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 私はあまり政治に詳しくないし、別に自民党に傾倒しているわけではないのですが・・・。

民主党の左派である旧社会党を抱きかかえたままでの、民主党政権には非常に危機感を感じます。今の腐った自民党よりもです。

この日本の歴史と、企業の結束力を省みれば、実直、勤勉、周囲との関係を和を持って大事にする、逆に言えば、全体主義である感もありますが、こういった国民性のおかげで、敗戦後も、発展を遂げた側面があると思います。私の習った限り、こうした国は、まれです。

よって私は、日本人はこれから先も、この国の人々の実直さ、伝統的文化を子供たちに繋いでいくと共に、世界に向けこのような国民性を武器として活躍できるよう誇らしき人種であってほしいと思っています。

よって外国人参政権などもってのほかだし、日教組も大嫌いです。

私は所謂右翼ですか?

A 回答 (8件)

<政党は、教育環境の整備の方針(校舎の拡充・教員の数の増員など)は示すべきですが、政党が教育内容に干渉すべきではないと考えます。



とありますが、時の与党によって大臣は任命され、政党の方針は色濃く反映されるのではないでしょうか?でなければ政権交代の意味なんてないのでは・・・。>

 教育制度改革・学校整備の見直しは、文部科学大臣び重要な仕事で、政党の方針も色濃く反映されます。
 中学3年・高校3年というシステムが妥当かどうか。
→中学3年卒業で就職していた人が多くいた時代から、ほとんどの人が高校に行く時代となっています。それならば、中高一貫の6年制義務教育のほうが、3年づつ分断し間に受験を入れる教育システムよりも、教育効果が高いのではないか。

 少子化で地方の小・中学校の生徒数が激減しています。社会が高度化してネット利用が一般化し、より専門性の高い教員が求められるような状況になっている(=教育をするのに必要な、最低限の人数が増える)以上、学校の統廃合を推進して一行当たりの教員数を確保するか、学校数はそのままにして教員の数を増やして対応するか。

 このような判断は、政治判断で決めるもので、政党による判断が色濃く反映されます。
 このような教育システムの改革は大変重要で、政権交代にも大いに意味があります。

 それに対して、教育内容については、政治は関与しない形になっています。例えば教科書の選定については、地方の教育委員会が決定しており、政治家は関与できません。


<『主権の在り方について』と『この国は日本人だけのものではない』とをくっつけるときに、在り方=主権の所在と考えるか、=主権行使の際の姿勢と考えるか、で全く意味が違ってしまいますよ。
どう違うのか分からないので教えてください。>

 戦後の日本人は忘れがちですが、権利の行使をすれば、責任と義務が伴います。
 日本国憲法にも、個人に保障された「権利」を、公共の福祉のために利用する責任があるとしています。
 この考えを国際社会に当てはめれば、日本国主権は日本国民固有のものであるが、その主権の行使にあたっては、国際社会の福祉のために利用する責任があるということになります。
参考:
 第十二条【自由・権利の保持義務、濫用の禁止、利用の責任】
 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

 もちろん、国際社会と法治国家日本国の社会とは同一ではありませんし、国際法として日本国憲法第12条のような条文があるわけではありません。
 しかし、かなり多くの国際法が慣習法(=文章による条文がなくとも、多くの国がそのような行動を常識的に取っているならば、規範としての効力がある。)で成り立っている以上、日本国憲法の精神を国際社会においても当てはめるという考え方があったとしても、異常とは言えないでしょう。

 主権の行使の際の姿勢(運用姿勢)ととらえると・・・
=世界中の人・国にとって、日本が主権を運用する姿勢が影響を与えるから、日本の主権行使の際には、他国に対する影響も配慮する。
→全く、常識的な当たり障りのないコメントです。

