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私は史学を専攻している大学院の一年生です。

先日、私が卒業論文で書いた事に関して改めて調べていた所、
私の大学の講師の先生が書かれた論文の中で、私が卒論で結論付けた所と極めて類似する事が書かれているのを見つけました。
その先生が私の研究分野について研究されている事は知っていましたが、卒論を書いた時点では勉強不足でその論文の存在は知りませんでした(その先生の書かれた他の論文は読んだ事はあります)。

何度か卒論の草稿を見て頂いた指導教官の先生や、卒論の審査の先生(指導教官の先生ともう一人別の先生)からは特に類似する事に触れている論文があるという指摘はありませんでしたし、大学院に進学後、自分の書いた卒論の内容をまとめて先生(審査時の二人の先生とは別の先生二人)や他の院生の前で発表した折も特に指摘はありませんでした。
また、その先生の論文と私の卒論は研究対象は同じなのですが、先生は制度史的な立場から、私はどちらかと言えば思想史的な立場から論じていますので、類似点があっても全体の流れが違うといえば違うのです(どうしても重なってしまう部分はありますが)。

ただ、不安なのは私の卒論が学部で編集される冊子に掲載される事が決まっているという事です。
既に編集用に卒論のデータは提出してあるのですが、提出した時に知らなかった先生の論文を卒論中に引用したり参考文献として挙げてあるという事は当然ありません。
その冊子は学部の各専攻に提出された卒論の中から一編ずつ選ばれて編集され一般の学生に配布される冊子なので、今後多くの人が目にする事になると思います。
そうなった時に、私の結論とした所が数年前に発表された先生の論文の中で既に触れられていたという事で、その論文を読んだ事のある人が私が先生の論文を読んでいた事を故意に隠して盗作した、という印象を受けてしまうのではないかと心配になってしまいました。

その講師の先生の論文が掲載されている雑誌は、私の大学で同時代の研究をされている先生方の論文をまとめて研究室が発行した論文集なのですが、そのような冊子でも研究している時代が違えば他の先生方はご覧にならないものなのでしょうか(図書館にも収蔵されていて閲覧は普通に出来ます)。
それとも、私の卒論の内容を読んだ(聞いた)先生方は講師の先生のその論文の事を知った上で、問題はないと判断なさったのでしょうか?

また、このような場合は、自分の書いた卒業論文の内容に関して提出後に類似している事を言っている先行研究を発見したと卒業論文を指導してくださった先生に報告して相談するべきでしょうか?

長々と失礼しましたが、どうかご意見をお聞かせください。

A 回答 (3件)

質問者様の大学では本当に「卒業論文」を書きますか?正式名称は「特別研究報告」みたいな名前ではないですか?


いわゆる卒論は、研究成果としての意義(独自性)を認めて単位が出るわけではないです。研究活動をちゃんと行った、所定の指導を受け、課程を治めたかどうかで単位が出るかどうかが決まります。つまり、本物の研究論文とはおよそ違った評価軸にあります。
盗作はダメですが、知らずに他人と同意見を書いただけなら特に問題にならないでしょう。
失礼な言い方になりますが、特別天才でもないかぎり、大学4年生が思いつく事なんて、他の多くの人が思いついていることです。審査する側もそれは判っています。

所詮大学4年のすることなので、独自性はあまり気にされません。基本的には卒論は本棚の肥やしになって、誰かが読むこともない・・というのが定番の運命です。あなたの後輩が類似の研究をするときには資料として読むかも知れませんが。

教員は、主査、副査でもない限り他の学生の卒論など読みません。同じ学科内だと卒業審査の時にパラパラとめくるかもしれないといったくらいです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>質問者様の大学では本当に「卒業論文」を書きますか?正式名称は「特別研究報告」みたいな名前ではないですか?

他大学の事はよく知りませんが、私の大学の学部で必修として4年生に課される物は「卒業論文」という名称になっています(実際には「論文」とは名ばかりのレポートに毛が生えた程度の代物になる訳ですが)

>盗作はダメですが、知らずに他人と同意見を書いただけなら特に問題にならないでしょう。

これを読んでとても気が楽になりました。
今回の事は私の勉強不足ですが、確かに学部4年生で完全なオリジナルな意見を出せと言われても厳しいですね。

自分の卒論の不出来具合は自分が一番良く分かっているので、冊子に掲載される事も正直かなり恥ずかしいのです。
仰る通り、配布されたところで真面目に内容を読む学生も殆んどいないと思いますが…。

とても参考になりました。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/04/28 21:17

「私は史学を専攻している大学院の一年生です。



先日、私が卒業論文で書いた事に関して改めて調べていた所、
私の大学の講師の先生が書かれた論文の中で、私が卒論で結論付けた所と極めて類似する事が書かれているのを見つけました。
その先生が私の研究分野について研究されている事は知っていましたが、卒論を書いた時点では勉強不足でその論文の存在は知りませんでした(その先生の書かれた他の論文は読んだ事はあります)。」

 たいてい学部生はいわば修行の身で、まだ未熟な段階にあるということはアカデミズムでは合意されていることです。したがって、誰かの論述をぱくるとかは、やはり学部生は多くの場合やっているのです。ですから、先行研究があると知り、それを明示する能力だけが必要といえる段階でしょう。まだオリジナルな議論は不可能で、オリジナルだと思って書いても、たいていは調査不足で、誰かが似たことをより正確に述べているケースがほとんどです。
 先生たちは自分らもそうであったこともあり、学部生論文にはかなり寛容です。もともと学部生論文は、アカデミックな論文としては評価されません。


