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 この事件を僕は昨日テレビで見て、本当に嫌な気持ちがしました。
犯人のような人がもしも僕の身の周りにいるとしたら、あるいは内にこのような殺人衝動を持ち合わせている人がいるのだろうかと考えると、とても怖い思いがします。そして逆に自分の身の周りの人々がこのような殺人事件に巻き込まれたり、あるいは僕自身が被害にあってしまう可能性があることを再認識しました。

 普段、こういった殺人事件の報道をテレビで見ていても皆無に近いほど聞き流してしまうのですが、この事件ばかりは本当に驚愕でした。

 そしてひとつ思ったのが報道の仕方です。アナウンサーが現場の状況をカメラに向かって伝えているときに、その後ろで通行人たちが不謹慎な態度で醜態を晒していました。しかも事件現場を背にして。彼らももちろん慎むべきなのですが、報道している側も何かしら対処して注意を促すべきだと思いました。

 長くなりました。ここで質問です。

 僕たちはこういった日々の事件からいったい何を感じればいいのでしょうか。そしてまた何をメディアから受け取り、何を吸収すればいいのでしょうか。みなさんの言葉を待っています。
 
 お亡くなりなられた方々の冥福を祈ります

A 回答 (15件中1~10件)

事件から何を感じればいいのでしょうか。


また、何を吸収すればいいのでしょうかとのことですね。

秋葉原通り魔事件はかなり凶悪な事件でしたね。
本当にお亡くなりになった方々の冥福をまず祈ります。

巻き込まれた人たちは本当にいたたまれない気持ちでしょう。

まず、このような凶悪事件が起こって、これからも起こりうる能性は十二分にあるわけです。
最近では、通り魔事件などが起こっていますから。
巻きこまれないように十二分に注意することですね。

夜1人で出歩くのも控えた方がいいでしょう。
また、家族や友達が巻き込まれないように注意を促すことも必要です。

今の時代何が起こるか本当に分からないです。
この前も銃の乱射事件が起きていましたから。
このようなことに巻き込まれないように気をつけることです。

これが、吸収すべきことだと思います。

また、何を感じればいいのか。

このようなことが起こったことには時代背景があると思います。
最近になってこのような事件が増えたということです。
ともあれば、このような世の中になってしまったということです。
そうするとこれからこの世の中を良いものに変えていかなければいけないのです。

世の中の1人1人が取り組んでいかなければならなないのですけれども。
そのような意識が必要なのではないでしょうか。
1人でできることはないかも知れませんけれど。
意識の問題だと思います。

このような事件が起こったときに二度と同じ事件を起こさないように。
認識することと、確認することだと思います。

秋葉原通り魔事件に関して私なりに意見を述べさせて頂きました。

少しでもあなたの参考になります様に。
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現場からの中継の時に必ずこういう不謹慎者がでます。



自分の身内などが被害者でないから堂々と出来るんでしょう。

それはさておき、何を感じ何を吸収すれば良いかという事ですが、一部報道では事件の7時間前に場所や起こす事件の事柄等具体的述べていたという点です。時系列で断片的に携帯掲示板でしたが載せていたようです。
まさに、これから事件を冒すであろう者の予告をなぜに警察等に緊急的に通報して発信者を割り出し未然に防げなかったか?

公権力でさえネット監視が不十分な時もあったのでしょう。
ましてや昨日は日曜日でした。
犯人は「人を殺すために秋葉原まで来た。誰でもよかった」とあり
周りの何等関係なく楽しく買い物を楽しんでいる方を無差別殺傷してるわけです。

一般にネット利用してる人でさえ余りに異常極まりない内容なら通報してもよかろうと思いました。
通報していれば事前に機動隊も狙撃隊だってださねばいけないレベルだったでしょう。そういう風に未然に防げるものは防ぐそういう点が、
肝心だと思いますよ。
私もこれではないですが、硫化水素絡みでこのサイト上で危険極まりないものは、警視庁に通報しましたからね。
事件化する前に防止する抑止する事も大事です。