 主権の所在ととらえると・・・
→日本の主権の所在が日本国民だけではないとは、全く意味不明です。日本国憲法の前文、第一行目の『ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。』との日本社会の大前提の否定で、日本の全政治システムの否定となり、日本の法体系が崩れてしまい、議会政治・政党の存在なども吹き飛んでしまいます。政党政治における政権交代も無意味となり、鳩山党首にインタビューしていることにも意味がなくなってしまいます。
=鳩山氏の政党党首としての存在を、自己否定することとなってしまいますから、このような解釈は不可能でしょう。

参考:憲法前文
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

例えば・・・・
 サウジアラビアにとって、領土内の石油をどう取り扱うかは、サウジアラビアの主権下にあるのですから、原則的にはサウジアラビア固有の判断で決定されます。
 しかし、日本が長年サウジアラビアから石油を輸入しており、それによって日本社会が運営されている以上、日本に対して必要最低限の石油輸出を続ける責任があると言えるでしょう。
 つまり、サウジアラビアの石油はサウジアラビアだけのものではないのです。

 サウジアラビアの国王が、石油減産が必要となった時、国民に「サウジアラビアの石油は、わが国だけのものではない。」(=消費国の立場を考えた上で、減産量を決めるべきだとの意味。)と呼びかけたとしたら、『ふざけた発言』でしょうか。

 主権の存在=石油生産量はサウジアラビアの完全なコントロール下にある。
 主権の運用=消費国の立場を考える。
 これが常識的で、問題はないと思いますが。

 尚、この点については、民主党だけでなく、他の政党も基本的に同じ考えだと思いますよ。 党首討論・有力議員の演説で、この点が民主党の問題点として取り上げられるのを見たことがありません。
 主に、個人的に編集した録画を対象に、ネットの中でしか、問題点として取り上げられてないのではないかと思われます。 

この回答への補足

丁寧なご回答ありがとうございます。

無知な質問者のためにもう少し教えていただきたく思います。

まず教育に関しての質問ですが、先の教育法改正案が安倍内閣で自民公明両党から法案が出されましたが、その内容を見れば教育内容についての方針が明記されていますよね、こういった点を重視すべくこの質問をしたので、私の質問としての意図もここにあります。
ですから教育内容というのも、時間割とかではなくあくまで教育内容についての疑問です。

主権の行使、所在という質問について、

sudacyuさんのおっしゃること理屈的には正しいかもしれないのですが、私が率直に感じたのはこじ付けではないでしょうか・・・失礼きわまりありませんね・・・すみません。

サウジアラビアの例を出されましたが、日本は、資源国ではないですし、国際的に義務を伴うのであれば十分に貢献しているというのが一日本人としての意見です。参政権を与えるのがこの国の貢献でしょうか?

得するのは一部の国だけではないですか?わが国の利益になるのでしょうか?それに今日本国内でも、勤労の義務を忘れ、生活保護を安易に申請して、母子加算云々で贅沢ができないなどという不届きものがまかり通っているではないですか、この点についてどうお考えですか?自国の義務権利についてあいまいなのに、国際社会にその杓子定規を当てはめるのはどうかと思います。

義務を行使するとしても安易に外国人に参政権を与えることは、我々の先祖に対する冒涜ではないですか?選民意識といえば聞こえが悪いですが、我々の暮らしている領土、風習、文化は我々の先祖が脈々と築いてきたもの、この国民性のおかげで敗戦国が経済大国になり、豊かな生活を維持できているのでは?前にもし世界が100人の村だったらという本が流行りました。我々日本人は、今の現状に感謝しなくてはならないと思います。生活保護制度があるのも珍しいくらいですよね。

お知恵をお貸しください・・私は偏っていますか?

