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西洋では、創造主である神の前には、全ての人は被造物である。これから、全ての人は平等である、に達しましたね。そして、当時の王朝は、その時代の・一時の王朝である、になっているのですね。

一方、日本では江戸末期に、一君万民とう言われる思想が強調されました。ここから、天皇の前では人は同じである、がはっきり唱えられました。これが、倒幕運動の一要因になったのですね。

そして、天皇家は、(外国のような、その時代の・一時の王朝ではなく)、西洋の神のように、(史実はともかく永遠に存続するもの)と捉えたのですね。ただし、日本では、奈良時代から現代に至るまで、天皇家は特別なものと見る思想が、綿々と流れているような気がします。

質問したいことは、天皇は、なぜ、日本では、西洋における神に位置付けられるようになったのですか?

A 回答 (11件中1~10件)

?神の子孫という位置付けがあるからでしょう?


それと国家の象徴に永遠にいてほしいと願う(まあ、大衆政治的ほかそれぞれ)のは
神の崇拝と同じ視点とは思えないわけで。
富士山に例えると分かりやすいのでは。

そもそも、日本人の言う「神」と西洋人の言う「GOD」は全然別のものですし。
本当はGODを神と訳すのは意味が違うんじゃないかと言う話をする人もいるし。

質問の答えで言えば一行目に書いた通りだと思うんですが。
(だから、キリストにれっきとした子孫がいたら似たよな扱いになるかもね。
教義的に多分無理だろうけど)

途中の…西洋でいう神(おそらくキリストですよね)と同一または
同じ位置づけになったというのが不可解です。
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この回答へのお礼

早急なご回答ありがとうございました。
<神の子孫という位置付けがあるからでしょう>
ですね。天照大神以来途切れることなく繋がっているから、ということですね。
以下言い訳になります。日本の神と西洋の神(GOD)とに違いは、今回等閑しています。Aの前に人が同じであり、平等である、という際に、このAを神と言いました。
そして、
<国家の象徴に永遠にいてほしい>
という思いなのですね。

お礼日時:2014/11/22 09:07

明治憲法を作る際


伊藤博文はイギリスの憲法を
お手本としましたが
憲法は神を頂点としたのですが
日本にはそれに代わるものとして
なにがあるかと模索した結果
神にかわるものとして
天皇を頂点として憲法を作成しました

そこから天皇は神であるとなりました
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
<イギリスの憲法お手本とし>
て、
<天皇を頂点として憲法を作成し>
たのですね。
以下は、私の妄想です。明治時代に、このような思想が成文として明確に確立したのですが、もしかすると、ここのような考え方は、幕末のころから、ぼんやりと拡がっていた、のかもしれませんね。

お礼日時:2014/12/04 11:08

英語の[GOD]と、日本語で云う[神]とは意味が違うわけです。

翻訳の問題ですよ。そのまま口にしちゃ駄目です。正しくは、[yes]と云う名を持つ[GOD]さん。[天照]と云う名を持つ[神]様。両者は全く別の概念であり、別人ですし。翻訳て複雑ですよね。

自分の回答は、そんな疑問は存在しない。考える必要はない、と思いました。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
<英語の[GOD]と、日本語で云う[神]とは意味が違うわけです。>
ですね。Jesusと天照の違いがありますね。
この質問で、誤解を与えました。神という言葉は、突っ込まれ易い言葉ですので、弁解します。日本の神と西洋の神との違いは、今回等閑しています。Aの前に人が同じであり、平等である、という際に、このAを西洋であろうが日本であろうが、神と言いました。

お礼日時:2014/11/28 09:21

幕末において、天皇を中心とした国政を敷こうとはしていますけど、それは別に天皇を神としたわけじゃありませんし、天皇は天皇であって神の子孫ではあっても神ではありません。

それはむしろ古代中国の皇帝に近いものです。
古代中国の皇帝も天皇も特別な王ではありますが、(確かに中には過剰反応で神だと言ってる者も居るでしょうけど)朝廷や国民は神などとはいってませんよ。

軍部が靖国神社を中心とした国家神道を創りだした頃から現人神などといって神扱いにしましたが、天皇が神だなんて言っていたのは、それから敗戦までです。

そもそも古代の氏族らは皆神の子孫なんですから、天皇だけが神の子孫でもありません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
<天皇は天皇であって神の子孫ではあっても神ではありません。>
ですね。ただし、一君万民すなわち天皇の前では人は平等になるのですから、この思想では、天皇は神(神でなくとも、ある特別な存在)である、と考えるのですが。

