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山折哲雄氏からメジャーな雑誌での提言がありました。今のところテレビマスコミは触れようとしませんが、議論されて良い問題だと思います。どうでしょう。

A 回答 (12件中1~10件)

私のNo.10の回答が天皇が憲法によってのみ立つ存在だと言っているのだと解釈されたかと思いました。


そのような事を言っているつもりはありませんでしたので、弁明させていただきました。
質問者様のご理解のとおりでほぼ構いません。
日本国憲法の天皇に関する規定は、国民の天皇に対する思い、それを組み込んだ形での民主国家生成を目指しているものです。
これを変える、というのであれば、当然国民レベルでの議論は必要です。


>皇太子殿下は公人としてのみ判断されるべき。
>皇太子妃のご病気は関係ない。
>ならばなぜ妃の動静が世間を騒がすのでしょう。
>殿下も妃殿下も公人です。

公的な身分としての「皇太子」のあり方を論ずるのであれば、私的な事情によるべきではないという事です。
一般論的に言っても、「奥さんの健康」を理由に、公的身分にふさわしいか否かを判断すべきではないだろう。
しかも、周りが辞意を求めるというのは如何なものか?

皇太子妃の動静が話題になるのは、まずその健康を心配してのことです。
あくまで、私人としての皇太子妃を私人たる国民が心配している。
もちろん、公人としての皇太子妃に対する批判を口にする者もありますが、これは公人としての公務・行事が全うされていない部分がありますので、やむを得ないでしょうね。

皇太子が公務をおろそかにしていないか否か?
これは私は、おろそかにしている様な事はないと思います。
今の天皇は昭和天皇に比べて、随分とフットワークが軽く、頻繁に各地を飛び回っています
これは留守を頼める皇太子があってこそのことではないかと感じております。
宮中では毎日のように様々な公務・行事がありますからね。
特に震災時のような非常の際には、名代として皇太子を向かわせるよりご自分たちが被災地を回ったほうが効果的だということを両陛下は理解されているのでしょう。
これは「天皇」「皇后」という肩書きについている効果ですからね。
「皇太子」では効果は薄い。

さて、質問の趣旨は「皇太子の退位問題をもっと国民が議論すべきなのではないか?」
だと解釈していました。
これについては既に回答したとおり「すべきではない。」と考えています。

しかしお礼文を拝見したところ、微妙にニュアンスにズレがあるようです。
「皇太子における公私のバランスについて」などは、きちんと公務をこなされている限り口出しすべきではありません。
数多くの人権を封殺されている皇族ですが、公私の別くらいはあってしかるべきでしょう。
「皇室報道の偏向性の有無の検証」であるなら、折につけツツいてやる必要ああるかもしれません。
しかしそれはセンシティブな問題に抵触しかねない所で行うべきではありません。
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この回答へのお礼

有難うございます。

〉公的な存在としての皇太子を論ずるならば私的な部分で判断すべきでない。

私的な問題が公務にまで悪影響を及ぼしているのではないかというのが報道を通じての見解であり、一部マスコミの批判であります。

〉皇太子妃の動静が話題になるのはその健康を心配して

受け止め方が心配か批判かそれは色々でしょう。ただ公人として説明責任が果たされていないと感じられます。

〉皇太子殿下の公務について

これは水掛け論です。一言たりとも賛同できません。

お付き合い頂き有難うございました。報道の方も少々動きが出てきたようです。信じすぎることなく見守り、自分なりの考えをまとめてゆきたいと存じます。

お礼日時:2013/02/27 22:20

ちょっと誤解があるような・・・



まず日本国憲法において、天皇が「国民の総意に基く象徴」とされている経緯はご理解されていると思います。
戦後、天皇制を何とかして残したいという当時の占領下日本国民の努力の賜物です。
それまでは「専制君主」「神聖にして侵すべからず」「現人神」であった天皇から「政治的権限の剥奪」と「人間宣言」を行って、「我が国と国民の象徴」として残したわけです。
憲法上はそのような定義づけ話されていますが、その背景に国民の天皇に対する敬愛の念があった事は自明です。
いわば、現憲法(および憲法の認める皇室典範)の天皇に関する規定は「天皇制存続のための条件」であった、とも解釈できる訳です。
それによって「皇太子が天皇を世襲すべし」と規定されている。
これは現時点では動かし難い。
もしも、「これを変える」という事であれば、天皇制のあり方自体を考え直す事が必要なってくるかもしれません。
少なくとも、皇太子の退位(実際にはその概念はありませんが)と言うだけの問題では収まりません。

