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八卦は易学ですよね。易学の法則でしょうけど法則ではなく当時なら何と言う単語になるのですか。

八卦に関しては儒学者なども「はっけ」と呼んでいたのですか。つまり「はっけ」は学問的に登場する機会があったのか。八卦が壮大な原理を説明するのならば八卦は数学のように学科を越えて利用されるべきに思います。

八卦は戯れ言という認識はトンデモ科学・異端児にされるから無理だったのでしょうか。
なんだかわからなくても血液型占いではなく相対性理論のような扱いだったのでしょうか。


儒教の国と言われる韓国を象徴する韓国旗は父母日月を表すそうですが、火と水が正論であり、日月は儒学的に異端ではありませんか。
韓国ではいつからどれくらい儒教の教養が広まったのでしょうか。正統な内容だったのでしょうか。

明治・李氏朝鮮以前の八卦とは、現代的にたとえるなら、経済学者が適当な法則を出しているが、まっとうな商売人は無視している感じでしょうか。
形式論ではないご解説を宜しくお願いします。

A 回答 (1件)

現実の合理的な解釈の道具



儒教と中国 「二千年の正統思想」の起源 (講談社選書メチエ)
によれば、儒教とはそういうものらしい

この回答への補足

再質問とし締め切ります。今後とも宜しくお願いします。

補足日時:2013/02/01 21:33
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この回答へのお礼

いつもありがとうございます。

仏教や神道に比べたら合理的なんでしょうかね。因果応報よりも八卦が合理的だったでしょうか。
いずれにしても形式論ですが。

武士は八卦の説明をまことに信じていたかという質問です。
福沢諭吉あたりは適塾に通う前から信じてなさそうな気がしますが一般的に。
またどの程度、八卦が知られていたか。使いこなせたか。
占術は個人の直感に頼ったら合理主義にならないと思います。
明治近代化は儒教の合理主義が素養にあったからなどと言われますが八卦は関係しますかね。

お礼日時:2013/01/20 00:36

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