映画のエンドロール観る派?観ない派?

次のような初夢を見ました。とても鮮明に覚えていて、特に抜けた後の歯の様子や、歯科医で自分が考えたことが今でもリアルに思い出されます。夢はカラーですが、私が見る夢はいつもカラーです。
「前触れもなく上の右奥から2番目の歯が抜ける。以前に歯槽膿漏の兆候があると言われていたので、そのせいかと思って慌てて歯医者に行く。抜けた歯を見せて、診察してもらうと、やはり歯槽膿漏で、歯茎が膨らんできていると言われる。抜けた歯の縁が黒ずんでいることを指摘される。診察中に抜けた歯から2番目の歯も実は抜けていることに気がつく。私は2本も抜けてしまったことがショックでもあるし、差し歯にするとしたらどのくらいの費用が要るのかと思うととても心配になる」

という夢なのですが、どういう意味があるのかとても気になります。どなたか、分析できましたらよろしくお願いします。

A 回答 (13件中1~10件)

私は、いわゆる心理学という学問があるとして、全くの素人です。


素人の私見で良ければご参考になさってください。

心理学云々は別にして、「歯」が一般的な動物の攻撃的要素の象徴であることは間違いありません。
裸一貫荒野に捨て置かれても、「歯」があれば他からの栄養を摂取することが可能になります。
この場合は、もはや象徴ではなく攻撃性そのものと言っていいでしょう。
ライオンや豹が生きているのは「歯(あるいは牙)」があるからと言っても誇張ではないと思います。

夢分析を占いと捕らえる方もいらっしゃいますし、確かにそういう一面があるのは否めないかもしれません。
ただ、「占いにしかならない夢分析がある」ということと、「夢分析は占いである」ということは違います(論理的飛躍があるという意味で)。

さて、botan33さんの見た夢について。
「歯が抜ける」というのは少なくとも『自信喪失』の傾向を示していると言っていいように思います。
先ほど述べましたが、歯は生命維持に絶対的といっていいほど必要な部位であり、また形状も伴い攻撃性の象徴でもあります。
「歯が抜ける」というより「歯が抜けることを気にしている」という夢の内容は、この攻撃性に関与する能力の衰退が気になっている、という無意識の心境が反映されているように思われます。

辛い時悲しい時には歯を喰いしばって耐え、ここ一番では奥歯を噛み締めて奮起します。
(身体上の)最後の砦としての象徴と言ってもいいのではないでしょうか。
あくまで象徴ですから、必ずしも身体的衰えとは限らないかもしれません。
社会的立場などであるかもしれませんし、無意識において仕事上の行き詰まりを感じているのかもしれません。

「自信喪失」の現われではないかと、最初の方で述べましたが、これは必ずしも意識されているものとは限りません。
実社会においては抑圧されて意識から無意識の領域に追いやられたものが、意識の束縛が解かれる睡眠中に貌を覗かせるということはあり得ることだからです。

【抜けた歯を見せる】という件は、ご自分の(攻撃性、あるいは自信を喪失しかけているという)危機を誰かに理解して欲しい、察して欲しいという願望の現われと解釈できそうに思います。
【>差し歯にするとしたらどのくらいの費用が要るのかと思うととても心配になる】というのは興味深い内容だと思います。
「本来の(今まで保持していた)攻撃性」が失われることを危惧して、それの代替物として何があるのかとまで思いつめている心境の現われのように感じられます。
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この回答へのお礼

ご回答、大変な興味を持って読みました。
私が夢には何か自分でもわかっていない深層心理のようなものが表れるのではないか、と興味を持つのはこのような解釈のためなのです。
実際に、今私生活でも仕事の面でも大きな変化があって、かなり崖っぷちにたたされているような状況です。やはり、そういうものが夢に現れているように思います。
私の無知から来るのかもしれませんが、起きているときには、今自分が置かれている状況を夢で現れるような表現では絶対に表現したり、絵に描いたりできないと思います。それが、夢という一種の媒体を介してなんともいえない表現で表してしまうところに魅力を感じます… これも心理学的にはナンセンスなのかもしれませんね。

とにかく! とても興味深い分析をありがとうございました!

お礼日時:2006/01/03 04:27

☆(きれいな歯に成りたい願望心)かと?


