広田弘毅元外相
広田外相は極東軍事裁判で文民として唯一人死刑となりましたが、彼はそれほどの大物だったのでしょうか?
広田外相のどのような行動が元で責任を問われたのでしょうか?
回答(4件)
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No.4ベストアンサー10pt
私の読んだ文献が正しいことを仮定して話しましたら・・・・。
広田弘毅元首相の死刑を要求したのはソ連人判事だったといいます。彼が総理の時、日独防共協定を結び、日本の国としてのスタンスを「反共」として鮮明にしたことから、一貫した日本仮想敵国へとしたのだと思います。広田自身は軍国主義とはほど遠く、かといって強い平和主義者でもなく、優柔不断な普通の人でアメリカは彼の死刑に消極的でしたが、ソ連との関係を鑑み反対はしなかったようです。死刑は勝者のエゴからきた復讐といったものだったのでは。
この回答へのお礼
皆様ご回答有難うございました
とても勉強になりました
またよろしくお願いいたします
No.3ベストアンサー20pt
こんばんは。
書物でしたら、城山三郎氏の「落日燃ゆ」が詳しいです。「落日燃ゆ」を読むと、陸軍に翻弄され最後は戦犯として絞首刑となる悲劇の政治家、広田弘毅のことが、よくわかります。(外交の大物と言えます)
「落日燃ゆ」参照URL↓
http://www2u.biglobe.ne.jp/~tkawaka/rakujitsu.htm
極東軍事裁判では、参考URLにように広田外相~広田内閣時の「対支3原則」と「国策の基準」が問題になったようです。(参考URL)
「対支3原則」(3-30 日中外交正常化交渉)と「国策の基準」参照URL↓
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/1252/ …
長く外務大臣をしており、太平洋戦争に至る侵略を推進した人(実際には止められなかったのでしょうが)として、処罰されています。
大物とは言えないでしょうが、少なくとも、外務大臣、総理大臣経験者ですから。
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