激凹みから立ち直る方法

はじめまして。
34歳、主婦、子供はいません。
旦那は15歳年上で、
私は週に3回、パートで働いています。
結婚前からの話し合いで、子供はつくらないという前提で、結婚し、
今の2LDK(55m2ほど)のマンションを購入しました。

旦那は仕事が非常に忙しく、平日はほとんど夜12時を過ぎて帰ってきます。
しかし、私はひとりでいることにはそれほど苦を感じず、読書をしたり、映画を見たり、
飼い犬と遊んだり、気ままな独身生活のように気楽な生活をしています。
旦那とは、比較的うまくいっていると思います。
(ただ、貯蓄が全然ないために、そのことでよく口論にはなります)

10代、20代の頃は、家庭の不和などが原因で重い精神疾患(躁鬱病・対人恐怖など)があり、
今のように、のほほんと幸せに生きていけるようになるとは、思いもしないことでした。
その頃から比べると、非常に恵まれたいい環境で、気楽で、愛情のあるいい生活をさせてもらっていると思います。
パート先の職場も、とてもいい人たちばかりで、人と接するのが基本、苦手な私でも、
気楽でストレスがなく、休みたい時はいつでも休める、という非常に「楽」な職場です。
ただ、、「楽」ではあっても、パートでやることは決まりきったことの繰り返しなので、
遣り甲斐などはありません。

現在、心療内科には月1度ほど通院し、持病の躁鬱病の治療も続けていますが、
ここ数年、実家を離れて、旦那と結婚してからは、非常に安定した、いい状態が続いています。
(父を幼少期に亡くしており、ずっと母子家庭だったのですが、母親と非常に相性が悪く、
365日会話もなく、母の思い通りに私が動かなければ罵詈雑言を浴びせられるような状態が何年も続き、とてつもなく緊張感の強い、居心地の悪い家庭で自分の居場所がありませんでした。
今考えると、女手ひとつで子供を育てるのが大変なストレスで、あんなギスギスしたムードになるのも仕方がないとは思うのですが、今でも、やはり、母と話したり会ったりすると、変な緊張があり、疲れてしまうので、結婚して以来、実家に帰りたいと思うことはありません。ですが、母のことを憎むような気持ちは今はありません。女手ひとつで大変だっただろうな、と思っています。)

20代は、冬になると、だるくて眠くて鬱状態が重く、ほぼ寝たきりになっていたにも関わらず
(27歳くらいまでは、週に2,3回のバイトさえできないほど体調も悪かったです)、
今は人並みの睡眠時間さえとれたら普通に家事もできるし、週3度ほどなら余裕で仕事もできます。
人と接することも、得意ではありませんが、昔ほど苦痛ではありません。
それ以外にも、子宮筋腫、子宮内膜症、チョコレートのう胞などの病気があるために、
婦人科へは半年の1度の定期検診に10年ほど前から行っており、ピルを飲む治療も継続しています。

子供をつくらない、という選択をとっているのは、旦那がもう50近くて、今から子育てをするのは大変だと思っていること、私も旦那も、あまり親との関係がよくなかったせいか、「家庭」というものに、いいイメージを持ってないこと、何より自分の母親を見ていて、子育てや子供がいるということがとても苦しいと(ネガティブなイメージ)無意識に刷り込まれていること・・・
などがあると思いますが、自然に、「欲しい」という気持ちにならないのです。
経済的な理由…マンションも、子供は作らないという前提で買っているので、子供をつくるとなるととても狭くて、住みかえるだけの経済力などもないこと、というのも大きいですが。

今の生活は先ほども書いたように、とても恵まれていると思います。
ですが、子供も作る予定はないのに、週に3度のパートで、とても楽な生活であるにはあるのですが、
生き甲斐というか、遣り甲斐、「はり」のようなものがありません。
10~20代は、寝たきりで仕事もできなかったために、とにかく普通に生活ができればそれだけでいい、と思っていたので、20代の私の望み、願いはほぼ100%叶っている状態です。
そのことに対してはありがたいと思っているのですが…
何か、「物足りない」のです。
何か、とても、今の生活に退屈している自分がいます。