しかし、我々日本国民の象徴となる方であるならば、それに相応しいか否かを議する、という事はあってもおかしくはないだろう思います。
ただしそれは「公人」としての皇太子の有り様で判断するべきでしょう。
「私人」としての事情が「公人」の立場に影響するのならともかく、「公人」として「公務」を全うできているのなら、とやかく言うべきではない。という事ですね。
プライベートとオフィシャルをきちんと切り分けるべき、と言い換えてもいいかもしれません。

確かに、皇太子妃に不安要素があることは事実でしょう。
しかし、皇太子がそれによって公務をおろそかにしているとは思えません。
我々としては心配な事で、皇太子妃の健康回復を切に願うべきところです。
皇室というのは特殊な環境かもしれません、公務が重責すぎるのかもしれません。
そのような皇太子妃の健康回復の阻害要因をなんとかすべき、という発言なら大いにうなずけます。
当たり前の人間性で感ずれば、問題はそこでしょう?

しかるにそのさまを見て皇太子の退位提言を口にする輩がいる。
「ロクなもんじゃない」というのはそういった意味です。
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この回答へのお礼

回答有難うございます。

分かりが悪くてすみません。誤解のご指摘のポイントが解らないのです。
憲法法律は無味乾燥なものでなく、その根底に血の通った、民族の誇りをかけた思い、譲れない切望があった。そしてそれが皇室への敬愛の念であると言っておられるならその通りです。
ただ、日本国民の思いのみで決まったのでなく、占領する側にとっても皇室廃止による混乱が危険であり、天皇を生かしておいた方が統治し易いと判断したやに聞き及びおります。つまりは国民の天皇崇拝の念を利用されたわけですが、これも含めてルールを決めることは、けして理だけに走るものでなく情緒が大きく作用するものだと仰るならば、これも賛成であります。
ただルールは変わることがあります。小泉政権下において女系天皇を認める動きがありました。ルールがかわりかけたのです。今後もどうなるかわかりません。何に賛成反対でなく、議論がつくされず、時代の一部の賢しらのみで判断されることに不安を覚えます。

象徴、国民との紐帯と、抽象性な言葉で語られる皇室ですが、やはりその御代、御位についておられる天皇陛下は人間であります。その方に寄せる気持ちが判断にやはり影響するのではないかと思うのです。
さてそこです。
皇太子殿下は公人としてのみ判断されるべき。皇太子妃のご病気は関係ない。ならばなぜ妃の動静が世間を騒がすのでしょう。殿下も妃殿下も公人です。私人である部分を無くせなどと無理を言う気はありませんが、今の状態はあまりに私に偏り過ぎではないかというのが提言の一部でありましょう。それがマスコミによる偏向ならばただして欲しい。つまり議論の場に出して欲しい。と思うのですが如何でしょうと申し上げております。

皇太子殿下が公務をないがしろにしてはいないという貴君のお言葉については疑問を呈させていただきます。震災の被災地訪問の回数をその材料としております。そしてそれこそ一人で行かれればいいのにと思っております。

お礼日時:2013/02/27 14:49

ええと・・・



まず日本国憲法ですね
一般の法律というのは「国」が「国民」に課すルールですが、憲法という物はちょっと違い、「国民」が「国」に課すルール。
(「国」というより「為政者」と言ったほうがいいのかな?)
視点の位置が違うとでも言えばいいのか? つまり、政府はこの憲法に則って政治をしなさい、という事です。

さて、これを踏まえて憲法の第一章に天皇に関する記載があります

「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」
「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。」
一章一条と二条です

国民が天皇家に課したルールとして、今の皇太子が皇位を継承することになります。
これは動かしがたい。
(皇室会議が認めれば皇籍離脱も可能ではあるけど、難しいでしょうね)

ただ、「国民の総意に基く象徴」にふさわしいか? という問題であるなら、国民レベルでの議論・審議が行われる場があっても「おかしくはない」と思う。
(それが「あるべき」という主張ではなく、「あってもおかしくはない」と思う程度の話。)

家庭内事情(家族の病気とか)の問題は、我々としては心配こそすれ、口を出すべき事ではないでしょうね。
我々レベルで考えれば、若社長の奥さんの病気をネタに、「退職して看病すべきじゃないのか?」と社員が噂するようなもの。
ロクなもんじゃありませんねぇ。
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この回答へのお礼

