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もし、真珠湾攻撃の直後ハワイを占領するとか、ミッドウェーで日本軍が優勢に戦ってその後ハワイを占領し、ハワイと引き換えにアメリカと講和できたとしたら、その後どんな歴史になったと思いますか?

私の拙い考えでは、アメリカの経済制裁も解除され、東南アジアからも資源を得て国力を蓄えますが、台頭するソ連を抑えるため軍国主義が続き、ソ連との冷戦をアメリカと協力できるのか、または3極になってしまうのか・・・また日本軍は中国には居座るのか満州まで戻るのか・・・これ以上わかりません。

A 回答 (18件中1~10件)

もしの話なので、解りませんが、事実上


世界征服まで狙って行くんじゃないでしょうか?

今の、中国のように、、、、
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この回答へのお礼

そんなとこまで狙えるでしょうか・・・

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/12/28 19:46

歴史にifでタブーを冒そうということですね。



ミッドウェーで日本軍が優勢に戦えたわけがありません。
真珠湾攻撃ではオアフ島の燃料貯蔵施設を攻撃できたのに、任務を果たしたとして引き返してしまいました。あれは、大問題でしたね。
でも、それでハワイを占領したところで、50歩100歩ですね。日本がアメリカに勝てたとは思えません。
日本が負けることは自明でしょうね。
 結局、日本に勝機はなかったと思います。

この回答への補足

ハワイを占領することで、捕虜への食糧輸送を口実に輸送船をどんどん送り、米軍がそれを沈められないことをいいことに、日本軍の陣地化すれば、アメリカの脅威となり講和できる・・・って何かで読んだのですが。

おっしゃる通り勝つのはムリです。ハワイと引き替えの講和です。ついでに、宣戦布告が開戦後で、アメリカから卑怯者の汚名を着せられなかったら?

補足日時:2012/12/28 19:43
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この回答へのお礼

以前の質問を見返していたら、お礼し忘れておりました。
大変遅くなり申し訳ありませんw
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2013/07/06 10:45

元々兵力が違いすぎるので、あんな離れたところを制圧できても


兵力分散の愚を犯すだけで、戦略上では何の意味もない。仮に
成功しても各個撃破されてそれまでです。ミッドウェーで抗戦できる
兵力があるならば、東アジア全域に及ばず、それ以上の地域を
占領でき、補給線を確保してある程度のゲリラ戦も展開できるでしょう。

おそらく旧日本軍は、ifの話で慰めなければならないような
惨憺たる状態だったのでしょう。戦略無き外交、末代までの
反省材料にしなければ、今後の日本はありません。

結局は、ただのヤケクソでしかありません。恥ずべき歴史ですな。
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この回答へのお礼

ハワイを占領してほぼ無傷の機動部隊がそのまま居座ったら、アメリカにとって相当脅威になったと思うんですが。取り逃がした米機動部隊もハワイから丹念に偵察機で探して、本国へ戻る前にアウトレンジで撃破。その時点なら確実に日本の航空部隊の練度の方が高かっただろうし。

戦略無き外交はおっしゃる通りです。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/12/28 22:50

NO1です。


やはり、真珠湾攻撃に突入した理由は、原油の調達に対しての問題などの理由も有りました。
私は、あの時代の日本は、ロシア帝国に勝った と言う慢心が有ったと思います。
ただ、大東亜構想に、中国、韓国も納得しての日本に付いて行った事実が有るんじゃないかと思ってます。
ここは、色々な、意見が有ると思いますが、実際ロシアに征服されるのか?日本に付くのか
押し迫った実態が、亜細亜には、有りました。
私の、あくまで意見ですが、選んだのは、韓国、中国、等の亜細亜圏の諸国の判断だと思ってます。
しかし、日本には、資源が有りませんでした。
アメリカに、資源を抑えられ苦しい立場の日本でしたが、あのまま優勢(最初でけですが)で世界大戦を進めていたら、
東条英機は、行くとこまで、行っていたでしょうね。
なんせ、今の、北と同じ国民への情報の統制、そして、憎き米帝と、政府が、本当の情報を伏せ、日本優勢
と、言い続けてました。 日本の為に命を捧げるのが、当たり前の時代
今の、北と同じで無茶苦茶です。
日本、総攻撃まで言って、竹やりで練習させていたのですから
行くところまで、行ったんじゃないでしょうか?
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この回答へのお礼

