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哲学というとなにやら難しいイメージがあります。
そもそも哲学というのはどういう学問で、その目的とは何でしょうか?
人は何のために生きるのかとか、どう生きるべきかなどと探るのが哲学でしょうか?
それとも自分が存在する理由を見つけ出すのが目的なのでしょうか?
何かの真実を見つけ出すものでしょうか?
宗教との決定的な違いは何でしょうか?

哲学は、科学的なものですか?
物理学などの思考実験との違いは何でしょうか?
哲学者は、統合された哲学ともいうべき「究極の哲学」を目指しているのでしょうか?
それとも宗教の宗派の違いのように、全く別々の流派に分かれているのでしょうか?

また宗教って楽しい学問ですか?
初心者にもわかりやすい入門書などあれば教えてください。
ちなみに哲学というと西洋のイメージが強いですが、日本の歴史のなかで哲学と呼ばれるものをはじめた人はだれでしょうか?

いろいろ質問してすみません。哲学について何でもいいですから教えてください。
よろしくお願いします。

A 回答 (7件)

>哲学というとなにやら難しいイメージがあります。


深淵な課題なら、難しいですよね理解って。
「人間ってなんぞや?」ということになったら
観念と思考の輪廻世界に迷い込み、ノイローゼになるかもしれません。

>何かの真実を見つけ出すものでしょうか?
僕は、答えは出せないと想っています。
全部、発展途上にあると想います。
ある、哲学を基盤に、さらに、時々の変化を加えたり
また、是正したり、ある人の作品にたいしてのアンチテーゼであったりの繰り返しだと想う。
真理を見極める為に。

>宗教との決定的な違いは何でしょうか?
ボーダーレスでもあり違いもある。
宗教の基本は、「眼に見えない心の話し」
哲学の基本は、「現実世界の見方、考え方の提案」
では、ないかと想う。
宗教もひとくくりにしてしまえません。
大きく分けて、宗教とカルトはまず違います。
宗教の基本は「世のため人のため」にあるはずです。
カルトは、一人の考えに対してのシンパシーを集める所から始まります。
哲学の定義よりも、宗教の定義は難しい。
もし、宗教の教理(ドグマ)と哲学が似ているというのなら似ています。なぜなら、キリスト教であれば、イエス様のお考え(哲学)が教理な訳ですし、
仏教なら釈尊のお考え(哲学)が教理な訳ですし。
しかし、一部のカルト教団が、テロまがいな事をするケースもあり、「宗教なんて」と言う方が多いですね。

>また宗教って楽しい学問ですか?
初心者にもわかりやすい入門書などあれば教えてください。
宗教を学問とするケースがありますが
伝統のある宗教でしたら、実際に経験していかないと
解らないと想います。
密教でしたら特に。密とは、言葉に表せない、修行を体得したものでないと解らない世界と言う意味です。

天台や真言系でしたら、それなりの人に師事した方が良いです。口伝といって、文章ではなく、師から弟子に伝承するのが正当だからです。
そういう観点でしたら、宗教と哲学は似て非なるものですね。

>哲学は、科学的なものですか?
物理学などの思考実験との違いは何でしょうか?
東大教授に「あの世を信じますか?」と聴くと
実に半数の人が認めているそうです。
理由は「物理世界より精神世界は広いから」だそうです。
科学は、自然を宇宙を解明する証明する手段です。
哲学というのは、一言では言えません。
宇宙を論じたり、性を論じたり、生を論じたり、または自分の人生をかたったり、時には三位一体という宗教的なテーマに取り組んだり、ユリシーズのように、当たり前の人生をメタファーとウィットで読ませる文学的表現手法で残したりとするので、哲学という二文字をなんですか?と言うのは、回答するには、この投稿では書き切れません。ゴメンナサイ。
ですから、体系をつくれば、流派はあるとも言える。しかし、パーソナルな考えとも言える。

自分が自分と認識するには、大変多くの情報が必要です。情報の咀嚼をし消化して認識する際に、
自分我を獲得するのですから、哲学もその情報の一つに過ぎません。と想うのですが?
ですから、宗教にしかり、哲学にしかり咀嚼の仕方一つで、薬にもなれば毒ともなすものだと想います。

哲学?と言う疑問は、そうした多くの情報の咀嚼の中で、ご自身が獲得し、理解をしてゆく物です。

以上が僕の回答です。
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>そもそも哲学というのはどういう学問で



哲学は、認識論、存在論、人生論の総称です。

>宗教との決定的な違いは何でしょうか?

