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暑さが無ければ寒さも感じないものですか?

この世界がずっと同じ真夏の暑さだったとしたら、人間は暑いと感じないのでしょうか?

暑いだけの世界でも人間は暑いと感じるのでは?

だとすると、人間は苦痛を感じないと幸せを感じられないから人生に苦痛は必要であるという教えは間違いなのでは?

暑いだけの世界だと暑いとは感じないものなのですか?

サウナにずっと居てサウナで産まれてサウナから出ずにずっとサウナ室で生活している子供はサウナ室は暑いと感じると思います。ここ暑いって。汗も出て来るし。

だから、宗教の教えの苦痛があるから人間は幸せを感じるという教えは間違いだと思います。

A 回答 (5件)

暑さ/寒さは、自分の体温と周囲温度の関係で生じるものです。


赤道直下の国々も、いまはクーラーが普及しているので、
暑い/寒いという言葉は理解しています。

後半部分は、ご質問の趣旨を逸脱、支離滅裂、…
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この回答へのお礼

みんなありがとう

お礼日時:2023/09/28 21:43

要は、常に苦痛な世界だったら常に幸せになるはずだが、常に真夏の世界でも辛いことはあるだろうから「苦痛がないと幸せを感じられない」という理論は破綻している、ということですね。



しかしながら、苦痛があることで幸せを感じられるというのは、あながち間違いではありません。

人間はどんなに楽しいことがあっても、ずっと続けば楽しくなくなります。
「楽しい、幸せだ」と感じるのは、脳内にドーパミンが放出されるから。

しかし、ドーパミンは同じ刺激が続くと、その刺激に対しては放出しなくなっていきます。
「飽きる」ということですね。

ドーパミンが出なくなると、幸せを感じられません。
新たな楽しみを探しますが、簡単には見つかりませんよね。

そこで大事になってくるのが「苦痛」です。

働くのが辛ければ辛いほど、金曜日の夜はハジケますよね。
それは、金曜日の夜が「苦痛」によって、簡単には手に入らないものになっているから。

例えば仕事が楽なものなら、金曜日の夜なんてたいして嬉しくないでしょう。
そういうことです。

ちなみに、心理学の世界でも、苦労するほど幸せ度が上がると言われています。

ですので、あなたも華の金曜日のために、身を粉にして働きましょう。
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サウナじゃ人は育たないでしょう。

死ぬから。それ他に例えるとボクサーに殴られながら毎日を過ごすとかも同じで、死ぬからね。鍛えた人でも引退しないと死ぬ。素人なら間違いなく死ぬ。

おかしな文章作って他を批判する人には何も分からないと思います。
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暑さが無ければ寒さも感じないものですか?


  ↑
そんなことはありません。
火で炙ればどんな人でも、動物でも
アチチになります。



この世界がずっと同じ真夏の暑さだったとしたら、
人間は暑いと感じないのでしょうか?
  ↑
南洋の赤道直下の人でも
煙草の火を押しつければ。



暑いだけの世界でも人間は暑いと感じるのでは?
  ↑
勿論です。



だとすると、人間は苦痛を感じないと幸せを感じられないから人生に苦痛は必要であるという教えは間違いなのでは?
  ↑
不幸を知らないと幸福が判りにくく
なる、ということでしょう。
北朝鮮の人間からすれば、日本は天国みたいな
ものです。
しかし、天国で生まれた日本人は
その有り難さが判りません。



暑いだけの世界だと暑いとは感じないものなのですか?
  ↑
肉体的なモノと精神的なモノは
分けるべきです。



サウナにずっと居てサウナで産まれてサウナから出ずにずっとサウナ室で生活している子供はサウナ室は暑いと感じると思います。ここ暑いって。汗も出て来るし。
だから、宗教の教えの苦痛があるから人間は幸せを感じるという教えは間違いだと思います。
 ↑
苦痛というのは適切ではありません。
不幸を知らなければ幸福も判りにくく
なる。
という意味です。

うまれてからず~と悲惨な生活を送っていて
周りも同じだったら
それが普通の生活に感じて
特に不幸とも思わないのでは?
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人間の体はサウナで生活するようにできていませんから、サウナで生まれた人でも暑いと感じるでしょう。

ただ、普通の人はサウナから出れば涼しいと感じますが、サウナ生まれの人は寒いと感じるかも知れません。
もし地球の温暖化が進んで世界各地が年中30度を超えるようになれば、今の真夏の暑さぐらいは平気になり、暑いとは言わなくなるかもしれませんが、
40度や50度になれば、やはり暑いと感じるでしょう。それに、地球上のどこでも同じ気温になるとか昼間と夜間が同じ気温になるのはあり得ませんので、ナンセンスな想定だと私は思います。

それはともかく、「苦痛を感じられないと幸せを感じられない」というのは、苦痛を試練として受け取る心の在り方を教えているのであって、苦痛を感じても幸せを感じられない人はいます。つまり、「苦痛を与えれば人間は幸せになれる」という発想ではないということです。分かりますか?
そして、「人生に苦痛は必要である」というのは、「あなたの経験した苦痛はあなたの精神の成長のために必要だったと思えば、苦い経験もありがたいものとして受け取り、心穏やかに過ごせる」という教えであって、人生の幸福の条件を教えているのではありません。あなたはその点を勘違いしています。
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