なんか、質問の前提をかなり崩されてしまってるのですが・・・
東南アジアを抑え、アメリカと講和するので、資源は入る設定で、どうなるかなんですけど・・・
とりあえずありがとうございました。

お礼日時:2012/12/28 22:44

たぶんドイツ第3帝国と最終衝突したでしょうね。


戦場はインド辺りになったでしょう。
アメリカの潜水艦に悩まされたくらいだから、もっと優秀なUボートにズタズタにされて負けたでしょうね。
海上で補給できるミルヒクーという潜水艦用補給船までもってたらしいし。
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この回答へのお礼

「紺碧の艦隊」がそんなストーリーでしたね。
日本がアメリカと講和したらアメリカが連合国側に参戦しなくて、第三帝国が勢力を伸ばしたってことでしょうか。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/12/28 22:39

講和!冗談じゃない!!ようやく対米戦を起こして海軍が活躍出来るようになったのにアメリカと講和したら海軍は不要となって海軍予算が削減されてしまうではないか!



海軍としては断固、対米戦を継続すべし!を要求する。聞き入れられないのであれば内閣不一致で東條内閣を総辞職に追い込む

と、なるだけです

米内光政の念願であった対米戦による海軍の出動を実現したのに何故、戦争を止めねばならないのでしょうか?
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

海軍って本心は米国と戦いたくなかったんじゃないですか?米内光政ってそういう人?

お礼日時:2012/12/29 00:36

ええっとですね、アメリカっつう国は、「日本とほぼ単独で戦い、ヨーロッパにも派兵してドイツとイタリアとも直接戦い、イギリスとソ連と中国に膨大な援助物資を送り、コーラを飲んでアイスクリームを食べる余裕がありながらそいで戦争に勝った」のですよ。


大戦中にアメリカが建造した正規空母エセックス級は戦争中に14隻が就役しました。これが生産ペースで割ると2ヶ月に1隻の割合になるので「隔月刊正規空母」と呼ばれます。他にジープ空母と呼ばれる護衛空母がそりゃもう勘定するのも嫌になるほど就役していまして、これが「週刊護衛空母」と呼ばれます。この他に軽巡洋艦の船体をベースに作られた軽空母が9隻作られておりまして、これが「臨時増刊軽空母」と呼ばれます。
太平洋、大西洋各地に派遣する軍隊を支えるために膨大な量のリバティシップと呼ばれた戦時標準船が作られました。これが「8時刊輸送船(8時間に1隻の割合)」と呼ばれます。また、爆撃機に至っては「1時刊爆撃機(1時間に1機の割合)」と呼ばれます。

一方、我らが日本海軍は雲龍型正規空母が3隻と大鳳と信濃。客船改造の飛鷹型空母(軽空母に相当)が2隻が完成しました。大鳳と信濃は搭載機数が50機そこそこで、エセックス級が90~100機くらい搭載できたのと比べると明らかに見劣りします。しかも日本の場合は雲龍型空母が完成したときは搭載する飛行機がなかったという泣くに泣けないオチまであります。航空母艦、飛行機なけりゃ、ただの箱。

大戦中の航空機の生産数に至っては、日本が約7万6千機に対してアメリカはトータルで30万機ほど作っておりますです、ハイ。
テクノロジーの差はいかんともしがたく、1944年となるともう日本海軍はアメリカ海軍に対して特攻作戦以外の手段で損害を与えることがほとんど不可能となりました。そもそもいうておくけどね、九九艦爆は250キロ爆弾しか積めないの、エンジンに馬力がないから。しかも1943年には固定脚の飛行機なんて時代遅れになってるしね。それに比べてアメリカのドーントレスは500キロ爆弾が積めたのです。馬力に余裕があるから。だからミッドウェーなんかで日本の空母がたった1発か2発の爆弾命中で致命的なダメージを被ってますが、それはパンチ力がそもそも相手は倍持っていたからなんですよ。ちなみにドーントレスはエンジンの馬力があったので、爆弾を投下して身軽になればフルスロットルで急上昇すればゼロ戦の追撃をかわせたのです。実はゼロ戦はドーントレスを苦手としていましてね、投弾後のドーントレスはほとんど撃墜できていないんです。
1942年の南太平洋海戦でアメリカ軍は大損害を被って「アメリカ海軍史上最悪の海軍記念日」を迎えてしまうことになりますが、しかしこの戦術的勝利と引き換えに日本軍は航空機搭乗員145名を失いますが、一方のアメリカ軍の航空機搭乗員の戦死はたった16名です。日本軍は結局このときの航空機搭乗員の損害をとうとう穴埋めできませんでした。

