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国語のカテゴリか文学のカテゴリか迷ったのですがこちらで質問します。

昔高校の先生が文集に、釈迢空の
「桜の花ちり/″\にしも
 わかれ行く 遠きひとり
 と 君もなりなむ」
という歌を挙げて
『「遠きひとりと」は「遠きひとりに」でないと寂しすぎる』と
書かれていたのですが、その言わんとすることがさっぱり分かりません。
先生本人に訊けばいいのですが、なかなか会う機会がないもので...。

どういうニュアンスの違いがあるのでしょうか?
どなたか意味の分かる方いらっしゃったら教えてください。

A 回答 (5件)

#1です。


授業の一環ということで「納得」しました。

>「と」のほうが遠くに行ってしまったっていうことが強く表されているということでいいのでしょうか
まさにそのとおりです。

三木露風の詩に「君泣くや母となりても」というところがありますが、「母に」ではサマになりませんよね。

私の母が、親友をなくしたときに「一筋の香煙秋の風となる」という句を作りましたが、これも「風に」では、軽すぎます。

先生が「寂しすぎる」と評されたのは、上記の例とは違って「花散る」「別れ」「遠き」「ひとり」と、寂しい言葉がたくさん並べてあるので、もうこれ以上使ってほしくない、と思われたのでしょう。その意味では、私も同感です。
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「に」と「と」の違いよりは、「君「も」なりなむ」の「も」をどう感じるかの違いだろうと思います。



A君はやがて「遠い人」の一人、B君もやがて「遠い人」の一人、そして君「も」「遠い人」の一人。

君と別れて僕は君からは「遠い独(ひと)り」、そして君「も」僕からは「遠い独(ひとり)」。

「君」の孤独(ひとり)よりは「僕」自身の孤独(ひとり)の方を強烈に感じ取れるのは、どちらの表現でしょうか。
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桜の花ちりゞゝにしもわかれ行く遠きひとりと君もなりなむ



(2字の踊り字は字源通りに、上のように入力すると良いです)

「遠きひとりに君もなりなむ」

卒業して友人たちと別れ別れになる。
やがて、みんな遠い過去の人になる。
君もいつか、そういう沢山居る
遠い過去の人のうちの「一人」になる

「遠きひとりと君もなりなむ」

卒業して友人たちと別れ別れになる。
やがて、みんな遠い過去の人になる。
君もいつか、そういう沢山居る
遠い過去の人のうちの「一人」になる
いや、それだけではない。
僕と君は……年間親しく付き合ってきた。
でも、これからは僕も君も
お互い遠く離れたまま
親しく付き合う人もいない
「孤独の人と」なって長い年月を
過ごすに違いない。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。「踊り字」の書き方もよく分かりました。

すみません、ご回答からニュアンスの違いを読み取るのが難しいです。
「と」だと、親しく付き合う人のいない孤独の人、という意味が加わる、というのはどういう理由なのでしょう?

お礼日時:2008/09/23 01:42

#1,2です。


すみませ~ん!
(誤)授業の一環ということで納得
(正)授業の一環ではないということで納得
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「と」と「に」は、ほとんど同じで僅かに違う、というところでしょうか。

どちらを選ぶかは、作者の自由です。「に」は、会話でも使われるふつうの感覚であり、「と」には、強調の雰囲気があります。先生の意見は、主観です。先生のおっしゃる意味はよく分かりますが、授業で教師として発言すれば、それは主観の押し付けであり、勉学の障害になると思います。
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この回答へのお礼

回答がつかないかと思っていたのですが、ご回答いただけてうれしいです。ありがとうございます。

私もうすうす感じていたのですが、
「と」のほうが遠くに行ってしまったっていうことが
強く表されているということでいいのでしょうか。
(もっと繊細なニュアンスの違いかな、とも思ったのですが)

一応補足しておきますと、古文の先生が卒業文集のメッセージとして書いていたことであって、国語の授業の一環というわけではありません。

お礼日時:2008/09/20 16:19

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