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もし山本五十六氏が終戦時に生きていたら
A級戦犯にされていたのでしょうか?

A 回答 (3件)

捉えられた可能性はありますが、死刑などの刑罰はなかったのではないか?と考えます。


理由は
平和に対する罪として真珠湾攻撃がありますが、山本五十六はあくまで現場指揮官のため、作戦全体の決定権がなかった。
捕虜虐待の実績が不明確、民間人虐殺の罪もない(A級としてとられられて、B級として裁かれる可能性もない)
などがあります。また、米人弁護士もいっているのですが、戦争は罪じゃないという考え方も、決して不当なものではないでしょう。一般的に近代以降は敗戦国の軍人を捕らえて殺すような野蛮な行為は行われていません。東京裁判はその野蛮な行為にかなり近いのですが、主に戦争を決定した指導者に対して罰が下されており、軍人についは前述の虐待以外での裁きはありません。
 ポツダム宣言においても、軍人の武装解除後の生命の保証はされています。山本五十六が戦争指導者かどうか、といった点が一番のポイントになるのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2009/08/12 23:41

極東国際軍事裁判におけるA級戦犯として、海軍関係者としては、永野修身、嶋田繁太郎の2名が指名されているが、永野は裁判中の獄中死亡による未判決、嶋田は終身禁固刑判決であった。

(昭和30年に仮釈放及び赦免。)
この裁判自体の存在が根拠が曖昧で、ドイツもやったのだから(ニュルンベルク裁判)日本も同じようにやらねばいかん、という勝者が敗者を裁く、いわばみせしめ裁判的性格が強いものであった。

みせしめであるならば、戦前戦中において海軍関係者としては国際的にもっとも有名であった山本五十六(ヤマモト及び陸軍ではトージョー。)をしょっ引かねばならぬが、生きていれば嶋田や永野同様にA級戦犯として指名されていただろう。
罪状として最も大きいのは、自身が立案したハワイ作戦であろう。
真珠湾攻撃は開戦同時作戦であり、実際には開戦布告約60分前の攻撃だったらしいが、この点においてどう審議されるのかは興味深い。
(実際には陸軍が真珠湾攻撃前にマレー半島コタバル(イギリス領)で開戦攻撃を開始している。)
海軍部隊の独走による私闘とされる可能性もある。そうであれば部隊の最高責任者(連合艦隊司令長官)であった山本の責任は大きいと言わざるをえない、しかも立案者でもある。
まさか真珠湾攻撃を局地紛争(ローカルインシデント)とはされまい。
(なお真珠湾攻撃には航空機攻撃だけによるものではなく、特殊潜航艇による攻撃もあった。途中まで侵入はしたものの戦果はゼロだった。)

山本は海軍次官時代における日独伊三国同盟断固反対、アメリカとの開戦反対の立場をとったが、これがどう評価されるか。
米内光政あたりも当然、裁判中に助け舟を出すような証言をしたと思われるが、これが裁判にどう影響があったかは興味深いところではある。
ちなみに米内は山本海軍次官時の海軍大臣で、軍務局長は井上成美であった。(米内は後に首相。)
いずれにしても山本は連合艦隊司令長官として米内の手から離れ、立場として永野寄り(軍令部総長)になったのは残念ではあった。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2009/08/12 23:42

今日某番組で敗戦後の軍事裁判やっていました。


会戦の罪と非人道的行為への罪、2つがそろうとほぼ死刑だったらしいです。

ただ、海軍では裁判対策を組んでいたこと、
とくに上層部を庇うような対策を事前にしていた疑いがあり、
口車をあわせて上の2つの罪のうち、どちらかには当てはまらないように
したと思われます。
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この回答へのお礼

それってNHKのですかね?
それなら私も見ました。
ありがとうございます。

お礼日時:2009/08/12 23:42

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