もっと嫌になる話が日米陸軍の砲兵力の違いで、日本陸軍の1944年の定数では75ミリ砲が12門。105ミリ榴弾砲が24門、150ミリ砲が12門です。だいたい射程がどれも最大で10キロくらいですが、実際は5キロくらいが実用距離みたいです。
一方、アメリカ軍の師団砲兵ですが、読む前に水飲んでおけよ。105ミリ榴弾砲が54門です。しかも、自動車牽引なので実用射程が15キロもあります。さらに、これ単独で戦うことはあんまりなくて軍団直轄の砲兵が支援にまわります。これが155ミリ榴弾砲、同カノン砲、203ミリ榴弾砲が54~72門もあるのが3ユニットもあるっつー眩暈がするほどの戦力です。つまり最大180門が支援するんですって。ちなみにアメリカ軍の155ミリカノン砲は有効射程23キロっつう桁違いの性能を持っています。ちなみにこの砲兵戦力はこれでもドイツ軍相手のヨーロッパ派遣軍に比べれば『劣った』装備になります。

さらに嫌になる話が、日本軍て戦闘以外の死者が多すぎるんです。ガダルカナルに送られたけど飢えで死んじゃったとか、病気で死んじゃったとか、輸送船に乗ってるときに航空機や潜水艦に沈められたとか、そんなのが異常に多いのです。直接戦闘での戦死者より、餓死や病死のほうが多いんです。つまり「戦わずに無駄死にした人が異常に多い」のです。

つまり長々と書いてなにがいいたいのかというと、「仮に第一次太平洋戦争で日本有利に講和できたとしても、第二次太平洋戦争で史実とほぼ同じような目に遭っただろう」ってことです。
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この回答へのお礼

長々とありがとうございます。
最後の3行だけでいいんだけど・・・
いやいやすみません、ありがとうございました。

お礼日時:2012/12/29 00:38

当時の日本の軍部は文明の利器を精神論で妨害していました。

今でこそ日本はハイテク文明国になっていますが、これは戦争中にハイテクを精神論で妨害し戦争で負けたのが影響しています。
ですから、戦争に勝ち抜く科学力がなかったでしょう。当時の訓練はうちの父も言っていましたが竹槍訓練でした。それでどうして近代戦を勝ち抜くことができるでしょう。また敵の情報を敵に洗脳されるからといって知りもしませんでした。また日本の整備員はやすりが好きでなんでも機械にやすりをかけました。精密機械にそんなことをしたらどうなるかわからず、やすりをかければ直ると信じていたのです。
また、もともと日本は明治時代から仮想敵国をロシアとしていたため、アメリカとどう戦っていいのかわかっていませんでした。資源確保のため南方に侵攻する計画しかなく、その計画が完了するとどうしたらいいのかわからないため、計画の空白が生まれました。それが敗戦の第1の原因だと思っています。
よく、アメリカの物量に負けたといいますが、戦争の敗戦原因ではないと思います。物量のみであればアメリカはベトナム戦争で勝利してますよ。
また、海軍は軍船を大事にするあまり、補給艦をすべて軍船にまわし資源の輸送にその力を回しませんでした。
戦争というのは補給がなければ、勝てるものも勝てません。
ですから補給艦や資源運搬艦があんなにもたやすく潜水艦に撃沈されたのです。
その面からいくとたとえハワイやポートモレスビを占領しても補給が維持できなかったでしょう。
また、アメリカ大西洋やオーストラリア大陸への侵攻はただでさえ中国大陸の戦線が収束していないのに陸軍は猛反対するでしょうから、結局は日本人の補給の考え方を直さない限り敗北は必至でしょうね。
ちなみに自分としては、この戦争以前に、
ドイツとの同盟はしない。
ゲリラ的にアジアの植民地のアジア人を支援し独立させ日本の連合体とする。
中国大陸は満州や沿岸部の主要都市を占領し、奥地に侵攻せず中国軍を迎撃するか、国民党と和睦し共産党と戦わせる。
インドが独立し日本と同盟をすれば、中国は干上がります。
アメリカについてはこちらから攻撃をしなければいいのです。攻撃を仕向けようと妨害すれば、アメリカ世論に訴え、アメリカ政府は戦争がしたいために日本を攻撃したとアメリカ国民に訴えればいいのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

