ピカソの絵を大量にみてきました。
ゲルニカなんかは、説明されるとなるほど
そうなのかと時代背景が思想から
絵を理解する事ができるのですが・・・

全般において
ピカソの絵のよさについて
全く感じ取る事ができません。

ピカソの絵のどこがどう世界的に評価されているのか
教えていただけないでしょうか?

A 回答 (12件中1~10件)

写実よりもこういう絵の方が好きだからかもしれませんが…


頻繁にピカソの絵が論議されますが、そこもよい所かな。
経歴や、幼少時のデッサンがあげられることが多いですね。

それももちろんのことですが、私にはそれよりもキャンバス内の構成や
配色も好きです、独特な筆運びも良いと思う。
墨一色で描かれた闘牛の絵も素敵だと思います。
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ピカソの絵以外に彫刻や陶芸など別作品もご覧になられましたでしょうか。



彼はルネッサンス以降のリアリズム的な美術の概念を覆す別の価値観、「キュビズム」を確立したことのみならず、
同世代の知識人達に広く影響を及ぼした20世紀を代表する偉大な芸術家であったといえます。

「キュビズム」を通じてピカソやブラックは従来の唯一の焦点にあわせて目の錯覚を誘いだす遠近法から脱却し、
あえて複数の目線から合成写真のように絵画を再構成するような試みを行い、
また、パピエ・コレという紙貼りや紙以外を寄せ集めて貼るコラージュによる作品も多数残しました。

このような試みが当時にしては大変に斬新な手法だったわけで、
これが第一線で活躍していた画家達や美術界に大きな衝撃を与えたのですが、
ジャン・コクトーやアポリネール、バタイユ、サルトルといった作家達に思想面で大いに交流を深めた業績も見逃せないと思われます。

確かに「既存の視点やモノを一旦断片化して再度寄せ集め再構築する」とは何とも奇抜なアイデアだとは思いませんか。

私的な印象としましては、ピカソの『ラス・メニーナス』がヴェラスケスの偉大なる「オリジナル」と比較しても、
何度見ても飽きない不可解な「視点」と空恐ろしさだけが妙に印象に残っています。
でもその「わけがわからない理解不能」という余地の多いところが私は面白くて大好きなのです。
そして彼の絵画が後にリキテンシュタインなど現代作家からオマージュを受けているというのも興味が尽きません。

また、私が滞欧していた当時プラドの別館に展示されていた『ゲルニカ』からは、
「モノクロの大画面とダイナミックな描き方」こそが戦争の悲劇や阿鼻叫喚を訴える上で「至上最高の手段」ではないか?と思えたほどでした。

質問者様の
>全般において
>ピカソの絵のよさについて
>全く感じ取る事ができません。

というこの感覚はありのままで大変素直だな、と私は思います。
ただ、ピカソの絵画をとりあげても本当に多種多様ですし、彫刻や陶芸もプリミティヴで大変に面白く、
彼の作品に触れれば触れるほど自ら迷宮に入りこんでいかざるを得ないような奥深さもあるのです。
何より彼の作品からは「何がしかのパワー」を感じ取ることが出来ると私は思うのですが。

「どこがどう世界的に評価されているのか」と今は疑問しながらも、
今後ピカソ作品を追って行くうちに、いつしか質問者様ご自身でさえもピカソの作品に対する評価が変わっていくかもしれませんね。
ピカソ本人でさえも自らの作品に対する想いや主張を大きく変えていったのですから♪
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ピカソも大好きな一素人美術愛好者です。



ピカソに限らず、優れた絵画はいずれも単純に写実的なだけではないかと思います。
と言うか、古来、優れた画家たちというものは、例外なく、それぞれの時代にあって、最も正確に対象を観察し、それを描き出そうとしてきたのではないでしょうか。

私自身は、最初にピカソを見たとき、いわゆるカルチャー・ショックに近い衝撃や戸惑いを受けました。
それを私なりに説明すると、「理解する」にも二通りあって、自分の慣用としてきた知の鋳型に合わせて対象をそれに当て嵌めて理解する場合と、自分の慣用としてきた理解の範型に合わない対象との出遭いによって、自分の知の鋳型が対象から無効宣言される場合とがあるのではないでしょうか。

ピカソをはじめとする、前衛的、革新的な芸術作品というものは、概して鑑賞する側の慣れ親しんできた知の鋳型を否定したり、批判したりする力として作用するのではないでしょうか。
つまり、ピカソを「理解する」というのは、実は自分の古い知の鋳型が壊されることであり、だからこそ筆舌しがたい、言語道断のいわゆる感動、恍惚、無我の境地にいたるのではないでしょうか。
その時、ピカソによって自分が支配されたり、征服されたりする、その意味では一種のマゾヒスティックな快感に溺れているのではないでしょうか。