今の慣れた「楽な」職場をやめて、パートでも、もう少し「遣り甲斐」のある仕事を探すか
(自分が不健康で健康に関してとても興味が強いので、マッサージ、東洋医学の勉強などをして、そっち系の道にすすむか、読書が好きで本をたくさん読んでいるので、自分でも何か書いてみる仕事をするか)あまり心配し過ぎず、一度きりの人生だと思って子供を作ることにトライしてみるか、
もっと、生活に「はり」というか「刺激」というか、変化をつけたいと思っていますが、
過去の自分を考えた時に、
「その望みは贅沢過ぎる。高望み過ぎる。元々、不健康で動くこともできなかたのだから、今の生活に満足して感謝して、それを維持できるように努力する方がいい。そもそも、心療内科にいくような繊細な神経の人は多くの刺激や変化は求めるべきではない」
と思ってしまうところがあります。

林真理子さんのように高望で何でも手に入れていくタフな女性もいますが、
ほとんどの人は、高望み、分不相応なことを望むと、だいたい今より悪い方向に行きますよね。
今の生活には「退屈だ」という以外には、特に何も不満も不安もありませんし、私が今の生活を継続していても、誰にも何も文句も言われないのですが、
「私の人生、このままでいいのだろうか?」と最近、暇な時、ふと考えてしまいます。


これはやはり贅沢な悩みなのでしょうか?
それとも、やはり、自分が退屈しないように、今の生活を変える努力をした方がいいと思いますか?
(具体的には、楽な職場をやめて、もうちょっと遣り甲斐のある仕事に変えるということ以外に今のところは考えられませんが…)
皆さんのご意見、聞かせて下さい。

A 回答 (7件)

私も同じく贅沢な悩みで悩んでいる真っ最中です。

同じく34歳です。
同じような質問あげようかと思っていました(笑)
うまくまとまらないと思うんですが、私なりにいろいろ考えていることを書こうと思います。

私の場合は・・・
神経質で完璧主義で人間関係がうまく築けず、高校生の頃から抑うつ状態になり、20代は働いたり、うつで引きこもったり、摂食障害になったり、30歳の時に精神障害者手帳(3級)を取得し、今は障害者枠でフルタイムのパートをしています。
薬は1年ほど前にゼロになり、高校生以来の抑うつ気分がウソのように安定した精神状態です。
引きこもってた時は私も「普通」になりたくて、でも自分には「普通」は絶対無理だとあきらめてました。
今は、一般枠での就職をするか・・・今付き合っている人と結婚して家庭に入るか・・・現状維持するか・・・を悩んでます。
就職すれば、ストレスフリーの今の職場環境のような会社・仕事に就けるとは限らない不安。
結婚という喜ばしいことも、環境の変化に弱い私にはものすごいストレス増大で不安。
現状維持では老後が不安。
これからどうするのか?どうしたいのか?どうするのがいいのか?
自問自答しては堂々巡りの毎日です。

まず、子供のことについて。
34歳という年齢、今のご時世では子供諦めるには若すぎる。
子供のことやっぱり考えてしまいますよね。
ご主人は49歳。すぐに妊娠して50歳の時に生まれたとしたら、成人する時は70歳です。
65歳定年としたら、子供はまだ中学卒業の年齢。
それ以降の収入の見込みが立たないのであれば、諦めた方がいいと思います。
(両実家の援助、遺産、もしくは主様が稼ぐ等がなければ)
また、出産育児で体調を崩した時に、支援してくれる人がいるか。
(両家の親は難しそうですが・・・)
それらがクリアできるのであれば、1年または2年と区切って、避妊なしで自然に任せてみては。

それから、仕事については、
子供を産まないのであれば、遣り甲斐のある仕事に挑戦してみてもいいと思います。
週3日ではなく、もっと働いてみるとか。
私も社会復帰の途中で週2-3日のバイトとかもしてましたが、
アレって収入はあり、体調も落ち着いて、でも自由な時間を持て余して出費が増えたり余計なこと考えちゃうんですよね。
いっそ扶養を外れるくらい働くとか、かけもちして週5~6日働くとか、
もし、体調が悪化し働けなくなったとしても、ご主人の収入でとりあえず生活できて、少しの間休養を取ることができそうなら、
私ならやってみたい仕事をします。
子供を持たないなら、今まで体調のせいで諦めてきた仕事に挑戦したい!

