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私は政治や経済についてド素人です。
学生とは成人した今となっては、「政治も経済もワカリマセーン」とかヘラヘラしていてはいけないと思いつつ、毎日のニュースだけではよくわかりません。
マスコミというフィルターがかかるのは仕方ないにしても、どこまで信用していいかわかりません。

ただ思うのは、非難が多いなぁということ。

マスコミの使命のひとつとして、悪いことを言って向上心を持たせるということがあるのかもしれませんが、どちらかというと愚痴を煽っているようにも思えます。

「責難は成事にあらず」

ご存じの方もおられると思いますが、某大ヒットライトノベルで書かれていた言葉。
私の短い人生の中で、もっとも大切にしたいと思った言葉のひとつです。
責めることは簡単だけど、責めるだけでは解決はない、ということです。

例えば、市議が地元の商店街の人たちの意見を聞こうとまわっていると、「売れない、どうにかしてくれ」というのだけれど、「具体的にどうしてほしい」とは言わないのだとか。
こういう人は多いのでは?と思ったのです。

国の政治家ともなると、いろいろしがらみも多く、理想に向かってまっしぐらというわけにはいかないでしょう。
詳しくはありませんが。
あちらを立てればこちらが立たぬ、何をしても非難されてばかり、たまに非難されていないときはそれが当たり前と言わんばかり。
同情もしたくなります。

これはおかしな考え方ですか?
それとも日本の政治家は本当に無能?
そう言い切れる人は、自分が政治家になったら、もっといい国が作れると思いますか?

A 回答 (11件中1~10件)

日本の政治家は基本的にエリート・金持ちの集まりなので「苦労」や「挫折」を知らない人ばかりです。


そういう意味で間違いなく無能でしょう。
有能とは単純に学識・能力だけではありません。
学識・能力の無意味さを痛感していなければ人は無能なのです。

慶応や早稲田や国立大などの一流大学を出ておいて「平民」と売り込む価値観を持った人には
ホームレスの人々やドヤ街の人々の苦しみは永遠に分らないのではないでしょうか。

不幸な人は他人の不幸にも敏感です。
しかし今の日本の政治家は飢え死にするような体験はしたことがないでしょう。
そういう意味では「麻薬」に手を出すなど、
色々と悪ぶったことのあるオバマさんの方が間違いなく有能です。
温室では本当に美味しい野菜は出来ませんよ。

高い給料をもらった上に国会審議で足を引っ張り合って野次を飛ばすなど、
大人として、人間としてみっともないです。
自分たちの給料を削らずに消費税を上げないで下さい。
美味しいものばかり食べてコロコロと太らないで下さい。

私が政治家になったら?
間違いなく今の政治家よりも立派な日本を作るとお約束できます。
今の政治だけでも改善点はいくらでも浮かんできますよ。

名も無き貧民より矛盾への憎しみを込めて。
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No.9ですが、追加させてください。


政治家が有能か無能かということについては、いろいろかなと思います。
うちの市議さんでもピントずれてるなと感じる人もいますし。
あと、No.8の方が言っているように、国民一人一人の立場でも違ってきますね。

最近、小泉劇場の手法をよりえげつなくして成功した人がいて、さらにそれを真似る人もちらほら出てきています。
よく知りもしないものをステレオタイプに悪と決め付けて、
正常な部分や善い部分までズタズタにしてしまう恐れがあります。
(例えば、医療ミスは困るけれど、医療自体が崩壊したらもっと困りますよね。それと同じことです。)
こういう手法を大勢が取り始めたら滅茶苦茶になります。
物事を大きく動かしたかもしれないけど、やはり禁じ手だったのではないかと思います。

最後にもうひとつ。議員の仕事を体験できる「議員インターンシップ」を行っているNPOなどがあるそうです。
先日NHKで取り上げられていました。
参加者は「政治家について悪いイメージを持っていたけど変わった」「地道な仕事をしているのが分かった」などの感想を述べていました。
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この回答へのお礼

みなさんありがとうございました。

お礼日時:2010/03/30 10:31

私もご質問者と同じようなことをよく考えます。


また、自分がその立場だったらどうなのかということもできるだけ考えているようにしています。

世の中には、第一次産業振興、商工振興、労働環境の改善、環境保全、教育、高齢者介護、障害者支援などなど、重要な問題が山積みです。
国内のことだけでなく、諸外国との関わりも考えなければなりません。
産業・経済振興と環境保全・労働環境は得てして矛盾する関係になりやすいし、
高齢者と現役世代、健常者と障害者が互いに「あっちの取り分が多過ぎる」と対立的な考え方になることも珍しくありません。
そこにどう落としどころを見つけるかというのは大変難しいことだと思います。

マスコミが批判ばかりして、社会全体が悪影響を受けていると感じますが、
もともと人間というものは、ステレオタイプで物事を判断するのを好む生き物であるとも思います。
「政治家だから」「官僚だから」「○○国人だから」「女だから」といったような、原因や理由をある事象に帰属させ、他の要素を無視して物事を判断すると、
なんだかすべてがうまく説明できているような、すっきりした気持ちになれるのです。
もっともそれは往々にして、赤面物の無知さの上に成り立つ場合が多いですが。
あ、私自身もステレオタイプで判断しがちな人間のひとりです。気をつけてはいるつもりなんですけどね。

>自分が政治家になったら、もっといい国が作れると思いますか?

