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動詞などの活用形として、「未然」「連用」「終止」「連体」「命令」は現代文でも続いているのに、已然形はありません。
なぜ消えてしまったのでしょうか?

A 回答 (5件)

已然形という活用形には、


(1) 接続助詞「ば」、「ど」「ども」を下に伴って、順接・逆接の確定条件を表す。
(2) 完了の助動詞「り」を下に付ける。
(3) 係助詞「こそ」の結びになる。
というはたらきがあります。

しかし江戸時代後期の話し言葉(および話し言葉調の文章)になると、
(1)の意味は、
  行くので、行くと
  行くけれど、行くのに、行くが
などのような形で表すようなります。
(2)の完了の助動詞「り」も、とっくに使われなくなっています。
(3)の係り結びもほとんど行われなくなりました。
というわけで江戸時代には已然形の働き場所がなくなっていったのです。

その一方で、従来「未然形+ば」の形で表現されていた「仮定条件」が、江戸時代後期になると、
  もし明日行けば、
のように、「已然形+ば」の形で表現されることが多くなっていきます。

この用法は、「已然形+ば」の本来の用法の一つだった「順接の恒常条件」から発達したものと考えられています。「順接の恒常条件」というのは、
  ある条件のもとでは、必ず一定の結果があらわれる
というもので、単純な例でいえば、
  風吹けば、葉動く。
のようなものです。
現代語でいうと、
  風が吹くと、(かならず)葉が動く。
ということで、さらに、
  風が吹いたら、(かならず)葉が動く。
と言い換えることも可能です。
「順接の恒常条件」と「仮定条件」とは、けっこう近い関係にあることが納得していただけると思います。

以上の事情で、古典文法で「已然形」と呼ばれる形が、口語文法では「仮定形」と呼ばれるようになったのです。新装開店みたいなものです。

「未然形+ば」の仮定条件が完全に使われなくなったわけではありませんし、また未然形の機能すべてが仮定形に移ったわけでもありませんので誤解のないようお願いします。
さらに江戸時代でも現代でも文語調の文章では、已然形が本来の用法で使われる例もあります。

「あわよくば」については、
奈良時代以来、形容詞や打消しの助動詞「ず」を仮定条件にする際には、
  恋しくは、
  知らずは、
のような形が使われることがありました。「は」の部分はもともと清音です。後に濁音化したのです。
文法的な考え方としては、
  イ、形容詞、「ず」の連用形に、係助詞「は」がついたもの
  ロ、形容詞、「ず」の未然形に、接続助詞の「は」がついたもの
という二つの考え方があります。
かなり厄介な問題ですし、「已然形はなぜ消滅したか」という問題とはまた別の問題ですので、この辺で私の回答を終わりにします。
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この回答へのお礼

丁寧に分かりやすくお教えいただきありがとうございます。
已然形が本来、どういう働きをしていたのか、それが分からないとハッキリ理解できない部分があったのですが、これでよく分かりました。

お礼日時:2002/09/12 02:16

>「あわよくば」



本題の方は会員登録一周年のshino911さんの回答で、ほとんど納得していただいているかと思いますので、こちらに関して。

形容詞のク活用
ク・カラ/ク・カリ/シ/キ・カル/ケレ/カレ

です。
これは、「あわよからば」と言わずに「あわよくば」と言う、未然形ですね。

しからば御免。
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>古文では仮定文を作る場合、未然形に「ば」をつけますね。



古文で条件節(句)を作る接続助詞「ば」は、活用語の未然形に付く場合と、已然形に付く場合の二種類があり、未然形に付く場合は仮定条件を表し、已然形に付く場合は既定条件(「すでに…だから」という確定の条件)を表します。

已然形に付く既定条件の用法から転じて、「…ので」という恒常の条件を表す用法と、さらに「いつも…すると」あるいは単に「…すると」の意を表す用法が出来ました。

最後の用法は、仮定の条件を表すのと大差がない用法で、やがてこの用法が多く使われるようになり、已然形と「ば」による形が仮定条件を表す語法(現代語の仮定形)となり、未然形と「ば」とによる仮定条件表現は少なくなっていったと考えられます。


現在では、私は個人的には、未然形と「ば」による仮定表現は麻雀の時に使います。
『通らば、リーチ!』(笑)
他には、「お望みとあらば…」などは現在でもよく使われますね。

この回答への補足

ご教示ありがとうございます。
つまり「已然形+ば」でも仮定条件が作れるから、仮定形は未然形から已然形に移行していったのですね。
といって「未然形+ば」が消えていないのですね。ということはまだ移行状態が続いているということでしょうか。
調べてみると教育勅語で「一旦緩急アレハ」と書かれていて、これは文語体ですから「一旦緩急アラハ」と書くのが正しいのではないか、という議論がされたとあります。まるでいまの「ら抜き」問題のようです。
ということは、未然形から已然形への移行は明治時代に始まったたということなのでしょうか。
それと、主題とは関係ない疑問ですが「あわよくば」と言いますね。
これは未然形でも已然形でもない仮定ですが、どう説明できるのでしょうか?

補足日時:2002/09/11 14:23
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> 未然形から已然形へと移行したのはなぜ



想像するしかありませんが、ひとつには現代の『ら抜き言葉』のように、誤用が定着した可能性があると思います
また、過去を表す助動詞『た』の標準化が進むにつれ、本来の已然形の必要性が薄れ、言ってみれば空席が出来たところへ『仮定』が滑り込んだのかも知れませんね

この回答への補足

補足説明ありがとうございます。
誤用が定着したという可能性は興味深い説だと思います。

補足日時:2002/09/11 14:34
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実際には消えてしまった訳ではなく、『行けども行けども砂漠は果てしなく続いた』なんていう風に現代文でも使われることはあります


『仮定』で使われる頻度の方が圧倒的に高くなっちゃったから『仮定形』と呼ばれるようになったんでしょうね

この回答への補足

さっそくのご教示ありがとうございます。
なにぶん古文は詳しくなくて分からないことが多いのですが。
そうですか、已然形は仮定形になったのですね。
そうすると新たな疑問ですが、
古文では仮定文を作る場合、未然形に「ば」をつけますね。(「ある」→「あらば」)
現代文ではそれが已然形(かつての)になるわけですが、未然形から已然形へと移行したのはなぜなのでしょう?

補足日時:2002/09/10 17:04
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