補足日時:2009/08/22 22:15
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<まず教育に関しての質問ですが、先の教育法改正案が安倍内閣で自民公明両党から法案が出されましたが、その内容を見れば教育内容についての方針が明記されていますよね、こういった点を重視すべくこの質問をしたので、私の質問としての意図もここにあります。


 
 この改正の当初案は、政治が教育内容に干渉しているとして、教育界・法律界から異論が続出し、(公明党からも異論が出ました。)相当にもめました。
 ウィキよりの抜粋
 ≪現行法では、愛国心について、教育の目標の一つとして「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」があげられる形で触れられている。なお、旧法においては「愛国(心)教育」に関しては触れられていなかった。≫

 国と愛の間に郷土が入り、他国を尊重し以下が付け加えられて、ようやく法律原案となりました。
 この文言で、何か具体的なカリキュラムの変更が、教育内容にもたらされると期待できるでしょうか。
 この程度の抽象的な言葉の表現でさえ、大もめにもめることから明らかなように、教育内容に政治が立ち入ることは、まともな国では問題視されます。

 中国や韓国のように、政治的意図が組み込まれた教育内容が、結局は国際関係を不安定にし、国益に反することになるのは、外から見ている日本人ならはっきり分かると思います。


<主権の行使、所在という質問について
sudacyuさんのおっしゃること理屈的には正しいかもしれないのですが、私が率直に感じたのはこじ付けではないでしょうか・・・失礼きわまりありませんね・・・すみません。>

 私は、法務省に提出する書類を代行して作成することを職業としている人間なので、試験や業務研修で、いやというほど憲法に接していますし、憲法前文の日本国民に主権があるということを否定するという発想がありません。(そういう意味で、特殊人かもしれません。)
 そういう耳で聞いているので、受け取り方が違うかもしれません。

<主権のあり方について、党首自身が、この国は日本人だけのものではないと明言されてますね。>
 
 もし鳩山さんが「日本の主権は、日本人だけのものでない」と言ったなら、私の場合は意味がわからずに何度も録画を聞き返すことになりますね。この場合は、言葉に意味があるなら、現実問題として「日本の主権行使の時には、他国に対して配慮する」と言う意味にしかとれないが、変な日本語だな、という感じが強くします。(かなり違和感があり、あなたの言う『こじつけ』と言う感覚と同じものかもしれません。)

 日本と言う国は法治国家で、日本国憲法の前文、第一行目の『ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。』ということから、全ての政治・統治システムが構築されています。
 「日本の主権は、日本人=日本国民にある」ということを否定して、「日本の主権は、日本人だけでなく外国人にもある」ということになれば、総選挙や政党の存在など日本の法律が定めていること全てが否定され、鳩山さんが話したり基盤としているていることがすべて無意味ということになります。

 あまり適当な例ではないかもしれませんが、「昨日、俺、一日中死んでたよ。」と言う話と似た状況です。
 本当に死んでいたかと言うと絶対にそうではない。今、生きて話をしているのですから。疲れてぐったりしていたという話の言い換えであるはずです。

 鳩山さんが「日本の主権は、日本人だけのものでない。」と言ったなら、話の言い換えとして解釈しない限り、民主党の存在や政権選択選挙そのものに意味がなくなってしまいます。 

 尚、私が聞いたことがあるのは、「日本は、日本人だけのものではない」という言葉ですが、これなら質問者さんも私と同じ解釈をするのが自然な日本語理解だと思いますが、如何でしょうか。

<参政権について>
 参政権という意味をしっかり区別して使ってください。
 国政の参政権を与えるという話は全くありません。
 話が出ているのは、地方参政権です。
 地方参政権を与えるというのは、地方自治に参加できると言うことで、地方参政権が国家主権にかかわっていると考えておられるなら、それは勘違いです。

 国政の参政権を与えると言うのは、国家主権に関与すると言うことですが、憲法の趣旨から言って、外国人の国政参政権付与は憲法違反でしょう。
 ペルーのフジモリ元大統領が、二重国籍を理由に、日本の2007年の参議院選挙に国民新党から立候補したのは、そういう意味で大問題だと考えます。法務大臣は、国籍法に従って日本国籍離脱をフジモリ氏に求めるべきでした。
 
