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アウシュビッツ「ガス室」の真実/西岡昌紀 を読みました。
ナチスの「ユダヤ人絶滅計画」と「ガス室」は怪しい証言のみで物的証拠は何も無かった、ということですが、この本が出てから10年以上たってますが、いまだにこの2点の証拠は出ていませんか?
ナチスはユダヤ人を絶滅しようとしたのでは無くソ連に追い出したかっただけ、大量の死体はチフスによる死者だった、ユダヤ人は迫害されたがホロコーストでは無かったしポーランド人やソ連人も迫害された、ということでよろしいですか?

A 回答 (18件中1~10件)

No.13・16です。

この場で細部について詳しく議論することは適切だとは思いませんので、私の考えを簡潔に補足して終わりたいと思います。

>「大部分」を「全て」と書いたことがどれほど問題でしょうか。明らかに意味が変わるのでしょうか。

「大部分」と「全て」はまず明らかに言葉の意味が違います。
例えば「日本の内閣の国務大臣は大部分が国会議員の中から選ばれている」なら正しいけれども、「日本の内閣の国務大臣は全てが国会議員の中から選ばれている」と書けば明白な誤りです。歴史の議論をするのであれば、こうした言葉は正確に使用する必要があり、そうした配慮は決して枝葉末節の事柄ではないと考えます。しかもこの場合は、「大部分」を「全て」と言い換えたことにより、単なる言葉の意味の違いに留まらず、以下に述べるようにさらに大きな問題が生じています。

No.16で引用した部分を素直に読めば、著者は「青酸ガスの大部分が、犠牲者の体内に吸い込まれた」ことだけが青酸の痕跡が検出されなかった理由だと述べているのではなく、部屋からガスを排気装置で吸い出したことや、測定したのがガスが使用されてから44年も経ってからであったことも述べていることがわかります。排気装置自体、ガスの残留(青酸ガスを犠牲者が全て吸い込んでしまってはいないこと)を前提としていることは言うまでもありません。これを「「ガス室」といわれている建物から青酸反応が出ない理由を説明する中で、それは犠牲者たちが全て吸ってしまったからであるなどと書いています。」と要約するのは、どう考えても乱暴です。No.14だけを読んだ人は「青酸ガスを犠牲者たちが全て吸ってしまった?全部吸い込めるわけはないだろう、この書籍はいい加減なのではないか」と考えてしまうでしょう。正確ではない要約によって、この書籍を読んでいない人に対して、この書籍全体の内容(信頼性)に関して実際に書かれていることとは異なる印象や誤解を与えかねません。「大部分」を「全て」と書いたことは、こうした誤解を生じさせるおそれがある点に看過できない最大の問題があると私は考えます。

No.13でバスティアンの著書を紹介したとき、私はあえてその内容については触れませんでした。それは、冷静かつ客観的に議論するために、これからこの書籍を読まれる方には、先入観なしに読んでご自分で判断していただきたいと考えたからです。

この回答への補足

すみません。たくさん回答を頂きましてどなたをBAに選んで良いかわかりません。
ガス室や絶滅計画があったことは立証されておらず、そのようなことをすることが著しく不合理である根拠が明確な状況です。
さらに言論弾圧が確実に存在することが最大の問題であると考えています。
ご回答頂きました皆様ありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。

補足日時:2011/11/24 19:24
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この回答へのお礼

客観的な愚問的研究が出来ない状況です。
言論弾圧、それが問題です。

お礼日時:2011/11/24 19:20

 あまり、枝葉末節な事柄にこだわりたくありませんが、わたしのバスティアンの著書に一部要約について反論されましたので、簡略に記しておきます。




 いわゆる「ガス室」といわれる部屋の壁に青酸反応が残っていない点について、「建物から青酸反応が出ない理由を説明する中で、それは犠牲者たちが全て吸ってしまったからであるなどと書いています」と私は書きましたが、それがそんなに乱暴でしょうか。

 No.16氏の引用をお借りしますと、(バスティアンの著書96・97頁にあたる)