 宗教は、バイブルにしろ、教祖様の
教えにしろ、とにかく何かを信じるという
ことで共通しています。つまり「信仰」が基本です。

 哲学は、人間の「理性」を基本として
本質は何なのか考えていくものです。
 
 ただ同じ人間がやることなので、
哲学の世界でも、誰々がこういって
いるといった、他人の言葉を信じる
場面があるので、宗教と区別が
つきにくい点があると思いますが、
これは変わらぬ真実だなどとは信じない
のが哲学です。

>哲学は、科学的なものですか?

 哲学の項目に、フィジックス、
メタ・フィジックスというのがあります。
これらは同じ系列の続編なわけです。
 しかし、日本語では、フィジックスは
物理学と訳され科学の一部という扱いを
されていて、メタ・フィジックスは
形而上学と訳され西洋哲学の1つと
されています。
 日本人が勝手にわけてしまっただけです。

 ですから欧米では今でも、物理の
ような日本では理系とされ、哲学とは
別もののように扱われる分野でも
取得する博士号の名称は哲学博士と
なります。
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一部のみ。




他の方も言うように 哲学はあらゆる学問を総括したようなもので、人間の知恵への探究心から成り立つものだと思います。


私は この世のパズルを解くため って感じです。
誰でも人間であればやっていることだと思います。
「わたしはやっていない」と言う人は、自分がやっていることに気づかないだけだと思います。


先日買った本で『記憶を書きかえるー多重人格と心のメカニズム』
これに『宗教をすることは、アイデンティティーを確立する作業である』みたいなこと書いてありました。
なるほど、確かにそうかも。
では哲学とどう違うのか?
宗教も哲学に含有されるので、宗教だけやっていてはいづれどんづまりになりそう。
囲ってしまうとすぐに壁にぶち当たりもがき苦しみそう。
しかし、神が最後には救ってくれるとう確信を持つことで、壁を越え向こうの世界を見ることを考えないかも。


哲学の入門書は他の人も言うように『ソフィーの世界』が物語形式でわかりやすいかも。
私が持っている唯一の哲学書の本がこれです。
映画にもなったようなので、ビデオ屋で借りてもいいかも。
(ビデオの方は失敗作だと言われていますが、、、、概要はつかめるかも。)


哲学本って哲学用語が頻繁に出てきて、語彙を知らないと、言っている意味がわからず、催眠作用のある本にしかなりませんから ^o^;
だからわたしは買わない。
興味があったら、もっとわかりやすく書いてないかネットで調べています。


哲学ってとっかかりは何でもいいと思います。
この世とは~ なんてドデカイ事をターゲットにしたら、どこから入っていいのかわかりませんし。


私は人を観察するのが好きなので、最近『多重人格と心のメカニズム』なんて本を買ってしまうのですが、結構ためになりました。
この本には過去に功績を残した精神医学者たちの名前も載っていますが、やたらに哲学者の名前も引用して解説しているんです。
多重人格者の心を哲学で解明できるのか? 心理学と医学だろう って思えるのですが、実に効果的に引き合いに出されているんです。

そして訳者のあとがきに、原書を書いたイアン・ハッキングは哲学者だと書いてあって、ああああって謎が解けました。

多重人格が起こる原因を心理学者でも医学者でもよくわからなかったのに、哲学者のハッキングがそのシステムをある程度解明しちゃった。

あくまで仮説ですが、かなり有力な仮説だと思えました。


恐らく、アメリカの法曹界で決着する前に書かれた本だと思うので、この哲学者が分析した事は正しかったのではないかと思えます。
後は歴史の通り彼の仮説を立証するようなことがアメリカで起こり、法曹界で決着がつき、記憶戦争は終結を迎えた。


