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「袖振り合うも多生の縁」ということわざについて調べていたのですが
「袖振り合う」という言葉のニュアンスがわかりません。
「触れ合う」と、意味は全くかわらないのでしょうか?

「多生」の部分について解説しているものは見つかったのですが…

A 回答 (9件)

国語辞書を引いて調べてみました。


「振る」と「震る」は同語源と出ていましたが、「振る」と「触る」は別物のようです。大昔は同じであったかもしれませんが、そうだったとしても、古い時代に分かれたのでしょう。

見出しにズバリ「ふりあう」が出ていました。
【ふりーあう】振合、触合(「袖振り合う」の形で用いる) 互いにふれる。ふれあう。すりあう。 →袖振り合うも他生の縁

振合、触合と両方書いちゃってますが、この書き方では、「振り合う」でも「互いにふれる」という意味にとれます。

「ふりあわせ」というのも出ていました。
【ふりーあわせ】振合、触合(「袖の振り合わせ」の形で用いる) 互いにふれあわせること。 →袖の振合せも他生の縁

記録に残っている古いものでは、次のものが挙げられます。
「道行振の袖のふりあはせも五百生の機縁とかや」仮名草子 竹斎(1621~23)上
「道行振(みちゆきぶり)」は道の途中で出会うこと、行きずり という意味です。和服の外套のようなもの指す場合もあります。
古語辞典では「道行き触り(みちゆきぶり)」になっていました。

「野べに立つ尾花の袖のふりあはせ これも草かる百姓のえん」狂歌・吾吟我集(1649)三

古語辞典で「行きずり」を引いて見ました。
ゆき・ずり【行き摩り・行き摺り】すれちがうこと。また、その時色や匂いが染みつくこと。

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以上から、「振る」と「触る」は別の語です。
しかし、「ふりあう」という複合語になってきますと、辞書は「振」「触」の両方の漢字を併記しています。
辞書は両論併記で判断を避けています、ズルイ(笑)。

浅学な私もわかりません。
記録に残っている一番古いものを探し出して、そこに使われている漢字が「振」「触」のいずれかであっても、それが正しいとはいえないと思います。
「振る」のか「触る」のか、わかりません。
「触る」としても実際に接触していたわけではないと思います。
「行きずり(行き摩り・行き摺り)」でも実際に接触していたかどうかは関係ありません。
「すれ違い」でも、上と同じです。摩れていないのが普通でしょう。
すれるほど近かったということでしょうね。

ただ、「着物の袖」ときますと、字面から「振る」の方が合いますねえ。
振袖のように、たもとが長いものほど振幅が大きくなります。
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この回答へのお礼

丁寧なご回答ありがとうございます。

結局、辞書でも「袖~ 他生の~」と結びつけられてしまうのでは
もとのところはわかりませんね…
今はことわざといっても、もともとは生きた言葉だったのだから
解釈がハッキリわかれてしまうような誤りでなければ
「触れ合うと振り合うどっちが正しい」なんてハッキリさせる意味はないのかもしれませんね。

お礼日時:2008/06/18 12:51

 他生でしょう。

前生とか、なんとかでご縁があったということでしょう。それはもちろん、多もあろうし、少もありましょうね。
 前の人生や、ずうっと、昔に何かのご縁の関係があった。ということですね。
 袖のある着物ですから、外で行き交う(かう)、すれ違う、出会う。という意味ですよね。
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ANo.5のjo-zenです。

少し補足します。

以下のURLを参考にしてみてください。

  http://www.nhk.or.jp/a-room/kininaru/2005/02/020 …

「昔から着物の袖のたもと(袖の下のたるんだ部分)には魂が宿っていると信じられていて、袖が触れ合うのは魂が触れ合うのと同じと考えられていた」というのが、どれほど正確な記述なのかはわかりませんが、「袖」を使う。「袖を通す」以下の説明を読むと、間違ってはいないと思われます。

従って、「袖擦り合うも多生の縁」「袖触れ合うも多生の縁」の形が、「袖振り合うも多生の縁」の形に変化していったものと思われます。「ふりあう」と「ふれあう」は音は似ていますが、意味的にはまったく別物ですから、誤用が定着したものだと思います。
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「道で人と袖を触れあうようなちょっとしたことでも」と


解釈している人が大部分でしょうが、
「別れ際に手を振り合うのも」と理解する説もあります。

http://www2.ocn.ne.jp/~juichi/kotowaza.htm
http://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/ad441a77e2a86e …

この回答への補足

皆様ご回答ありがとうございます。
質問文が適切ではなかったようなので、この場を借りてお詫びを申し上げると共に
少々補足させて頂きたいと思います。

「振り合う」と「触れ合う」が同じ意味だとすると
それは「振る」という動詞にもともと「触れる」という意味があるという事なのか
それとも、「振り合う」とは現代語でいえば「揺らしあう」という意味だが
互いの袖を揺らし合っているというのは即ち袖同士に接触があったと考えられ
結果的に「触れ合う」と同じ意味になるということなのか
それとも、そもそも「振り合う」は「触れ合う」とは別の意味をあらわすのか。

「擦りあう」「触れ合う」「振り合う」といった表記のゆれ自体があること自体は確認できるのですが
ご回答も別れてしまっていて、何が正解なのかちょっと現段階ではわかりません。
「~が本来の表記」というのは何か出典があるようでしたら
それも教えていただければ幸いです。

補足日時:2008/06/16 09:36
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このことわざは、現在「袖振り合うも多生の縁」の形で辞書にも収録されていますが、もともとは「袖擦り合うも多生の縁」の形でした。

「擦り合う(すりあう)」とは「触れ合う」の意味ですから、「袖触れ合うも多生の縁」の形が生まれ、「袖振り合うも多生の縁」の形に変化していったものと思われます。

他人との距離感をおきたがる現在人の感覚が、「触れ合う」では近すぎて遠慮された結果といえると思います。
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この言い回しに関しては、誤字や意味の取り違えで覚えている方が多いです。


「振り合う」は「触れ合う」の意に同じです。
詳しくは以下を。良くまとまっています。

誤字等の館 : 袖触れ合うも多少の縁
http://www.tt.rim.or.jp/~rudyard/torii023.html
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昔は着物でした。


祭の浴衣くらいをイメージしてください。

通り過ぎる時に、袖が触れ合う・・・、近い距離をすれ違う。
軽く肩がぶつかる。
位の感覚ではないでしょうか。

どこかに行ったとき、急いでいて、ぶつかりそうになった場合、目が合ったりしますよね。「す、すいません・・・」
その日の帰りの電車で、前に座っていた人と目が合って、さっきの人だ!
「さっきはどーも・・・」みたいな感覚です。
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万葉の和歌に「あかねさす紫野行き標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」というのがあります。


この場合の「袖振る」とは相手に恋の感情を伝える意味です。
http://waka.or.tv/req/30.html
つまり、「袖振り合う」とはお互いに恋を語り合う、恋に陥る、という意味なのです。
なお「多少の縁」ではなく「他生の縁」でしょう。「他生」とは「前世の」という意味です。
結局このことわざは、「あなたと恋に落ちるのも前世の約束があったのでしょう」ということなのです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
とてもロマンチックな解釈ですね。

お礼日時:2008/06/18 12:41

この回答への補足

ご指摘のサイトを見ても
「振り合う」と「触れ合う」にニュアンスの差があるのかないのかは
書かれていないように思います

補足日時:2008/06/16 09:34
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