> 青酸ガスの大部分が、犠牲者の体内に吸い込まれたのである。

> 吸い込んだ青酸ガスもはるかに大量だったのである。おそらく、これらの人々の死後、壁面から採取され得るほどの毒ガスはほとんど残留していなかったにちがいない。

> 窓のない部屋に残留する恐れのある毒ガス─もっともすでに挙げた理由からその量はわずかであったが 


 とあります。

 つまり、青酸反応が出ないほどまで青酸ガスの大部分を吸い込んだ、とあります。 
 

> 少なくとも「全て吸ってしまった」とはどこにも書かれていません。「暑さのために短時間で気化した青酸ガスの大部分が、犠牲者の体内に吸い込まれた」と書いているのに、どう解釈すれば「全て吸ってしまった」になるのか理解できません

 「大部分」を「全て」と書いたことがどれほど問題でしょうか。明らかに意味が変わるのでしょうか。

 

> 私が申し上げたいのは、「アウシュヴィッツにガス室が存在したか否か」を論じたいのであれば、存在を否定したい人たちの主張だけでなく、その存在を肯定する人たちの主張や、収容所側の人間・生存者の証言を含めて幅広く目を通して、正確に理解したうえで冷静かつ客観的に議論する必要がある、という
ことです


 実際のところ、わが国においてガス室の存在を否とする書物や主張がどれほどあるというのでしょう。

 否とする主張を少しでもすると、どういう圧力が加わって頭ごなしに潰されたか、「冷静かつ客観的に議論する必要がある」といいますが、それが出来なかったことが最大の問題なのです。  
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この回答へのお礼

客観的な愚問的研究が出来ない状況です。
言論弾圧、それが問題です。

お礼日時:2011/11/24 19:20

>読むとあちこちに奇妙な言説が出てくることに気づかれるでしょう。

例えば、「ガス室」といわれている建物から青酸反応が出ない理由を説明する中で、それは犠牲者たちが全て吸ってしまったからであるなどと書いています。

No.13です。上記の要約は前掲書「アウシュヴィッツと<アウシュヴィッツの嘘>」の内容を正確に伝えていません。

No.14氏が述べているのは、同書第2部で、1988年に出された「ガス室」を否定するアメリカ人のリポート(「ロイヒター・リポート」)の内容を批判している部分ですが、あえてそのまま引用すると以下の通りです。(同書95ー97ページ:縦書き→横書き、漢数字→算用数字、読みやすくするため段落分けをしていますが、その他は一切手を加えていません)

(引用開始)
ロイヒターの主張の核心は、アウシュヴィッツの施設の中で、毒ガスによる大量殺戮が行われたはずはないというものであった。なぜならば、ガス室だとされた部屋は、ガスを発生させるために部屋を暖めることもできなければ、迅速に換気もできないからだというのである。さらに、彼が試しに採取したという壁面からは、青酸ガスの「はっきりした」残留物を見つけることができなかった。

ロイヒターの目にセンセーショナルに映ったこのような「発見」はもちろん簡単に説明がつく。まず、青酸ガス(ツィクロンB)は摂氏26度以上にならないと気化しないので、米国の場合、ガス室は処刑前に必ず暖められる。アウシュヴィッツでは、ナチは囚人の体温でこの室温を確保できるよう、大勢の人間をガス室に鮨詰めに押し込んだのである。このため、─密閉された部屋は、裸で怯え、泣き叫び、空気をえようともみ合う人々で溢れかえり─暑さのために短時間で気化した青酸ガスの大部分が、犠牲者の体内に吸い込まれたのである。

つまりアウシュヴィッツのガス室に入れられた人々の呼吸数は、米国の刑務所で椅子に固定され静かに死を待つ死刑囚よりもずっと多く、そのため吸い込んだ青酸ガスもはるかに大量だったのである。おそらく、これらの人々の死後、壁面から採取され得るほどの毒ガスはほとんど残留していなかったにちがいない。ナチは、米国の刑務所で通常行われているように、「人道的な」理由から、念のため致死量の11倍の青酸を投与することなど必要とは考えていなかった。実際、1941年9月3日、第11ブロックの地下室で約850人が犠牲になった最初のガス殺が行われたが、報告主任パーリッチュは、自分がその翌日ガスマスクをつけてガス室のドアを開けたとき、まだ何人もの囚人が生きていたと証言している。