お礼日時:2014/11/23 06:12

 二度目です。

疑問にお答えします。
>1 なぜ天皇が神なのか?
 日本列島各地に百を超える小国家が分立した紀元前後、各地の小国家の王と
 王に従う人々は周囲の地域の自然に神々を感じました。少し後の時代には
 出雲政権や吉備政権・筑紫政権・薩摩政権等々小国家を併合して強大になる
 地方政権が林立しこれら地方政権の王たちは小国家の人々を束ねるためにも
 自らの神格化を必要としました。
 (邪馬台国の存在に3説あり。邪馬台国が小国家の王たちをゆるやかに束ねた
 連合国家であることに間違いは無いのですが(1)あくまでも北九州地域の小連合
 国家)(2)近畿~北九州を束ねた大連合国家(3)北九州に発生し東征で近畿に定着
 した連合国家)
  つまり当初は大王(天皇)以外の地方政権の王も神の一員であったわけです。

 2の答えになるかと思いますが4世紀頃には大和政権が列島のほとんどをゆる
 やかな支配下においています。大和王権が各地から租税を徴収するのではなく
 各地の王との間で戦いとともに交渉して特産物などを朝貢させ各地の王が神で
 あることを止めさせます。最大の強敵出雲政権との間では出雲の神をおろさせ
 る代わりに出雲が全国に神々の集う場所に「認定」されました。神を信じ絶対
 の権威を認める人々を支配するにはそうした交渉は不可欠でした。
  ちなみに大和政権の王が大王(後の天皇)ですが6世紀の天武天皇が出現する
 までは大王はあくまでも豪族の一員で蘇我や物部などより大王の力は弱い。
 ただ今で言う神主の親分であることで特別の存在でした。
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございました。
<地方政権の王たちは小国家の人々を束ねるためにも
自らの神格化を必要としました。>
ですね。八百万の神々が好きな日本人にとって、容易に容認できた、と解釈いたします。
<4世紀頃には大和政権が列島のほとんどをゆる
 やかな支配下においています>
この時代、すでに天皇家は
<神主の親分であること>
になっていたのですね。

お礼日時:2014/11/23 06:03

まあ一神教と多神教が違うということはおいておいて・・・



なぜ、日本では、天皇が神に位置付けられるようになったのですか?
という点に関して言えば、
初期の天皇は大王(おおきみ)と呼ばれ、地方豪族による連合政権の盟主のような立場でした。
これを天智天皇が、地方豪族を廃し支配地を没収しすべて天皇の直轄地とし、各地は朝廷の任命した官僚である国司が支配する体制に切り替えました。
これがいわゆる大化の改新で、律令制のもと公地公民体制をひいたわけです。

この大改革、大支配を遂行するにあたり、その大義名分として大王を天皇として神格化していったのが天皇神格化の始まりです。
まあ西洋の王権神授説と近いと見るか全然違うと見るかは人それぞれでしょうがね。
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この回答へのお礼

早急なご回答ありがとうございました。
天皇家は豪族の一つであったが、大化の改新の際に、日本を統一し、その際に
<天皇として神格化していった>
のですね。これを契機に、明確な意図により天皇家は、神々と繋がったのですね。

お礼日時:2014/11/22 19:20

 大日本帝国の末期には、現人神、という考え方がありましたが、天皇が西洋で言う所の神だったことは、一度もありません。



 前の方の回答のような、八百万の神の一つという位置づけは可能でしょうが、それでは西洋の神とは全く違います。

 実際、現在の象徴天皇制だって、アメリカ製じゃありませんか(1942年国防総省で決定)。

 江戸末期のことは、明治政府が自分たちの政治に都合が良いような解釈を採択しただけです。

 近代以降の日本の天皇は、もうしばらく闇の中でしょうし、古墳も開かないので、古代天皇も闇の中です。

 闇のママの方が都合が良いと思う人たちが、近現代の権力を握っているからです。

 
 
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この回答へのお礼

早急なご回答ありがとうございました。
<自分たちの政治に都合が良いような解釈>
ということですね。江戸幕府の末期における思想である、一君万民も、都合良く(おそらく倒幕のため)唱えられた、と考えてよいですか?

