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明治期における絶対主義樹立の過程は天皇集権制樹立の過程と同じものですか。教えてください。

A 回答 (4件)

明治期に限らず本朝に絶対主義が、あったのでしょうか?



明治期に限れば、立憲以前は五箇条の御誓文があり
立憲後は憲法に規定されています。

大日本帝国憲法は次のように規定しています。
第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
   【天皇には、責任が無い、つまり実権が無いとの意味】

第5条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
   【立法権は帝国議会つまり、国会に権限があるとの意味】

第55条 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス
   【国務大臣に責任と権限がある、との意味】

2 凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス
   【天皇の署名があっても、国務大臣の署名のない法律は無効の意味】

参考URL
http://shupla.w-jp.net/datas/theImperialCovenant …
http://www.houko.com/00/01/M22/000.HTM
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明治維新当時、欧米列強は、法制の確立による国家体制強化と、愛国心などを醸成する目的でキリスト教を精神面での支柱としていたのに習って日本でも、大久保利通や伊東博文など、当時の指導者を、法の整備と、キリスト教に変わる精神的な支え宗教的な目的で「天皇」を活用したのです。


明治維新に「富国強兵」「産業興国」などのスローガンに加えて「教育勅語」を広く流布させたのは、天皇の精神的支柱化目的があったわけです。
 日本の明治維新を「絶対主義の樹立」と読んでいいかどうかは別問題として、天皇を国家体制確立のための道具たてに利用し、一体化してきたことは紛れもありません。このことは天皇の自ら意思からではなく、当時の政治な権力獲得者;薩長の指導者の意思からのものです。
 精神的支柱としての「天皇の利用」は大東亜戦争に負けるまで続き、戦後においてもGHQまでが天皇を利用してきたわけです。
 古くは戦国時代から、時の権力者に利用されすづけ、この意味で天皇の歴史とは「権力者に利用されながらの歴史」といえるようです。
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戦前の日本は天皇を中心とした国というイメージがありますが、明治天皇にしても大正天皇にしても昭和天皇にしても、政府の決定を覆して自分の意を押し通すとか、ヨーロッパの専制君主みたいな絶対的権力を行使するといった行為はほとんどしませんでした。

明治維新も大日本帝国憲法も絶対主義とか天皇集権とかを目指したものではなく、あくまでも日本を近代国家にすることが目的でした。その精神的支柱に天皇が擁立されただけです。維新の功労者たちに天皇絶対主義体制を樹立する意図は皆無と言って良いと思います。せっかく権力を握れたのにそれを天皇に制限されるのは面白くないでしょ。天皇を中心とした云々というのは
あくまでも方便と思っていれば良いのではないでしょうか。
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No.1の方に、まったく同意。



時代が時代なら不敬な言い方にあたるかもしれないが、明治天皇はそもそも倒幕勢力の薩長の下級武士たちに担がれた存在。
身分の低かった薩長の下級武士が、もともと身分が上の元藩主とか公家たちに命令するために、天皇の権威を借りていたのです。

明治政府を動かしていたのは、後に元勲と呼ばれたりはしますが、江戸時代には家老にもなれなかった身分の武士たちであり、明治天皇が絶対権力を行使していたというのは、虚構にすぎません。

歴史を勉強するにしても、習う相手や参考書はよく選んだ方がいいですよ。
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