事件が起きてから幾ら犯人の生い立ちや生活環境諸々を暴いてもそれで
なんら犯罪抑止効果になるどころか、場合によっては連鎖反応を起こすので、至って無意味です。

なら犯人が言う「人を殺すのに誰でもよかった」と言う言動この手の無差別殺傷の犯人共通の理由の裏に何が存在しそれが何なのかそこに集約して取材報道し、それらを客観的判断すればよいと思います。

最後に、何等犯人は関係ない一般市民の方々のご冥福を祈ります。
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> こういった日々の事件からいったい何を感じればいいのでしょうか。



自己が被害者になる可能性だけでなく、自己が加害者になる可能性もありましょう。今回の犯人と同じような犯罪を犯す可能性のほか、様々な犯罪を自分が犯してしまう可能性を「絶対にない」と断言できる人は、少ないのではないでしょうか。

防犯活動に参加するとまでは思わない人でも、自己が犯罪を犯す可能性の原因となりうる「自己の内なるもの」を、少しずつでもいいから出来るだけ取り除くよう努力し続けることは、できるのではないかと思っています。

ひとりひとりがそうすることで、結果として二度とこのような事件が起こらないことに繋がるのではないか、と思います。


> 何をメディアから受け取り、何を吸収すればいいのでしょうか。

メディアリテラシーという言葉が代表するように、メディアは自らの思想信条・営業的価値観等に基づき情報を発信しており、情報をそのまま受け取ると、情報の本質や核心を見誤ってしまうおそれがあります。メディアはそういう存在だということを知っておくだけでも、違ってくるように思います。
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何を感じ、何を吸収すればよいかということですが、それはあなた自身が考えるのがいちばんなのではないでしょうか。



テレビはいつも何かを「感じさせよう」「吸収させよう」としています。
それは企業や団体のためであったり、政治や経済のためであったり、本当に国民のためであったりとさまざまです。

ぜひテレビ以外のもの、人からでも本からでも多方面からいろんなことを吸収し、テレビの特異性に気づいたうえで上手にテレビ報道を活用されるとよいと思いますよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>何を感じ、何を吸収すればよいかということですが、それはあなた自身が考えるのがいちばんなのではないでしょうか。

このことについてですが、僕自身もしっかりと考えたつもりです。そしてそれを誰かと意見交換や共感、そしてまた新たなより良い考えができればと思いこの件に関する質問をしたのです。

この世から決してなくなることのない残酷な出来事に対して目を背けたり、聞き流すようなことをしてはいけないと思います。かわいそうだ、という一言で片付けることは簡単なことです。
僕は自分にも起こり得る事件であると思い、これからも必死で生きていくつもりです。

お礼日時:2008/06/14 14:42

>僕たちは、・・・事件からいったい何を感じればいいのでしょうか。

そしてまた何をメディアから受け取り、何を吸収すればいいのでしょうか。みなさんの言葉を待っています。

質問者様を含めた「僕たち」では、私は答えられないので、私だけの考察結果として聞いてください。同様に感じるように強制したくありませんから。

自分の場合は、まず、怒りです。他者の生を強制終了させる愚行に対する激しい怒りを感じています。そして、「もろさ」も感じます。なんと簡単に多数の死者が出てしまうのかという脆弱さとでもいうような印象です。誰も反撃できなかったのかという弱弱しさに驚いてしまいます。警官も被害に遭っているようですし、サミットを控えてテロ対策の警戒中の首都にしては、信じられないほど、やりたい放題できていて、そこにも失望しました。
マスコミは客観的に報道していればいいので、被害者宅に押し寄せてうるさくしないように自重していればいいと思います。
殺人鬼に対しては、打つ手がないですから、遭遇してしまったら終わりだなと思いました。命がけで反撃できるような人間になりたいとは思いますが、武道を心がけているはずの警官でもやられてしまうのですから、どうなることやらです。
犯人については、公開処刑を求めたいくらいの気持ちです。
被害者及び関係者同様に悔しく思い、同情いたします。
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私はあの時現場にいた一人です。



亡くなられたお一人の傍で救護の為に119番をしました。もっとも私自身の力がなく、何もしてやれなかった事が今でも悔いています。

私は一夜明けてもこの事件について考えていました。結論を申し上げれば何も答えが出ません。



目の前に血まみれの男性が横たわっています。流血した多くの方が倒れています。ですが、今でも現実感がありません。実際にこの目で凄惨な現場を見ているのに。
テレビで放送されているのを見てもまるで遠い世界のように感じてしまいます。