回答有難うございます。議論をふっかけるつもりもありませんからご不快ならお読み捨てください。

法律憲法についてご教授有難うございます。しかし、天皇陛下を仰ぐ気持ちにはもっと情緒的なものがありますまいか。歴史をともにするというような。さりとて時間、年数だけではないものが。
今上陛下がまだ皇太子のお立場のおり、初めて沖縄訪問をされた。「石をなげられても行く」との御覚悟で。そしてそこに妃殿下も伴われた。美智子妃殿下も行動を共にされた。そしてあの事件。動じることなくその後も毅然と振る舞われ、毎年交流を続けておられる由漏れ伺っております。
「有り難い」とはその御位でしょうか。憲法に決められたその御位につかれたら「有り難い」存在になるのでしょうか。

天皇陛下とは無私の御存在でしょう。そしてその御行跡から私を捨てた御姿を拝見する。
現皇太子殿下からはなぜか私事に拘泥する情報ばかり伝わる。それが、三流マスコミに歪めれた報道ならば正されるべきだし、それともそれが現皇太子殿下の目指される新しい御公務のあり方なら、必ずしも退位を悪い意味だけでなく御選択のひとつとしてお考えになってもよろしいのではないかと。
産まれもった運命に縛られることも尊いことではありますが、その義務の重さを重大に捉える故の御判断ならば、国民も批判などしまいと思うのです。

退位提言をロクなもんじゃねぇの一言では打ち消せない理由が以上であります。

お読み頂けたのでしたら有難うございます。

お礼日時:2013/02/25 13:34

お礼どうも。

しかし・・

> 浅学非才の身ゆえ貴君のご意見が理解できません。

ホント浅学みたいで、おまけに感覚論過ぎです。
それと、どんどん質問から離れていますが?


> 皇室は神ですか。

予想通り過ぎる反応で・・。

そんなワケないでしょう。
あくまで比喩ですから、直情的に捉えないで下さいね。

但し、天皇は国事行為と祭事を執り行われ、神性を帯びる存在であって、言わば法王や教皇的な性格でもあります。
即ち、国民の立場からは皇室は畏敬(畏れ敬う)の対象で、それは神に近しく、神に類似する性格も有する人間ではあります。

あながち不適切な比喩とも思いません。


> 法律原理主義者が宗教を語られることに無理はありませんか。

法治主義ではありますが、原理主義ではないです・・。

まあ全く無理はないですよ。
実際も、法律は宗教を語ってますけど?(笑)
あるいは為政者がよく宗教を利用しますね。
法を司る為政にとって、法律はそんなに遠い所には無いです。

一方の宗教は、法律を批判は出来ても、法律を凌駕することは困難。
従い、それを志向すれば、本来は人を救済すべき宗教が、武力行使など、あるまじき行為を採択せざるを得ず、法律により罰せられる。
法律と宗教(律)は、そう言う関係性ですが・・。

また、そもそも祭祀を司る天皇を語る上で、宗教観は不可欠だし。
宗教も一つの国家の概念で捉えることが出来、実際に自治を行った宗教も存在します。
教義が憲法であり、戒律・宗教律が法律であって、宗教が国家の原型であるとも言われます。

何を言ってるの?って感じですね。

国家は複数の宗教をも内包し得るもので、法律は宗教律の上位概念です。
法律は、その法律が及ぶ範囲で万人が共有すべきもの。
戒律・宗教律は、信者の中で共有すべきもの。

戒律・宗教律が、法律の枠を越えれば、その宗教は、法律の及ぶ範囲で、法律により排除される。
故に「法律は麻原を許しません。」となる。
それだけのことです。


> しかし場合によっては宗教は麻原をも救うのです。

何を言ってるのか・・
麻原は教祖ですよ?
本来は、宗教で信者を救うべき立場の人格です。

麻原自身が宗教で救われる立場であるとすれば、自分で勝手に自分を救うか、それが出来なきゃ、エセ宗教家ってことでしょう。


> 勇気ある、宗教学者としての矜持をかけた言葉と存じます。

宗教学者として、宗教と国家・法律の関係性を熟知しながら、法律をないがしろにし、また人心を安寧に導くべき宗教に関する知識を以て、人心を惑わす言説を、マスメディアに流布する行為は、「勇気」と言うより「不善」、「矜持」と言うより「無責任」です。

不善を勇気を持って無責任にやられたら・・・困ったモノです。

・・・って言うか、アナタの回答履歴を見ましたけど、皇太子殿下の退位は、そもそもアナタの自論では?

