日中戦争の始まりは北京の盧溝橋で中国側から先に日本に発砲が有ったという話をテレビなどで聞きます、でもすでに日本軍が北京に「派遣されていたということだと思いますのでどうしてそのような事ができるのですか。

A 回答 (2件)

こんばんは


この時北京郊外盧溝橋で演習を行っていた日本軍部隊は、北京駐屯軍です。事件前に派兵された部隊ではありません。(もっとも、このころは満州から河北省、チャハル省へと、北京とそう遠くないところまで日本軍は進出していますが)

歴史的には1900年に、清国で「扶清滅洋」を掲げる義和団が蜂起し、北京の諸外国公使館などを包囲ないしは占拠します。清朝はこれを利用して列国に宣戦布告しますが、日本およびロシアを主力とする8か国(日・独・英・仏・露・米・伊・墺)は連合して出兵し武力鎮圧・解放を行います。
この事件を北清事変といいます。この処理として1901年「北京議定書」が結ばれ、清朝に対し賠償金の支払いと、北京への軍隊駐屯権を獲得します。
盧溝橋事件の際、「銃撃を受けた部隊」は、この駐屯軍です。

ちなみにこの事件は、1963年にアメリカでチャールトン・ヘストン(かつてのマッチョ俳優、現?全米ライフル協会会長)主演で映画化されています。一応参考にはなりますが、ご他聞にもれずアメリカ=正義、中国=ならず者、という構図ですから、ご覧になる場合はその点をふまえる注意が必要ですね。

北清事変
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%B8%85% …
北京の55日
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD8148/
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この回答へのお礼

ありがとうございました。教科書に書いてない日中の近代史は複雑そうですね。北京の55日は題名は聞いた事ありますのでアメリカ映画だと認識した上で見て見ます。

お礼日時:2005/12/26 23:57

このサイトを見るとわかるかと思います。



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E6%9D%A1% …

日露戦争の勝利により租借地と大陸での鉄道(満鉄)経営を清国(当時の中国)から認められた日本は、それらの警備のために軍隊を派遣し、1931年の柳条湖事件という謀略により関東軍(日本の派遣軍)が治安維持の名の許に戦線を拡大し、ついには1932年に満州国という傀儡国家を中国東北部に建国するにいたりました。

中国は共産党軍と中国国民党軍との内乱状態にありましたが、国民党軍と中国東北軍はときには敵対し、ときには協力して対関東軍との作戦にあたっていましたので、お尋ねの事件は容易に起こる環境にあったわけです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。当時としては警備のため日本軍を派遣していたことは正当性があったと思ってよいわけでしょうか。紹介していただいたサイトをじっくり読んで勉強します。

お礼日時:2005/12/26 23:51

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