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 全くの興味本位でアインシュタインの相対性理論をやさしく解説した本など読むと、空間はゆがんでいる、なんて表現に出会います。
 とても不思議に思います。
 また、宇宙に限界があると、じゃあその果ての向こうは?なんて考えて限(きり)がありません。
 だから宇宙には限界が無い、無限である。と思ったほうが違和感がありません。

 そこで、もし限界が無い、宇宙は無限であると仮定して、さらに時空間はゆがんでいるなんて事を想像しているうちに、それじゃあ観測者の立場というものは宇宙から見て、宇宙の中心に位置するのではないかと思いました。

 地球から宇宙(天体)を観測するのに、上下左右前後の区別など無いのだと思うので。

 地球にとって宇宙は全方位に均等に広がっているんですよね。

 ☆地球は宇宙の中心である!

A 回答 (13件中11~13件)

「地球は~」というより、「あなたの目を中心に宇宙は広がっている」というのが正しいです。


しかしそれは、誰かに「オレが中心だ!」と主張できる話ではなく、全ての観察者にとって、なのです。
宇宙の広がりは、単なる空間的な延長ではなく、空間の遅延効果と膨張という2つの要素による、
時間と空間のダイナミックなつながりを把握しないと理解できません。

宇宙は、できてから137億年たっており、137億光年先を見ると、ビッグバン当時の
爆発の輻射が、(その光速に近い後退速度によって2.7Kに間延びして)見えています。
その爆発によって噴き出した宇宙の一番「端っこ」は、あなたのいる所です。
また、その137億光年向こうに立って見ると、あなたの立っている所が、
137億年前の姿=「爆発の輻射」の壁の一部に見えるのです。

その「自分を中心とした半径137億光年の球面」は、ビッグバン開始時の点であり、
「ここ」も含まれているのです。
「こっち側」は、時間的に収束していますが、「むこう側」は、空間的に収束し、
両端で点に収束していて、そんな葉っぱのような形を張り合わせて地球儀を作るように、
この宇宙も球の表面(ただし四次元空間における三次元球面)のように果てはないのです。

本来、ビッグバンの慣性で膨張しているのであれば、重力によって減速して、
その「宇宙寿命光年先のビッグバン当時の輻射」は、
晴れ上がってもいいのですが、ずっと見えている不思議に対して、「加速している」とか
「ビッグバン初期に超光速で飛散した」とか、諸説が唱えられています。
しかし量子論的に考えると、観察(階層現象表面的定性化)によって宇宙が生じる
=自己(現在/感受/光速)から過去(記憶/時間/超光速)と未来(予測/空間/光速下)が
対発生しているなら、その基底としての時空が広がる(時間経過=空間膨張)のは当然です。

我々は「過去は既に終わっている」「未来はまだ来ていない」ので、「存在するのは現在」
と考えますが、真の『現在』とは、認識体の感受表面での量子相互作用(光速)のみであり、
その経験(過去=超光速)による予測(未来=光速下)として時空的広がりは発生しているのです。

実は、相対性理論にしても、量子論にしても、認識体との相対によってしか存在は無い、
という帰結を潜在的に持っています。
客観的時空や絶対的存在というのはない、というものです。
認識性を除外した存在は、無=無限不確定性になります。
その無限の闇に、認識体の仮定断面の運動(プランク定数hの収束の時系列化)を
想定すれば、相対的に無の風は光になり、認識体はその光の向うに、自我仮説の
補完としての時空仮説=宇宙を認識します。

即ち、「何か有るんじゃないの?」という疑問(自我仮説)の相補として
生じた時空仮説に対して、「本当はないんだけどね」という無の射影として、
存在は生じていると言えます。
宇宙が疑問として発生しているなら、「自分にとって広がっている」のも当然です。

この回答への補足

 専門用語を使われているので、理解しにくいですが、ビッグバン説は宇宙限界説と言ってよいのでしょうか。

 よろしくお願いいたします。

補足日時:2009/11/24 12:20
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お答えいたします。


 確かに宇宙はゆがんでいます。ただ、その歪みは宇宙の質量から導きださせれるものであって、今の“大宇宙”は質量に満ちていますよね。だからゆがんでいるし、地球もアンドロメダ大星雲も宇宙の中心に変わりはありません。つまり観測者がどの位置であろうと、そこは正に宇宙の中心なのです。
 ところで、宇宙は有限であるとおっしゃっていましたよね。それがどうもそうではないようなのです。宇宙は悠久〈無限も何もない〉の昔からあり、そして悠久の未来へとつながっているというのが、今の最新の宇宙論のようなのです。その無限の宇宙論では、アインシュタインの相対性理論は破綻してしまいます。それを説明できるのは“量子論”だけでは、と思われているのです。
なぜか、アインシュタインの理論では“光速を超える運動は存在しない”て言われていますが、少なくとも過去に数回、この宇宙に光速を超える運動があったようなのです。それは理論でも実際の宇宙に残る痕跡群も発見されています。
 長くなるので、結論を書きますね。宇宙は有限ではなく無限なのです。

この回答への補足

 宇宙を有限としてしまうと、その外(そと)はどうなっているのかと考え、限(きり)が無いので、無限であると捉えています。
 理解しにくいけど、その方が自然な感じがしますので。
 ですから、回答にあるように、観測するところが宇宙の中心と“なってしまう”という説に、納得したい気分です。

 学問的にもそういった受け止め方は常識なんでしょうかね。
 ありがとうございました。

補足日時:2009/11/24 12:19
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世界地図も、発行した国が左右の中心に来るようになっています。


まあ、そういう発想ですな。共感はできませんがw
例えば、日本人の常識は、世界60億の人間からすれば非常識である。
そういう事もあるのです。

あと、銀河系における地球の位置づけは、かなり端っこの方ですよ。
別に中心と考える必要もないでしょう。鎖国時代の様な視野の狭さを
真似る事もないでしょう。

この回答への補足

 銀河系という“限られた宇宙内”での地球の位置は学校で教えられたので、知っています。
 回答ありがとうございました。

 

補足日時:2009/11/24 12:05
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