それと同見解の識者の弁を、「硯学」「矜持」などとベタ褒めして・・・恥ずかしくないですか?
「私の見解って有識者と同じなの!エライと思わない?」って言う質問としか思えないですね。

一体、何が聞きたいのかな?
メディアが触れない理由は述べましたが?

ただ一部には、極論を発表することを「生業」とするメディアが存在し、そこに極論が発表された。
それだけのことでは?
それを「極論だ!」などと言い返されたら、「ってコトは・・やはりコッチは正論・民意?」と思うのみです。

要は「議論されて良い問題だと思います。」は、少数派とか変わり者ってコトであり、事実・現実もそうでしょ?
事実・現実を受け入れずに、「コッチが正論では?」と言ってるだけで、言うのは勝手ですけど、全く無意味で、現実には何も作用しません。
「どうでしょう?」って言われても・・・多数決的には、「違うんじゃない?」で終わりです。

まあ少数派が、声を大にして騒ぎ立てざるを得ないのは世の常で、政界で言えば社民や共産が、啓蒙活動をやってるワケですけど、「社民党は・・」「共産党こそが・・」などと、政党名を必死に連呼しながらやってますね。
それを端的に「売名行為」と表現して、何か不都合があるのかな?

そもそも我が国の皇室は、王室ではありません。
王室は人臣の長として、人の上に君臨する立場。

皇族も人間ですが、天皇陛下は元来「天子」として、人臣が人と神の間に奉戴する存在で、天子は人臣のために、社稷を奉ると共に、人臣を愛おしみ・慈しむ存在であって、実際、天皇陛下は、人心や社会の変化に関わらず、現在もそれをご実行なさっておられます。

皇室・皇族は、そのお立場のご継嗣と、天皇陛下の心身・公私の両面をサポートなさる重要なお立場であり、皇太子殿下はその中で、特に重責を担われる存在です。

その重責を、ほぼ産まれながらにして背負われた皇太子殿下のお覚悟やご矜持が、如何なる硯学であろうとも、一介の識者風情の覚悟や矜持に比べ、劣るなどとは到底思えませんが・・。
その皇太子殿下に向かって、退位の提言など、おこがましい限りとしか思えないですね。
また皇室に関し、巷間でみだりに語り、卑俗化する風潮こそが、皇室を王室の如き存在にし、皇室軽視や存続問題に繋がるものとしか思えません。

覚悟と矜持を持って、商業マスコミに論文発表ってのも・・どうかと。
その覚悟と矜持があるなら、堂々と宮内庁の門を叩き、皇太子殿下に直言すれば済むのでは?
それを行わない卑怯な人間が、陰口を言ってる様にしか思えない・・。
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この回答へのお礼

回答有難うございます。
重ねて申し上げます。貴君の文章はさっぱり意味がわかりません。それを当方のせいになさりたいならどうぞ、構いません。こちらを感覚論と仰いますが、そちらは感情論ではないですか。何をムキになっているのか、「どうでしょう」に「違います」で終わりならそうなさればよろしいでしょうに。
長文のご労作に対し少しでも報いようと何度も読んだのですが、本当に理解出来ないわからない。貴方自身わかっているのですかね。
当方を論破したとお思いになりたいのでしたらどうぞ。本当にわかりませんでした。

お礼日時:2013/02/21 16:53

長男ぼの方が品があっていいです。

雅子さま、ダイアナ妃のようにならなければ良いですが、離婚して再婚されたらよろしいのでは。
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この回答へのお礼

回答有難うございます。
幸せになればいいですね。

お礼日時:2013/02/21 07:55

皇太子殿下の前に、あなたが退位すればいい。




何から退位?ですって?
それは自分で考えたら?笑
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この回答へのお礼

回答有難うございます。笑。

お礼日時:2013/02/21 07:33

> 皇室はそこまで不可侵の存在なのでしょうか。



詭弁ですね。

皇太子殿下に退位を迫るが如き提言が、「不可侵」の域ですか?
皇室を敬慕・信頼し、卑俗な個人的意見を開陳しないことを、「無関心」と言うのも、これまた詭弁です。

概ねのメディアが、安易には皇室を取り上げない姿勢の方が、よほど知的であり、皇太子殿下に退位を迫る様な文言を、デカデカと表紙に掲げ、週刊誌を販売する方が、下賤な拝金主義や売名行為です。

法的には「越権」です。
国民の象徴たる天皇の、一位継承権者である皇太子殿下と、日本国民に対しては、「僭越」です。

唯一、思想・言論の自由の権利で容認されますが、権利行使の前提は、義務を果たすことであり、越権や僭越を弁えず、権利行使することは、権利の乱用・悪用の類かと思います。

