日本の最後の対戦国と終戦記念日
日本の最後の対戦国はソ連ですか。
一般的に終戦記念日は8月15日とされていますが、対ソ戦が終わった本当の終戦日は別の日なのではないですか。
にもかかわらず8月15日を終戦記念日と強調する訳は何ですか。
8月15日は、英語でも、VJ-DAY(対日戦勝日)という語があります。
http://eow.alc.co.jp/VJ-DAY/UTF-8/?ref=sa
英国では8月15日、米国では8月14日(時差やら日付変更線やらで)だそうですが、一応、在住者などのブログなどで現地事情を見てみると、米国はもう一般的ではなくなっていて(ロードアイランド州のみ祝日)、英国でのほうが知られているらしい(休日にはなってないらしい)。
そういえばVJ-Dayはイギリスのものと昔読んだような気が。
韓国では8月15日が光復節だそうです。
ウィキペディアがどこまで正確か私にはわかりませんが(自分の知識不足)ソ連や中国では9月3日が祝日だそうです。
とにかく、各国で記念日がいろいろあるらしいですよ。
ヨーロッパにおける戦勝記念日とか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BE%E6%97%A5% …
8月15日は単に、天皇陛下が国民に停戦を公式に呼びかけた事を記念する日です。ですから敗戦記念日ではなく(1945年8月15日の時点では公式に対米戦は敗戦していない)「終戦記念日」なんです。
対米戦の敗戦については9月2日の降伏文書調印、9月8日のサンフランシスコ条約調印、4月28日の同条約発効などをあげる人も多いでしょう。
また、沖縄守備軍は8月29日まで抵抗を続け、9月7日に降伏文書への調印をしています。
確かに対外的にはこれらの日々の方がふさわしいとは言えますが、日本国民にとって「太平洋戦争が終わった事を実感した日」はやっぱり8月15日なんです。
対ソ連戦についても、一般的には9月4日の降伏文書調印を以て停戦とみるのが一般的だろうと思います。
abcd_efgh氏は大東亜戦争の終戦記念日は8/15ではなく、関係各国との間で全て講和が結ばれた日にすべきと言いたいのでしょうか?
それならまだ終戦を迎えてませんよ。日本国は現在、二ヶ国と戦争状態にあります。
一つが1904年の日本・ロシア&モンテネグロ戦争(通称・日露戦争)でモンテネグロとは講和条約も平和条約も交わしていません。
もう一つが1945年に宣戦布告してきたイタリアで、70年代に四国の割譲要求を取り下げさせる代わりに6億イタリアに支払いましたが、平和合意はしておりません。よって大東亜戦争は終わっていないことになります。
では何故8月15日なのか、これは終戦記念日ではなく敗戦記念日なのですが、一応この日を区切りに日本は戦争行動を停止した日だからです。
少なくとも事実上の太平洋戦争終結は
降伏文書調印の9月2日
といえるでしょう。
国際法上では平和条約が成立してはじめて戦争状態あるいは国家間の不正常な関係がするわけですから
サンフランシスコ講和条約に全権大使が署名した
1951年(昭和26年)9月8日
あるいは国会承認と内閣批准を経て発効した
1952年(昭和27年)4月28日に戦争状態が集結したといえます。
その時にはソ連(現ロシア)との平和条約は結ばれていませんし、現時点でもまだのはずです。
そういう意味では現在でもソ連(ロシア)とは関係不正常のままです。
正式には戦争状態が終結していないといえます。(当然事実上戦争は終わっているわけですが)
8月15日が我が国で終戦記念日であるのは、やはり天皇のラジオ放送によって国民全員が「負けた」「終わった」と実感したからではないでしょうか。
当時の日本人にとってみれば降伏文書調印なんか後追いの儀式にすぎないと感じたんでしょうね。
これを言えば、サンフランシスコ条約の発効される4/28が終戦となってしまいますし、
これに調印しなかったソ連、インド、中国とはその後も交戦状態に有りり、個別に停戦した。
と表現せねばなりません。
また、ポツダム宣言は、陸軍/海軍を日本政府が責任を持って戦闘行為
停止させる条件書であり、
日本政府の降伏を意味しないと論議は大きくなります。
玉音放送は8月15日です。
しかし、自衛の域を超えない戦闘まで放棄した訳ではありません。
日本政府は、8/15
責任を持って陸海軍の戦闘行為を停止させています。(停戦)
しかし、国籍不明の軍隊の侵略に対しては断固戦いました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%A0%E5%AE%88% …
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