恐らくあなたは歯並びもイマイチで日ごろから芸能人の様なきれいで真っ白な歯にしたいと思っているハズです。
そんな事に反して自分では歯のメンテをして居ない自分に対する講義の夢だと分析結果出ました。
(どこの分析結果なのか?不明ですが)

もし歯の悩みや芸能人のようにきれいにしたい場合
(早期の改善)が安く着きます
最近はどこでも
歯の(プラントは歯科美容整形)でもやってますので
ホワイトクリーニングだけでもかなり
白く輝く歯に成れます
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色々な回答があって取捨選択にお忙しいこととお察し申し上げます。


いやはや、言いたいことは今年の残日数ぐらいはあるのですが、その場ではないので自制します。
ただ、質問者の方が誤解なさらないように再度失礼させていただきます。(あえて「苦」無しの「微笑」を従えつつ)

>詰まりは「学問に対する姿勢」ということに尽きるでしょうか。
:というご意見もあったような気がしますが、実にいいところをついてますね。
諸手を挙げて同意したい気持ちです。

>現時点で「曖昧」なことは「曖昧である」と処理する。
:というお考えの方もいらっしゃったようですが、「模索」を禁じているのでしょうか。
または責任ある模索の方法があるということでしょうか。
曖昧なことについて「自分の意見」を『無責任であるということに責任を持って』言い合うことに何か不都合が生じるでしょうか。
そもそも「自分の意見」とは無責任なもの以外の何ものでもないでしょう。
「学問的」などという隠れ蓑で責任逃れをしようとするより数倍もマシです。
みんなが言っているし、偉い人も言っているから、たとえ間違っていたって私のせいじゃない。
それが責任ある姿勢だと言いたいのでしょうかね。
冒頭の「学問に対する姿勢」とはひょっとしてこういう意味だったのでしょうか。
(意気に感じていただけに残念無念。←これ独り言です。)

botan33さんには、
【「曖昧である」と(認識して)処理する。】と【「曖昧である」と(責任を恐れて)忌避する。】を勘違いしないで欲しいと思います。
また、「無責任」かどうかの判断をなさるだけの見識はお持ちであって、それを疑うかのような意見には嘆息を漏らされていることとご同情申し上げます。

あまりおじゃましても申し訳ないのでこの辺で失礼します。
本当に何度もすみませんでした。我儘な自我を飼っておりまして、どうぞお許しください。

最後にひとつ
『すべての人に当てはまる解釈』などというものが、この世の中に存在するのでしょうか?
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なんかムキになっていらっしゃるかたがおられますねえ。


当方、時間も限られていて正直、めんどくさいことは避けたいのですが…(微苦笑)
以前、「専門家」を激しく批判していたエセ「心理学徒」を思い出してしまいました。その人は二言目には「ユング」「フロイト」「トランスパーソナル」ということばを発して当方は、その自称「心理学徒」に「分析」までされてしまいました。(苦笑)

そうですね…詰まりは「学問に対する姿勢」ということに尽きるでしょうか。
「芸術」でしたら「おハナシ」は大いに喜ばれるものですが。しかも奇想天外、荒唐無稽であればあるほどに。それとも中途半端は中庸を心得たものとして尊重されるべきなのでしょうか。

「個人」「無責任」これらは学問世界においては普通忌み嫌われるものですよね。
現時点で「曖昧」なことは「曖昧である」と処理する。私は、学問の基本的姿勢であると受け止めております。これは無責任な姿勢なのでしょうか?それとも「無責任」に徹するべきなのでしょうか??

