泥棒というと唐草模様の風呂敷、頬かむり、泥棒ひげ、地下足袋、ピンクパンサーのBGMに忍び足というイメージがありますが、このイメージはどこから生まれていつ定着したのでしょうか?

昔の泥棒は正直にこのような格好をしていたのでしょうか?

A 回答 (2件)

すごくマジメに考察したのですが、結果としては?です。


江戸時代の浮世絵を多数調べてみましたが、この姿は見つかりませんでした。(歌舞伎役者扮する盗賊は顔をほとんど隠していない!当時のアイドルですから当然ですよね)
しかし、昭和になってサザエさんにはこの姿の泥棒が出ています。のらくろやフクちゃんのような大衆マンガか講談社が昭和初期に発売した文庫本などの挿絵にはあるのかも知れません。
これ、本気になれば一本論文書けるテーマですよ。
もっと詳しい方いないかな・・・

補足:時代劇で千両箱を抱えて屋根の上を逃げる盗賊ってよく登場しますけど、千両箱って単純計算しても15Kg~20Kgの重量はあったハズで、4つ持って走るとすればバケモノですね・・・
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この回答へのお礼

いろいろと調べていただき痛み入ります。
サザエさんの頃には既に出ていたとなると、少なくとも50年ほどはさかのぼることになりそうですね。
スタイルから推測すると江戸時代だと勝手に思っているのですが・・・。

あぁ、頭の中で泥棒のテーマがリフレインしています。

>補足
千両箱ってそんなに重たいのですか!
4箱で人間を1人背負っているようなものですね。
昔の盗賊は相当な力持ちだったのかも・・・?

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/08/25 14:45

なぜ泥棒が唐草模様の風呂敷を使っているかについては、恐らく唐草風呂敷が荷物や家財を包むのに適していたからだと思われます。


風呂敷にはいくつかの種類がありますが、その中でも唐草模様の風呂敷は大きく作られており、たくさんの物を詰め込めるので、実際に昔の泥棒が使っていたのでしょう。
頬かむりは面が割れるのを避けるためだと思います。
昔の泥棒が皆そうとは限りませんが、似たような格好はしていたと思いますよ。
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この回答へのお礼

なるほど、昔の泥棒はまさに「泥棒ルック」をしていたのですね。

街灯もセキュリティも今とは事情が違いますから、現在の「いかに目立たず気づかれず迅速に行動するか」よりも、とにかく「面が割れず、効率的に物を運ぶ」ということを最優先にしていたのですね。

大変参考になりました!ありがとうございました。

お礼日時:2005/08/23 10:20

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