鑑賞を終え、その体験を反芻するようになったとき、間違いなく自分の内部にはこれまでのものとは違った、新しい知の鋳型が出来上がっているはずです。
芸術の鑑賞というのは、そしてそこで感動するというのは、実は自分の古い知の鋳型をいったん死に至らしめ、新たに蘇生させるという秘儀であると言えるのかもしれません。
だから、しばしば優れた芸術作品は鑑賞する者をして自己発見せしめる力を内在させていると古来言われてきたのだと思います。

その上で、質問者さんの

>ゲルニカなんかは、説明されるとなるほど
>そうなのかと時代背景が思想から
>絵を理解する事ができるのですが・・・

という鑑賞態度について申しますと、失礼ながら、こういう姿勢では、ご自分の慣れ親しんできた知の鋳型が頑固に自己保全している、一度死んで蘇るのを拒絶していると言われるかもしれません。
その他、絵画の技法、時代・社会背景、画家・題材に関する知識等々も、すべて既成の知識という鋳型であって、本当言えば、虚心坦懐に絵を鑑賞する上では邪魔物でしかないと思います。
それに囚われた眼でどんなに優れた絵画に向き合っても、絵画の方では決して深奥の魅力を見せてはくれないと思います。

>ピカソの絵のどこがどう世界的に評価されているのか
>教えていただけないでしょうか?

たとえば、ピカソの立体主義について申しますと、彼はこれまでの画家が対象をカメラアイ(=パースペクティブな視点)から眺めることを写実的な態度だと思い込んでいたとすれば、はじめて、他ならぬ人間の眼で、しかも先入観や偏見をできる限り排除して対象を眺めればこう見えるはずだ、という確信を持つに至った最初の画家である、と少なくても私はそう考えております。

人間の眼は、カメラアイと違って、人間の横顔の裏側にもう一つの眼が付いていることを知らないフリして横顔を観察することなんかできませんからね。
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私もまだよく分かっていませんが、おそらく、一度や二度見ただけでは分からないものだと思います。


誰しも最初のうちは、見慣れないものや意外性の強いものを受け入れることが出来ず、馬鹿にして遠ざけたり、あれこれと一生懸命考えてとにかく理解しようと努力したりするものですが、そこで無理に急いで理解しようとするのではなく、例えばピカソの画集の絵を自分の部屋の壁に貼り、毎日ただなんとなく眺めるなどして繰り返し接触し続けることで、次第に平気になり、親しみが湧き、あるとき突然、感覚的に受け入れることが出来るようになり、作者の意図も手に取るように分かり、それがとても価値のあるものに思えてくるということがあるのです。
「考え」による理解より、「感覚」による理解のほうが、より高いレベルにあると思います。そこに至るまでには上記のようなアプローチが必要だと思うのです。数日でそうなる人もいれば、何年もかかる人もいるかもしれません。途中でものすごく気分が悪くなって、嫌になるかもしれません。でもそこで自分を守ろうとして拒絶せずに、気分が悪ければ悪いなりにそれに接触し続けるのです。何も考える必要はありません。そうすれば、いずれその気分の悪さを通り抜けて、とてもすっきりした良い気分になるのです。
自分は現代音楽でそういう経験をしました。このことは、全ての芸術、いや、芸術以外の多くの物事についても当てはまると思います。長々とごめんなさい。
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そんなの簡単です。

美術の歴史上誰もやらなかった表現を世界で初めてやった点です。

当時は非難されたことですが、他の同じことをやったってそれは単なる真似でしかないのです。誰に非難されようとも己の信念で想像し具体化して美術の世界のパイオニアになった点が現在の評価なのです。
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有名な作家だからと言って「理解」しなければいけないというものでもないと思います。


かといって「自分が理解できない」のをことさら強調して周囲に同意を求めるのもなんだか下品と思います。

ゲルニカの本当におもしろいところは反戦とか怒りとか本来重苦しいものを表現しようというのによりによって赤塚不二夫や谷岡ヤスジのようなスタイルを開発して描いてしまうというところと思います。しかも大まじめです。笑っていいんだか悪いんだか混乱にたたき込まれます。
あれを思いついた時に本人はこれはできたぞという気持ちになったに違いないです。私も作品を観て追体験しました。
そういうことが美術(のおもしろさ)なのだと思います。

ゲルニカは部分部分で描いた下書きの方がおもしろいので機会があったら観てみてください。

美術は高価だとかなんだとか忘れて漫画やこどもの絵を観るような公平な心持ちで望むのが大事だと思います。
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ピカソの絵で最後まで貫かれている部分は空間の効果と形体の持つ


