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ニュースで新成人が「社会人としての責任を果たしたい」
と言ってるのを見てふと疑問に思ったのですが、
社会の人々は責任をどのような意味で捉えているのでしょうか。
先の新成人の発言からは「責任は自発的にすべきだと思うこと」
とのニュアンスが感じられます。
しかし実際の社会を例にとると、組織のトップが不祥事の責任を取って
辞任させられたりなど、責任は集団から個人に半強制的に課される
生贄の立場であることが多いと思います。
責任が自分に取って不利なものであるとしたら、
自らそれを課されることを望むのは変な話です。
みなさんは責任をどう捉えますか?

A 回答 (5件)

責任:


当人がその立場上本来果たさねばならない、放置して逃げられない、分担された仕事つーかつとめでしょうか。

社会人になったら、なったというだけでそういったおにもつがどっと双肩にかかるのであって、それが自分にとって不利であろうが不愉快なものであろうが、望むと望まぬにかかわらずそれは果たさねばならないものです。
である以上、男らしく、どすこい、と身構えて見事に果たすのは男の美学であり、変ではありません。

それを放棄出来るのは、人間放棄、あるいはにほんじんであることをやめて、無国籍人になるより仕方がないでしょう。

>実際の社会を例にとると、組織のトップが不祥事の責任を取って
辞任させられたりなど、責任は集団から個人に半強制的に課される
生贄の立場であることが多いと思

それは特殊なケースです。生贄となった人は、多くが日頃その本来の責任をしっかり果たさなかったので、まとめてつけを一度に払わされたということだとおもいます。
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組織のトップが辞任するような責任など、ごく一部の形態でしかありません。


また、生贄という見方は間違いであって、結果として生贄として見えるに過ぎません。

責任は、単純に自らの言動や行動による結果に対する保証と再発防止です。
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責任をとるというのは周囲の人が嫌がったり悲しんだりすることをしないことではないでしょうか。

企業の不祥事を起こした人は謝ろうが辞任しようが責任をとっていなかったということだろうと思います。
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責任という用語は、場合場合によって使い分けが


なされ、その場合に応じて、色々な意味があるのだ、
ということだと思います。

例えば、法律における責任ですが、民事法では
財産が引き当てになっていることを責任と言います
が、
刑法などでは、非難可能性と言うことになっています。

成人における責任とは、社会の構成員であることを
自覚し、それに相応しい言動をとる、ということでしょう。

社長が引責辞任するのは、そういう罰を課して
世間に知らせる、ということでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
責任は法律でも色んな意味で使われているんですね。
場面で使い方の違う責任を一くくりに考えるのは
無理があたっかもしれません。

お礼日時:2012/01/09 23:21

「責任」が自発的な物か、強制的な物かは、その人間が社会化するにあたって、自己の生存が社会全体の営為に依存している事を自覚して、自律的に社会行動をとっているか、自己チューな意識のまま、お金や地位といった“馬車馬の目の前のニンジン”に操られて、他律的に社会行動をとっているかの違いである。

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