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初めて質問します
よろしくお願いします


私は
ずっと知的障害を持ってる方に偏見を持たないようにしてきました

でも最近、あることに気付いてきました

私は知的障害者に偏見を持っていないんじゃなくて、

「自分が知的障害者に偏見を持っていない人間だと思い込もうとしている」
ということです。

そしてその
「知的障害者に偏見を持たない人」
を演じているだけなんだと思います・・・・

きっと心の底では、知的障害者を敬遠しているんだと思います・・・・
知的障害者と全身で抱き合えるか、と考えると
抱き合える自信がありません・・・・

そんな自分に嫌気がさします。
私は最低な人間だと思います。

どうすれば心の底から
知的障害者と向き合えるようになるんでしょうか。
教えてください。

A 回答 (4件)

頭の中で考えていても仕方ありません。


一度知的障害者更生施設で働く、或いはボランティア活動をしたらどうでしょうか。

そこで知的障害者としばらく直に接してみて
「こいつらキモい、近寄りがたい」と思えば偏見あり
「この人達は自分と同じ人間である」と思えれば偏見無し
と言えます。

結果、偏見がある事が分かってもそれは仕方ありません。
堂々と「自分は偏見がある」と言ったほうが良いです。
変に卑屈になるよりましです。

>知的障害者と全身で抱き合えるか、と考えると
>抱き合える自信がありません・・・・

相手が抱き合いたいと思っているか考えもせず、
自信がないと言っても気持ち悪いだけです。

わたしはNHK教育の福祉番組をよく見ますが、そこに出てくる知的障害者の人を
観ても気持ち悪いとは思いません。
しかし、ただ観るだけで「自分に偏見がある、無い」を判定するのは
拙速だと思います。
頭の中で考えるだけではなく、行動をしてみることです。
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このような書き方がいいのかわかりませんが


都会に住んでいると、普通に知的障害者と思われる人がいます。
そんな人たちは、別に危害を加えたりはしません。

むしろ、悪人は普通の目立たない恰好で紛れ込んでいます。
秋葉原の殺人事件などのように、普通の顔をしている人(の一部の人)が一番怖いのです。

もしかしたら、その普通の人の中にあなたも入っているかも知れませんし。

私は波長が合うのか結構話しかけられたりしますが、全然そんな気持ちにはなりません。

って、あまり答えになってませんが。
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そんなに肩肘張らずに。



障碍者だからと、全員を好きになる事なんてできません。
その考えは、ペットに対する接し方と同じようなものだという事に気付きましょう。
「可哀相な人なんだから、私は分け隔てなく接してあげなければ」という目線なんですよ。そして、その方が失礼な事は分かるでしょう?
普通の人に、博愛を貫く事は無理ですよ。

相手が健常者でも好き嫌いはあるでしょう?
友達でも何でも無い人、嫌いな人と全身で抱き合えるか、なんて考えた事がありますか?無いでしょう?
それが当たり前なのに、相手が障碍者だと、どうしてそんな風に考えちゃうんでしょうね?哀れみ?

そのジレンマを持つのは珍しい事じゃありません。
ボランティアやってる奴の中にも、そう悩む人は多いです。
私は30年前に悩みました。
その時、相談した障碍者本人や親たちに言われたんですよ。
「誰とでも仲良くしようなんて気負いは偽善」とね。
「同じ人間なんだから、気が合う合わない、好き嫌いはあって当然」「誰でも好きになる、仲良くなるなんて言う奴は信用できない」とね。

知的障碍だろうが身体障碍だろうが、仲良くなったor好きになった友人であれば、抱き合う事にも違和感は無くなりますよ。そして、その位の方が自然でしょ?

自然体で接する事。それが一番大事。難しいけどね。
自然体だから、相手が障碍者でも喧嘩もするし、二度と会いたくない奴だっていますよ。

あまり考え過ぎないで。
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私も同じです。


「偏見を持っていない」と思い込んでいます。

でも、実際に障害を持っている方を前にすると、どう接すればいいのか分からなくなります。



でもあなたはそう思い込んでいる自分に嫌気がさしているんですよね?

それは凄いことだと思います。
中にはそう思わない人もいますから。

いつか絶対に障害を持っている方に対して、周りの人と同じように接することができますよ!
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