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私は頭髪検査に多くの疑問を持っています。
学校側が頭髪服装検査をすることで、校風をよくしたり、規則を守る自制心を養うためだとか、校外から見られるときに恥ずかしくない格好でいるためだとか、それは十分理解できます。
ですが、女子生徒と男子生徒の頭髪についての制限の差に疑問があります。なぜ、男子生徒はつめいりの学ランなのに、それに襟足が少しでもかかってはいけないだとか、耳を出さなければいけないだとか決められているのでしょうか? そもそも、頭髪検査を厳しくして、成績が上がるなら誰だって守りますし、けれども学校内で公共のものを壊したりするのは、頭髪検査を先生にごまをすって通り抜けてうまいことやっている奴らばかりです。
男女の差(ジェンダー的なもの)を話しても、屁理屈といわれ、理不尽な頭髪検査で先生数人に生徒一人ずつボロクソ言われているこの仕組みがいやでなりません。
校内で悪さをしたことはありませんし、いたって真面目なのに、標的にされます。先生方は時間の無駄だと感じないのでしょうか?

A 回答 (14件中1~10件)

No.8です。



>男性は短髪でなければならない、なんて誰が決めたんですか?
これに対しての答えはありません。
だって誰も決めていませんから。
但し,学校や社会では長髪は見苦しいものだという考えが主流です。だから指導の対象なのです。一般的に男性の長髪は清潔なイメージを与えません(このあたりで疑問を持たれるなら,それは社会とのずれです。今のうちに自分か社会を修正しておきましょう)。ですから見た目が長いと思われれば指導されます。

あとはNo.12さんの意見に同感です。
-----ここから
 さて,学校は集団生活を送る場なので,ルールが必要です。大勢人が集まれば,様々な価値観を共存させるためのルールが必要なのです。
 だから,あなたが変だとおもう,校則があっても当然だし,変だと疑問に思うことは悪くありません。しかし,生徒全員が自分の価値観だけで,変だと思ったらルールを守らないということになったら,学校という共同体は成立しません。社会に法律などがあり,それを守らなければ無政府状態になるのと,同じですね。
 したがって,疑問におもっても,まず校則を守り,その上で疑問に思うことを先生に問いかけ,なっとくできなければ生徒会活動やPTAで議題として取り上げて検討し,校則を見直していくことが大切です。
 そこまで,する気概がないのなら,我慢するか,襟足に髪がかかってもOKの学校に転校するかを選択するべきです。悪法も法なりと言って法治国家における順法精神の大切さを訴えて,命を落とした偉大な哲学者がいました。疑問に思うことと,校則を守らないという実際の行動を分けられるかが,この問題の鍵ですね。
-----ここまで
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>校則には清潔な髪型であること以外に髪の長さに対しての制限は書かれていません。



なるほど,それでは疑問に思って当然ですね。

>要するに校則もあってないような学校に私は来てしまったのです。

それは,大変な学校に行ってしまったのですね。自分で善し悪しを判断しなければならない学校ですね。それは,とっても難しいことです。教師の指導も難しいですね。あなたが,これだけ納得していないところをみると教師の指導の仕方にも問題が有りそうですね。少なくともあなたに指導の真意が伝わっていないことは問題ですね。

>はっきり言って頭髪検査を始め、理解に苦しむことが多々ある学校に苦しんでいます。

理解できなくて当然です。がまんして,協力するものですから。

>校則を守って、髪を短くきることはできます。でも、そこで発言しても「今、髪が短いだろ?それでいいじゃないか。」で済まされるのです…私の思考ではどうも解決の糸口が見つからないのです…

教師にもいろいろな人がいます。なんの思慮もなく,職員で決めた細則をただ守らせることだけしか,頭に無い人もいます。あなたの学校の先生が全員そうだったら,あきらめるしかないです。
そうではなく,あなたの疑問に共感し諭してくれる先生がいたら,疑問をぶつけてみましょう。校則を守った状態で,真摯な態度で聞けば,いろいろ教えてくれるでしょう。
 あなたは,疑問に思って当然のことに疑問をもっています。ただ,この問題には万人が納得する正解はありません。どこで,妥協するかはあなたの気持ち次第でしょう。
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男性が短髪でなければならないと決めたのは,社会通念です。

