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1939年(昭和14年)夏、犬塚機関が上海のフリーメイソンリーの拠点三ヶ所を強制捜査し、祭祀用具、進級問答集など大量の貴重品を押収した。
押収物は「極秘軍令品」として1942年(昭和17年)春に、上海から東京に運ばれた。
押収物は新明きよ子が直接運び、自宅の庭に隠していた。
戦後、GHQ(そもそも連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーからして高位階級のフリーメイソンである)は押収物を回収すべくその行方を捜したが、当時、新明きよ子は犬塚と正式には入籍しておらず、犬塚の妻であることを知られていなかったので、その追及を免れることができた。
犬塚の死後、未亡人となった犬塚きよ子が、それらの「上海フリーメイソン文書」を公開し、ソ連・支那のメイソンが大東社系である事、当時の中国国民党内部に支那人のメイソンが多数居た事や、彼らがフリーメイソンリーを介してアメリカ・イギリスの意向を汲む行動を取っていた事などが、明らかとなった。

A 回答 (1件)

ですか?って、あなたの結論長々書いてますがな。

その通りですよ。
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