別ネームで参加しておりました頃からサイト全体、特に学問分野のカテゴリ就中ここ心理学カテにおいては「文学的情緒」を持ち込み易い分野であるだけに、その乱れようは目を覆うばかりと感じることが増えた昨今ですが、管理者と言えども別段、各分野に通じている人が担当しているわけではないでしょうし膨大な各質疑の検討も現状、野放し状態であると察せられます。たまに目が届いたときには強制的にカテゴリ移動も行っているようですが。

ま、要するに管理者側の判断に重きを置くのは現実あまり意味がないということです。
従って最終的には質問・回答両者における良識、判断力が問われてくるわけですが如何せん「悪貨は良貨を駆逐する」のは世の人の常と言いますか「水は低きに流れる」ということもあるか知れませんが自分が思うに現実は質問者のレベルは回答者のレベルに直結し易い。
せんだって私が回答したスレッドでは学問的には回答不能なので自分の体験から幾つか取り出してみせ、そのなかから御自分で選んでください、というスタンスを取ったのですが「そのやり方は失敗する恐れが高いなあ」と自分的には思った回答を質問者は喜んでおられましたが、まあ確かに選択は自己責任、回答するのは回答者の自由、です。
その意見がどんなに危険性を伴うものであっても回答者が納得できて、その背中を押す役目を果たせたなら、それが一番大事、というのも一つの考え方ですね。しかし現実そうは考えない人もいるわけです。

「自分の気持ち」を確認する―顔も知らない他者に確認してもらう―しかも非常に限られた条件下において。なかには自分以外の人の気持ちを、ここに確認しに来られる人もいる有様で。(笑)
そのなかでピックアップするにふさわしい意見が即ち質問者の求めていた回答である。

しかしまた自分には考えも及ばなかった様々な意見をこそ見比べて自己決定のプロセスを研ぎ澄ませたい、という考え方もあるのではありませんか?まして、ここは「心理学」と名のつく学問カテゴリです。

お断りしておきますが当方は心理学いや、そもそも学問全体に関して全くの「素人」です。ですから普段は、このカテゴリにおいても質問・回答より他者の回答をジックリ読み比べることのほうに比重を置いています。こうしたサイトは質問者・回答者だけが参加しているのではないわけです。そのなかには、まだ子どもと言っていい年齢の者も多数存在しているでしょう。ことによると一番多いかもしれない。

そんななかで殊に、この心理学カテゴリにおいて或る質問に対し見解に一貫した共通点が見受けられるのは「専門家」または「経験者」を名乗るかたがたが多いということに気がつきました。それに対し「一般人」を名乗るかたがたの見解は、まさに千差万別。

「専門家」または「経験者」を名乗るかたがた、彼らに共通しているのは間違いなく「現時点での現場」の状況を知っている、ということ。逆にエセ「専門家」エセ「経験者」の場合には、それらの立地点からの投稿は無理であるということも窺い知れます。自称「専門家」自称「経験者」の内実は、ずっと観察していれば、ある程度は、それと知れます。また逆に「一般人」を名乗っていても実は立派な「専門家」「経験者」であるということも分かってきます。

過信は禁物、学問においてもそうなのですから一般人それも実体験が伴わない人の意見なら尚更、ですね。

ところで、ここからが本質問に対する意見になるのですが(前置きが長くなって申し訳ありません)
どなたかの御回答の一部に

『夢判断で最も重要なのは「その夢を見た本人がどう思ったか」です。
夢に出てきたものがどういう意味を持つかは人によって違うので本人の感想が最大の拠り所となります(ここが“夢占い”と“夢判断”の違いです)』

このような件がありましたね。ここが重要なのではないのでしょうか。

夢のなかに現れる「物」は、夢を見た当人の手持ちの材に過ぎず「本質」を問うべきは、それらの材の組み合わせかた←すでにこの作業自体、本人の深層心理のなせるわざ、ではないのでしょうか?
ですから「物」の象徴解釈が重要なのではなく「物語」の組立て方そしてそれに対する当人の感情にこそ本当の意味がある。

「他人の考えてることは分からん」―これは一部を除いて殆んどの人が認めるところではないでしょうか?
貴方は、ここで御自分の感情を顔も知らない他人に限られた文字だけで質問されたわけですよ。

「私は何を感じていますか?」と。

それを「物」自体の解釈をしてみせたところに問題がある、と指摘されたということだと思うのです。学問的見地からね。

また夢には「シミュレーション」的役割もあるようです。その場合ヘタに解釈すると「バイアスがかかる」という問題も生じてきませんでしょうか?

