朝日新聞をメインにカメラマンとして活躍されている様子の「鬼室黎」さん(男性か女性か不明なり)は「鬼室福信」「鬼室集斯」を先祖とされる方なのでしょうか? もしご存じであれば教えて下さい。 何れにしろ、「鬼室」(きしつ)とは極めて珍しい姓かと。質問としては渡来系の名前としてどのような姓が千五百から二千年近くの時を経て現在の日本に残っているのでしょうか?

備考:「朝日新聞」にも問い合わせましたが、「判りません」と木で鼻を括った様な返事、サイトにも「鬼室」「姓」ではごく僅かな情報しか無かった。

A 回答 (3件)

buchi-dog様のご回答にある『街道をゆく 韓のくに紀行』


手元にあるので読んでみましたが、
「鬼室集斯の子孫が現在も続いているか否か」は書いてありませんでした。

渡来人の「姓」で、今も続いている姓といえば、
「村主」さんを「すぐに」思いつきました。
「半月城通信」というHPに出ています。
http://www.han.org/a/half-moon/hm119.html#No.892

「百済王敬福」については、司馬氏の街道シリーズ「砂鉄のみち」に
岡山県津山市の「百済」さんを訪ねたときの話が出ています。
その「百済家」の家系では、
「敬福から25代の孫の馬之丞という者が南河内(大阪府南部)の狭山で
鋳物をはじめた。その馬之丞から10代目の又四郎というのが、
美作国に移住し長岡庄に住んだ。」
さらに話は続きますが、「百済」さんも渡来人の姓ですね。

ついでに、「新羅」について。
播磨国風土記の餝磨(しかま)の郡に
「新羅訓(しらくに)となづくるゆえは、昔、新羅の国の人、来朝せるとき
この村に宿りき。故、新羅訓となづく。山の名も同じ」とあります。
今の地名は、「白国」です。
「白国」さんも渡来人系ではないでしょうか。

「巨智部」さん。
播磨国風土記に出てきますが、百済からの渡来氏族である「巨智(こち)」
と関係あると思います。

ここまで書いてきて、それなら「新撰姓氏録」諸蕃の項に出ている姓を
調べるとすれば、まだまだありそうです。
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この回答へのお礼

グー・パーさん、どうも有り難うございます。調べれば調べる程奥深いものですね、質問者本人にはそれほど深い興味はないので、これ以上の質問する素地もありませんが、「村主」(すぐり)ムラコソ)さんなどの記述はとても興味深いものでありました。「新撰姓氏録」も後で見てみます。

お礼日時:2007/08/08 12:59

「あとは、「渡来人」に特有の「姓」、、、「秦」さん、なんかは有名ですが、他にありませんでしょうか?」



飛鳥時代から大化の改新の頃の日本(倭)は、高句麗および百済と同盟関係にありました。両国が唐と新羅の挟撃によって滅亡した後、両国から逃れてきた人たちがいました。(高句麗滅亡は668年、百済滅亡は660年)

そのうち、高句麗(日本での通称はコマ 高麗)の王族の高麗(コマ)若光を中心とする一団が、武蔵国に集団入植して高麗郡が設置されました(716年 武蔵国高麗郡設置)。現在の埼玉県日高市の辺りです。
高麗神社
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%BA%97% …
からリンクを辿ってください。

高麗神社の社家(高麗若光の直系子孫)は1000年以上経った今も「高麗家」として続いているそうです。また、「コマ」と読む苗字(駒、狛など)はこの系統に属すると見てよいみたいです。

東京都に狛江(コマエ)市がありますが、これも、高麗郡からさらに移住した高句麗出身者に由来する地名と聞いています。日高市から狛江市はあまり遠くなく、戦国時代まで関東の主要道だった上野から鎌倉までの「鎌倉街道」に概ね沿っています。

なお、百済の王族には亡命後に日本の貴族と同等に扱われた者もおり、

百済王敬福
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E6%B8%88% …

は、「日本で最初に砂金が発見された時の陸奥国司」として歴史に名を残しており、従三位刑部卿という高位に上っています。この人の子孫は何らかの形で残っているでしょうが、詳細は存じません。

百済や高句麗からの亡命者を全て貴族扱いするわけにも行かないので、近江や武蔵に、それぞれの王族をリーダーとして集団入植させ、自活の道を与えたわけですね。
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この回答へのお礼

連続のご回答深謝です。あとでじっくりと「wiki」読ませて頂きます。当時の高度な人的交流(戦争由来とは申せ)の名残りが面々とこの日本各地に受け継がれているとは、門外漢の私にはとても新鮮でありました。

お礼日時:2007/08/07 12:22

その方が、日本に移住した鬼室集斯の末裔である可能性は高いでしょう。

鬼室という「日本人では思いつかない文字の組み合わせ」の苗字を、無関係な者が名乗るということはまず考えられません。

司馬遼太郎著「街道をゆく~湖西のみち・韓のくに紀行~」
では、鬼室集斯を祀る「鬼室神社」について書いてあるようです。その中で「鬼室集斯の子孫が現在も続いているか否か」が書いてあるかもしれません。今ほど個人情報保護に神経質でない時代に書かれた本ですから。

なお、企業や役所への問い合わせは、「個人情報保護」という名目であまり成果が得られないでしょう。
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この回答へのお礼

本件如き些細な質問にご回答頂きまして誠に有り難うございます。実は身近な縁者からの質問に対して「ナーに、直ぐに判るから、インターネットで調べてあげる」と安請け合いしたものの、中々見つけられませんでした。
あとは、「渡来人」に特有の「姓」、、、「秦」さん、なんかは有名ですが、他にありませんでしょうか?

「鬼室集斯」をお祀りした「鬼室神社」は調べました、滋賀県日野町ですね、わざわざ訪ねても手掛かりは、、、?

お礼日時:2007/08/07 09:13

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