恐らく多くの方は私以上にテレビで流れるニュースを『他人事』として捉えているでしょう。「今の社会は怖い」「容疑者を許せない」といっても無意識にどこか自分とは関係ないと思っている人は少なくないと思います。


私たちの感覚はもう、メディアによってイカレています。感じようとしても感じきれない。その中でどうすればいいのか私は答えが見つからない。せめてこの社会が健全で平和になるように正しいと思うことを全力でやりたいと私は思っています。

ご遺族の方、ご冥福お祈りいたします。
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この回答へのお礼

鋭い意見をどうもありがとうございます。

確かに実際に目で触れて、肌で感じたことの無い事に関してはやはり無意識の内に距離を置いている気がします。しかもその距離は実際なかなか遠いものなのです。
テレビは映像を吐き出します。テレビは一方的に投げつけます。僕に言わせればアナウンサーも評論家もクソッタレだと思います。彼らは知っていることや、原稿を読んだりして、それらを難しい言葉にして僕らに聞かせ続ける。
僕は現場に実際にいたyoungchildさんのこの短い意見文の方が何百倍もの価値があるものだと思います。

ぜひともテレビに影響されまくっている若い人たちに伝えたいです。
まずは疑うこと、それから考えること。

お礼日時:2008/06/14 14:53

秋葉原通勤者で、土日にもよく出かける者です。


今回の事件で言えることは、「繁華街を狙う確信犯の犯行は、止められない」です。

今回の犯行現場は、夜道でも暗い道でもありません。晴れた休日の繁華街です。しかも、通常は暴力団も暴走族も来ない所です。

実は秋葉原は、警察などの警備が度々拡大している町です。
今回、事件の車が突っ込んで停止した所から、わずか50m先に交番があるのです。
この交番は、入居しているビルの新築を契機に、去年500mくらい先の別の交差点から移転してきた交番なのです。
犯人は、交番の手前50mで停まり、交番の反対方向へナイフを持って走ったことになります。

秋葉原の歩行者天国では、過激なパフォーマンスが問題になり、4月に迷惑防止条例違反で猥褻パフォーマーが逮捕されました。これを契機に、警察だけでなく商店会や町内会も加わったパトロールが強化されていました。わずか、1ヵ月半前のことです。

秋葉原の歩行者天国は、一部で車が横断する道を確保する為に、信号待ちの必要な交差点が確保されています。ここを、歩行者天国と勘違いして歩行者が自動車事故に遭わないように、柵を置いて警官が警備しています。
普通に、車線と制限速度と信号を守る車なら、もし歩行者が信号無視をしても、「ひゃっとした」で済む範囲です。
でも、今回の犯人は、この交差点に蛇行しながら突っ込みました。

事件の有った交差点から、交番まで50m,警察署まで、南下して左折して約300m。消防署までは、東進して北上して約400m。
西へ約1km進んで御茶ノ水駅前へ出ると、東京医科歯科大,順天堂大,日大の付属病院が集中しています。
そんな恵まれた環境にも関わらず、7人も亡くなったのです。
犯人がナイフを振り回したのではなく、体当たりで突き刺したからでしょう。報道の第一報時点で、既に心配停止でした。

犯行開始から犯人確保まで、5分でした。これを長いと思いますか? 短いと思いますか? 立て籠もりではないですよ。瞬間的な事件です。
今回、警官も刺されましたが、この警官は犯人を取り押さえるよりも被害者の救助を優先したのです。その警官の脇腹を、犯人は刺したのです。
犯人を取り押さえたのは、駆けつけた別の警官です。

私は昨日、この事件の3時間ほど後に、秋葉原へ行きました。
すでに、事件現場近辺以外の通行規制は解除され、歩行者天国では毎週の賑わいが「復活」していました。
誤解されるかも知れませんが、私は、1人の無法者ごときで秋葉原の賑わいは壊れなかった、と安心したのです。
よく、「会場を爆破する」の予告電話で大切な祭や運動会を潰される事件を聞くと、悔しい思いでいっぱいになりましたから。
そんな、「普通の日曜の秋葉原」を楽しむ人が、「え?ここで事件が有ったの?」という感覚で歩いていたことでしょう。それをTVで見ると、不謹慎に見えたかもしれません。