いま現在、学問領域の片隅へ追いやられた感さえある、かの「精神科医」フロイトですら解釈行為は本人自身にさせたと言います。

なお再度申し上げますが私自身は無意識と夢には密接な関連があると考えていますし、象徴解釈についても単純にはいかないと思っています。ここで挙げられた「歯」「死」といった象徴物も、どなたの解釈とも違う。予知夢というものも実際あることを実感しています。しかし人に解釈してもらおうとは思いません。それには限界があることを知っているからです。

その限界を指摘されることがあるというのは学問カテゴリにおいては、それ以外のカテゴリ以上にあり得ることであるというのは、そんなに予想を裏切ることでしょうか?もっとも指摘を悪意と解釈するのは先に述べたエセ「心理学徒」もお得意のようでした。

『このカテゴリで夢の分析をお願いすることがタブーであったのだとしたら、私はこれまでのそういう経緯を知らず』
もし御存じであれば、そもそも質問の仕方も変わってくる部分があるでしょうし御存じないからこその指摘であったと受け止められたらよいことではないのでしょうか?
こうした意見を「冷たい厳しい」と不満に思うかたも(先のエセ心理学徒のコトバ)おられましょうが学問と言うものは自ずと厳しいものにならざるを得ないとも思います。

最後に、よく知られているアレクサンドロスと夢占いのエピソードに登場する紀元前の人、アルテミドロスのコトバを。

『夢解釈で夢の法則は時と人によって異なる~すべての人に当てはまるものではない』
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botan33さんへまずお詫びします。


気を遣わせてしまった上に何度も回答欄を使用してすみません。

ところで、どんな質問がタブーかは(結果として)管理者が決めることでしょう。
何か勘違いをしている方もいらっしゃるようですが、未成年に配慮する性のカテゴリーを除いては、このような質問をこのようなカテゴリーでしてはならないという規約はないのではありませんか。
(仮にあってもそれは管理者のポリシーに関わる問題であって、利用者が意見を言うのはいいが他の利用者に対して自分の意見をさも拘束力があるかのように発言するのはいかがなものでしょうか。)
学問といっても、所詮猿に毛の生えたような生き物の独りよがりに過ぎないのであって、過信は禁物だという心得は必要でしょう。

同様に「答えはすでに自分の中にある」として、それを確認するために質問することのどこに不都合があるのでしょうか。
確認する必要が生じた時点でそれは立派な質問足り得ているはずです。

回答者同士の意見交換は規約違反だったような気もしますが、折角の場ですから「本質をはずさない」ことに留意して意見の交流を図りましょうや。
夢分析が気に入らなければ、それに対する反証を掲げて否定なりすればいいのであって、折角の質問内容自体にケチをつけるような真似は不毛でしょう。

皆さんそれぞれ値打ちある一家言をお持ちであることを承知しているだけに、そこが残念なわけですよ。
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#5です。

述べた回答の解釈について補足をさせていただきます。

結局はご本人が納得されるのが一番ではないでしょうか。
どなたかもおっしゃっていたように、我々回答者は所詮「赤の他人」です。
赤の他人の言うことを自らの判断の参考にしようというのが、このサイトで質問される方の目的でしょう。
いくつかの回答の中から自分が納得するものを選択すればいいわけで、それは質問した方の権利でもあります。
幼稚園児が質問しているわけではありませんから、取捨選択の能力はお持ちでしょう。

第一、人間の心について「完璧な答え」が存在するのでしょうか?
「回答」といっても、所詮は無責任な「感想」であり「個人的な意見」にしかすぎないはずです。
ではあっても、それをヒントにできるのがこの場の長所であって、判断の主体はあくまでご質問者自身でしょう。

中にはまるで自分の回答だけが正しいかのように「断定的批判」をされる方もいらっしゃるようですが、その根拠となっている反証自体が曖昧である以上「断定的意見」よりたちが悪いと言えます。
また、学問的根拠があるからといって必ずしも正しいというわけでないことは歴史が物語っているということも付け加えておきましょう。
学問的根拠のある意見の方が正しい確率が高いということを仮に認めたとしても、いわゆる「専門家」や「自信あり」表示自体が果たして本物かどうかは、これまた証明はできないわけです。
ご質問者の主体性に委ねるしかないという根拠のひとつでもあります。