社会通念は時代や地域の文化を受けて変化します。頭髪は身だしなみの一つなので,どのような身だしなみが学生らしいのかは,時代背景やその地域の保護者,教師集団が決定します。
 20~30年前は,男子は丸刈り,女子は肩に掛からないか又は三つ編みと決まっていました。もっと前は,男子はチョンマゲと決まっていましたね。平安時代の宮廷では,女子は髪を長くして床を引きずっているのが美人とされていました。オードリーヘップバーンの「ローマの休日」影響で,女子のショートカットがかっこいいとされた時代もありました。
 私も中学校の時,男子が丸刈りなのはおかしいと先生たちに議論をいどみました。先生は「髪は女の命,それを短く切るのと,男子が坊主にするのは同じ価値がある」とおっしゃったのを今でも覚えています。そのときは,この人たちとは議論にならないとあきれました。でも,その時代の社会通念のひとつだったのですね。わたしは,意地をはって,カミソリでツルツルに剃り上げました。卒業アルバムに記録が残っています。
 その後,丸刈り裁判などを受けて,社会通念が変化し,男子も長髪で良いのではないかという気運が高まり,全国の公立中学校で,生徒会を中心としたフォーラムが開かれ,丸刈り廃止に動きました。そのときに教師と生徒,保護者が話し合って,各学校独自の男子の頭髪ルールができたのです。襟足うんぬんという基準はその時の基準のひとつと推察されます。
 さて,学校は集団生活を送る場なので,ルールが必要です。大勢人が集まれば,様々な価値観を共存させるためのルールが必要なのです。
 だから,あなたが変だとおもう,校則があっても当然だし,変だと疑問に思うことは悪くありません。しかし,生徒全員が自分の価値観だけで,変だと思ったらルールを守らないということになったら,学校という共同体は成立しません。社会に法律などがあり,それを守らなければ無政府状態になるのと,同じですね。
 したがって,疑問におもっても,まず校則を守り,その上で疑問に思うことを先生に問いかけ,なっとくできなければ生徒会活動やPTAで議題として取り上げて検討し,校則を見直していくことが大切です。
 そこまで,する気概がないのなら,我慢するか,襟足に髪がかかってもOKの学校に転校するかを選択するべきです。悪法も法なりと言って法治国家における順法精神の大切さを訴えて,命を落とした偉大な哲学者がいました。疑問に思うことと,校則を守らないという実際の行動を分けられるかが,この問題の鍵ですね。
 
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
ちなみに私の通う学校では、校則には清潔な髪型であること以外に髪の長さに対しての制限は書かれていません。もちろん、パーマや頭髪を染めることに関しての規則については書かれていますが・・・・

要するに校則もあってないような学校に私は来てしまったのです。
他にも、学校に収容する人数が決まっているのにもかかわらずそれに違反して大量に今年から生徒数が増え、教室が足りなくなるので、再び来年度から生徒数を減らすそうです。はっきり言って頭髪検査を始め、理解に苦しむことが多々ある学校に苦しんでいます。

校則を守って、髪を短くきることはできます。でも、そこで発言しても「今、髪が短いだろ?それでいいじゃないか。」で済まされるのです…私の思考ではどうも解決の糸口が見つからないのです…

お礼日時:2009/02/15 23:13

校則を決めたのは、教師ではなく生徒会です。

もちろん、先生の指導の下ですから、全くの自由意思ではないでしょうが。
ですので、ご質問者の要件は、ご自身の学校内での行動で変えることができます。
多くの高校で昔は、坊主刈りが標準でした。これを変えて、ご質問にあるような基準に変える努力をした先輩たちがいたのだと思いますよ。

