初歩的な質問ですが、
パリーグとセリーグはどう違うのでしょうか?
どちらが先にできて、どうして二つのリーグに別れたのでしょうか?
(または2つになった)
格上格下とかってあるのでしょうか?

A 回答 (4件)

ルールでいうと、「DH(指名打者)」制度と「予告先発」制度、「延長12回引き分け」が大きな柱です。


DH(指名打者)制度
ラインナップのだれか一人の代わりに別の打者が打てる制度。(一般的には投手)ただし、DHは試合途中から守備に付けず、DHの打順は移動できない。(行う場合はDH制を放棄することになる)
予告先発制度
あらかじめ先発を前日に発表する制度。ただし、先発ピッチャーが投げられないときは、相手監督の了承を得て変更可能。
延長12回引き分け
来期からはセ・リーグもこうなりますが、引き分け再試合はパ・リーグはありません。(セは15回打ち切り再試合)
どちらが先にできて、というのはありませんが、パ・リーグは毎日新聞が参加していました。(西日本もあったと思う)分立のきっかけには、別所毅彦の巨人による引き抜き事件も絡んでたと思います。
阪神はパ・リーグに入る姿勢を固めていましたが、巨人の説得に折れてセ・リーグに残った、というところです。
格上、格下というのはありませんが、ナベツネに言わせると「セの方が格上」らしいです。
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kuma-oさんの回答に補足として経緯を付け加えますが、要は米大リーグに倣ったという部分があります。


 二大政党制と二大リーグ制はデモクラシーの象徴という考えで、GHQの経済科学局長をしていたマッカート少将が日本プロ球界に導入を薦めた制度で、正力松太郎氏が賛成するも読売本社が反対するなどかなりもめた末に実現したそうです。
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この回答へのお礼


政治まで関与していたとは知りませんでした。
ありがとうございます。

お礼日時:-0001/11/30 00:00

日本にプロ野球が誕生したのは昭和11年です。

当時は1リーグ制でした。その頃は、巨人と阪神が毎年優勝争いをしていたということです。そして第2次世界大戦の激化で、リーグ戦は休止されました。戦後は昭和21年から1リーグで再出発しました。プロ野球人気が高まるにつれ、2リーグ制の確立がプロ野球の発展につながる、また球団を持ちたいという企業も増えたので、昭和25年に2リーグ制となりました。その当時はセ・リーグが、巨人、大洋、阪神、中日、西日本、国鉄、松竹、広島の8球団、パ・リーグが、南海、阪急、大映、東急、毎日、近鉄、西鉄の7球団でスタートしました。
簡単にプロ野球の歴史を書いてみましたが、参考になりましたでしょうか?
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この回答へのお礼


歴史まで紹介していただきありがとうございました。
たいへん参考になりました。

お礼日時:-0001/11/30 00:00

私が聞いたところによると昔1つのリーグだったものがチーム数が多くなりすぎて2つに別れたようです。

その境目というのが関東、関西のチームということです。セが関東、パが関西です。ただ、阪神タイガースは関西のチームですが阪神巨人戦というのは伝統の一戦なので別れさせるわけにはいくまいということで一緒のリーグになったそうです。だから格上格下とかはないです。
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