ここまでをお読みになって「だからといって何を言ってもいいのか」という反論が頭に浮ぶ方もいらっしゃるでしょうから、その無駄を省くためにもう少し述べておきます。

1、「歯が攻撃的要素の象徴である」ことは疑いようのない事実です。
2、ですから「歯が抜ける」というのは攻撃的要素の欠落です。
3、「歯が抜ける夢を見る」というのは「攻撃的要素の欠落に関すること」を無意識で気にしているからです。

この「攻撃的要素」に対して、「社会的地位の喪失」「個人的能力の減退」などを【例として挙げる】のは分析内容を理解し易くするための「夢分析」の範疇であって、「いじめられて弱気になっている」などという別の「現況」もありうるでしょう。
これを「一対一対応」ではないと指摘することで夢分析の根拠を否定するのは短絡的ではないでしょうか。
骨子は、『夢の内容は(すなわち無意識下で気にしてることは)「攻撃的要素の欠落に関すること」だ。』ということを【提示している】ということです。
だからどうしろと言う人はいないのではないでしょうか。
仮にいるとすれば、それは夢分析とは離れた回答者の個人的見解であって、それを夢分析と結びつけて考えるかどうかは質問者の裁量の範囲でしょう。
夢分析をしなくても、わずかな文章だけから類推してああした方がいい、こうすべきだとおっしゃる方は多いわけで、それはそれで回答者の権利と言えるでしょうから、悪意を持ったものでない限り認められるべきだというのと同じように。

「死は次の幕開けの象徴である。」というのは正しい命題でしょう。誰も否定できない事実です。
ですから「死の夢」は、「幕開け(あるいは幕引き)に関すること、すなわち何かと何かの事象の間で自分がある選択をする立場にいることに関する夢」ということは容易に想像がつきます。
人間の「無意識」は全く関係のないことがらを格納しているほど暇ではないのです。
仮に「死は次の幕開けの象徴である。【だから吉である】」という意見があったとします。
この場合は、事実と個人的見解を一緒に述べているわけで、この時点で「占い」にすり替わっているわけです。
その良し悪しはさておきこれも受け取る側の正しい解釈が要求されます。
そして、この場合の「正しい解釈」とは「自分が納得する解釈」に他なりません。
このすり替わったものを「夢分析」と判断して批判するには、あまりに普段論理的回答をされている方が混じっていらっしゃったので、つい補足として述べさせていただきました。
イラショナルビリーフは極力さけたいものです。
(同じ言葉を返します、という突っ込みは無しでお願いいたします。)
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この回答へのお礼

質問しておきながら、各回答にお礼できず、申し訳ございませんでした。

回答いただいた方の中での議論になってしまったようですが、おっしゃるように質問者の選択と言うことであれば、私は1対1対応の絶対的な意味を知りたかったわけでも、占いとして将来を予言してほしかったわけでもなく、夢の中に出てくる事象がどういったことを象徴しているのか、と言うことを知りたかったのです。その象徴にいろいろな選択肢があれば、あとは自分で自分の状況等を考え合わせて「自分はこういう気持ちなんだな」と言うようなことを考えてみたかったのです。

ですので、「答えはすでに自分の中にある」と言うのも、ある程度そうだと思います。だた、こういう場では第三者の目、心理学的な知識のある人からの見識がアドバイスいただけるので、「自分の中にある答え」がまったく独りよがりの思い込みではないことを確信できれば、と思って質問した事態です。

このカテゴリで夢の分析をお願いすることがタブーであったのだとしたら、私はこれまでのそういう経緯を知らず、やってしまったことをお詫びします。

お礼日時:2006/01/04 18:37

No.3です。


No.4,6,7の回答を受けて、少し補足します。

夢の分析や解釈は科学的でないとする考え方には同意できます。
夢分析は、夢に表れた事物や行動に対して一般的に持たれている(と思われる)印象を手がかりにして行います。
しかしそれはあくまで“一般的”なものであり、文化や現在・過去の生活環境などにより当てはまらない場合も多くあります。
誰にでも完全に“一対一対応”する事象などあり得ないわけです。

ひとつ例を挙げます。
心理学のゲームで「ひとケタの数字それぞれに、あなたの連想するものを挙げ、それについて形容する言葉をつけてください」というものがあります。
“1”から始めて“6”で盛り上がるようになっています。
“6”はセックスを表すとされているからです(たとえば「6はロックで…ギター? で…テクニシャン!」とか言ったら大ウケでしょう)。
しかしその理由が「sixはsexと発音が似ているから」だと言われたときは「はぁ? おれ日本人だけど?」と、まったく納得いきませんでした。