ご質問者と同じ理屈で、「他人に迷惑をかけていない」ということで、マリファナを吸っている大学生がいます。どう思われますか?
学校の先生は、規則を守る大切さをあなたに教えているわけで、社会人を送り出すための、高校で教えるべき大切なことのひとつです。
規則を守らないことが「悪さ」そのものであり、規則を変える努力をしないままに、守らないことを正当化することは、社会性が身についていないということですね。だから先生はあなたを指導してくれているんです。

それだけの話です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
そうですね。大学生のお話を例にしてくれたお陰でとてもよく理解できました。

校則には頭髪の長さについて表記はされていません。清潔な頭髪であること以外には。 あとは先生方の勝手にお作りになられた…細則というものです、もちろん文書にもされていません。よって、生徒会が決めたものではありませんし、校則でもありません。

私の学校には生徒会も選挙制ではなく、部活と同じ扱いです。指定校推薦をもらいたい少し賢い子が集まってだらだらしているだけなのです。

私はあなたが回答してくれたことに感謝しています。上記のことは反論ではなく、質問文への補足だとお考えください。

お礼日時:2009/02/15 23:20

 残念ながら、校則を破るのは「真面目」ではありません。

校則は学校で定められたルールです。ルール違反をするのが真面目なわけはないでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
ルールというものは、そのルールに基づいて生きていく人たちが納得できる理由があり、それによって何かしらのプラスな効果がある、ということが必要だと思っています。

決められたから、守る。正直、そんな人を私は疑問に思います。

強い権力のある人が決めたなら、守らなければいけない。
そう解釈してしまいます。

お礼日時:2009/02/15 23:24

私の推測たっぷりの回答ですが、


kaela0839さんの質問を読んで思ったことは、自分の摂理が正しいと思って、本質をまったく見ない人だと思いました。

>襟足が少しでもかかってはいけないだとか、耳を出さなければいけないだとか決められているのでしょうか?

決められている。のではく、決まっているのでしょう。決まっているのです。日本の国旗は、なぜ、日の丸のか?、それは決まっているからです。そして、決められたからです。
今に至るまで、襟足が少しでもかかってはいけない~とか、疑問に持ち、逆らった人もいるでしょう。でも、先生方は、「なぜ」なんてものを重要視していません。決まっているからです。
個人対個人のルールの場合、ルールの変更はたやすいでしょう。
認知する人が、個人と個人の2人しかいません。

しかし、集団的ルールになると、そうもいきません。受け応えする気のない人にとってみれば、一人の申し出は、受け答えに値するものではないのです。まして、皆で考え、答えを出す風に持っていない人の意見など、数日経てばどうでも良いことになって終わってしまうのです。

それが集団ルールというものです。

さらに、先生方は、そのルールを変えることに理由もなく面倒、嫌と思っているのではないでしょうか?その時、その時にルールを変えていくことは、大事なことだと私は思います。
しかし、人は、大事な事のためなら行動する人だけではありません。大事だと解っていても、面倒なら、あっそうで終わらす人もいます。

>学校内で公共のものを壊したりするのは、頭髪検査を先生にごまをすって通り抜けてうまいことやっている奴らばかりです。

辞書に「賄賂」という言葉が残り、まじめに勉強した国民の大多数の人なら知っている言葉のように、昔からそういうことがあるのです。
本来、真面目だけな人しかいなければ、このようなことは起きませんが、
「覆しようもない事実」として、このような人がいるのです。それをおかしいと言っても、事実は変わりません。おかしいと思う人を変えるしか、現状は変わりません。

>校内で悪さをしたことはありませんし、いたって真面目なのに、標的にされます。

まじめ=標的にされない となるのは、自分の思い込みではないでしょうか?事実を見て、どういう人が標的にされるのか、再確認してみるべきではないでしょうか?

>先生方は時間の無駄だと感じないのでしょうか?
気に入らない人をボロクソ言うことを、口では言わないですが、好きという人もいるのではないでしょうか?