とても難しいことなので無理と思いますが、能力があったらサポート役はしてみたい気持ちがあります。
すごく面白そう。
でも、ご質問者がおっしゃるように、汚れずにはすまなそうという不安も感じます。

私は政治家同様批判されることの多い公務員なんですが、
「怠慢なのに強欲」「たいした仕事をしていない」「やる気がない」といった公務員像が実態と違うのを知ってるので、
政治家についても同じことが言えるんじゃないかなと思ってます。

それと、国政を考えることと党利党略や自己保身を考えることは、必ずしも矛盾しないと思います。
民間企業にお勤めの方々が「うちの会社でこんなひどいことをしていて、改めさせたいのだけど、自分の立場が悪くなったり職を失ったりするのは困る」と言うのと一緒です。
人類に共通する弱さや誤りは、どんな職業や地位においても例外なく現れると思います。
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有能か、無能か、といってみても、決め付けか抽象論のようで、それは個々の問題や、国民一人一人の立場によって、違ってくると思います。



例えば、
有能: 経済と治安面での安定。
アメリカとの友好関係、ある程度の国際社会での地位を維持。

無能: 北朝鮮に対して、なすすべなし。不況に対し、(有効な) 打つ手なし。改憲、領土、財政赤字等問題の棚上げ。

と、ざっと思いつくまま挙げてみましたが、これとていくらでも反論可能でしょう。

マスコミに関しては、既出のように視聴率重視で、見たがるものを提供ということもあれば、もともと権力側の味方をするようでは、困る立場ですから、(まぁ、その困ることをバンバンやっていた時期も、あるのですが) 冷静に事実関係を学ぶにはいいですが、悪口を言うのが彼らの仕事だと思っておけば、間違いないので、あまり気にしても仕方ないと思います。

政治家も有能というか、賢い人たちなのは、間違いないと思いますが、官僚のように、細かいことまで把握してるわけではない、と思いますので、官僚との関係がもっとよいものになると、国民の目から見た政治家像も、より良く映るようになる気がします。
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我々よりある意味有能だと思いますよ。



No.3の方も書かれていますがそこのその国の政治家はその国民のレベル以上にはならないと思います。

ただ多くの政治家が有能なのは政治屋と呼ばれる集票能力や集金能力や一時しのぎの調整能力そして周りの批判にへこたれない神経ですかね。
しかしそんな現実的な能力が必要とされるのは我々が個別の政策に関して詳細を勉強する時間がないので印象等で選んでいる現実があるのかも知れません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
>しかしそんな現実的な能力が必要とされるのは我々が個別の政策に関して詳細を勉強する時間がないので印象等で選んでいる現実があるのかも知れません。
まさに。
私たちが印象で選んでよさそうなのはカリスマ性くらいしか思いつきません。
印象というのはメディアに作られる部分も大きいので、本当に選びたいものを求めているかと問われれば、否な気がします。
勉強せずに政策の良しあしがわかるっていうのは、無理なことなのでしょうけど、どうにかなりませんかね…
私たち国民が真剣に国のことを思うようになったら、政治家もうかうかとしてはいられませんね。でもそうしたら全体的に国の政治もぐんとよくなるかも。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/04/19 18:27

政治にあまり興味も知識もないですが。


おかしな考えではないと思います。
少なくとも政治家と呼ばれる方は無能でないと思います。ただ、国民の思うように何でもできるわけではないでしょう。
少なくとも自分には政治はできないです。まず頭が足りません。人はあれを良くしろ。これを良くしろと何でも言います。しかしそんな簡単にできたら苦労はしない。ただでさえ他に仕事がたくさんあるだろうに。自分には到底分からない事がたくさんあるのでしょう。
ただすべてにおいて政治家がが正しいわけでもなく、結局それらを決めているのも一人一人の意思です。なのに何故?と責める事が悪いわけでもないです。
自分は少なくとも本当に無能な人は政治家になれないと思っています。なにか能があるからこそ政治家をやっているはずです。ただ、その能がこちらの考えていることと違っていると結局無能とみなされるんでしょう。

と、本当にまるきり政治が分からない(テレビもみてない)のですが、いま現在の考えを書いてみました。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
とても納得できる意見です。
>ただすべてにおいて政治家がが正しいわけでもなく、結局それらを決めているのも一人一人の意思です。なのに何故?と責める事が悪いわけでもないです。
政治家がすべてにおいて正しいと思っているわけではありません。
どこに賛成で、どこに反対であるかということを自分なりにはっきりしたいものです。
でもそれが意外と難しいです。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/04/19 18:21