私の主治医も、基本は「あなたのしたいように」です。
私が正社員になりたいと思うんですよと言えば、「できそうと思う?」と逆に聞かれるし・・・
主治医は、また悪くなると思う?どんな状況になったら悪くなりそう?また悪くなったらどうする?って聞いてきました。
自分に負担の少ない仕事・環境を見極めること、
自分の体調が悪化する兆候を察知できること、
体調が悪化した時に早めに対処できること、
ここら辺を考えたらいいのかな~と思います。

あと、ご主人の理解と支援も大事ですよね。
子供のことにしても、仕事のことにしても、ご主人に自分の気持ちを伝えられたらいいですね。
子供は作らない、仕事は無理のない仕事!って決めてしまってるけど、
もし子供ができたら・・・自分が責任ある仕事任されたら・・・どうなるかな?って考えるんだよね。
それで、もし私が体調悪化したら、私たちどうなるかな~?って。
私は彼氏にそんな話まったく出来てません(笑)
彼は私の悪い状態を知らない人なので。。。なので、これは私ができたらいいな~って希望でもあります。

最後に、今のまま何も変えず、現状維持でもいいと思います。
そして、それは、怠惰やネガティブな選択ではないと思います。
現状を維持することは実はすごくポジティブな選択だと思いますし、
また、リスクを負って向上ばかり目指す自分を上手にコントロールするという、すごい「努力」が必要なことだと思います。
現状を維持する努力。
退屈な毎日をコツコツ送る努力。
私は毎日仕事がないのでヒマ潰しをする努力をしてます。コレはけっこう大変なんですよ(笑)
流されるままに流され、流され着いた状況を受け入れる努力。
流されるままに流されるってかなり難しいですよね。
ついつい流れにあらがってしまう、自分で自分の進む道を決めなければ!って。
悩みがあるとそれには必ず答えがあって、悩みを解決しなければ!ってなりますけど、
絶対に悩みのない人生もないわけで、悩みがあってもそれを見て見ないふりして生きていくのも、これまたこれができたらすごいことだと思います。
一旦、今は何も変えないでみる。これもひとつの選択だと思いますよ。
退屈しのぎの趣味を極めていたら、それがこれからの人生を拓くきっかけになるかもしれませんし。
東洋医学、文章を書くこと、いいと思います。

私は自分のことはま~ったく結論出せませんよ。
とりあえず、質問者様はご主人様と幸せそうでいいな~って思います。
私も、結婚しても安定して仕事できて子供はどうしようか?って悩める状況までたどり着きたいな~なんて羨ましいです。
「人生は死ぬまでのヒマ潰し」ですので、どんな選択をするにしても楽しく生きて行きたいです(笑)
変な終わり方で長々とすみませんでしたm(__)m
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この回答へのお礼

すごく心強いご意見、ありがとうございます。
自分と辿ってきたプロセスが似ている人のご意見がやはり一番ガツンと心にきます。

>自分に負担の少ない仕事・環境を見極めること、
>自分の体調が悪化する兆候を察知できること、
>体調が悪化した時に早めに対処できること、

それ、大事ですね!
悪くなってきてるのに気付かず突っ走って激しく鬱になってしまう、ということを繰り返していますから…。

>子供のことにしても、仕事のことにしても、
>ご主人に自分の気持ちを伝えられたらいいですね。
>子供は作らない、仕事は無理のない仕事!って決めてしまってるけど、
>もし子供ができたら・・・自分が責任ある仕事任されたら・・・どうなるかな?って考える
>んだよね。それで、もし私が体調悪化したら、私たちどうなるかな~?って。