右・左翼に関わらず、その様な権利行使には、「覚悟」などあろうはずも無く、軽挙妄動であって、とても敬意の対象になどなり得ません。

そもそも質問の、概ねのメディアが取り扱わない理由は、先の回答の通りです。
その先は、アナタが山折哲雄氏の崇拝者なら、別に質問する必要は無いのでは?
自己主張なら、ブログなどでどうぞ。

ここは議論するサイトではありません。
「お礼欄」に、お礼を書かない時点で、マナー違反です。
利用規約を読んでみて下さい。

同様に、我が国は法治国家です。
山折哲雄氏の、皇室典範などに基づかない、皇太子の退位論など全く無意味で、「私はこう思う」と言う学級会レベルの個人レベルの戯言に過ぎません。
尚、彼は左傾化傾向のみならず、オウムの麻原彰晃にも、「宗教家であれば法律を無視して教義を貫いてはどうか?」などと言う提言もした人物としても知られ、そもそも法律を軽視し過ぎる独善的な思想です。

アナタも、他の回答者さんに「皇太子の称号を譲位」などと書いてますが、無知蒙昧の極みです。
皇室に敬意を持つ立場の人間が、皇太子の退位と言う重大時を、そんな無知で語るワケが無いでしょう。
山折氏も、越権・僭越で法律軽視とは言え、それくらいの事は理解しているから、皇太子殿下へ「退位なさいませ」と提言しているのですよ・・。
アナタは山折氏の主旨さえ理解せず、質問していると言うことです。

アナタには「汝 神の名をみだりに口にする勿れ」と言う言葉がピッタリです。
真に神に敬意を払わない者や、教義の本質を理解せぬまま、興味本位で神の名を口にしてはいけないと言うことです。
皇室に対しても不遜なメディアが、みだりに皇室を取り扱わない自制心の方が、アナタよりは遥かに立派と感じます。

先の回答は、主に法律論に基づいて構成していますので、反論するなら法的にお願いします。
アナタの個人的な感想文など、読む気もしません。
まあ、それが出来ないから、感想文になるのだと思いますが・・。
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この回答へのお礼

御回答有難うございます。御礼申し上げなかったことについてはご指摘の通りです。
ここから先はお読み頂けないのでしょうが、やはり一言申し上げたくお目汚しの一文を書かせて頂きます。
浅学非才の身ゆえ貴君のご意見が理解できません。
「みだりに神の名を口にする事なかれ」はキリスト教の教えと存じますが、皇室にも当てはまりましょうか。皇室は神ですか。概ねのメディアが皇室に口をとじていることが必ずしも好意的なもの、憚り、慎みだけではないのは当然です。赤化が言われて久しいのはマスコミ、法曹界、教育界。無論全て赤とは申しませんが、用心すべきはそれとなくの偏向誘導。もの言うことも言わぬことも保証された自由、物言えは売名、利益主義、言わぬことが知的の決めつけは極論と存じます。あっ読んでないのよね。
貴君のような法律原理主義者が宗教を語られることに無理はありませんか。法律は麻原を許しません。しかし場合によっては宗教は麻原をも救うのです。無論簡単なことではないですが。宗教には時に法律と対立することもありましょう。山折氏の言説はほんの一端かじったのみですが、オウム事件当時の空気のなかでの発言は、勇気ある、宗教学者としての矜持をかけた言葉と存じます。

もし読んで頂けたのでしたら、改めて御礼申し上げます。

お礼日時:2013/02/20 14:56

精神を病んだ方が皇室の重要なポジションについてはいけないという決まりはありません。


現に3代前がそうでしたから・・・
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この回答へのお礼

ごめんなさい。
ちょっと質問とかみ合わないみたい。

お礼日時:2013/02/20 00:10

皇太子の退位など、皇室の大事について、マスコミが面白半分に扱って良い事柄とは思えません。


従い、それでも取り扱うとすれば、有識者を集めたお堅い番組としか出来ないでしょう。

余り視聴率が得られるとは思いませんが、視聴率を基準に番組を制作する商業マスコミが、皇室と言うデリケートな内容を取り扱うリスクを冒してまで、積極的に触れる必要性が無いと思いますが・・。

また民法より自由度が低いNHKも、皇太子退位と言う「仮定の議論」をテーマに番組制作を行うとは考えにくいです。
皇室全体を考える中で、触れられるかどうか?と言うレベルでしょう。