世の中が、子供の本に書かれているとおりの善悪で成り立っていると思ったら、大間違いです。そういう間違いを起こして生きていると、強者に食われますよ。

参考になるかどうか解りませんが、参考になれば
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
ルールというのは、何かを制限することでプラスな効果があったり、ルールの中で生活していく人たちにメリットがあり、納得がいく。というのがあって初めて成り立つものではないのでしょうか?
日本の国旗は、最初から決まってはいないと私は思いました。
たくさんの人がいろんな案をだして、最終的に納得ができて今の日の丸という形になったのだと思います。
ですから、ルールもルールの中で生活していく人たちは常にルールに疑問や意見を持って、行動していくのは当然のことだと思います。

学校の多くの人たちは面倒だから嫌だけど、変えようという行動には移さないと私も思います。というか実際そうです。
先生についてもその通りだと思います、先生方にとっては現状に不満はないのでしょうから…

善悪で成り立っているとは思いませんが、
正しいものは正しいし、強い者は強い。けれども
強いことが正しいわけではないと思います。
強い人が決めたことが正しいこととは思いません。
もちろん、正しいことが強いことだとは思いません。

お礼日時:2009/02/15 23:34

校則はルールです。


世の中に法律があるように,会社に就業規則があるように,それが決まりです。あなたが理不尽と感じたものでも守らなければなりません。
世の中に短髪でならないというルールはない,だけど学校でそう決まっていれば短髪でなければなりません。

あなたが長髪にこだわりを持っているのか,単純に校則に疑問を持っているのかはわかりませんが,校則が気に入らないならそんな学校には通わなければいいんです。
高校の場合一般に学力の高い(各都道府県でトップレベル)高校は自由な格好を認めています。今の高校を辞めて再受験すればいいのです(転校はできない)。
大学はそもそもルールはありません。
中学なら不登校になればいいんです。自分で勉強して高認を受けて大学を受ければいいんです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

それは解決にならないと私は思いました。
納得できないなら、去れ。みたいな考え方が強引に感じます。

お礼日時:2009/02/15 23:37

意味のない規則はこの世にたくさんあります。


規則自体に意味があるのではなく、「きちんと規則を守れる人間である」という証明のために存在しているようなものですね。
人間は集団行動が基本ですから、そのスキルはとても重要なのです。

疑問なんて人の数だけあるんですから、全員が「これはどうして?納得すれば従うが、そうでなければ従わないよ?」などということがまかり通っていたら、集団を仕切る方は身が持ちません。

ウソだと思うなら、一回大勢の人間(の意見)をとりまとめる係をやってみて下さい。
自分が考えもしなかったことを言い出す人が必ずいますから。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

参考になりました。
世の中って本当に理不尽だなって思いました。

お礼日時:2009/02/15 23:39

女子のパーマは禁ず。


という校則があったので、私の出身高校では男子がパーマをかけていた。
確かに、男女差別だと思ったが。

頭髪云々ではなく、上が決めた規則にしたがえというのは、近代とう制度が決めました。
工場、軍隊、学校。
これは、近代の三大組織です。定時に行動して、上の命令を聞く。人生の中で言えば、学校では、後に工場・軍隊で上の命令を聞くために教育が行われます。
では、外見を規制通りに行うことによって、何を得たか?
内心の自由です。
近代の前では、内心まで規制されます。何を信じているかとか。近代以降は、外見を守れば、心の中で何を思ってもOKと言うことになります。
外見は変だが、内心はすごくいいのです。という言い始めると、証明不能な内心を必死で証明する必要が出てきます。
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どうでも良いことに頭を使わない・・


切れと言われたなら、切れば良い・・
どう逆らったって、体制側にはあなたの力では勝てません。

それよりも、勉強をしまくって、あなたが体制側に立てば良い。
そして、校則の様なくだらないものを廃止したければ、その時廃止すれば良い・・

体制側に立った時、校則などの信奉者にならないようにお願いしますね。
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