本書の第1部で述べたように、1941年9月半ばからアウシュヴィッツの「第1焼却棟」の中の死体置場がガス室として使用されるようになった。それは「労働は自由にする」というプラカードが掲げられた門の左側にある旧弾薬庫であった。死体置場がガス室に使われた理由は、それが焼却炉に近接していたためだけでなく、この窓のない部屋に残留する恐れのある毒ガス─もっともすでに挙げた理由からその量はわずかであったが─を排気装置で吸い出し、すぐにまた人間を入室させることができたからである。(ドアを開けて約30分もすれば、特務班の囚人たちが、死体を片付けるために中に入った。)

このことと、すでに言及したような、ナチが残忍にもガス室一杯に人間を詰め込んでいたという状況を考え合わせれば、ロイヒターが大量殺戮から44年もたって、壁面に青酸残留物をほとんど検出できなかったことも容易に説明がつく。
(引用終了)


同書の内容を論ずるのであれば、上に引用した部分を「「ガス室」といわれている建物から青酸反応が出ない理由を説明する中で、それは犠牲者たちが全て吸ってしまったからであるなどと書いています。」と要約するのは、乱暴過ぎます。少なくとも「全て吸ってしまった」とはどこにも書かれていません。「暑さのために短時間で気化した青酸ガスの大部分が、犠牲者の体内に吸い込まれた」と書いているのに、どう解釈すれば「全て吸ってしまった」になるのか理解できません。批判するのであれば、まずはその主張を正確に理解・引用(要約も含めて)したうえで、冷静で客観的に行うべきでしょう。

私が申し上げたいのは、「アウシュヴィッツにガス室が存在したか否か」を論じたいのであれば、存在を否定したい人たちの主張だけでなく、その存在を肯定する人たちの主張や、収容所側の人間・生存者の証言を含めて幅広く目を通して、正確に理解したうえで冷静かつ客観的に議論する必要がある、ということです。
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この回答へのお礼

客観的な愚問的研究が出来ない状況です。
言論弾圧、それが問題です。

お礼日時:2011/11/24 19:20

「ガス室(という言説および実態)とは何なのか? 処刑または人体実験のために、ガスを手段とし、大勢のユダヤ人を死にいたらしめた部屋は存在するのか?」



「ユダヤ人絶滅計画(という言説および実態)とは何なのか? ヒトラーとナチス党の意思はユダヤ人の駆逐・放逐・根絶のいずれにあったのか? またSSの任務はどのように遂行されどのように機能したのか?」

「今日の世界で、ホロコーストの否定的研究、否定的論説、否定的評言が法規制を受けるにいたる経緯は、感情論を除けば、どのような法哲学的議論の上にあるか?」


このように問題提起することはかまわないと思います。
○○は存在しなかった、ではなく、○○という認識がそもそもどこから浮かび上がり、どのように存在し始めたのかを、視野に入れる必要があります。仮にナチスによる感覚実験や心理実験のために存在したかもしれず、ガス室という実態が果たした機能と、ガス室という言説が果たした機能が一致しない可能性もあるのです。
こんな場合、ようするに無かったわけでしょ、という短絡思考では、国際問題の歴史的検証にとって何も解決しません。本当に、細かく、周到な表現を選ばないと、問題提起自体で潰してしまう視点がいくつもあるのですね。可能性から逆に辿って証拠をあげる作業も歴史学には必要です。時代が隔たりすぎてしまうと証拠もあげにくくなります。しかし一方でナチスに関わった研究者や協力者の遺族から何か見つからないとも限らないでしょう。歴史検証は長期的な仕事です。その意味で、無責任な評言や風評による世論の誘導は妨げ以外の何でもありませんね。とはいえ、世界中の法的な言論弾圧で守るほど、ホロコーストは特別な対象とされるべきなのか、これは難しいことです。非常に難しい社会分析を要すると思います。この点はなおさら慎重な言葉を選んで綿密に考える必要があるでしょう。

