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中学の音楽鑑賞の授業で、その曲に感動して感涙にむせんだことがあります。ところが大半のやつは居眠りしていたり、関係ないことをしていたり、まるで曲に対して反応していなかったです。これは、クラシック音楽など、分かるやつにしか分からないという事実を示してますか?

日本の音楽教育は感じることを重んじていないなどと批判している専門家がいますが、そういう人は的外れじゃないですか?そもそもどんな音楽の教育体系(押しつけや○✕式)だろうと、感動するやつは感動するし、何も感じないやつはどうにもできない。

A 回答 (3件)

「クラシック音楽など、分かるやつにしか分からない」ということにはなりません。



ある曲の演奏として、音があなたに伝わって、あなたはそれを受けて魂が揺さぶられて感動した、ということです。
あなたがその曲を知っているか、指揮者は誰か、誰が演奏しているのか、を知っている必要はありません。

一方、何の反応も示さない人は、間違いなくその演奏は聞こえているのです。
ただ、その音は魂を揺さぶらなかった、というだけのことです。
その曲を知っているかどうかなどは関係ありません。

クラシックに限らず、演歌で泣く人もいれば泣かない人もいます。

つまり、分かるか分からないかではなくて、感性の違いだけです。

絵画の世界でも、ある名画を前にして感動して泣く人もいれば、眉をしかめる人もいます。

その絵画をいくら説明されても関係ないのです。

ただし、教育ということであれば、その曲の背景を教えることで、感性を刺激することは可能です。

「とても深く愛していた彼女が、自分を捨てて離れていくときの心情を曲にした」というような説明があれば、より具体的に情景をイメージできますから、感情移入もしやすくなります。

その説明を聞いてからその曲を聴いて感動したのであれば、教育効果ということになります。

現在の芸術教育は、そのような部分が体系的になっていないのです。
教員もそこまで深く曲を理解していませんから。

教育としてやるのなら、もっとキチンとやるべきだと思いますけどね。
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この回答へのお礼

もっともです。日本は芸術の歴史が浅いというか力を入れてませんから。しかも西洋芸術が至高であるという認識からどうしても皮相的な教育しかできません。

お礼日時:2023/03/20 13:31

「音楽を聞いての感動(あるいは感情の湧き起こり)」って、音そのものに対する反応ではないのです。



その音楽の背景にある「ストーリー」とか(「ベートーヴェンは聴覚障害を乗り越えて偉大なヒューマニストになった」「シューベルトは失恋してその交響曲を未完成のまま放棄した」など)、その曲にまつわる個人的な体験とか(「ヒーローの死の場面で流れていた」「大好きなおじいちゃんがよく聞いていた」「落ち込んでいるときに聞いたら勇気がわいてきた」など)に感動しているのです。
つまり「音楽そのもの」にではなく、「その音楽にまつわる自分の感情・思い入れの回想・再現」に感動しているのです。

ある人はクラシック音楽に、ある人は自分に寄り添ってくれた J-POP に、ある人は「災害復興ソング・花は咲く」や「ふるさと」に、ある人は「旅立ちの日に」など。

音楽教育に限らず、そういう「情操体験」や「様々な感情」を持つ豊かな人間を育てるということが大事なのでしょうね。
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この回答へのお礼

いや違います。前知識なく聞いて音楽そのものに感動しているのです。

お礼日時:2023/03/20 21:05

>クラシック音楽など、分かるやつにしか分からないという事実を示してますか?


そうですね。
あと、自分はわかっている、と勘違いする輩がいることも示すわけです。

>感動するやつは感動するし、何も感じないやつはどうにもできない
最終的にはそうですけど、まず機会が無いと感動するもしないもわからないし、音楽にしろ美術にしろ鑑賞にはある程度の慣れや訓練や知識が必要ですから。
義務教育の芸術はそういうきっかけを与えるのが目的でしょうね。
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この回答へのお礼

それは異存ありません。機会を与えた結果、それがほとんどの人間にとって無駄だという結論に達しました。

お礼日時:2023/03/20 09:15

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