無能でしょう。


問題は放置・先送り。
迅速性を求められるものをわざわざ後にする。
自分の今月と来月の給与が出れば、救困国民は放置。

この国は問題だらけ。
有能と言う人はそれらを国民より先に気が付いて、先立ってズバズバ解決する人のこと。
無能多きゆえ、今の問題も解決できず。
己が助かれば、国民はいないも同然。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
私は今のところ、「政治家を無能と決めつけるべきではない」という意見ですので、さらに質問させてください。

よくマスコミで言われている意見だと感じました。
マスコミに流されているだけ? それとも事実? どちらにしても、そう言いきる根拠はあるのでしょうか。

>有能と言う人はそれらを国民より先に気が付いて、先立ってズバズバ解決する人のこと。
それは、確かにそうだと思います。でも現場にいない以上、それは仕方がないことではないですか?
というか、気づいていてもできないだけだと感じるのは、私が甘いのでしょうか…

>己が助かれば、国民はいないも同然。
これは…
あまりに失礼ではないですか? 政治家は、本当に努力をしていないのですか?

お礼日時:2009/04/17 17:38

政治家無能論が出てくるのは、きっと、「景気がよくならない」「汚職ばっかりやってる」「年金問題が一向に解決しない」「政財官で癒着している」「私利私欲で公共事業を声高に言っている」「相手政党をけなすことばかりしている」「官僚の言いなりになっている」みたいなことを、マスコミが増幅して言っているからだと思います。


確かに合っていますが、戦後の復興から立ち直って経済大国となって、まぁ一目置かれる国(最近はそうでもないですが)になったのは、政治が機能していたからでしょうね。
無能と有能は紙一重だと思います。
有能であるためには、あらゆるところに気を配らないといけない、アンテナを張っていないといけない、その過程で少なからず危ない橋を渡ることもあるでしょう。
その橋をうまく渡るか、それとも落っこちるか、だと思います。
自己保身や自己弁護に注力するとか隠蔽するということではなく、サジ加減というか政治家的なカンが働くというか、そういう感覚に優れている政治家は有能なんでしょうね。
田中角栄がいましたが、彼は有能すぎて墓穴を掘ってしまいました。
自分の立ち位置や権力を確保したいことに目が行き過ぎて、違うカンが鈍ってしまいました。
政治家は、地元の要望を受けて実行するのが本分だ、と思っている人が多いですが、本来見返りがなくてもやるのが政治家で、票の見返りをあからさまに期待するのは無能なのでしょうね。
もちろん当選しないことには活動ができませんから、意識するのは当然ですが、実行すれば(要求しなくても)自然と票に結びつく、その加減が分かっている政治家こそ有能と思います。
そういう政治家を見抜く眼力を養わなければいけないのは、まさに国民ですね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
無能論が出る理由も、わかる気はします。
無能と有能は紙一重というのは、言われてみればそうなのかもしれません。
票集めに対する労力をゼロにしてしまうと、やりたいこともできませんものね。

>そういう政治家を見抜く眼力を養わなければいけないのは、まさに国民ですね。
はい、希望ではなく、義務なのだと感じました。

お礼日時:2009/04/17 17:28

政治家と呼ばれる方の多くは有能と呼んで差し支えないと思っています。



民主主義がもてはやされ、国民が言論の自由を振りかざすようになった現代、近代において、批難を浴びた経験の無い国家の元首は誰もいません。

誰がやっても国民全てが満足する政治ができないことは歴史が証明しています。

政治家に問題無しとは言いませんがその政治家を選んだのは間違いなく国民なのですから責められるのはむしろ国民であるべき。
いや、組織票が・・・団体が・・・企業が・・・と自分の意志で選んだわけではないという声もありますが、そのようなシステムを作ったのもまた国民。
「・・・だから選挙には行かない」は触れるまでも無いでしょう。

「政治家はその国家の民の鏡」

私はこのように考えています。

マスコミの使命については、その殆どが資本主義社会における営利追求企業であるという実態を考えれば社員のため、株主のために金を稼ぐ(視聴率を稼ぐ)ことが最優先事項で無い方がおかしいと考えます。

視聴者(国民)が望むような情報を望むような形で流すのは当たり前でしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
「無能!」という声が大きく聞こえている中、kappa-yさんのようなご意見が聞けてホッとしています。
とても納得のいく意見で、私はこういうことを言いたかったのかもしれないと思いました。

>「政治家はその国家の民の鏡」
とても重い言葉ですが、大切であると感じました。
自分を見つめ直してみたいです。

また、マスコミについてもご意見ありがとうございました。
確かにもっともな話です。
NHKについては賛否両論ですが、それでも利益ばかりを求めない、より中立に近い立場のマスコミがあってほしいと願います。

ありがとうございました。

お礼日時:2009/04/16 23:05
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
あれ?福島代表も政治家なのでは?

お礼日時:2009/04/16 22:49

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