もっと単純に、botan33さん自身や親しい方が歯科医だったら、通常の夢分析で“歯”や“歯医者”が意味するとする内容はほぼ当てはまらないでしょう。
私の挙げた解釈でも、1と3の逆として4の解釈を挙げたり、あまり断定口調を使わない、“一対一対応”しないことを補うものとして「本人の反応」を重視するなど、配慮をしたつもりです。

私の分析は、「そういう考え方もできる」といった感じで、あくまで参考程度になさってください。
No.7の方のおっしゃるとおり「答えは自分の中にある」はずで、夢分析はその答えを導き出す、ごく粗雑に作られた鍵だと思ってください。
ただお身体のことだけは、実際に何か患っていたら取り返しがつかないとも限りませんので、少し不調があればいい機会だと思って診察を受けるようおすすめします。
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まず御質問者は実際、歯槽膿漏をお持ちではないですか?



一連の質疑を興味深く拝見しておりましたが、御質問者は「一対一対応」ということを本当に理解しておられるのかな?と感じました。

『実際に今私生活でも仕事の面でも大きな変化があって、かなり崖っぷちにたたされているような状況です。』

もし御質問者の現況が、これとは異なるものであったら夢見の内容も異なってくる、とは保証の限りではありませんね?

異なる現況であるにかかわらず、これと同内容の夢をみたとしたら言うところの分析―要するに作文、お話の内容も変わってくるわけでしょう?

そういうわけですから、赤の他人に後付け解釈をしてもらってもしょうがない、ということになるのではないでしょうか。
「霊感」とかを持ち出されるとしたら私の手には負えませんけれど。

無意識、と仰いますが御自分の実際の状況から後付け解釈に即納得されているということは、それ自体すでに無意識とは言い切れないのではないでしょうか。

私個人は「夢と無意識」には多分、何らかの繋がりがあるだろうと考えておりますし、また多数に共通した象徴イメージというものも皆無ではないだろうと思います。
しかし夢の象徴解釈が、それを見た当人の現況その他によって如何様にも変化するものであるならば、やはり普遍を目指す学問サイドでの分析を求めるのは無意味のように思えます。
就寝中の何かの刺激によって引き起こされた夢内容と言うのは科学的に説明可能でしょうが、それとて、その刺激を、どんな象徴に置き換えるかは結局、人によりけり、でしょう。

後付けのお話で合点が行くということは、すでに「答えは御自分のなかに用意されている」ということに他ならないのではありませんか。
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こんにちは。



あまりしつこく書き込みをするのも申し訳ないかなと思うのですが、
この質問とその回答を読んだ別の方が
うっかり誤解してしまうかもしれないので、補足します。


夢を分析することの何が問題かというと、

(1)「歯が抜ける」という夢の内容のひとつをとりあげてみても、その事柄から受けるイメージや象徴はひとつではないですし、それが全世界の人間の夢に全く同一に当てはまるわけではありません。それを、『夢辞典』なるものや、夢を解釈する人が、さも一対一対応するかのように言い放ち、さらにそれを信じてしまう人がいるのが危険。

(2)夢をみた本人すらわかっていないような『深層心理』『深層意識』なるものが、当然他人にわかるはずもないのに、あたかも「夢」から『深層心理なるもの』を言い当てているかのように思わせるような書き込みをする人がいるのが危険。


botan33さんには希望もない話になってしまうかもしれませんが、
心理学的にどうとかということ以前に、
あるいは、心理学に詳しいか素人かということに関係なしに、
普通に考えてわかることです。


たとえば、わりと世間に広まっている俗説として、
 「死の夢というのは、人生の一幕が終わり新たに開けていくという意味であり、
  吉夢=良い夢である」
というものがあります。

