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映画『評決のとき』について質問です意見を聞かせてください

Carl Lee Haileyは自分の娘が暴行され腹が立ち犯行を行った白人2人を射殺しました。
このことについて質問ですが、Carlにはこの2人を殺す権利はあったと思いますか?

意見を聞かせてください

A 回答 (2件)

すいません、訂正です。



「カールの憎しみを増幅させるために、法が動いたとしか思えません。」ではなく、

「法が、カールの憎しみを増幅させたようなものです。」です。
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サミュエル・L・ジャクソンがその父親役をやった、逆転無罪になった映画でしたよね?


あの映画で描かれていたのは、人種差別という不平等な世の中での『法』についての映画だったと思います。
不平等を是正するのが法であるべきなのに、レイプされたのが黒人少女だったから無罪判決となった。
明らかに、法が平等ではありません。
法が無いのと同等と考えます。
法が無い場所に、権利を持ち込むのは無意味です。
だから、弁護士の最終弁論「………この事件の被害者は白人少女だった。」が、陪審員を動かしたんだと思います。

ただし、法が全てでも無いと思います。
世界中の殆どの法は、その地域・人種に根付いた宗教(信仰)を元に作られています。
その宗教…神の教えを不完全な人間が解釈し、聖書や経典などを作り上げ、それをベースに法を作った。
法のベースである聖書等も、不完全です。
神が本当に存在するとしても、その教えを完璧に形に出来る人間はいないと思います。
その上で、神がカールの殺人に対してどう判決を下すか・カールに殺す権利があったと判断するか否か。
もちろん私も人間ですから、わかるはずもありません。

私の個人的な感情論で言えば、法に多少の不平等さがあったとしても、レイプ犯たちを極刑以外でも何らかの刑罰にでも処していれば、カールの行動も変わったかもしれない。
でも、法が、レイプ犯を無罪にした。
カールの憎しみを増幅させるために、法が動いたとしか思えません。
カール自身が犯罪者たちに刑罰を与えるしかないと考えるのは、むしろ、自然な反応だと思います。
散弾銃を使ったように記憶しているので、確実に殺そうとしていたのは確かだろうと思いますが、カールは自分の行為の正当性をはっきり確信しつつも、法は自分を極刑に処すだろうと覚悟もしていたと思います。
貧しい家族のことを、もっと貧困にあえがせることも覚悟していた。
そして、その家族も、カールと同じように覚悟していただろうと思います。
黒人差別が強く残っていたアメリカ南部の話だったと思うので、その地域の黒人や、黒人祖先たちへの思いもあっただろうと思います。

これらのことから、カールがカールの人生を全うするためには、この行為は必要だったと思うし、カール自身の人生の中では、殺す権利があったと思います。
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