<国際的に義務を伴うのであれば十分に貢献しているというのが一日本人としての意見です。>
 義務ではありません。最高裁判所も、外国人に地方参政権を与えるのは憲法違反ではないと言っているだけで、与えなければならないと言っているわけではありません。
 与えるか与えないかは、国民の政治判断だということです。

<義務を行使するとしても安易に外国人に参政権を与えることは、我々の先祖に対する冒涜ではないですか?選民意識といえば聞こえが悪いですが、我々の暮らしている領土、風習、文化は我々の先祖が脈々と築いてきたもの、この国民性のおかげで敗戦国が経済大国になり、豊かな生活を維持できているのでは?>

 何度も言いますが、憲法の趣旨により国家主権を外国人に与えるという選択はありえません。

お知恵をお貸しください・・私は偏っていますか?
 偏っているのではなく、基本的情報・法律の趣旨を誤解しているのではと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。再三丁寧にお答えいただき大変有難く思います。感情的な部分もありますが、是非聞いてください。
 私は憲法に関する専門知識も何もなく、素人ですが、日本人が日本人らしい美徳を失っていくような感覚を日常生活の中感じています。

幼い子供が二人いますが、子供たちだけで外に出す事ができません。私の小さいころは夕方親が呼びにくるまで子供たちだけで遊んでたりできていたのに、今はとてもではないが危なくてできません。

相当世の中が悪くなった・・と感じえずにいません。健全な遊び場をなくした子供たちがゲーム三昧で過ごす姿を見、人間関係の欠如につながるのではと危惧しています。

日本最大の保守政党がこの有様では、民主党になればたちまち不安になるのは私だけでしょうか。

参政権についてですが、地方であろうとも参政権なんて与えても、日本人の暮らしに良い影響が出るとは思えません。

永住権を持ちながら気化しない外国人は結局日本に尊敬をもてない外国人が多いんじゃ・・・と懸念します。国益になるという根拠はあるのでしょうか?第一、反対している議員も多数いて、国民の殆どが反対していますよね?

それにご存知かと思いますが、地方はいまかなりやばい状態です。

若者は都会に逃げ、かく言う私も仕事がない為、田舎の両親置き去りで地方都市に住んでいます。
年寄りだらけ、空き家だらけ、土地は荒れ放題、かつてにぎやかだった商店街が泣きたくなるくらいに閑散としまさに数年後には消失してしまうような現状です。もしこうした都市に外国人を迎いれたとして地方参政権なんて、日本の地方に外国人主権都市の誕生となるのでは?これは普通の日本人の感覚では容認できないのではないでしょうか?国政に影響しないとも言えないですよね。

机上の議論より、現実を把握して、本当に日本人の国益になるような政策をしてほしいと切に願います。

すみません・・・お礼を投稿しようと思ったのに・・ついつい意見を書き込んでしまいました・・・。

専門的な仕事をしていらっしゃるようなので、日本人とこの国を愛してやまない庶民のごく率直な意見、是非わかってください。sudacyuさんのご意見も、きちんとした根拠の上述べられているのだと分かります。

大変参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/30 00:58

 お礼欄に書かれていることの意味がよくわからないので、コメントしていただければ、ありがたいです。



<なるほど、勉強になります。わたしの意見を極論と判断されるのも無知から来ているものなので勘弁してください。>
 私は、あなたの論が極論だとは全く考えていません。
 あなたが、「極論」ととらえていると理解された理由や点について、教えていただければ幸いです。