設定より時代を遡っちゃってるし・・・もういいや!
ご回答はとても興味深かったです。

私としては、山本五十六が考えた通りの戦略を実行して講和に持っていけたらどうなるかなぁと思っただけなんですが、いくらでも話が広がってしまいますね。

お礼日時:2012/12/29 00:45

#3です。



所詮はifなので、質問者の気に入らない展開だと逃避するしか有りません。
ハワイを占領したとしましょう。ただ、あそこに補給物資ってありましたか?
それが無いと、日本から運ばないといけません。補給線の長さはリスクに直結します。
また、情報も漏れまくっていました。補給と情報の双方を欠いた状態で戦争なんて
どんなアホウでもやりません。戦端を開かないといけない時点で負けが確定していた。
戦略上の失態を戦術で補う事はできない。アニメですがこれは名言と言っていい。

旧日本軍があの状態で勝つなんて、一等の宝くじが連続30回当選するぐらいの幻想です。
ラノベに影響された最近の中学生あたりと何ら変わらない。だから戦争に負けるのです。

結局、ハワイから東へは行けませんでした。どんな妄想をしても旧日本軍は勝てない。
勝つと妄想できる者は、逆にリアルの外交を考えてはいけない。制服組が愚かで、
兵力が異様に少ないから負けた。練度ガーなんて言うのは、負け犬の傷の嘗めあいです。
少々の練度の差なんて物量ではじき返せますから。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

自ら話をそらしてしまいますが、日露戦争の勝利ってかなりギリギリの勝利ですよね。あの時はきちんとした戦略があった、って言われるかもしれないけど、もし負けていたら大東亜戦争と同じ評価(そんな戦略は机上の空論だって)を受けたと思います。いくら帝国海軍の練度が高くても、ロシアの物量で陸戦を続けられたら勝ち目(講和)は無かったはずです。日露戦争で勝ちを拾ったことが大東亜戦争の負けの一原因でもありますが。とにかく日露戦争は「負けてもおかしくなかった」戦争です。物理的にかなり苦しかったのは両戦争とも同じなんだから、ひるがえせば、大東亜戦争は「勝つ(講和)可能性もあった」戦争だと思うんです。その後の歴史はどんどんおかしな方向に行くだろうとは思いますが。

歴史のifの妄想はやめろ、ってことでしたら、話は終わりです。

お礼日時:2012/12/29 14:43

No.6です



一般的イメージでは好戦派の陸軍、戦争反対派の海軍ですが、対米戦を積極的に推進したのは米内です。

対米戦反対派の急先鋒は陸軍の小磯国昭でした。陸軍からすれば対中戦で手一杯なのに対米戦が起これば対米戦部隊を編成せねばならずやっていられないのです。そもそも太平洋域は海軍が防衛担当であり、海軍から陸軍の援助不要とまで言われていました。だから陸軍は傍観していたのです。

陸軍の戦争は補給計画から攻撃前進距離に至るまで緻密(無能の代名詞と言われるインパール作戦も計画はかなり緻密にできています。それが破綻しただけのことです)に出来ております。ところが海軍の計画は「真珠湾攻撃-ダーウィン空襲-インド洋-ミッドウェイ-サモア」と、常識で考えても破綻する計画でした。防衛計画に至っては攻撃は最大の防御なりであり、戦闘機にすら防弾を施さず(陸軍機は防弾されています)、島々に防衛陣地を構築する事もありませんでした。

ミッドウェイ・ガダルカナルを海軍が失敗した結果、陸軍が海軍に任していられなくなり、太平洋の防衛計画を立案します。サイパン以降、負けはしますが米軍に流血を強いたのです。

まず日本軍という表現をやめた方が良いです。日本陸軍と日本海軍は別組織であり、共同作戦をやる事はほとんど無かったのですから…
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

私の認識では、
ハルノートで対中戦の退却を迫られる → 陸軍が始めた対中戦は聖戦なのでやめられない → 米が裏で中国を支援しているのは確実だし、経済封鎖で資源がなくなるしで、もう米との衝突は避けられない。短期決戦で米に大打撃を与えて米の世論を反戦にし、講和して、勝たないまで日本の条件を認めてもらいたい → 対米戦は海軍の仕事、勝てないとは言えず五十六が早期講和を狙って真珠湾攻撃を計画。

って感じなんですが、陸軍と海軍の対立を考えると、すでに対中戦を戦い、予算を使う陸軍に大して、海軍も始めたかったんでしょうね。米内が積極的に推進したのは、「やるなら早く!」という意味ではなくて?

お礼日時:2012/12/29 15:02

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