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9月24日の読売新聞朝刊「時代の証言者」欄に同時通訳者鳥飼久美子さんの次のような回想が載っています。帰国後日本の小学校の英語の授業で、先生が帽子の絵を見せて、英語で発音を求めたので、鳥飼さんがアメリカ流の発音で'hat'と言うと、先生は「何てキザな発音してるの?ハットでしょ。」と言われ、すごく傷ついたという話です。それを聞いた鳥飼さんの母親は、すぐさま学校に抗議に行き、「日本人の先生が発音を直すのはやめてほしい。」と申し入れたそうです。
同じような経験をお持ちの方おられませんか?
その時どう思い、どう対処しましたか?
その後英語が大嫌いになったり、皆に合わそうと、わざと下手な発音をするようになったという方はおられませんか?

A 回答 (2件)

発音を“笑われた”ことはありませんが、発音や英語力や海外生活経験ゆえの理不尽さや不公平感は、私を含めて古い世代の帰国子女なら必ずといっていいほど味わっているはずです。

皆に合わそうと、わざと下手な発音をするのも、ほぼ当たり前というか、マナーのようなものでしたし、母国語同然の英語が“大嫌い”になったとしたら、それは錯覚だとは思いますが、英語を敬遠した人は多いでしょう。また、「子女」というからには、こちらも若いので、自意識過剰であったり未熟であったりして、うまく対処できずに誤解を招くことも多々ありました。そういう話は、帰国子女関連の書籍やウェブサイトにたくさん載っています。

一番ムッときたのは、海外でポップやロックにどっぷりはやっていた私が、レベルを落としたつもりで、作曲の課題にとりくんだところ「帰国子女に“しては”よくできたわね」と音楽の先生に言われたことです。

また、一番もめたのは、とある地方都市に住んでいた時(転勤族だったのです)の弁論大会騒ぎでした。英語のスピーチコンテストがあって、クラス中が私を推薦しました。ベテラン英語教諭だった担任もしかり。でも、スピーチなど興味がなかったし、英語が母国語同然の私がスピーチで勝っても嬉しくないうえに、ずるい感じが当時はしましたし、優勝者は「東京」に行けると言われても、私はもともと東京出身で、しょっちゅう東京に帰っていたので魅力を感じませんでした。

「出場すればいいのに、なんで?」→「出場しないなんて、カッコつけてる」→「いや、この子がイヤだと言っているのだから尊重しよう」→「そんなこと言うのはアンタだけ。ねたみ?」という具合に、クラス中を巻き込んで、私にとってはわけのわからない議論が何日にもわたってどんどん膨れ上がっていきました。結局、クラスメイトで、英語が大好きで成績も優秀だった適任者が出場することになり、実際、その子は良い線いった記憶があります(初めからそうすればよかったのです)。

英語については中1からずっと、「英語関係の進路を選べ」と各担任に、しつこいほど言われ続けてきて、それがいやでいやで、絶対に英語の進路は選ぶまいと思いましたね。だって、日本語が上手な日本人は全員、日本語を専攻しなければいけない、という理屈と同じでしょ。幸い両親は、英文科を押し付けたりはしませんでしたが、両親とて当事者ではありませんから、完全に理解してくれていたわけではありません。そんな私が和英英和の翻訳を本格的に始めたのは三十歳も過ぎてからでしたが、今も「英語の仕事をしている」のではなく「日本語の仕事をしている」という意識でいます。
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この回答へのお礼

ucokさん、何度か過去の質問でご回答を頂き、有難うございます。
帰国子女関連の書籍やウェブサイトにたくさん載っていますか? すみません、検索不足で。
おそらく、彼らにもコンプレックスがあるので、帰国子女に辛くあたりたいのだと思います。
折角の海外経験が生きてこなかったり、やる気をなくさせるものがあるというのは、一部の日本人のイヤーな所でしょうね。

お礼日時:2009/09/29 20:19

お礼を拝見しました。

たしかに最近は帰国子女が増えた分、事態が改善してきたので、ネット上でそういう記事を見つけにくくなりましたが、例えば、ちょっと古い以下のサイトで「第○号」というところを適当にクリックすると、要点を押さえた記事などを読めると思います。
http://www.roots-int.com/S-T/

ちなみに、私は必ずしも彼らが「帰国子女に辛くあたりたい」わけなのではないと思います。帰国子女から見れば「辛い」ことではあっても、言うほうは単なる無知や無理解から言っていることが多いのだと感じます。例えば、鳥飼さんの例は、先生が鳥飼さんの発音を褒める意味で、いわゆる漫才の“つっこみ”ふうな発言をしただけなのかもしれません。私の例は明らかに、音楽の先生が褒めたつもりで、弁論大会についてもクラスは私を讃えたかっただけなのだと思います。ただ、彼らが良かれと思ってやっていることが、いかに相手を傷つけているのかを、当時は情報不足というか、厳密に言うと、情報が中途半端に浸透していたせいで、わからなかったんでしょうね。鳥飼さんも「そういう時代だった」ということを言いたかったのかもしれません。帰国子女問題に限らず基本的に、日本における差別は、確信犯的なものよりも、無知によるものが圧倒的に多いと思います。
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この回答へのお礼

再度投稿有難うございました。
お礼が遅くなりすみません。
最近皆外国人や帰国子女に慣れ、状況が改善出来ているのはよいことだと思います。今回のような「心ない言葉」が、確信犯的なものではなく、ほとんどが、不慣れから来る無知や無理解に起因したものであったとしたら、今後は解消していくのでは、とのお話を伺い、安心しました。

お礼日時:2009/10/03 13:47

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