<国民の多くの方が博識ではないのです。国の方向性を決めるのはこの国の教育にかかっていると思うので、教育に関わる政党の方針は非常に慎重になるべきだと思います。>
  
 政党は、教育環境の整備の方針(校舎の拡充・教員の数の増員など)は示すべきですが、政党が教育内容に干渉すべきではないと考えます。

<まず主権のあり方について、党首自身が、この国は日本人だけのものではないと明言されてますね。は?っていう感じです。どこの国にこんなふざけた発言を問題視しない国があるのでしょうか?>
 『主権の在り方について』と『この国は日本人だけのものではない』とをくっつけるときに、在り方=主権の所在と考えるか、=主権行使の際の姿勢と考えるか、で全く意味が違ってしまいますよ。

 あなたの行動について、意思決定をできるのはあなただけですが、あなた自身は、あなただけのものではありません。両親や家族・友達にとってのあなたでもあります。この論は変でしょうか。
 あなたが意思決定するとき、周りの人がそれに対してどう感じるか、無意識のときはあっても、当然考慮しているはずです。

 日本国憲法で日本の主権者は「日本国民」と規定されていて、主権は日本人だけのものですが、その行使に際しては、国際社会の一員としての日本を意識するのは当然だと考えます。

<世界の国に比べ、過去に不幸な事があったとしても、多くの人が人並みに安全に暮らせる日本が今日あるのも先祖のおかげと思います。
 批判は大切な事です。しかし、良いところを見つめなおし継承する事、もっと大切だと思います。>
 過去を全否定すれば、自分の存在が全く否定されてします。自分が今存在して未来に向かって判断を下そうとしているということは、過去のほとんどを肯定しているということを意味します。
 
 日本を良くするには、今の日本の立っている位置をしっかり把握しなければなりません。そのためには過去を全部肯定することです(感情的には難しいことですが、失敗をなかったことにしてしまわないのが重要です。)
 位置をしっかり認識したうえで、周りの存在の位置と方向かっている方向を知ることです。
 その上で、未来に対して方向を変えるほうが良いかどうかを、見極めることになります。

 過去のよいことも悪いこともしっかり見つめることが重要であり、「過去から継承してよいものが多ければ多いほど、未来に対する見通しは明るい」と言えるのではないかと考えます。
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございます。極論という意味ですが・・・。教養不足のため、上手く表現ができないのです、私の無知からなる一方的意見である・・・という解釈で理解してください。深い意味はありません。ここからの回答に関しても、所詮専門的知識を持ち合わせいない事前提に読んでください。
 
sudacyuさんの回答に
>政党は、教育環境の整備の方針(校舎の拡充・教員の数の増員など)は示すべきですが、政党が教育内容に干渉すべきではないと考えます。

とありますが、時の与党によって大臣は任命され、政党の方針は色濃く反映されるのではないでしょうか?でなければ政権交代の意味なんてないのでは・・・。


>『主権の在り方について』と『この国は日本人だけのものではない』とをくっつけるときに、在り方=主権の所在と考えるか、=主権行使の際の姿勢と考えるか、で全く意味が違ってしまいますよ。

どう違うのか分からないので教えてください。

お礼日時:2009/08/12 00:53

右翼系でも保守系でもありません。


今のままでは古き良き日本人という幻想を抱きながら流される浮草のようですが

自民党のばらまき政策は昔から経営者相手にばらまき、雇用を通して広く国民に金が行き渡るという考え方に基づいていますが、
経営者の考え方が変化し国際競争に対抗していくためという名目で株主への配当を強化しながら自らも金融投資をすることによって金融システムが構築されていき好景気と言われたにもかかわらず下層に回る金は好景気を反映しなくなっていきました。国全体としては富んだといってもそれは一部に集中し、一方でワーキングプアと呼ばれる人間が増えるという社会になっているのです。

そんな経営になっていってしまった中での今まで通りの自民党の経済対策では本当に必要なところにまで金はなかなか行き渡らないと考えられます。
既に賞味期限が切れ腐ってしまった政治手法をいつまでもしているのです。
社会が変わったということと政策がそれに対応していないということで単に官僚が悪いと言い切れない部分があるでしょう。