最初に書きましたが、犯人は最初から大量殺戮を狙って繁華街に突進してきたのです。しかも、朝からテンションを高めて。出来心ではありません。
こんな犯人から逃げるのは、「幸運」に頼るしかないのが現状です。市民の反撃を許せば、流れ弾に当たります。

余談ですが、2001年の9・11事件以降、私の勤務先の会社(海外出張が多い)では、「繁華街に不用意に近付かないように。テロの危険があるから」との注意文書が回りました。
そういうことを意識するしか、ありません。
犯人が、爆薬や硫化水素を持っていなかっただけ、マシだったくらいでした。悲しい言い方ですけど。

なお、今回のことで「秋葉原は恐い」と思わないでください。
犯人は、渋谷を経由してきていますし、新宿を襲ってもおかしくなかったのですから。
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こんばんわ。


難しく、重い質問ですね。

ご参考になるかどうかわかりませんが・・・。

『忘れない』ことが重要だと思います。

僕が大学生の頃、地下鉄サリン事件が起きました。大変な衝撃を
受けました。その後、神戸の児童殺傷事件や大阪の小学校襲撃事件
がおきました。アメリカの同時多発テロも衝撃的でした。
でも・・・

しばらくたてば、忘れてしまっています。仕方のないことです。
みんな自分の人生で忙しいのです。あれほどの衝撃も自分に直接
関係無い限り、忘れてしまうのは当たり前なのです。

『残酷な事件は いつの日からか皆の 一番の退屈しのぎ
 残酷性が強ければ強いほど 週刊誌は飛ぶように売れる』

これはブランキージェットシティというバンド(古い!)の
『悪い人たち』という曲の歌詞の一節です。

残酷な事件が起きるたびにこの曲を思い出し『そうだよなあ』
と感じます。

そう、人が生きていくというのはある意味、冷たく残酷な事なのかも
しれません。悲しい事件も時間が経てば忘れてしまう。あなただって
そうかもしれない。

でも、一方で、今、あなたや私がこの事件から感じるやるせなさ・悲しみ・怒り・・・そういったもろもろの感情をできるだけ忘れないよう、
しかし自分の人生は前向きに、かつ(出来ることなら)この世の中を
少しでもいい方向に持っていくよう、考えて悩み続けることが、
今回理不尽な死に方をしていった方たちへのささやかながらの供養に
なるのかなあ、と思います。

まとまりのない文章でごめんなさい。
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1)油断大敵(というか、常に周囲に気を配り自分の身を守ろう?)


…決して被害にあわれた方が油断していたとか、非難するつもりはありません。ただ、理不尽な不可解な事は誰の身にも起こってしまうんだと。たとえば、自動車を運転する時は色んな事を考えないとならないじゃないですか、それと同じレベルと言うと近いかなぁ。

2)どんなに辛い事があっても、人に迷惑をかける事をしてはいけない。
…生きて生活していりゃぁ、死にたくなる事も、社会に理不尽に感じる事もありますよ。そりゃあ、程度の差こそあれ、誰にだってあるんです。自分ひとりが辛いわけではないのですよね。自分が辛いからって、人を辛い思いをさせて良いということではないですよね。

3)イザと言うときに、自分には何が出来るか?何をしないとならないか?常に備えておこう!

私はそんな事を感じました。
被害にあわれた方にお見舞い申し上げます。
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私も、現場に居合わせた人が、写メールをとっている姿や、それこそ「にやけて」インタビューに答えている姿をみて、嫌悪感を覚えました。


立ち入り禁止の線がはられた、交差点内は、それこそ日常とは異なるものですが、それを興味本位でのぞこうとする人には共感できませんでした。
犯人の誰でも良かったという、発言と客観的にひとの死をながめる人々。
異様な感じがしました。
報道に関しては、「事実を伝える」ことに徹してほしいです。それをみて、何を感じるかは人それぞれです。
私情を交えず今後、どうしたら皆が平和に過ごせるか、模倣犯がでないよう考慮して、報道してほしいです。
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