藤原氏の氏寺は興福寺、藤原氏の氏神を奉るのが春日神社だったと思いますが、この3者の関係って良いんでしょうか?何か対立することもあったみたいなのですが、要領を得ません。この3者がどういう関係で、対立するならば、どういうネタで対立するのか教えてください。

A 回答 (2件)

春日神社は元々興福寺から独立した存在で、日本三代実録に「仏神道を異にし、忌祟避くべし。

寺の此を作るは、実に物情に乖けり。」
とあるように当初は発言力を持っていましたが院政期以降、興福寺の発展により取り込まれ鎮守社となりました。
興福寺別当(一乗院門跡・大乗院門跡)は京から送られた藤原家の人間ですから、争いの原因は藤原一族内の対立の延長上にあったのではないでしょうか。
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江戸時代以前は神仏混交でしたから春日神社は興福寺の管理下にありました、というか一体のものでした。


藤原氏との関係では、藤原氏といってもいろいろな系統があり、それぞれの自分の家の寺もべつにあったりして、興福寺は氏全体の寺ですから、個々の家では荘園などをめぐって対立するようなこともありました。
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