> ナチスはユダヤ人を絶滅しようとしたのでは無くソ連に追い出したかっただけ、大量の死体はチフスによる死者だった、ユダヤ人は迫害されたがホロコーストでは無かった

駆逐は何を目的としたかということと、いかに駆逐されたかということは、まったく違う問題でありながら、現実には混ざり合うことがあり、表現でも混ざり合うことがあります。絶滅計画の指令や文書や証言が存在しないなかで、絶滅計画が形成され遂行されることもあります。非常に注意を要して見つめるべき出来事です。そして歴史学者は何を探せばよいのかをまず探さないとならないです。証拠とは何か。テレビのドキュメンタリー番組には歴然とした証拠が好まれます。でも100人のSSが、絶滅しちまえと思って鼠みたいに捕まえるか殺すかしたし、絶滅させる計画だと思った、と言うことはもはやありません。質問者さんが、物的証拠がないですねと人に言う時は、証拠が出ないということだけを言えばよいのであって、絶滅しようとしたのではない、と言う必要は微塵もありません。
また、大量の死体がチフスによるとばかりはいえません。なぜなら、ユダヤ人は人体実験の試験体であり、ドイツ科学の総力をかけて貪欲に実験していますから、犠牲者の数は生半可ではありません。強制収容の研究、心理、薬品開発、手術、生体反応など、ナチスは実験のおかげで意義有る結果を出したのです。
ユダヤ人が試験体だったようにホモや犯罪者も試験体であり、要は徹底した差別による非道行為であると同時に「役に立つ」ように彼らを扱った結果なのです。質問者さんが、大量の死体がガス室で生じたのではないらしいと言う時は、ただチフスによる死者だと言うことはできないのです。
これからは、言い方に十分配慮してほしいと思います。
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この回答へのお礼

客観的な愚問的研究が出来ない状況です。
言論弾圧、それが問題です。

お礼日時:2011/11/24 19:19

 No.13氏が挙げられているバスティアン『アウシュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘』について。



 読むとあちこちに奇妙な言説が出てくることに気づかれるでしょう。例えば、「ガス室」といわれている建物から青酸反応が出ない理由を説明する中で、それは犠牲者たちが全て吸ってしまったからであるなどと書いています。

 なぜこのような言説が今もって罷り通るのか?

 この問題に関してホロコースト信者らは、異議を唱える者達に対しては学問的に云々という言葉で否定しますが、そもそも歴史学として真相を究明しようとしなかった(させなかった)のは彼らだったかもしれません。  

 
 しかし、ようやく近年に至って学問的な考察が必要である、という主張が公に言えるようになった例として、マイケル・マラス『ホロコースト 歴史的考察』時事通信社 96年 を挙げておきます。


 同書(15・16頁)には、

> ホロコーストは、その極度の重要性ゆえに、いくぶん歴史の外に置かれている。そして、それ以来これはその他の出来事に対して行なわれている広範囲にわたる研究や討論、論争のテーマではないと考えられてきた。

> そこには綿密な学術的関心によって、この事件が引き起こした恐怖が縮小されることにはならないか、記憶の新しいなかで、最も深く傷つけられたユダヤ民族の経験に対して与えられた敬意を弱めることにならないか、という恐れがある。

> その結果、過去においては一九三〇、一九四〇年代を調査した著者たちは、しばしばこのテーマを無視するか、ほんの一瞥を投げかけるだけか、または神聖な語調を採用することで済ませてきたのである。

 また同じく40頁に、

> 歴史的特異性の主張は、ホロコーストを承認せよというある特殊な要求、つまり歴史的な評価というよりも政治的・神学的な断言を守っているように思われる。

 と、ナチス・ドイツによるユダヤ人に対する「絶滅計画」なるものについて、学問的に究明されてこなかったと述べています。


 そうして、マラスによれば、それまでの定説、つまりユダヤ人の移動がナチ的原則に従って東欧地域全体を対象として計画され、一貫して実行されたことに対しても、

> ナチによる東方の住民政策は「最終解決」以前の時期のユダヤ人政策と同じく、計画や秩序だった優先順位も欠いたまま運営されていたことが明らかになっている。(同書87頁


 と記しています。

 
 先にも書いたとおりこの問題に関しては、東西冷戦後の情報開示にともなったうえでの冷静で客観的な学問的研究が待たれます。

 
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この回答へのお礼

客観的な愚問的研究が出来ない状況です。
言論弾圧、それが問題です。

お礼日時:2011/11/24 19:19

まさにご質問の問題を扱った書籍を紹介します。



「アウシュヴィッツと<アウシュヴィッツの嘘>」
ティル・バスティアン著
石田勇治・星乃治彦・芝野由和=編訳
白水uブックス(2005年刊行 単行本は1995年刊行)