更には、そもそも議論すべきかどうかが疑問です。

まず現在の皇室典範において、皇太子に「譲位」と言う概念はありません。
皇太子は「皇嗣たる皇子を皇太子という」であって、現在は浩宮徳仁親王殿下のみを指す称号です。
即ち、皇太子(又は皇太孫)とは、産まれながらにして皇位継承権一位が付与されるご皇族にのみ付与される称号です。
仮に皇太子の退位が可能として、皇太子は空位のまま、皇太孫もおられませんので、秋篠宮文仁親王殿下が皇位継承一位となるだけです。

従い、「皇太子の退位」の実質的な意味は、「皇位継承権一位を変更すること」に尽きますが、皇太子殿下がご存命の中、これを行うとしますと、再び皇室典範に基づけば、2通り考えられます。

その1つが、皇室会議の決定で、「精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるとき」ですが、浩宮徳仁親王殿下は、これには該当しません。
また仮に該当するとしても、その皇室会議とは、皇族と三権の長で構成される会議体です。
国内最高クラスの有識者などでさえ、直接的には関与し得ないものであって、マスコミ如きが有識者を集めて議論させ、何か答えが得られる様な会議体では無いのですよ。

もう一つが、浩宮徳仁親王殿下の皇籍離脱です。
皇太子・皇太孫のみは、本人の意思以外では、皇籍離脱はありません。(それ以外の親王,内親王らは、皇室会議の決定で皇籍離脱の可能性があります。)
これには、たとえ天皇陛下であっても、関与し得ず、浩宮徳仁親王殿下ご本人のみが決定し得ることです。

皇太子退位の可能性があるとすれば、後者の方が圧倒的に濃厚ですが、それに関して第三者がつべこべ言っても、全く無意味と言うことです。
そんなコトを、国民の間で議論する意味が、何かあるのでしょうか?

不敬ながら皇太子殿下のご心中を愚察すれば、国民の間で、極めて不敬で無意味な議論を行うことこそが、皇太子殿下の心中をかき乱すのみであり、全くの無益と思います。

尚、山折哲雄氏は、かなり左傾化した宗教学者と言うイメージしかありません。
皇室を敬愛する立場であれば、皇太子殿下にご退位を勧めると言う行為そのものが、僭越の極みであり憚られるものです。
真に皇太子殿下を思う立場であれば、つまらぬ愚想は黙して語らず、ただ殿下のご判断を信頼・支持するのみでしょう。
衝撃的なタイトルで、目を引く目的の、売名行為としか思えません。
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この回答へのお礼

皇室はそこまで不可侵の存在なのでしょうか。皇室とはあれこれ取り沙汰するものではないという知的縛りが現在の三流マスコミの跳梁を許してしまった、この状況が良いものとはおもえません。愛の反対が無関心ならば、皇室の方々への素朴な関心が敬愛の念と矛盾することはありません。その心情が安手のメディアに蹂躙されるより、識者といわれる方々のご意見を伺いたい、又歴史の小さな一点に属するものとして民意の一端を知りたい、これはそんなにおかしなことでしょうか。

左翼的傾向があるからといってその道の泰斗の言葉を軽視するのはどうかと思います。名をだして一文をものする、その覚悟にある程度の敬意は払うべきでしょう。

お礼日時:2013/02/19 20:54

 現憲法下で天皇にさえない「退位」が、皇太子にあるわけないでしょう。

あるとしたら「廃位」「廃嫡」でしょう・・ところが現皇室典範には「皇太子廃位」についての規定・記述はありません。

 質問の意味がないんじゃないですか。むしろ聞きたいですよ。どうして現皇太子(東宮)が廃位されなければならないのでしょうか?理由はなんですか?

 
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この回答へのお礼

山折氏という碩学の権威を借るようですが、天皇の位につかれてからは難しくなりましょうが、皇太子の位におられる今だからこそ、可能性のひとつとしての御退位提言と思います。退位でなく譲位でしょうが。
時代は無視できません。いてくださるだけで、祭祀に務めて下さるだけで有り難いという時代ではなく、国民の皇室への不信不寛容の視線が皇室不要論に利用されないともかぎりません。「不信不寛容の視線」が個人的見解であろうといわれることは想像がつきます。だからこそ山折氏という名のある識者、宗教学者のご意見に対し他の、私とおなじ一民間人の考えをお聞きしたいと思った次第です。

お礼日時:2013/02/19 12:47

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