多重人格者は「子どもの頃の性的虐待によって誘発される」が当たり前でしたが、「意義あり!」と当たり前を当たり前だとしなかった人によって解決したようです。
つまり哲学が効果的に社会に働きかけたできごと。

哲学は当たり前と思われてきたことに「どうして?」って疑問を持つことからスタートするので。
だから疑うということは大切な作業だと思います。
疑うことで、さらに当たり前の当たり前たる所以がわかることもあれば、当たり前が間違いであるとわかる場合もある。

だから哲学者はあえて「何も知らないから教えてください」って言って、人が当たり前と思う理由を言わせて、その矛盾点を考察し発見をするんだと思います。
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哲学とは洞察すること、つまり物事の本質を掴むことなんじゃないかな、と思います。



目的があるとしたら、世の中の黄金律を編み出すことにあるのかな、と思います。

宗教との違いは、その答えが用意されているかいないかの違いではないでしょうか。

科学的なものかどうかわかりませんが、論理的なものだと思います。
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辞書的にいえば哲学とは「世界や人間についての知恵・原理を探究する学問。

もと臆見や迷妄を超えた真理認識の学問一般をさしたが、次第に個別諸科学が独立し、通常これらと区別される。存在論(形而上学)、認識論(論理学)、実践論(倫理学)、感性論(美学)などの部門をもつ。(大辞林より)」となりますが、元はギリシャ語のphilosophiaを翻訳した語で、「知恵への愛、知恵への希求」を意味するそうです。

つまり、学問である前に、まず「知を求める人間の本能のようなもの」だと思うのです。

>宗教との決定的な違いは何でしょうか?
宗教の中でも、例えばキリスト教から見ると「仏教はほとんど哲学」なのだそうです。実際(少なくとも私が思うに)、仏教の考え方は現代思想における構造主義に非常に近いものがあります。そういう意味において、仏教の教えは私にとって興味深いし、非常に共感するのですが、仏教には教えに基づいた宗教的実践(即ち修行)が伴うのですよね。私にとって宗教は、この「実践を伴う」ことが哲学と決定的に違う、ハードルとなる部分です。まあ、一度「座禅」体験ぐらいはしてもイイかな?と思っていますが。

一方、西洋哲学、特に形而上学は、キリスト教とは分かち難い関係にあるというか、キリスト教理解がないと形而上学は分からない部分があると思います。というか、形而上学や幾何学は、一神教文化圏だからこそ発達したのだと思います。
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こんにちわ。



哲学≧科学 ですね。

科学とは世の中を細分化して、それぞれを個別に研究していますよね。
哲学はその科学の統合です。

つまり、哲学とは世の中の成り立ちを考えることであり、科学とはその証明手法ですね。

そして、元々は「哲学」「科学」と言う区別はなく、すべて「哲学」でした。

学問・研究対象が細分化するにしたがって「哲学」と「科学」の乖離が進みました。

(「宗教=哲学」、「キリスト教・イスラム教・仏教などなど=科学」って構図に置き換えてみたら分かりやすいかもしれませんね。実際は、哲学≧宗教ですが。)

お薦めの入門書は下記参照。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1362619
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“ソフィーの世界”という本を読んでみてください。

哲学の本当に初級者の為の本だと思います。

小説仕立てになっていて、終わり方はちょっと尻つぼみですけど、何千年も昔の古代の人たちが今の私達、もしくはそれ以上に物事について真剣に想いをはせていたのだと分かり、読んでいてある意味興奮し夢中になって読めると思います(少なくとも私はそうでした)。哲学を小学生の頃から教えてもらっていれば・・・と、この本を読んで思いました。

物事の考え方、可能性、未知のものに対する興味を論理的に証明しようとする作業は一見難しいようで、とても想像力のいる芸術的な技なのだと思います。

人間がいかに今の文化まで発展出来たのか、どういう思考が存在していたのか、「哲学を学ぶ事」=「人間の思考の歴史」を知る方法であり、それらを知る事は人間がより良いものへ進化するための義務なのではないか?・・・と個人的な見解ですがそう思ってます。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140802 …
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