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坂井三郎氏の「大空のサムライ」を高校生のときに読んで(15年前)、その面白さにショックを受けたくらい坂井氏や零戦のファンなのですが、今日、坂井氏に関するとあるサイトを見ていたら「小町定曹長」のことが書いてありました。小町氏に関しては大空のサムライにも確か固有名詞がでてきたし、その他の坂井氏の関連書籍にも小町氏の名前がありました。
それで小町氏の名前をwikiったら、お亡くなりになった日付がなく、まだご存命(らしい)ことを知りました。
真珠湾攻撃にも参加したほどの貴重な方が、まだご存命なのだと知り、びっくりしました。
公演などをしているのであれば、是非行ってみたいのですが、さすがに91歳ではそんな活動はされていないでしょうか・・・。
あと、坂井氏は最終階級が中尉でしたが、小町氏は飛曹長と書いてありましたが、小町氏ほどのパイロットでも士官クラスにはならなかったということでしょうか・・・?

A 回答 (2件)

 既に、小町定氏の情報は、出ているので、別の事を…。



>真珠湾攻撃にも参加したほどの貴重な方が、まだご存命なのだと知り、びっくりしました。
 他にも、真珠湾に参加された有名パイロットとしては、原田要氏(要望が有れば講演も断らないとか…。)もご存命ですね。
   

 やはり、太平洋戦争前にパイロットに成れる方と言うのは、心・技・体共に常人離れしているって事何でしょうね…。
 (坂井氏もインタビューで、戦前にパイロットに成れた様な人物なら、生き残りさえすれば皆、撃墜王に成れる資質を持っていたと答えていますし…。)

>坂井氏は最終階級が中尉でしたが、小町氏は飛曹長と書いてありましたが、小町氏ほどのパイロットでも士官クラスにはならなかったということでしょうか・・・?

 坂井氏は軍歴12年。しかも昇進に優遇が有る、第38期操縦練習生を首席で卒業した恩賜の銀時計組で、尚且つ何人も侵しがたいエースオブエースです。
 それであっても、中尉に昇進したのも終戦直前(いわゆるポツダム昇進[恩給及び捕虜と成った場合の身柄の安全確保 and 待遇向上の為の昇進])です。つまり坂井氏であっても実質的には終戦時には少尉だった訳です。

 小町氏は、終戦の時点軍歴5年ですから、坂井氏に階級で後塵を拝していても、それは致し方ないかと思います。
 なお、平時であれば、准士官から特務士官になるための実役年数は5年以上必要(戦時にはかなり緩和された様ですが)です。
 (小町氏が少尉任官する為には、各階級を1年以内に昇進しなければ成らないので、戦死による特進以外物理的に極めて困難。←ただし、小町氏は4年強で3階級昇進してますが…。)

 パイロットの昇進競争だとドイツのパイロットの驚異的な昇進(将官まで昇進しちゃう人がいる)が意識されてしまいますが、アレは、ドイツ軍に軍用機の所有を禁じられていた為、空軍の上層部が慢性的に人材不足に陥っていたと言う特殊要因が有ったからです。

 そもそも、帝国海軍は学歴尊重主義(兵学校出や大卒が優遇されるのに反比例して、それ以外が極めて冷遇される。)が些か行き過ぎの度合いが有りました。
 (准士官から昇進[少尉に成っても]しても特務士官として区別され、指揮権の継承順位は、兵学校出のペイペイにも劣る…。[全軍で数えるほどしかいない特務大尉より兵学校出の新米ペイペイ少尉の方が指揮権で優先される。])

 そういった厳しい環境を考えれば、小町氏の昇進は十分評価されたと言えるのかも知れません…。
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 少なくとも、今年の4月18日に91際の御誕生日を迎えられた時点では、御存命の様です。


 但し、その時点では、知人が面会する事も出来ない程、体調を崩しておられた様です。

【参考URL】
 2011年04月18日のブログ|写真家「神立尚紀(こうだち・なおき)」のブログ
  http://ameblo.jp/zero21nk/day-20110418.html
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