子供のことは言っていませんが、仕事のことなどは旦那にはよく話します。
「まぁ、楽なんだからいいんじゃない?」と彼は言いますが、
基本、「好きなようにしたらいいじゃん」という人なので、私が自分に責任を持てる(仮に悪くなったとしても、旦那に八つ当たりせず、自分で冷静に対処できる)ならば、私が何をしようと反対する人ではないです(子供のことも多分そうだと思います)。

子供ができたら楽しいでしょうけど、生活はもちろん苦しくなるし、不自由にもなるでしょうし、それに私たちが耐えられる自信は今のとこないかな。。。

仕事はできる範囲で何か挑戦してみた方がいいのかもしれませんね。

>今のまま何も変えず、現状維持でもいいと思います。
>そして、それは、怠惰やネガティブな選択ではないと思います。
>現状を維持することは実はすごくポジティブな選択だと思いますし、
>また、リスクを負って向上ばかり目指す自分を上手にコントロールするという、すごい「努
>力」が必要なことだと思います。

本当にありがたいお言葉、ありがとうございます。
確かに、「もっともっと」と「足ることを知らない」自分をコントロールして、
今あるものに満足できるようになることはすごく前向きな、仏教的なことですね。
(ブータンの人って、これができる人が多いから幸せなんだって今日読んだ本に書いていました)
それもありなんですね!

>「人生は死ぬまでのヒマ潰し」ですので、どんな選択をするにしても楽しく生きて行きたいです

確かに!

なんだか心に余裕が出ました。

ありがとうございました。

お礼日時:2014/02/20 23:44

【何か、「物足りない」のです。

何か、とても、今の生活に退屈している自分がいます。】

意欲が湧いて、物足りなく思う、というのは、これまでの治療や穏やかな生活の成果で
快復してきた兆しではないでしょうか。


高望み、という事では無く。
興味がある【マッサージ、東洋医学の勉強】
勉強するだけはしてみる、という「単なる一歩」を踏み出すと言うのはどうでしょうか。
単に、勉強してみる、というだけのことです。
パートを辞めるとか大きな決断としてではなく、ちょっとした稽古ごとの一つ、くらいのモノとして。

将来学んだことがどうなる・・という展望を持たず。
今、興味がわき起こるままに学び、
結果として「知りたい」という興味が満たされる。
それだけを、毎日の小さな充実として積み上げる、という充実感もあると思います。

それが・・将来の職業になるかならないかは。
次のまた、小さな変化の一歩を考える時に
考えれば良いのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。

興味があることの勉強は、現在進行形中で、本読んだり、ブログを読んだりして独学で勉強中です。
といっても、好きな小説を読むのと同じ感覚なので、「勉強」という感じではなく、趣味みたいなものですが。

でも、ひとりでしていて、かつ、それが何にも繋がっていかないと、飽きてしまうというか、
「これやってどうなるんだろ」っていうのは常に半分で思っています。
ただもちろん「知る」ことの欲求は満たされますね。

ありがとうございました。

お礼日時:2014/02/21 19:31

楽な職場で週3なら、仕事はそのままに、残りの4日間の1日で、何か習い事をしてみては如何でしょう?


自分の勉強のためでもいいですし、身体を動かす事でも良いと思います。
私も週一習い事をしていますが、仕事以外に「行かなきゃ」と思える事があるのは
結構楽しいものですよ。

いきなり無理はせず、今の生活に何かを少しプラスしてあげるだけで
随分違うと思いますよ。

小さな事から始めましょ。
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。

習い事、今考えているところです!