これについては、
「死の夢」と「人生の一幕が終わり新たに開けていくという意味」と「吉夢」が、
完全に一対一で対応していないですよね。

「死」というものに対して、どのようなことが思い浮かべられるでしょうか?「死んだ後は土に帰る」「死んだら地獄に落ちる」「死=暗いというイメージ」など、1人の人間の中でも複数のイメージを持っているでしょうし、たくさんの人間がいれば死のイメージも多種多様でしょう。それなのに「死の夢は新たに開けていくという意味」と解釈したとしても、それは全世界の人が納得するようなものではありません。
ちなみに、『夢辞典』というものにも根拠なんてありません。

今回の「歯が抜ける」という内容の解釈にしても、
たとえばある人が、
 「歯が抜けるというのは、攻撃的な武器がなくなるということですから
  良い兆候なのですよ!」
と主張し、別の人が、
 「歯が抜けるというのは、人間にとって必要なものが無くなること、
  つまり現実でも何か大事なものを無くす凶兆です」
と主張したとしても、

夢の解釈には正解が無いという点において、
解釈がある程度妥当な場合ですと、
どちらかがどちらかを否定するのは困難になるわけです。
(上の解釈はあまり妥当とは言えないですが論旨が伝わればよいので)

まあ、ここまでは良いのですよ。
内容の解釈は個人個人で行なうもので、結論も主張も人それぞれですし。

ただ、「○○は~~の象徴」という解釈のひとつにすぎないものを、「~~ということを表します」というような口調で述べたり、「『夢辞典』では~~です」などと、さも根拠がある正しいものであるかのように語り、特定の誰かの夢に対して押しつけるのが問題なのです。
上で述べたように、ある人の夢に当てはまったものが別の人の夢に当てはまるとは限らないのです。

特に、

> 今私生活でも仕事の面でも大きな変化があって、
> かなり崖っぷちにたたされているような状況です。
> やはり、そういうものが夢に現れているように思います。

本当に状況が夢に現れているかどうかは誰にもわかりませんが、
そのように信じているようなbotan33さんのような人に、
本当かどうかもわからない適当な解釈を押しつけてしまうのは
後々いろいろ問題がでてくると思うのですね。


また、

> 夢には何か自分でもわかっていない深層心理のようなものが表れるのではないか
> 起きているときには、今自分が置かれている状況を夢で現れるような表現では
> 絶対に表現したり、絵に描いたりできないと思います。
> それが、夢という一種の媒体を介してなんともいえない表現で
> 表してしまうところに魅力を感じます…

夢に「起きている時には言い表わせない現実の状況」や
『深層心理なるもの』が表われていると信じるのは自由ですが、
(だって誰にも本当に表われるかわからないのですから)

botan33さん本人にもわかっていないような『深層心理』なるものを、
赤の他人が、質問の文章だけから夢を解釈して正しく言い当てることは、
間違いなく不可能です。

本人にさえわからないものが、他人にわかるわけがないじゃないですか。


というわけで、

 「学問としての心理学」的な夢の分析というのは存在せず、
 あくまでも、どこかの誰かさんの解釈が存在するだけなのです。

さらにそれは、

 誰にでも当てはまるというものではない、
 深層心理というものを表わしているとは到底言えない適当な解釈です。



ちなみに、この「OKwave」「教えて!goo」でも、以下のようなやりとりを時々みます。
(やりとり自体は架空のものです、あくまで例として)

 質「思い切って外に飛び出してみたら自分が死んだ、という夢を見たんです。
   現在私は転職しようかどうか迷っているという状況で……」
          ↓
 回「大丈夫ですよ。死は人生の一幕が終わり新たに開けていくという意味で
   吉夢なんです。転職にチャレンジという深層心理からのメッセージです」
          ↓
 質「なるほど、そんなメッセージなんですか!わかりました!」

ここで回答者が行なっているのは、夢と、質問者の現在の状況をうまく重ね合わせて、質問者が言って欲しそうなことを書いてあげているだけ、質問者が直感的に納得してしまいそうなイメージを与えることで、「そうかーなるほどー」「自分でも気づかなかった~」などと思わせることだけなのです。これは「手相占い」などの占いでよく使われる、「相手に占いが当たっていると信じ込ませる」手法とかなり似ていますね。