明治維新で工業立国と富国強兵を目指し、第二次大戦の敗戦で経済的戦争責任を果たさなければならなかった近年まで
政治は日本の民族性や文化や伝統や自分たちの子孫のことさえ犠牲にしながら経済発展をしなければなりませんでした。

今。確実に日本人は新生の可能性の時にあります。
死産になるかどうかは一重に皆さんがどう思い何を大切にするかにかかっているかのようでもありますし
貴方のように漠然と良きものを想うことで
好むと好まざるとにかかわらず既に集約された一本の新しい流れはできてしまっていると見なすこともできます。
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右翼ではありません


保守です

自民党は日本一の保守党です
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この回答へのお礼

そうですか。

官僚の好き勝手は我慢できないです。

自民党に支持はできないが、民主党もかなり危険だと思います。

お礼日時:2009/08/12 02:04

 右翼とか安易に使用している時点で、問題だと思いますが・・・



例えば、
>この日本の歴史と、企業の結束力を省みれば、実直、勤勉、周囲との関係を和を持って大事にする、逆に言えば、全体主義である感もありますが、こういった国民性のおかげで、敗戦後も、発展を遂げた側面があると思います。私の習った限り、こうした国は、まれです。

 稀というのは自惚れと考えることも必要でしょう。

例えば、現在の財政赤字の状況を考えれば、今の国富は、子孫の代の国富を先取りしたに過ぎない経済とも言えます。
 極論すれば、戦後ケインズ経済学理論で常にカンフル剤(=ブトウ糖)を投与され続けた肥満児が日本経済かもしれません。
 自惚れと考える根拠は諸外国と比較して生産性が特に高いわけでもないことで明白でしょう。

 分析起点の問題は別にして、どれほどの世界を知って日本を相対化して考えているのでしょうか?

 興味深い経済分析としては、ベトナム戦争終結後のベトナム経済の成長は、第二次世界大戦終結後の20年の日本の成長率を軽く凌駕しています。つまり、稀ではなく、ベトナムなどの事例を考えれば決して日本だけの特徴とは言い切れません。
 モザンビーク・タンザニア・ウルグアイなどの経済的成長と健全財政との比較すれば、自惚れと”大海を知らない蛙”の評論としか思えません。(もちろん、高いレベルを要求する側に問題があるのでしょうが)
 
 そして、逆に問いたいのが
日本人として明治維新の文明開化によって放棄した日本文化を取り戻すことなく、現在の日本人の国民性を健全とすることの問題です。

 つまり、明治維新で失った日本文化・習俗を放置している国民性を当然としていることへの批判です。

 例えば、日本の皇族の方々は、日本の民族衣装を国際交流の場で召しません。
 日本人独自の文化を皇室が放棄している部分を含めて、失った日本文化を取り戻そうとしないいまの日本人の感覚を疑うしかありません。

 個人の価値観の自由は尊重しますが、”日本人”としての在り方を考えるのではなく、”個人”としての在り方を問うのが政治ではないでしょうか?
 それとも、日本の政治は、”日本人”を問うものならば、それこそ、アイヌ人の先住民側決議を反古にしたりする法治主義社会の蛮行を許すわけにはいきません。

 

この回答への補足

ではbismarks05さんは、どこの国に生まれたかったですか?

私も無知なので、勉強になりました!

理由を含め教えてください。

補足日時:2009/08/05 22:16
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 基本認識からして、右翼ではないと思いますよ。


<この日本の歴史と、企業の結束力を省みれば、実直、勤勉、周囲との関係を和を持って大事にする、逆に言えば、全体主義である感もありますが、こういった国民性のおかげで、敗戦後も、発展を遂げた側面があると思います。私の習った限り、こうした国は、まれです。>
 議会制民主主義の右派というところでしょうか。(左派の人間だって、日本の過去に対しては同様の認識を持っている人は大勢いると思いますよ。)
 ただ、勉強不足で現状認識が出来ていない傾向がある気がします。

