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現代日本だと専業主婦でやっていける家は裕福な家か、実家住まいで家賃の心配がない家なのかなと思っています。
家に対して執着がなければ6万円ぐらいのアパートで家族全員ですめばよいのでしょうが、アパートで子供育てるのってうるさくないのかな?って一人暮らししていても騒音に悩まされながら感じます。

質問ですが、団塊世代は専業主婦が多かったと伺っています。
今だと1人の稼ぎだとやっていくのが大変なきがしますが、その頃はどういった経済状況、税制、社会保険制度だったからできたのでしょうか?

おおざっぱに、みんなそうだったからという理由では解決できない問題があるとおもいます。もし、詳しくご存知のかたいらっしゃれば教えて下さい。

質問者からの補足コメント

  • 消費税なかったのは大きいですね。
    車に関しては今の若いものは車を持つ甲斐性もないのかという団塊世代の方の言葉が心に残っております・・・。

    No.5の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2015/06/21 13:55
  • へこむわー

    車に関しては今の若いものは車を持つ甲斐性もないのかという団塊世代の方の言葉が心に残っております・・・。

      補足日時:2015/06/21 13:55
  • どう思う?

    【消費に関して】
    ・消費税がなかった
    ・スマホ、エアコン等、電話代、通信料、電気代が必要な物が少なかった。
    ・田舎でも車がない生活だった、車がないとガソリン代もかからない
    ・とんかつ、寿司なんかめったに食べられなかった
    ・あまりお金を使わない生活だった
    ・塾も一般的ではなかった。
    ・学費も安かった(大学の学費が平均年収換算でも今と桁違いに安いと聞いたことがあります)
    ・教育費にかかる費用が今の比ではない。
    ・医療費も少なかった(←何故少なかったか疑問が残る。我慢した?)
    ・住まいに関しての福利厚生が特に手厚かった
    ・同居で持ち家が多かった(その後、社会科で習った核家族化がすすむ。)
    ・スーパーマーケットが広まるまで、いろんな店を回りながら買い物をして、家事の自動化が進んでいなかったので、家を守るという仕事が本当に必要だった。(現代日本だと、主婦って必要なのかな…って思いますね)

      補足日時:2015/06/26 05:24
  • へこむわー

    【雇用に関してのまとめ】
    ・完全終身雇用だった
    ・高度経済成長期は人手不足だった。電気製品も日本国内で作っていた。
    ・派遣労働者の制度ができて、人手不足が解消されたが、同時期女性の社会進出にも拍車がかかり、男性の雇用を新卒から奪っていく形となる。
    ・追い打ちを掛けるようにバブルが弾けて、一度会社をやめてしまうと派遣労働者というコースになってしまう。企業側としては、人材コストを下げることで生き延びようとする。
    ・東南アジア等への工場移転や仕入先い変更で国内経済が停滞。昔は製造は国内で行っていたが、全部海外製造。
    ・新卒も転職も昔より厳しくなった。つまり、手取り給料が下がっていくことになる。

    【感想】
    正直、消費に関しては現代日本でも(スマホ以外は)我慢できると思います。住居費が安ければもっと楽なんでしょうが。
    しかし、製造自体が海外に移転している時点で、違う業種の雇用促進が必要なようです。

      補足日時:2015/06/26 05:29

A 回答 (8件)

その時代は日本は高度成長期(現在の韓国や中国のように)ともかく、作るものが飛ぶように売れました。

 これは日本国内だけにとどまらず、世界中が日本製品を買った。 

最初は、あまり高度な技術のものではなく、洋服などをふくめてともかく品質がよく値段も安いのでよく売れた。引き続き、高度な技術をようするものを日本の企業はどんどん改良して世に出した。自動車も優秀で品質もよくな値段も米国製などに比較すると安かった。 カメラにしても、日本のカメラは優秀だった。 それから、日本独自のものができます。まず英語になった商品名に「ウォークマン」があります。現在は、メモリ型の携帯オーディオ(ipodなど)ですが、その時代はカセットテープをできるだけカセットテープケースに近いところまで小型にし、世界中で流行した。ホームビデオも同じで、これは日本人が業務用ビデオシステムを、家庭用に改良して、ベータ方式とVHS方式を作り、世界中に売った。のちに競争でベータは負けてVHSだけになる。 レコードも、昔は黒いレコードでしたが、規格は西洋でもCDと商品化してプレーヤーもCDそのものも最初のころは日本でしか作れなかった。DVDビデオも同じ。テレビで欠かせない液晶パネルも日本の技術で実用化したのです。