こうした書籍も読まれた上で質問者様ご自身で判断されるべきことだと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
ガス室と絶滅計画の物的証拠が無い事はもう疑いようのない事実です。
言論弾圧については本当に残念としか言いようがありません。

お礼日時:2011/11/20 14:06

 論点を絞ったうえで意見を述べますと、ナチス・ドイツは「ユダヤ人絶滅計画」に関して明確なビジョンもなければ、ヒトラーによる直接命令もなかった、ということになります。



 つぎに、いわゆる絶滅収容所において抑留者ら(ユダヤ人・ソ連兵捕虜・ロマなど)を「ガス室」で殺害した証拠はありません。

 収容所では、多数の人々が死んだのは事実です。それは戦後撮影された写真やフィルムにはっきり記録されています。但しその主たる死因は、飢餓及び伝染病であったと思われます。

 
 その理由は、

 まず、これまで「絶滅計画」(最終解決)の証拠としてされてきた1941年7月のゲーリング元帥からハイドリヒに対して「ユダヤ人に対する最終解決の準備を命令した文書」が、今日では「準備命令」が「絶滅命令」を前提としたものではなかった、とされていること。

 資料:栗原 優『ナチズムとユダヤ人絶滅政策』 ミネルヴァ書房 85~88頁

 つぎに、青酸ガスによって殺害したとされるのに、最大の絶滅収容所であるアウシュヴィッツ収容所跡では消毒室からは残留が確認できるのに、いわゆる「ガス室」からはそれが確認されないこと。

 コーゴンによれば、日夜休みなくガス室が稼動して最高で一日3万4千人が殺害された、とあるがその処理にいったいどれほどの人力が必要であるかだけでも物理的に不可能である。

 資料:オイゲン・コーゴン『SS国家 ドイツ強制収容所のシステム』 ミネルヴァ書房 190頁

 ついでに同書222~224頁には、1943年の夏にヒムラーによって強制収容所に「売春施設」設置の命令が出されたとあります。その目的は収容所の囚人を堕落させることだったというのです。これが本当ならば、実のところ強制収容所内にそれだけ余裕があったということでしょう。

 さいごに、多数の犠牲者が出たことは間違いないとして、例えばアウシュヴィッツ収容所における犠牲者数は一体どれほどであったか。戦後は約600万人、次いで約400万人(シマンスキ)、この数字は同収容所博物館にも掲示されていたが、1990年に至って約150万人に修正された。さらに、ヒルバーグによれば約100万人であるという。

 資料:タデウス・シマンスキ『恐怖のアウシュヴィッツ 生き証人は語る』岩波ブックレット

   :ラウル・ヒルバーグ『ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅(上・下)』柏書房 下巻表9-8

 じつに数百万人単位で犠牲者数が修正されていますが、これはいわゆる「絶滅計画」自体が学問的に定まったものではないことを示しています。


 西岡氏も著書の中ではっきりと「ナチスドイツが、ユダヤ人を差別迫害したこと自体は明白です」と述べています。また多数の犠牲者が出たことも否定していません。「歴史的事実として殺戮行為があった」ことだけは決して拭うことの出来ない事実です。ただし、大量ガス殺人を計画的に実行したかどうかの証拠はない、ということなのです。

 そうして、その疑問を活字化したとたん、猛烈な圧力によって掲載した雑誌自体が廃刊に追い込まれるという「マルコポーロ事件」が起こりました。これに対して声高に「言論統制」や「言論弾圧」を叫ぶと墓穴を掘ることになりかねませんから日本の大手マスコミは沈黙を守りました。

 あくまでユダヤ人は歴史上の被害者でなければならないからです。そのイメージはかつてのベトナム戦争に例を求めることが出来ます。アメリカがあくまで限定戦争しかできないことを知っているソ連・中国が背後についた北ベトナムは、民族解放戦線という似非組織を使って強国アメリカに戦いを挑むという図式を世界に刷り込ませ、反戦運動と連動させついに南ベトナム「解放」に成功しました。そうしてサイゴン市内に進入してきたのは、解放戦線ではなくソ連製戦車に乗った北ベトナム軍だったのです。 

