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子供が一歳になるとお餅をしょわせて健康を願う?
お祝みたいな習慣があると思うのですが・・・。
その由来や意味合いがわかる方いらっしゃいますか。
またある地方では、立って歩こうとする子供をわざと転ばせるなどということも聞いたのですがそれはなぜなのか、御存知の方おりましたらお願いします。

A 回答 (4件)

toptop さん、はじめまして~☆♪



『背負い餅』とも言いますね。
子供の、健やかな成長と幸福を祈る行事です。
一升は「一生」に通じることから、粘り強く一生健康で
力強くあってほしいと願いを込めたものだと思います。


> 立って歩こうとする子供をわざと転ばせるなど・・・

将来、遠くにいかないよう転ぶのがよい
地方によっては早く歩きすぎる子は将来、家を離れてしまう(遠くに行ってします)と
して嫌い、わざと転ばしたりしたので「ころばせもち」とも呼ばれているそうですね。

下記URLもご参考になると思いますよ。

【升餅プロジェクト結果報告】
http://www.asahi-net.or.jp/~jh3h-ymd/mochi.html


ではでは☆~☆~☆
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この回答へのお礼

お早い回答有難うございます。m(_ _)m
納得出来ました~。
意味もわからず風習としてやっていた自分が恥ずかしかったです。 (^-^;)
御丁寧な文に感激です又、宜しくお願いします。
有難うございました。

お礼日時:2002/02/02 20:12

こんにちは。


#1の方の回答でもいいのですが、ちょっと補足させてもらいます。

「背負い持ち」とか「しょいもち」などと呼びますが、こういった習慣は全国に少しずつ形を変えていろいろと残っています。共通項をくくってみると、「米(餅)」と「子供が泣く」という2つに収斂するのです。

柳田国男以来、今や常識となっているのが、「米の霊力」とでもいうべきものです。今では想像できませんが。神に供えられたもののお下がりを食べることで、その霊力にあずかって子供が健やかに育つ事を祈念するのですね。子供が生まれて百日目に今でも「お食い初め」という儀式が今もありますが、本来は赤飯や焼き魚までもうけていました。本来赤ん坊に食べられるはずもないものを出すのは、それが神(とくにここでは産神:うぶがみ)への供え物であったからです。

そして「泣かせること」。これは概ね、子供にわざと氏神の前で大声で泣かせて、そのことによって氏神の公認を得ようとする儀式と理解されています。氏子、つまりその土地の構成員の1人と正式に認めてもらい、その加護を頂こうとするのです。宮参りの時に、わざわざ赤ん坊をつねったりする習俗はいまも地方に残っています。

もう少し言えば、赤ん坊を泣かせることは「祓い」の観念につながっています。泣く事は一般的にはよくないことのようですが、逆にそういうことで「穢れ」を落として、まっさらというか、生命エネルギーの満ちた状態を回復しようとするのです。日本の通過儀礼の習俗にはこういう考えが底流にあることは大事だ、と思います。

こういう習俗は不思議なものです。ですからその土地ごとに、#1の方が書かれたようないわば俗流の解釈がありますが、あまり正しいとは思えません。日本全国での共通項をくくり出して、日本人のメンタリティから大きく説明できることが民俗学には不可欠です。
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先に書いてる方々の言う通りですが私からも少し  私の弟も赤ちゃんの頃のモチを背負っている写真があります  それを見て子供の頃に母に

聞いたのですが  ウチの方では早く歩いた赤ちゃんには背負わせる風習があるのだそうです   ちなみに私は?と聞いてみたら  あんたは歩くのが遅かったからモチは背負わなかったよ  と言われてしまいました   
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 本来のご質問に対する回答とはいえませんが・・・。


わが家(上総地方)では「1歳までに歩けたら一升餅を背負わせ」それでも歩けるようなら「さらに一升(家によっては五合)追加」といった具合に「転ぶ」というか「しりもちをつくまで」やらせます。
 近所では、二升背負って歩いた赤ん坊がいた、というのが最高記録ですね。
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