それと、その時代は、現在のような「人材派遣・契約社員」という制度もなく、一度会社に勤めたら、当時は中卒であれ高卒であれ、大卒であれ、全員が終身雇用制で、待遇も給与もよかったのです。 ともかく、笑いが止まらないぐらい者が全世界で売れて、日本はすごいお金が入った。それで、新幹線も作ることができたし、瀬戸大橋、関門トンネル、青函トンネルも作れたのです。

そういう理由から、当時は労働者の収入がとてもよくて、お父さん1人仕事をした収入だけで、家計がなりたったのです。 

ところが、現在は、日本の経済状況は悪く、日本はものの設計はしますが、中国などですべて作ります。そうしないと、日本で作ると人件費が高いこともみあり、中国で作らないことには、価格を抑えることができません。また、台湾などや中国など、優秀な頭脳が外国(米国や日本)に出ていき、そこで先進技術を学び戻ることから、自国内でも設計計算できるようになってしまいました。

そういう状況になると企業も効率が悪くなりますから「人材派遣・契約社員」など、正社員と比較したら、同じ仕事をしても「半分から、三分の一」で雇用でき、契約して雇用しているので、いつでも契約を終了することが可能になったのです。

すなわち、昔は、お父さん1人の収入で家族が養えたのに、現在は、そのお父さんひとりの収入を、夫婦で働かないと得られない状況になってきています。 そのことを悪くはするのは、考え方の変化もあります。女性が社会進出し、かなり活躍するようになると、大企業の男性社員は、やはり、大企業の女性社員と結婚します。 給料はもともと良いのが2人働くので良い生活ができるうえに、そういう世帯は子供もせいぜい1人か2人で十分という考え方になってしまい、もともと家庭の収入がよいので、子供にお母さんが設けた収入を全部かけたうえに、まだ余ります。

はたや、会社で同じ仕事をしている「契約社員・人材派遣社員」は給料もパートなみですから、おそらく年間一人税込で200万円あればよいほうだと思います。 だから、結婚しない人も多いし、結婚したとしても、夫婦共働きで、2人あわせて税込400万円。 子供も多くもつと苦しいから1人か2人になるし、子供の教育費をかけるお金を制約されます。

こういうことから、昔の日本人は比較的平等だったのですが、現在は格差社会にってしまい、大企業の正社員に夫婦で勤めていたら、年収は合わせて1000万円を超える人もいるのに、非正規社員の家庭は2人はたらいても400万です。 それで、企業も正社員はほとんどとらなくなった。
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この回答へのお礼

つらい・・・

契約社員が無かったっていうのはおおきいですよね。
そういえば、新卒で会社を選び放題みたいな時代も有ったらしいですよね。
そう考えれば稼ぎも良かったのかな・・・。
今は低賃金を前提に長期的に考えすぎるから閉塞するのでしょうかね・・・。

お礼日時:2015/06/21 14:00

多くの回答が寄せられていますが、団塊世代が仕事で頑張った時代は日本の高度成長期と重なっていましたからね。

仕事が幾らでもあり、人手が足りず、全般に売り手市場でした(就職先が幾らでもあって自分を高く売れた)からね。会社も給料をはずみました。1970年代では1年で給料が3割増えて、何かの間違いじゃないかと家族ともどもビックリしたことがあります。それに主婦を働きに出させるなんて、男の恥と思っていましたから。大学を出る前に就職先を決めるのですが、どの同級生もビックリするほどの大手企業を平気で辞退し、選り好みできる時代でもありました。