 旧ソ連が崩壊し、社会主義の圧制と弾圧に苦しんできたソ連邦人は、各民族ごとに独立を果たしました。それまで隠匿されてきた歴史文書の開示も少しずつ行なわれるようなり、ナチス・ドイツ時代の史料の公開によって「絶滅計画」の全貌が明らかになるのではないか、と期待されるところです。   
 
 

 
 
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この回答へのお礼

いろんな本をお読みになっているのですね。勉強になります。
ユダヤ人と言うより、シオニストのパレスチナ侵略を正当化するためのプロパガンダなんだと僕は理解しています。
「パレスチナ問題」でなく「イスラエル問題」と呼ぶべきだと思います。

お礼日時:2011/11/20 10:38

まっ、こういうスレが立つと最終的には「有った」「無かった」の話になってきますね^^;


南京事件もちらほら出てきてますので、ホロコーストと南京事件をまとめておきます。

●ホロコースト
主にユダヤ人を強制収容し、チクロンBを使用して「ガス室で600万人虐殺した」とするもの。
目撃は多数報告されているが、それを裏付ける「青酸ガスで死亡した死体」及び「死体を焼却した灰」が発見されていない。なお、収容所で、チフスや餓死などで死亡した死体及び、死体を焼却した灰は確認されている。

●南京事件
南京城攻略前後に、日本軍により「南京城周辺の一般住人を、女、子供、老人の区別無く、30万人虐殺した」とされるもの。
目撃者は多数報告されているが、それを裏付ける「女、子供、老人の大数の死体」は発見されていない。なお、記録では、最大で(諸説有る)18万人程度の死者が報告されているが、死体の95%程度が成人男性であったとされ、戦闘による兵士の死体と考えられる。

ホロコースト・南京事件に共通することは、多数の目撃があるにもかかわらず、物的証拠である死体が確認されていないということである。


要するに、両事件共に肝心の死体の確認がされていない事実があるわけであるから、目撃者が何人いても、それを証明する物的証拠が発見されない以上、「有った」とは言えない。

たったこれだけの話です。それを覆そうとするなら、物的証拠である死体を発見するしかない。
物的証拠がないのにもかかわらず、「有った」前提の歴史的背景云々の長話をしても仕方が無い。

こうなると必ず肯定派はこういいます「数の問題や方法じゃないんだ!」と^^;
数の問題や方法じゃないなら内容を訂正すればいいだけです。
多数の人が望むものは証拠の裏付けがある「真実」です。


ニュルンベルグにしろ極東軍事裁判にしろ、証拠不十分のまま「勝者が敗者を一方的に裁いた」ことはとても残念なことだと思います。
物的証拠も犠牲者も歴然としている「広島・長崎」の原爆投下による一般市民の虐殺はどうして裁かれないのか?(もちろん日本が敗者だからです)
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この回答へのお礼

南京にしろ、アウシュビッツにしろ、戦勝国が敗戦国にすべての責任を押しつけ自らを正義の戦いであったと正当化することはいまだにつづいています。
リビアやイラクなどでもそうですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/11/20 10:34