他の回答者さんは
 「私の回答はひとつの解釈であり、これが正しいとは言っていない」
とおっしゃるかもしれませんが、

分析=個人で勝手な解釈をして、さらに「~~さんの心境を表わしていると思われます」などと「相手の心境」にまで拡張していくのって、上のような「占い」の手法とどこが違うの?と疑問をもってしまいます。だとしたら、素直に「占い」カテゴリでやっていただいたほうが…。


私なら、適当な情報を与えて「あとはご自分で!」というよりは、「夢を分析しても何も出て来ません、それよりも、現実をもう一度見つめなおして、毎日を過ごされるますように」と、夢を気にしないようアドバイスするでしょうかね。


補足&アドバイスは以上です。
回答としては、以下のもので変わりません。

回答:「歯が抜けるのは○○の象徴」などという「夢分析」は、
   何も根拠のないデタラメな話であり、
   この質問文の夢を分析したとしても、
    「botan33さんの人生についての何かを示してくれている」
   ということはあり得ませんので、
   夢の意味なんて考えないで過ごされることをオススメします。
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あけましておめでとうございます。




質問:次のような初夢を見ました。分析してください。

回答:「歯が抜けるのは○○の象徴」などという「夢分析」は、
   科学的には何も根拠のないデタラメな話であり、
   この質問文の夢を分析したとしても、
    「botan33さんの人生についての何かを示してくれている」
   ということはあり得ませんので、
   夢の意味なんて考えないで過ごされることをオススメします。
   ただ夢で楽しみたいだけだというなら「占い」カテゴリへどうぞ。



フロイトやユングが夢について考察して以降、30~60年ほど前の心理学の一潮流として、夢の分析や解釈が流行ったことがありましたが、人間の心の事象を客観的・科学的に分析しようという流れが心理学でメインになってから現在に至るまで、「心理学」という科学にもとづく学問では、「夢の分析や解釈は科学的ではない」という意見が一般的です。


『夢辞典』というものが、本の形でもWeb上でも存在しまして、

 「歯が2本抜ける」→「○○の象徴」
 「歯ぐきが膨らむ」→「○○を表す」

というようなことが書かれていますが、別に科学的には全然正しくありません。
どなたかの勝手な解釈であって、誰にでも一対一対応しているわけではないのですよ。


さらに、夢に出てくる単語などの情報を直接的な表現に直してうまくストーリーをつなげることによって、「夢」が現実における生活の一部の様子や現実での悩みを的確に表現しているかのように「夢分析」をしていくことは、ある程度の論理・言語能力をもった人なら可能だと思います(質問者さんもしくは会話相手の情報がけっこう詳しくわかっているならなおさらです)。

分析をする人というのは、まるでその夢がbotan33さんの人生について何か重大な意味があるかのように話すことで、読む人に「そうか、なるほど」「自分でも気づかなかった」などと思わせることなのです。

ですが別に、それが本当に正しいわけではありません。
まして、「人生に対して本当に正しく何かを示しているもの」でもありません。
本当にどんな意味をもっているかについては、誰もわからないわけです。


私の意見としては、気になるのはわからなくもないですが、
夢の意味なんて考えないで、今年も精一杯過ごされることをオススメします。



回答の説明は以上ですが、

「心理学」という名前に何か誤解をしていらっしゃるかもしれませんが、
ここはあくまでも学問・教育のカテゴリで、
科学的なデータにもとづいて人間一般の特性などを分析する場であり、
科学的ではない夢について分析する場ではありません。


ただ夢の内容で楽しみたいだけだというなら「占い」カテゴリへ行ったほうが、いろいろ楽しく語ってくださる方々がいるでしょうし、botan33さんの身の上に上手くつなげて話をしてくれるかと。

また、何か思い当たるような「人生/恋/人間関係の悩み相談」がおありでしたら、わざわざ夢なんて持ち出さず、「メンタルヘルス」「恋の悩み・人間関係」「結婚」「その他(ライフ)」などのカテゴリで、普通に質問したほうが、親身になって回答してくださる、経験豊富な方々がたくさんいらっしゃいますよ、とアドバイス致します。
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この回答へのお礼

なるほど、現在の心理学では夢の内容は科学的ではないとされているのですね。「占い」ではなく、心理学的にどのように解釈されるか、と言うことが知りたかったので、とても参考になりました。

お礼日時:2006/01/02 22:15

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