>いきなり無理はせず、今の生活に何かを少しプラスしてあげるだけで
>随分違うと思いますよ。
>小さな事から始めましょ。

ありがとうございます!
とても気持ちが楽になりました。
そうですね、いきなりガラッと全て変えようとはせず、
ちょっとずつ、趣味程度なことから、外に行く時間を増やして自分の世界を広げてみようと思います。

お礼日時:2014/02/21 16:43

特に意見とか言いたいことは何もないんですけど、



>林真理子さんのように高望で何でも手に入れていくタフな女性もいますが、
ほとんどの人は、高望み、分不相応なことを望むと、だいたい今より悪い方向に行きますよね。

そうでしょうか?
何か根拠があるのか分からないのですが、「お金が欲しい」から仕事を頑張った結果、たくさんお金が手に入ったとか、やればやっただけの見返りや結果が得られましたって話は、世の中ゴマンとあると思うんですけど…

>「私の人生、このままでいいのだろうか?」と最近、暇な時、ふと考えてしまいます。

質問者の場合は「なるべく身の丈にあった生き方をしたい」と思っているようですが、その人にとっての「身の丈」とは、誰がどう判断するものなんでしょうかね。
私は不幸な生い立ちで病気持ちで精神やられたこともあるから、欲を出しちゃいけないんだとか思ってません?
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。

>「お金が欲しい」から仕事を頑張った結果、たくさんお金が手に入ったとか、やればやっただけの見返りや結果が得られましたって話は、世の中ゴマンとあると思うんですけど…

あぁ、確かにそうですね。。
えぇと、私の言いたいのは、、、
どういえばいいのか、「自分にとってすごく無理のあることを望む」と、その無理がたたって体調崩したりストレスになったりする人も多いような気がする、ってことなのですが。
分かりやすく言えば、成績表オール1の人が東大の医学部に行きたいと思っても、(それに対して努力するのはいいことですが)、やはりかかるストレスが半端ではないので、無理しないで自分のレベルからちょっと高いぐらいのとこにハードルを定めて狙うのがいいのではないか、ってことです。
理想を持つのはいいことだと思うけど、最初からハードルあげすぎると駄目ってことでしょうか。
徐々にそれに近づいていくだけの戦略を立て、強いストレスにめげずに計画的に努力し実行していけるなら良いのでしょうけど。。

>質問者の場合は「なるべく身の丈にあった生き方をしたい」と思っているようですが、その人にとっての「身の丈」とは、誰がどう判断するものなんでしょうかね。

それはもちろん、自分です。
自分にとって、「自然」に生きてるかどうか、っていうのが「身の丈」にあった生き方が出来ているってことだと思います。
無理して不自然に背伸びして体調壊したくないというだけのことです…。

>私は不幸な生い立ちで病気持ちで精神やられたこともあるから、欲を出しちゃいけないんだとか思ってません?

ちょっとニュアンスが違います。
欲を出しちゃいけないとは思っていません。
さっきから書いているように、あまり無理したくない、無理することで体調悪くしたくない、
でも、現状維持だけではちょっと退屈、どの程度まで自分が望むのが、自分にとって無理がなく、かつ、楽しくやっていけるのか、よく自分でも分からないのかな…。

すみません、自分でもよく分からないです(汗)。
「欲を出しちゃいけない」とか、卑屈にはなっていませんが、
過去の自分を考えた時、あまり望み過ぎず、現状に満足し感謝し続ける、ということも、
すごく大事なことのように思っています。

お礼日時:2014/02/20 23:57

ラクだから悪いということはありません。



あなたの心理って自己啓発中毒に類似していますね。

「やりがい」とか、「自己実現」とか、「なんか特別な人にならないと」みたいな。

自己啓発書ブームの今の風潮に流されているような気がします。

で、あなたはどうしたいんです?

ぼくには、今の生活を手放したくないようにしか感じません。

だって、「自分の生活はこんなに快適なのだ」って長文で書いてるし。

第一、流されたのでなければ、とっくに行動しているでしょう。

結局のところ、あなたはどう言ってほしいのですか?

「そうだ。ラクな人生はつまらない。変化を取れ」ですか?

「今でも十分いい人生ですよ。やめたほうがいいですよ。今の状況に感謝です」ですか?

口だけなら、何とでも言えます。

ぼくはあなたの人生に関しては責任一切取りませんから。

どっちの主張も正しいです。

問題はあなたにとってどっちがピンと来るかです。

この回答への補足

追記します。

「自己啓発中毒」ってどうすれば抜け出せると思いますか?