<日本人はこれから先も、この国の人々の実直さ、伝統的文化を子供たちに繋いでいくと共に、世界に向けこのような国民性を武器として活躍できるよう誇らしき人種であってほしいと思っています。>
→外国人地方参政権と何ら矛盾しません。
 なぜ『よって』もってのほかとなるのか不明です。

 日教組に政治的力など、もはやほとんどありません。好き嫌いを言うような意味はほとんどないでしょう。
<参考>日教組
 昭和の日教組の偏向は、かなりひどいものでしたが、現在はそれほどでもありません。逆に文部省のほうに偏向が見え隠れします。(官僚は隠すのが上手ですから。)
 1995年(平成7年)に文部省(当時)との協調路線(歴史的和解)へと方針転換を表明してからは、かなり力が弱くなり(教職員数の三割で現在も低下中、新規職員の二割しか加入していない。)、文部省が失敗した場合の責任転嫁先(文部省に反撃する力もない)になってしまっています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%95%99% …

 尚、日教組は、民主党支持の連合に所属していますが、日教組左派は、社民党支持勢力となっています。(つまり、日教組内が分裂状態です。)

 私は、腐った自民党ではジリ貧と判断しています。民主党の中の良質の部分に賭けてみたいと思います。
 政治家や政党を育てるのは、国民です。国民の側が政治家に要求するハードルを高くしていかないと、政治のレベルはどんどん下がっていきます。

 非情な見方をすれば、政治家・政党というのは国民を守るための消耗品です。必死の努力をして、ある程度の成果を上げたとしても、どんどん取り替えて構わないのです。

 今回の選挙をきっかけに、政党が必要な改革行う政策を提示し、必死の努力をするようになれば、自民党であろうが民主党であろうがどちらが政権を取っても構わないと考えます。

 よほど国政運営をうまくやらない限り、3~4年程度で政権交代させることが(国民が政治家に要求するレベルを次第に高くすれば、政治のレベルは当然上がっていく。)、日本の政治を健全にする道だと思います。
 現在の社会情勢が過去と大きく異なっている以上(=少子化による人口減少・中国の大国化:日本を抜いてGDP世界第2位)過去の実績よりも今後の可能性のほうに重点を置きたいと考えます。
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この回答へのお礼

なるほど、勉強になります。わたしの意見を極論と判断されるのも無知から来ているものなので勘弁してください。

国民の多くの方が博識ではないのです。国の方向性を決めるのはこの国の教育にかかっていると思うので、教育に関わる政党の方針は非常に慎重になるべきだと思います。まず主権のあり方について、党首自身が、この国は日本人だけのものではないと明言されてますね。

は?っていう感じです。どこの国にこんなふざけた発言を問題視しない国があるのでしょうか?もし知っていたら教えてください。

世界の国に比べ、過去に不幸な事があったとしても、多くの人が人並みに安全に暮らせる日本が今日あるのも先祖のおかげと思います。

批判は大切な事です。しかし、良いところを見つめなおし継承する事、もっと大切だと思います。

お礼日時:2009/08/05 22:45

抽象的なことに頼れないのが今の日本人のあり方ではないでしょうか。

少子高齢化を阻み、無駄遣いを徹底的になくす事、日本人同士の信頼を取り戻し、生きる上でのモチベーションを上げるために、今やらなくてはならない事に目を向けなければ、右にも左にも先には進めないと思います。今や、非正規労働者が1/3を超え、弱者切捨てが当たり前、現実社会では和もクソもないないのが本音じゃないのかな。
○平成22 年度予算編成の基本的考え方について
http://www.mof.go.jp/singikai/zaiseseido/siryou/ …
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この回答へのお礼

そうですね、次の政党がどちらになったとしても、この世の中劇的に変わるとは思いません。というか変われないのですよね。

ありがとうございました!

お礼日時:2009/08/05 22:50

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