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 以前、「女神にはあったことがあるとおもいます」

 という文章を読んだことがあったのですが、どのような状況で会ったのか教えてください。

 「神」が語れないなら、その体験だけでも「語って」もらえればと思います。

A 回答 (14件中11~14件)

人間は無意識下で膨大な情報のやりとりをしているようで、私も実際に難題の答えがビジョンとして観えたことがあります。


同様の原理が働き、遺伝子的にベストマッチな女子を女神のように感じてしまうこともなきにしもあらずではないでしょうか。

この回答への補足

 私の場合、どうすればよいか 何をしたいか あるいは問いと答えが一体となった情報は おもに朝起きた瞬間に思い浮かびます。

 おそらく、意外と大勢の人が何らかの神秘体験をしていると思いますが、忘れていたり他人に語ったりすることはあまりないのでしょう。

 その時々で自分にあった女子を女神として感じる。

 過去の女神を 今見ても、たぶん そうは思わないのでしょうね。

補足日時:2009/11/21 22:41
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この回答へのお礼

どうも

お礼日時:2009/11/21 22:48

見当違いの可能性が高いですが、ピエール・メナール(メネイルという表記も見かける)という人の回顧録「最期の懺悔者」(拙訳。

直訳すれば「神は懺悔し、死をあざ笑う」)に出てくる作者のポーランドにおける友人のひとりJ・ランベレーの言葉に、「毎朝、食後の散歩のために家の扉をあける度、私は神を見ます。・・・(中略)・・・雑踏の中で、あるいはうらさびれた酒場の便所の中で、女神を見たような気もします」という言葉が出てきます。
ピエール・メナールはアルゼンチンの心理学者崩れの売文屋で、ちっとも有名じゃないので邦訳はもちろんありません。生活に困ってインドの神学や生物学に関するウソ記事を書きまくってたことがばれてニュースになったことがあって、そのせいで日本の詐欺話の本でたまに(本当にたまに)見かけることがあるくらいでしょう。
友人J・ランベレーの女神話はそんな大した話じゃないのですが、メナールいわく「認知科学における既存の結論と行動心理学のメソッド、そしてカトリックの教義(!)とが、実は同じ岸壁へと向かう一本道を逆行しようとするドンキホーテ的努力の空しさをひた隠しにするための小道具にすぎないことを確信させられる逸話」だそうな。
詳しいエピソードを知りたければいつ出るかわかりませんが邦訳を読んでください。

この回答への補足

 酒場の便所の落書き程度の「女神を見た気がします」と言う発言をした売文屋の詐欺師が、ドンキホーテ的な心情であっただろう と言うのは頷けます。

 09/11/21 19:05

補足日時:2009/11/21 19:00
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この回答へのお礼

 御存知だと思いますが、「あらゆる場所で見る神」は 神ではなく、自然そのものでしょう。

 カッパの復讐を受けるも因果でしょうか。

お礼日時:2009/11/21 19:18

これはダメ?( ・◇・)?

「女神」の回答画像2

この回答への補足

 強さは美しさでもありますね


 ※物質と動物も対象外とします

補足日時:2009/11/21 16:51
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金髪だったらまっじい。

この回答への補足

 金髪の女だったら誰でも女神ですか、

 ※一応生きている人間ではない女神 ということでお願いします。

補足日時:2009/11/21 06:03
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この回答へのお礼

お礼日時:-0001/11/30 00:00

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