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昔は春が一月だそうです。今,冬が一月ですがどうしてですか。

A 回答 (1件)

 年初を一年のどの時期におくかということに関しては、その文化を育てた地理的条件が大きく影響しているようです。

年初を春分としたのは、たとえば古代中国の伝説王朝「夏」で、この春分年初を「夏正」と呼ぶそうです。(「夏」より前は冬至年初が普通だったらしいですが)

 世界を単純二元論で捉える古代中国の陰陽説では、冬至年初の考え方よりも、陰から陽への変わり目である一往来復の日、つまり昼の長さが夜の長さを上回る春分を年初とする考え方が始まったようです。加えて中国の文化の中心であることが多かった華北地方は気候的に大陸性で、冬至前後の時期は気温がそれほど上がらず、春分の時期になってはじめて気温が上がり始め、人々は春を実感でき、この時期を年初とするにふさわしいとの考えが定着したと理解できます。

 中国文化の根強い影響を受け、歴史的に陰暦を採用してきた日本でもながらく春分年初で、今でも年賀状に「新春」という表現が見られるのはそのためです。

 これが冬至年初になったのは明治時代にグレゴリオ暦を採用したためで、そのグレゴリオ暦がなぜ冬至年初か、ということは下記の2番目の質問が参考になると思います。
http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=195003
http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=191827

参考URL:http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=191827

この回答への補足

どうもありがとうございます。
#3の
---ここから---
2つの理由から、従来11番目の月であったヤヌアリウスが年初とされるようになりました。第一には、ヤヌアリウスとはヤヌスの月という意味で、さらにヤヌスは「門の神」であり当時軍拡時代にあったローマの防衛の要としてのシンボリックな役割が強調されたため、形式的にせよ一番目の月とされた経緯がありました。

 第二の理由ですが、キリスト教以前のローマで盛んに信仰されていた太陽信仰の一つであるミトラス教にあります。12月25日は今でこそクリスマスですが、その発祥は冬至に行われたミトラス太陽神の聖誕祭であり、この太陽神への信仰が高まるにつれ冬至の地位が上昇したと考えられるのです。冬至年初の考え方はヤヌアリウスを第一月目とする習慣につながりました。
---ここまで---------------
が知りたいことでしたが、
2,3日締め切りを延ばしてみます。
ポイントをお2人に配りたいと思いますので、

補足日時:2003/05/08 18:52
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