情報機器なんてほとんどありませんで、TVが我が家に来た(もちろん白黒TVですよ、カラー化したのはずっと後程です)のは私が小学校高学年の頃で、電話も家に引いていませんでしたし(電話があったのはとても裕福な家庭です)、パソコン・インターネット・スマホなんて空想すらできない時代でした。なのでいまのように通信費にお金がかかることもありませんでしたね。当初は洗濯機もなく手洗いで、クーラーもありませんでしたから。塾なんてのもなしですので、そこにお金を払うこともありませんでした。

要するに、お父さん一人で十分に稼げて、浪費することがなかったので....。
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この回答へのお礼

>>1970年代では1年で給料が3割増えて、何かの間違いじゃないかと
へー、初めて伺った話です。

>>お父さん一人で十分に稼げて、浪費することがなかったので....。
まー、浪費ですよねー。
今は塾行くの当然の風潮ですしね。

給与から考えたら車って高かったんでしょうかね?
団塊の方がテレビで今の若者は車を買う甲斐性がないって言われていて。
車は買えるんですが維持費を払うと生活が苦しくなるっていう構図は昔は無かったんでしょうかね?

お礼日時:2015/06/23 07:36

終身雇用制という制度の影響も大きかった


と言えるでしょう。
年功序列で年収は右肩上がり。
収入が安定しており、上司の生活レベルを
将来のお手本にできていた時代と言える
でしょう。

福利厚生も充実していました。
特に『すまい』ですね。社員寮、社宅、
住宅手当などが支給されました。

1990年以降のバブル崩壊により、
昭和の経済成長は終焉し、円高が進み、
コストダウンの強化など支出の抑制へ
力を注ぐことになり、低成長時代へと
向かうことになりました。
当時の40代は既得権を守りながらも、
コストダウンを余儀なくされ、給料は
下がらないが、○○手当などのカットなど
福利厚生などの間接費の削減などが進む
ことになりました。

逆にそうした努力もあり、生活に必要な
電気製品や食品についてはここ20年以上
高くなったとは思えません。
冷凍保存技術が進み、流通手段も改善され、
安くておいしい食べ物が増えました。
はるかに高機能で性能がよくなった電気
製品が格段に安く手に入るようになり
ました。
そうした経済構造は日本国内の空洞化を
進めていくことになったと言えるでしょう。

人件費などのコストが安い東南アジアへ
製造拠点が移り、国内での雇用を抑制する
ことになりました。
国内の雇用は買い手市場となり、収入の低下
傾向や雇用の流動性が高まり、終身雇用は
崩壊しました。
実際にバブル崩壊後、事務所にいたOLは
寿退社後補完されず、派遣契約社員になる
ことを余儀なくされた方も多いと思います。

年功序列から能力主義へ向かい、安定的な
収入に対する不安も大きくなったと言える
でしょう。

こうした意識から収入の補完や生活の安定を
求めて、また雇用機会均等法など、女性の
社会進出といった名目の元に、待遇など
悪くても働かざるをえない女性が増えた
ということもあるのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

ありがとうございます
住宅補助の差は大きそうですよね。手当削減で実質貧困に繋がりそうですね。
元々有ったパイを女性と分かち合えば、一人あたりの収入は減りますね。
よく考えたら、みんなでそうしようって決めた結果、そうなってしまったような感じですね。

お礼日時:2015/06/22 18:24

他の方も仰っていますが、手間はかかるけどお金のかからない、質素な生活をしていたというのが大きいと思います。


自分が子どもの頃、トンカツはご馳走だったし、みかんとバナナ以外の果物は風邪引いたときか来客時のものだったし、外食は冠婚葬祭時のものでした。(笑)
あと、親同居で持ち家が多かったのも大きいです。
(ただしその分、苦労も多かったわけですが。^^;)
親と同居で持ち家なら、今の時代でも専業で可能な家も多いと思いますが、そろそろ親世代も核家族&賃貸の家が増えて、ギリギリの生活の連鎖になってますね。
節約もせずに学費を奨学金に頼るのもツケを将来に回してるだけで、ますます子ども世代が苦しくなっていると思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
とんかつがごちそうだったということは豚肉の価格も違ったんでしょうね。