効果の抽出にあると思います。それらを使って画面を再構成している
作品が多いですね。凄く知的な絵に感じます。
評価は当時力のあった画商が売り込んだから今の地位があるとも
いえるので、なんともいえません。画商の名前はヴォラールだったかな。

それともう一つ、古代建築物の装飾などにはよく分からない模様や
彫刻や絵画が描かれていますが、私達は何がいいのかと考えたりは
しませんよね?古代建築物なんだからヘンな模様が彫られても
受け入れられるというか、そういう絵なんだとそのまま受け止める
ことが出来ますが、なぜピカソを代表とする抽象画家たちの絵も
同じように私達は受け止めることが出来ないのでしょうか?
不思議ですね。

アドバイスとして好きになれといいませんが、
読み訊きして理解したと勝手に思わずに自分で納得いく答えを
導き出すほうが有益だと思いますよ。
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19世紀の写真機登場で画家ピンチ


→人が書ける絵には、写真には無い独創性を盛り込まなければならない。
という所に、絵のスタートラインがあると考えれば簡単でしょう。

http://blog.livedoor.jp/pasoku_matome/archives/5 …
の、
214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/02(水) 14:44:06.36 ID:9532uI/rO
http://image.blog.livedoor.jp/pasoku_matome/imgs …
ピカソ13歳の絵

341 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/02(水) 16:24:18.45 ID:7N1L2mex0
まぁまじで絵が下手だと思ってる奴は10代前半の作品見ると良いよ
父親(画家)が幼いピカソに嫉妬したって話は有名、10前半で当時の写実的描写は世界トップクラス
それから印象派の影響を受けた、もはや普通の絵はマスターした神の領域

http://chaosch.blog106.fc2.com/blog-entry-168.html
3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/10/16(火) 23:16:46.33 ID:aSHPSXzY0
宗教画の時代
 ↓
もっと人間社会のありのままを描きたい!
 ⇒ルネサンス(遠近法の発明)
 ↓
以降、写実性重視の時代がずっと続く
 ↓
19世紀ころ、写真の発明により画家達の生命ピンチ
 ↓
そんななか、日本の浮世絵に感銘を受けた一団
「3次元を2次元に忠実に写し取るより、
もっと感じるままに描いたらいいんじゃね?」
 ⇒印象派、ポスト印象派の登場

 ↓(ここから様々分岐、発展)

・「つか、色とかも見たとおり描かなくていいんじゃね?」
 ⇒フォービズム
 
・「形とかも見たとおり描かなくていいんじゃね?」
 ⇒キュビズムの登場・・・ピカソはたぶんこのへん

・「現実にあるものを描かなくてもいいんじゃね?」
 ⇒シュールレアリズムの登場

・「つか、もうどうでもいいんじゃね?」
 ⇒抽象絵画、ドリップアートとかいろいろ登場


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私の個人的な意見としては、
普通の曲じゃダメだから新しいの作ろう、という事でポリリズムを作ったような感じなんじゃないかと思っています。

そして一歩進んだおかげで基本のビートに飽きた人には新鮮で受けがいいけれども、音楽を普段聴いてない人からすればなんでわざわざずらすんだと言う感じで評価が分かれるんじゃないかと。
そしてピカソもそんな感じなんじゃないでしょうか? 
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おそらく世界の誰もがピカソの絵の良さなど分っていないと思います。


幼稚園児の描く絵のどこが良いのでしょうか。
私もぜんぜん分りません。

ただそのときの話題の絵を描くので有名になったのかもしれません。

30年以上前に前衛の絵画が某国営放送で放映されました。
私もたまたま見ていましたミロかピカソか誰かは忘れましたが、裸婦の絵画らしきもので、その裸婦の胸から毛が生えていました。
絵画の評論家はこれを評して「微妙な線の輝き」と言ったのです。
どこが?と思いましたよ。

わけが分らないのが芸術なんでしょうね。
ピカソはそれにうまく乗ったのだと思います。

私は一度でいいから幼稚園児の描いた絵をピカソの絵と同時に展示してもらいたいと考えています。
評論家は賞賛するでしょうね。きっと。
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ピカソと言えば、顔が色々な方を向いてくっついているような物だけをイメージしますが、青の時代の作品等を見れば考え方も変るでしょう。


完璧な描写が出来るように成った上で、表現の仕方を模索された結果がよく知られるところの物であるとすれば、私は大好きになりました。
専門的なことは解りませんが、新しい物を生み出して一枚の絵として成り立ち、それが人の心を捉えることは大変なことで世界的に評価されて当然と思います。
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