 時として「南京」を正当化する目的で「アウシュビッツ偽作説」が繰り返されていますが、採り上げられている読み物には学問的裏付けが何一つとしてありません。


 この本に代表される様に「延長線上にあるもの」が文字どおり「南京」です。しかしながら歴史的事実として「南京」はあった。「数の問題」などではなく「歴史的事実として殺戮行為があった」ことだけは決して拭うことの出来ない事実です。
 「ナチスはユダヤ人を絶滅しようとしたのでは無くソ連に追い出したかっただけ」という言説は何に基づいているのでしょうか?。ナチスドイツが否定した対象は「ユダヤ民族」や「ポーランド人」だけではなくナチスドイツに批判的な報道や言論を行う者や不具者や同性愛者までも含みます。これはドイツ国内の同一民族に対しても行われた行為です。そこに見られるのは「アーリア人の優越性」を光と巧みな弁舌で声高に叫ぶことでそれに迎合してしまう大衆の思考停止状態を作り上げること以外の何物でもありません。
 質問者様は「言論弾圧」と執拗に繰り返していますが、日本国には指摘されるような言論弾圧はありません。質問者様がこうした見解を提示できる場があることとその背景にある日本国憲法の「言論の自由」を含む「精神の自由」が保障されていることにお気付きではありませんか?。
 余り声高に「言論統制」や「言論弾圧」を叫ぶと墓穴を掘ることになりかねません。こうした問題はアメリカでは更に顕著です。ベトナム戦争において当時の二大超大国として西側陣営に君臨したアメリカが遙か離れた東南アジアの弱小国の前に屈し、尚且つ当時使用された化学兵器により二重胎児の発生やナパーム弾による森林破壊が今現在にどのような形で影を落としているかなどはアメリカの歴史教科書ではさほど説明されていません。一方ベトナムも「アジアの昇竜」とて経済的発展を遂げる中でアメリカとの関係修復に力を注いでいることも事実ですが、彼らは歴史の事実を忘れることはありません。未来に向けこれからは何を為すべきかをアメリカとベトナム双方で解決していくとの姿勢に傾き始めていることも事実です。
 最後に一言「人種および民族」として「ソ連人」なる種族は歴史上も地球上にも存在していません。存在しているのは「ロシア人」と呼ばれる民族です。因みに「アメリカ人」という人種もネイティブ・アメリカン以外にはいません。
 もし「ホロコースト」に関して知りたいのであれば、最低限『東京裁判-第二次大戦後の法と正義の追求』(見ず書房)および『ヒトラーを支持したドイツ国民』(みすず書房)程度はお読みになることを奨めます。その他にもペーター・ヴァイス『追求』ホーホフートの『神の代理人』『トーマスマン日記』等も歴史を見つめた作家達の記憶としては評価の高い作品です。
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この回答へのお礼

学問的裏付けなどどうでも良いのです。
ガス室とユダヤ人絶滅計画が立証されていないことが問題です。
言論弾圧があることがさらに問題です。
マルコポーロが廃刊になったことは事実です。

お礼日時:2011/11/20 10:32

私はナチスによるいわゆるホロコースト神話には疑念を持っている立場です。

疑念というのは肯定も否定もできないという意味です。また質問者さんの見解にも必ずしも同意できません。

「ソ連に追い出したかっただけ」であったとはとてもいえない。昭和13年のオトポール事件で人道的措置としてユダヤ人の窮地を救った樋口季一郎にドイツ政府は公式レベルで強硬な抗議をしてきました。ドイツの抗議を受けて、事情を調べた東條総参謀長は樋口の取った措置は問題ないと判断しました。それをもって「ユダヤ人を絶滅しようとした」とまではいえないにしてもドイツに非人道的体質があったことは否定できないし、「ソ連に追い出したかっただけ」などという生易しいものではなかったのだ。オトポール事件ではユダヤ人に凍死者が出るほどの大変な事態が起きていた。

ただし私はドイツの非人道的体質がナチス特有のものだとも考えていない。ドイツは第二帝国時代の1904年から1907年にかけてヘレロ・ナマクア虐殺と呼ばれる旧ドイツ領南西アフリカの先住民族に対するジェノサイド事件を起こしています。不思議なことに、この事件は現代日本人にはほとんど知られていない。第二帝国というのはプロイセンが中心になってドイツが統一された帝政時代のことです。その時代にはまだナチスなど影も形も存在しないがドイツ国民は先住民族に対する過酷な弾圧を支持しました。政府の弾圧政策を厳しく批判した社会民主党は国民の支持を得られず選挙で議席を激減させました。今日の日本人はナチス・ドイツのホロコースト神話に夢中になるばかりで、こうした歴史を全く無視している。強制収容所もドイツが植民地支配の為に発明したものです。ヒトラーの発明など何一つない。結局、ドイツ国民にとってもナチス・ドイツのホロコースト神話は好都合だったわけです。非人道的なのはドイツ国民の体質でなくナチス特有のものだという論理で責任を逃れることができるからです。ドイツ国民がナチス・ドイツのホロコースト神話に縋っている。

