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No.1
- 回答日時:
フッサールの現象学は私が20代の頃からずっと読み続けてきたもので、以来、翻訳されている限りでは、フッサールの著作はすべて読んできています。
最初に読んだのが、戦前に翻訳された池上謙三訳の「純粋現象学と現象学的哲学考案」という著作でした。
翻訳文体が硬く、直訳のようでしたので、理解するのがひじょうに難しく、苦労しました。
その後、みすず書房から立松弘孝の訳によるフッサールの著作の翻訳が続々と出版されるようになり、私がみすず書房の近くの同じ出版社に勤めていた関係もあり、編集者と顔なじみで、出版社同士だと安く買えるというメリットを享受してフッサールの著作を買っては読んでゆくことになりました。
フッサールといえば、何と言っても「現象学的還元」です。
それがフッサールの最初の翻訳、「現象学の理念」として出版されたときは、それこそ夢中で感激しながら読みふけりました。
すでにカントの「純粋理性批判」を読んだ後だったので、その中でフッサールがカント的な用語で「現象学的還元」を説明しているのにも容易についてゆくことができました。
私は18歳の時にショーペンハウワーの主著「意志と表象としての世界」を読んで、それこそ世界がひっくり返るような体験をしていましたので、現象学的還元を比較的容易に理解することができました。
しかし、フッサールのところに留学した高橋里美によると、フッサールは大学で1学期を費やして「現象学的還元」の講義を延々として続けたが、誰も学生はそれを理解せず、櫛の歯が抜け落ちるように学生はいなくなったと言っています。
「現象学的還元」を理解することが現象学を理解する道ですので、それを抜きに現象学を語ることは出来ませんが、それを理解するのは至難なのです。
「現象学的還元」は公式的には、自然的な見方から現象学的な見方への転換と言われています。
そのためには自然的な見方の総措定、つまり世界が存在しているという「信憑(信念)」を判断停止に置き、それを中立化することで、世界を現象として、純粋意識の対象として考えることができ、世界を意識の志向性によって構成されたものとして考える、と一応言われています。
だけど、そんなことを言われても「現象学的還元」ができるわけでもありません。
「現象学的還元」はみずから徹底的に考えて遂行する以外にありません。
デカルトの「方法的懐疑」の手法を使って、私たちの先入観、思い込みを徹底的に排除し、まったくゼロから出発するしかありません。
では、何が私たちにとって根本的な「信憑(信念)」かといえば、それは私たちの見る世界が存在しているという臆見(ドクサ)です。
なぜ、私たちは今見ている世界が存在していると思うのか、それを問い詰めてゆくことです。
たぶん、あなたは自分が今見ている世界が存在していると思っていますよね?
その根拠とか理由はいったい何なのでしょうか?
それを見ているから?
だけど、デカルトがやったようにこの世界が存在していることはいくらでも疑うことができます。
もしかしたら、世界が存在するというのは錯覚かもしれない、存在しないのかもしれない、そう思ったことはありませんか?
私はショーペンハウワーの主著を読んだとき、「なぜに世界は存在しているのだろう? 存在しなくたって良かったのではないか? 世界が存在していることは不可解だ」ということを知りました。
以来ずっと、世界が存在しないかもしれないという思いを抱き続けて、フッサールの「現象学的還元」に至り、それが方法的に述べられているのを知り、これだ、これこそ自分が考えていたことだ、と感激しました。
フッサールが何を言いたかったか、それが手に取るように分かりました。
フッサールの現象学はデカルトと同じように一切の先入観を排して、世界を先入観なしに見ることです。
だけど、それは言うは易し、実行は至難です。
世界を先入観なしに見ることは不可能と言っていいと思います。
フッサールは「現象学的還元」を、「中和性変様」と言っています。
つまり、世界が存在する、世界が存在しない、その中間の状態に保つこと、それが現象学的に世界を見ることです。
だから、私たちが世界が存在するという強い「信憑(信念)」を持っているとしたら、それを中和するためには、世界が存在しないという「信憑(信念)」を対置するしかありません。
私の見る世界、私の見るすべての物事、私の人生、また世間で言われている人生、そんなものは存在しないかもしれない、すべては夢まぼろしかもしれない、そう考えることで私は世界を中立的に見ることができるようになります。
そうして世界が中立化すれば、残るのは私の意識、私の純粋意識だけです。
世界は私の意識によって、その志向性によって構成されたものとして考えることが可能になります。
それが現象学。
現象学を理解する早道はありません。
フッサールの著作だったら、「現象学の理念」がいいと思いますが、それ以外のデカルトの「方法序説」でもいいし、ショーペンハウワーのエッセイ「自殺について」という(岩波文庫)でもいいし、カントの「純粋理性批判」でもいいし、……とにかくいろいろな道があります。
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