お礼日時:2014/11/22 16:33

 ご質問に対する最も明瞭な答えは西洋のキリスト教は一神教、


日本の神道は多神教であるということから生じます。

 一神教では神は全知全能の唯一神ですから権力者は王権神授説による
正当化で国王が神の代理人であると主張できました。これは絶対王政の
時代で近代市民社会が登場する一歩前です。もう一歩前はローマ法王が
神の代理人でした。つまり西洋では「神の代理人」であることが権力の
権威。近現代欧米では政治権力と宗教権威は分離されました。
宗教権威は大きな影響を保ちつつも政治権力
には優越しない形となりました。

 日本の天皇の政治権力は時代により大きく浮き沈み
しましたが「神」としての権威は古代から近代まで。
八百万の神々の一員としての天皇が国家を束ね、政治
権力を失うも国家神道の権威を体現しています。

 実はご質問の答えは表面的な差異だと思うのです。
「神の代理人」であろうが「神々の一員」であろうが
その思想と実際の政治権力で国家を支配し、近代に
なって政治権力が「国民の代表者」によるものになって
及び科学の発達により昔のように素朴な宗教信仰が薄れ
た現代精神的なシンボルとしての宗教権威をまとっている
だけの存在になった点で同一だと思えるからです。
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この回答へのお礼

早急なご回答ありがとうございました。
天皇は
<八百万の神々の一員>
なのですね。ただし、二つの疑問が残っています。
1 なぜ天皇が神なのか?
2 天皇は万の神のなかでも、なぜ、(並みクラスではなく)かなり際立った存在であるのか?

お礼日時:2014/11/22 16:24

国家統一には国民共通の概念が必要になります。

ある国では、その概念を敵国をもうけることで成立させようとします。中国や韓国。太平洋戦争の頃は天皇のために戦い、鬼畜米英と敵国を作りました。
国民に共通認識がないと国のていをなさないのです。発展途上国が発展しないのは、国に対する見解が統一していないので国に国民が既存しないために国の発展を省みずに個人の利益にはしるために国が発展しないという側面もあります。

国民の共通認識として
天皇を元首において国民を統治すれば、時の権力者は天皇の統治に協力している国民という扱いに逃げることができ、独裁的要素を消すことができます。

天皇は元首であるが
政に関しては直接関与はしない位置においておく
直接関与してしまうと
天皇に対しての責任論や
倒皇組織が出来上がって
しまう

そこで天皇は政に対する
監視役、あるいは助言者としての地位にとどめる

現在は象徴という地位にあたります

それをもっと有効に解釈させるには、天皇は天照大神の子孫という神の子であったとする神話を利用して
天皇=神として崇めることを推奨する

各地に神社をもうけて
国民の心のよりどころとする

そういったことで日本は
天皇が神で国民は神社参拝を通じて天皇とつながり
国民総意の共通見解を結成して国の発展を後押しすることができる

時の権力者は天皇の代理人として統治にあたるというシステムができる

そのため、天皇がいることで日本国民は天皇のために生きて天皇のための国家建設になる。天皇は神だから神のために生きる国民という構図ができあがる

対してヨーロッパにおいては、王朝は権力者であり
神であるキリストとは別の存在であった。そこで王朝はキリストを推奨するものも弾圧するものもでてきて神はあくまでもキリストであって王朝は統治者という考えになるので日本とは
その考えにおいて差異が発生する

こういったことではないでしょうか
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この回答へのお礼

早急なご回答ありごとうございました。
日本の為政者は、天皇を神として祭り上げるのですね。ただし、この神は、実権のない象徴として、共通認識の対象としての役割を持たせるのですね。
ヨーロッパの神は、権力者とは別の存在なのですね。

お礼日時:2014/11/22 12:52

日本の神道における神と欧米キリスト教の神とは全く


異質なものです。

神道は多神教で、山川草木すべてに神がおります。
トイレにだって神様がいます。

キリスト教のような全知全能の創造神などという
だいそれたものではありません。

だから人間でも少しすぐれたひと、偉い人は神様に
なれます。

徳川家康も豊臣秀吉も神様になっています。

天皇が神だ、というのもそういう意味でしか
ありません。

それにそもそも天皇は神と人間を媒介する存在です。
天皇の神聖を強調したのは、欧米列強と対峙するため
明治政府が意図したものにすぎません。

司馬遼太郎は、天皇は元来、神主の親分だ、と
指摘していますが、これが一番あたっています。
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この回答へのお礼

早急なご回答ありがとうございました。
<天皇は神と人間を媒介する存在>
であり
<神主の親分>
なのですね。
しかし、なぜ、一君万民すなわち天皇の前では人は平等になるのか、分かりません。
神という言葉は、突っ込まれ易い言葉ですので、弁解します。日本の神と西洋の神との違いは、今回等閑しています。Aの前に人が同じであり、平等である、という際に、このAを(西洋の神にならって)神と言いました。

お礼日時:2014/11/22 10:29

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