューデール体制(?)が崩壊してしまう、さらに80年代にはもう国家財政が大赤字になったので「大きな政府」は止めようということで、これに理論的根拠を与えたのは新古典派経済学なのですが、政策としてはサッチャリズムとかレーガノミクスなんかの「小さな政府」を指向するようになる。日本でも小泉政権下で行われた構造改革とか規制緩和なんてのもこの類というわけでして、まあ、ざっと経済の理論と政策の歴史の流れを見てきたわけですが、経済の世界ではまず明確な理論があって、その理論に基づいて政策が実施されているわけですが、歴史の場合、理論というか法則というのが私には見えてこないものですから、今回、質問させて頂いた次第です。

お礼日時:2008/02/21 23:01

過去に『歴史は繰り返す??


よく、「歴史は繰り返す」という言葉を耳にするのですが、実際歴史が繰り返されているなぁと感じるような出来事はありますか? 』と言う質問がありました。

 そのときの回答です。参考までに。

 「歴史は進歩する」という考え方があります。
 なぜなら、科学技術が進歩する以上、同じ状況は起こりえません。

 逆に「歴史は繰り返す」という考え方があります。
科学技術が進歩しても、人間の心は実体験で鍛えられるもので、人の老化・死によってその実体験は失われていきます。
 人は文学や映画など、欲や愛情・勇気・恐れなどさまざまな体験を伝えようと努力していますが、限界があります。
 人が人である以上、その心の動きは似たような状況では似たようなものとなり、似たような行動を取ります。ですから、似たような歴史的状況があれば、似たような歴史が繰り返されることになります。

 歴史を学び、過去にマイナスと思われる歴史があれば、注意して自分の心をコントロールして、安易な心の動きを抑える必要があります。それが歴史から学ぶということです。

例1.森林伐採と強国の移動
 石炭が利用されるようになるまで、木が人間の利用する唯一のエネルギー源でした。
 地中海に面したヨーロッパでは、雨量が少なく森林の回復に時間が掛かります。そのため、先進国・強国が樹木伐採によって森林がなくなると、衰退しその隣接地で森林の残っているところが次の先進国・強国となりました。
 フェニキア(今のイスラエル・レバノン地域)
  ↓
 ギリシャ
  ↓
 ローマ・イタリア
  ↓
 スペイン
  ↓
 フランス・イギリス
 ここで石炭が使われるようになり、産業革命が起こりました。

例2.
 国家の統一(歴史は繰り返される・歴史は進歩するが同時に見られる例)
 中世、領主が治める小国の集まりであったフランス・イタリア・ドイツ・イギリスなどが交通・経済の広域化で一国にまとまった。
 更なる交通・経済の発達で、ヨーロッパ諸国が一国にまとまろうとしている。

例3.ロシアの南下政策
北の厳しい冬の人々にとって、南の温かい土地と言うのは憧れにも似た魅力があるのでしょうね。
北の大陸国ロシアには、元は港がなかった。→戦争をして国土を広げ港を手に入れた。→北の国なので港が冬になると凍結して使えなくなる。→南の国と戦争して南の港を手に入れようとする。→手に入れた港(大洋に面していない)を有効活用しようと更に南の国と戦う。西で戦って負けてそこの進出が止まると、東の海を目指す。東で負けると再度西で進出しようとする。
 歴史年表と歴史地図帳を並べて、帝政ロシアの歴史を見てみてください。一目瞭然です。

例4.大国が小国を甘く見てちょっかいを出して泥沼にはまり、政権のあり方や国策を変えざるを得なくなる。
 1970年代アメリカ。ベトナム戦争をやった結果、国家財政が破綻寸前となり、第二次世界大戦後の一強の地位を失う。
 1980年代ソ連。アフガニスタンで10年戦い続け、経済が崩壊。ソ連解体に至る。
 2000年代アメリカ。イラクで泥沼。クリントン政権で黒字化していた国家予算が2004年度は50兆円以上の赤字。
 ブッシュさんは歴史から学んでいないのは歴然。

 ほかにもいろ例がありますよ。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2086690.html
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

なるほど、確かにおっしゃる通りですね。回答者様が以前回答された際の質問者氏のコメントに似たコメントになってしまいますが、いくら科学技術が進歩し、ハード面つまり物質のみならずコンピュータやインターネットなどソフト面も発達しようと、肝心のそれを使いこなす側の人間の行動パターンは、100年経とうが1,000年経とうが変化しないものだ、それが歴史における真理である、という結論に辿りついたのですが、いかがでしょうか。

お礼日時:2008/02/21 23:19

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