よくいえば向上心があるともいえるかもしれませんが、、、私は自己啓発が大大大大好きで、
よくそういう本を読みますし、確かに「自己実現」「やりがい」みたいなものをすごく求めていると思います。
自分が少しでも良くなるかな、と思えるものは、ヨガに瞑想、坐禅に運動、食事療法、健康法などもありとあらゆることを試していますが、結局、自分は何をしたいのだろう、というとこが今ひとつ自分でも分からなくなっています。
結局私は「自己啓発」がしたいだけで、ほんとにやりたいことがよく分かってないのだと思います。

補足日時:2014/02/20 19:53
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

>あなたの心理って自己啓発中毒に類似していますね。
「やりがい」とか、「自己実現」とか、「なんか特別な人にならないと」みたいな。

なるほど…。
確かにそうかもしれないですね。

>ぼくには、今の生活を手放したくないようにしか感じません。

確かにそうですね。
今の生活を手放さず、かつもっとイキイキと生きていきたいという感じでしょうか。。

>問題はあなたにとってどっちがピンと来るかです。

そうですね…。

からだも心も随分健康になってきたので、普通に生活できるようになった今は、
ただ現状維持ではなく、少しずつ、「もっとよくしたい」「もっと面白いことしたい」「もっと楽しいことしたい」「もっと有意義な人生を」と思いつつあります。

今の生活を手放したくないけど、それ以上に多分、背中を押して欲しいのだと思います。

ありがとうございます。

お礼日時:2014/02/20 19:39

しかし,あなたは気楽な人生を送っています。

もし仕事を変えても,それほど変わりはないと思う。
今のままを続けていた方が気楽でよいと思います。なぜなら,あなたは病歴もあるし,今更自分を
苦しめることは,旦那に心配を掛けるだけです。
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この回答へのお礼

コメント、ありがとうございます。

楽な仕事をやめて遣り甲斐のある仕事をするっていうのは、敢えて苦しい道に進むということでもありますよね。

参考にさせて頂きます。

お礼日時:2014/02/20 17:22

まずはお医者さんに相談ですね。



ご存知のように躁鬱病(現在は双極性障害といいます)は、躁状態と鬱状態が特定のリズムで交互に現れる病気です。
感情の起伏が激しいのが特徴ですから、安定させるために薬物療法を使ったりします。
日常生活を送るためでもあるし、感情の起伏を小さくしていくことで、ホルモンバランスの安定化を期待する意味もあります。

現在は安定状態だと思います。
振幅が小さくなっている状態であり、今までだと思いもつかなかったことも考えることが出来るようになってきたのでしょう。
しかし、新たな刺激を取り入れることが、果たして病気の安定に役立つかどうか、ですよね?。
これは専門家でないと判断つきませんし、実際の状態を診られるのもお医者さんに限定されますから。

ということなので、主治医の先生に相談が一番だと思います。
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

私の場合は躁鬱病…といっても、躁状態は二十歳すぎの時、1度だけで、それ以来はずっと鬱状態、という感じでした(躁状態が一度でもあれば、躁鬱病というのだそうです)。
が、結婚して、実家を離れてから徐々に安定し、20年近く飲んだ薬も半年ほど前から完全にストップし、今は経過観察という状態です。
主治医に相談すると、「好きなようにすればいいと思うよ」という感じで、、、あまり先生の方から、ああすればいいこれはいけない、というハッキリとした答えを得られることはないです(断薬した時もそうですが、いつでも私の気持ちを最優先するという感じです)。

>新たな刺激を取り入れることが、果たして病気の安定に役立つかどうか

そこなんです!
新たな刺激は、こういった病気を持った者にとってとてもリスクが大きいです。
が、新たな刺激を求めず、現状維持、というだけでは、精神的に満足した人生になりません・・なんていうのは、やはり贅沢なのでしょうか・・・。

このことに関しては、主治医は積極的に自分のしたいことをした方がいいというような意見でした。

お礼日時:2014/02/20 17:19

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