お礼日時:2015/06/22 18:21

「夫は外で働いて稼ぎ、妻は家で家庭を守る」というのが普通の考え方でしたからね。


所得税や住民税の税率は、今とほとんど変わりません。
消費税はありませんよね。
昔は、今に比べたら生活がものすごく質素で、生活にお金がかかりませんでした。
今みたいに便利な生活ではなかったので主婦の家事も今より大変で、働きながら主婦業は難しい環境だったということもあるでしょう。

エアコンや電子レンジなんてない生活でしたから、電気代は今みたいにかかりません。
携帯はもちろんですが、固定電話すらない家庭もありましたし、パソコンないし、通信費は今の比ではありませんでした。
また、子の大学進学率も今よりずっと低かったですし、授業料も今に比べたらずっと安かったです。
習い事をしたり学習塾に通ったり子などほんのひとにぎりで、子にかかる教育費は今の比ではありませんでした。

食生活しかりです。
今のように飽食の時代ではありません。
私の子どものころ、すしなんてほとんど食べたことないし、外食なんてしたことありませんでした。
それが普通でしたよ。
衣服だってしかりです。
今ほど、医療費だってかかっていませんでしたね。

また、今、車がない生活(今は田舎なら1人1台の時代)は考えられませんが、田舎でも車がない生活でした。
今では当たり前のようにある子どもの部屋がない家だって普通でした。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
何でしょう、現代は、稼ぎが少ないのに何故お金を使うようになったのでしょうかね。

お礼日時:2015/06/21 13:57

経験して思うのは、月末米がなくなったりしたけど「正社員であれば、やりくりすれば子どもが幼稚園卒業までは専業でもなんとかなる」ってこと。

今の仕事をする若い既婚女性を見て思うのは、「子どものため?仕事を続けたいため?親の仕事はしないの?」結局仕事人でありたい、社会に役だっていたいってことかと思えること。
金はガキ2人くらいなら、食費は月4万で済む。スマホなどは夫婦で2万もかからん。新築アパートは郊外でも月10万した。が、古株にでかい態度されるよりは皆新参者で良かった。嫁さんは小遣いはとらなかった。俺は月2万。弁当だし外食なんてない。光熱費など入れても4大卒で20万少し稼いでいれば、行けるんだよね。ま、子どもが小学校に入れば、子どもが帰る頃には家にいるようにパートも始めたが。それは今も続いてる。
子育てって気が詰まる。世のお母さん方は、子どもと離れる時間がほしい方が多い気がするよ。だから、子どもと会話なく、人殺しをしてみたい子が育ってしまうのかなって思う。子どもはキャリアウーマンなんて求めていない。ましてやシングルも。だけど、頑張ってるのは確かだから、背中だけ見て何も言えない。
それに対して大人の意見は気になるものが多い。「それぞれの家には事情がある」これで済ませる。この言葉って、大人の事情なんだよね。子どもを考えてない。大変な事情にしたのは、子供のせいではなく、選んだ伴侶がカスだったのか、己が結婚に向かないのか。何にしても、「それしか言えんのか」と頭の悪さに閉口するね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
いろいろ経験されているんですね。
すごいです。

お礼日時:2015/06/21 13:57

当時は、パートタイマーという働き方が定着していませんでした。


主婦の働く場所が少なかった。
工場などは、作った分輸出で売れるから、割り増し賃金で残業のし放題。
亭主が、今の1.5倍ぐらい働き、家庭のことは全て主婦にお任せの完全分業が効率的と考えられていました。
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この回答へのお礼

つらい・・・

残業代ってでるものなんですね・・・。

お礼日時:2015/06/21 13:58

まず、生活が質素だったということです。


車なんか持ってないし、電気製品も少なく、食事、衣服も質素で
子供の教育にかける費用も少なかったので、亭主の給料だけで
やっていけました。

そして、洗濯、掃除、料理などの家事のほとんどが電器製品でなく、手作業だったということです。
買い物も、スーパーなどなく徒歩で八百屋、魚屋、乾物屋と何軒も回るので時間がかかります。
主婦は、家事と子育てで手いっぱいで、外で働く余裕がなかったんです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2015/06/21 09:03

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