「何度か卒論の草稿を見て頂いた指導教官の先生や、卒論の審査の先生(指導教官の先生ともう一人別の先生)からは特に類似する事に触れている論文があるという指摘はありませんでしたし、大学院に進学後、自分の書いた卒論の内容をまとめて先生(審査時の二人の先生とは別の先生二人)や他の院生の前で発表した折も特に指摘はありませんでした。
また、その先生の論文と私の卒論は研究対象は同じなのですが、先生は制度史的な立場から、私はどちらかと言えば思想史的な立場から論じていますので、類似点があっても全体の流れが違うといえば違うのです(どうしても重なってしまう部分はありますが)。」

 審査した先生は、その先生の論文をあまりまともには読んでいない可能性が高いと思います。同じ学部でも教師は関心が微妙に違うことが多く、お互いの論文はあまり読みません。あるいは分かってはいたが、学部生ということで大目に見たのかもしれません。
 ただ重要なのは、あなた様がそれをすでに気がついているわけですから、報告時に先行業績として述べる義務があるということです。あるいは注として必ず書くべきであろうと思います。そうでないと修論ではうまく切り抜けても、評価はされません。アカデミズムでは調査不足ということにされるからです。調査不足というのは、最も悪い評価です。

「ただ、不安なのは私の卒論が学部で編集される冊子に掲載される事が決まっているという事です。
既に編集用に卒論のデータは提出してあるのですが、提出した時に知らなかった先生の論文を卒論中に引用したり参考文献として挙げてあるという事は当然ありません。
その冊子は学部の各専攻に提出された卒論の中から一編ずつ選ばれて編集され一般の学生に配布される冊子なので、今後多くの人が目にする事になると思います。
そうなった時に、私の結論とした所が数年前に発表された先生の論文の中で既に触れられていたという事で、その論文を読んだ事のある人が私が先生の論文を読んでいた事を故意に隠して盗作した、という印象を受けてしまうのではないかと心配になってしまいました。」

 盗作といえば盗作ですが、学部生ではたいして問われません。未熟であるということがアカデミズムでは合意としてあるからです。これが修士でもまだ良いですが、博士では許されません。ですから、盗作というのはおもに博士以上に限って大きなキーとなってきます。博士では必ずオリジナリティが絶対条件です。

 この点はご安心ください。

「その講師の先生の論文が掲載されている雑誌は、私の大学で同時代の研究をされている先生方の論文をまとめて研究室が発行した論文集なのですが、そのような冊子でも研究している時代が違えば他の先生方はご覧にならないものなのでしょうか(図書館にも収蔵されていて閲覧は普通に出来ます)。
それとも、私の卒論の内容を読んだ(聞いた)先生方は講師の先生のその論文の事を知った上で、問題はないと判断なさったのでしょうか?」

 多くの場合、互いの論文はまともに読みません。よほど関心が一致してないかぎり、読みません。あるいは人間的な関係が親密であれば読みますが、同じ学部にいる教師だからといって読むこともほとんどありません。


「また、このような場合は、自分の書いた卒業論文の内容に関して提出後に類似している事を言っている先行研究を発見したと卒業論文を指導してくださった先生に報告して相談するべきでしょうか?」

 必要ありません。まず業績という区分にすら卒論は入らないからです、法的にも学部生には盗作というのはほとんど厳重には適用されません。それがアカデミズムの合意としてもあるからです。
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この回答へのお礼

丁寧なご回答ありがとうございました。

>まだオリジナルな議論は不可能で、オリジナルだと思って書いても、たいていは調査不足で、誰かが似たことをより正確に述べているケースがほとんどです。先生たちは自分らもそうであったこともあり、学部生論文にはかなり寛容です。

本当にこの通りでの出来事でした。
自分の勉強不足が恥ずかしいです。

>ただ重要なのは、あなた様がそれをすでに気がついているわけですから、報告時に先行業績として述べる義務があるということです。あるいは注として必ず書くべきであろうと思います。

次に同様の発表をする機会がありましたら必ず参考文献等に挙げようと思います。

類似する事を言っておられたのが自大学の先生という事で、
今までの卒論関係の発表等に関して良くない噂(こいつのは盗作だ等)が流れてしまったり、その先生の目に私の卒論が触れる事があった時に参考文献に挙げていない事で先生が不愉快に思われたりしたら嫌だなぁと思ったのです。考え過ぎかも知れませんが…。

ですが、回答を読んで安心する事が出来ました。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/04/28 19:24

私は理系でしたので、文系よりは大量の院生が生まれているという事を抜きにしても、研究者育成を考えた場合、卒論はその分野での研究手法を学ぶための「試技」でございます。


卒論レベルに対して盗作云々と言われることはないかと思います。
むしろ、卒論段階で、別のルートから山に登ったら同じ頂上に登れた、という登山法をちゃんと獲得している院生(研究者の卵)であると、研究者からは思われるのではないでしょうか。

指導された先生には、あっけらかんと報告されてはいかがでしょうか?
私の予想では「ほぉ 気づいたかね?」とか「今度、その講師も含めてディスカッションするか?」とか好意的な返答が着そうな気がします。

と、卒論の学会における位置づけから、そのように思います。
ちなみに、私の卒論は、最期の方では、ほとんど博士課程にいたかたの強い指導というか、私は書いただけ程度でございました。
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この回答へのお礼

>卒論レベルに対して盗作云々と言われることはないかと思います。

こう言って頂き正直ほっとしています。
卒論を書いていた時も指導教官の先生に「学部生の卒論レベルでオリジナリティを出すのは難しい」とは言われていたのですが、
流石に自大学の研究室の出した論集に類似する先行研究があったので焦ってしまいました。
自分の勉強不足を痛感しています。

ご回答ありがとうございまいた。
とても参考になりました。

お礼日時:2007/04/28 18:53

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