その神話死守に固執しているのがソ連を地上の楽園と信奉する共産主義者とシオニズム主義者です。

この時期のドイツの状況をもう少しみてみたい。第一次世界大戦後、ドイツではドイツ革命が起き、帝政が打倒されましたが、議会主義に反対な社会民主党左派はローザ・ルクセンブルクらの主導で暴力革命路線のドイツ共産党を設立した。1919年1月1日のことです。彼らは、ドイツ革命に続いて共産革命を目指して武装蜂起を繰り返したが、ことごとく鎮圧され、暴力革命を断念し議会主義に転じた。ちょうど同じ時期にバイエルン州で設立されたのがドイツ労働者党(のちのナチス)で、ドイツ共産党は社会民主党政府の打倒を目指してドイツ労働者党と協調路線をとっていました。どちらも労働者階級を支持基盤とすることでは共通していました。ところがヒトラーは政権を握るや否や、ドイツ共産党を弾圧し解散に追い込んだ。ソ連共産党はスターリンの一国社会主義を採用し、ドイツ共産党を見殺しにした。世界革命論を唱えるトロツキーはドイツへの介入を主張したが、スターリンとの権力闘争に敗れ、1929年には国外追放されました。トロツキーとドイツ共産党の没落、スターリンとナチス党の台頭が時期が重なって進行したのです。ソ連は階級闘争至上主義の共産主義で、ナチスは労使協調路線の民族社会主義だから、イデオロギー的には相容れない筈だった。ところがある時期まで、むしろソ連はナチスと協調していたのです。共産主義は資本家を敵視し、労働者の独裁を図る思想で、民族社会主義はユダヤ人を敵視し、労使協調を図る思想です。どちらも労働者階級を主な支持基盤としますが、資本家階級に対する態度が違う。民族社会主義は同じドイツ人なんだから資本家階級は労働者と手を結ばなければならないと訴える思想なのです。労使協調の社会主義を実現するために民族主義を強調するわけです。その標的に選ばれたのがユダヤ人だったわけ。ヒトラーによって解散させられたドイツ共産党は、スターリンに見殺しにされたが、その後どうなったか。共産党員はナチス党に入党しなおしたのです。共産党の残党は地下に潜って反ナチス党活動を続けたわけではないんです。素知らぬ顔でナチス党に入った。そうした共産党員にとっては血祭りに挙げられるなら、資本家でもユダヤ人でもどちらでも良かったのではないか。暴力で鬱憤を晴らせるなら共産主義でも民族社会主義でもどちらでも良かったのではないか。ドイツ共産党解散後に、そういうドイツ労働者の受け皿に統一されたのがナチス党ではなかったか。私はそういう疑問も持っています。あくまで仮説です。一人一人の党員の履歴書を調べたわけではないし、調べたところで正直に共産党入党履歴を申告しているとも思えません。ワイマール憲法という当時もっとも民主的と評された憲法がありながら、ナチス党とドイツ共産党という暴力主義的な政党が存在した。それだけは間違いのない事実です。

カチンの森事件はソ連の共産主義独裁体制が崩壊したことで、それが従来喧伝されていたようなナチス・ドイツの犯行ではなくスターリンの指令に基づくものであることが判明しました。
ソ連の傀儡政権だったポーランドの政府もソ連と口裏をあわせていましたが、この傀儡政権もソ連崩壊と共にあえなく倒れました。それでようやく真相が明るみにでた。

しかしホロコースト神話は、支持基盤が崩れていません。ドイツ国民、共産主義者、シオニストによる三位一体の強固な支持基盤はいささかも揺らいでいない。

それがホロコースト神話の真相が明らかにされない理由でしょう。カチンの森事件発覚の経緯がそれを示唆していると考えます。

当時のドイツに非人道的行為が全く無かったとは、私は考えていない。ドイツにはヘレロ・ナマクア虐殺の前科がある。しかし、それがナチスの組織的犯行だったとも考えにくい。もし、そうだったとしても3度に渡る極東ユダヤ人大会でナチスの非道を訴えたユダヤ人に対して世界がどう向き合ったかも問われるべきなのではないでしょうか。ところがホロコースト神話に固執する一部の勢力は日本はユダヤ人を助けたわけでなく、ユダヤ人を利用しただけだと貶めようとします。では当時のソ連、イギリス、フランスはどうだったのか。

真相はまだ何も明らかにされてはいない。それが私の基本認識です。
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この回答へのお礼

私の言いたいことは、出版から10年でガス室とユダヤ人絶滅計画が立証されているかどうか、そして言論弾圧に対する抗議、それだけです。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/11/20 10:30

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