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よく朝鮮半島が分断されたのは、日本の植民地支配が原因だとよく言われますが、ソ連が、対日参戦した際に、満州のみならず朝鮮半島にまで進軍させ、これを見たアメリカは朝鮮半島を全部ソ連に取られてはまずいと朝鮮半島南部にも軍を送ります。
カイロ宣言で朝鮮半島の独立を約束したのに、それを無視したソ連の朝鮮半島進軍という行動がアメリカの介入を招いて分断統治になってしまったわけですから。

明らかに日本よりもソ連の責任ではないのですか?

A 回答 (7件)

大月書店『戦後世界史』上巻74ページには次のように書いてあります。

(要約)

ソ連はヤルタ秘密協定に従って8月9日対日参戦したが、…戦闘を回避した関東軍が満州から総撤退することによって、ソ連軍による朝鮮全面占領が現実化した。それを恐れたアメリカが急遽北緯38度銭での分割占領を提案し、日本の降伏直前にソ連が了解した。

その後の南北政府の成立はほかの方が書いていますので省略します。

朝鮮戦争への国連軍の成立は、出席拒否中のソ連の留守に決議して成立したものです。
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漫談です



金日成がモスクワ訪問をして「戦争をする」といったとき、もう高齢で少しボケが入っていたスターリンが停めなかったことも遠因でしょう。
また、スターリンは国連で拒否権を発動して半島全体の共産化を図ることができたはずなのに、それもしませんでした。国連軍が半島にきてしまいます。
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ソ連というより、朝鮮人の自業自得です。



日本は降伏しましたが、朝鮮半島の軍事力は未だ健在でした。
これを武装解除させるのは大変だった為、米ソは南北で分担して統治しこれを行い、5年後には独立させる約束をしました。

米ソが約束を守る気があったかはわかりません。しかし朝鮮半島の混乱を収拾させる力が、自分達には無いことがわかっていたので、呂運亨を中心とする朝鮮建国委員会は連合国の提案を受け入れました。

だが呂運亨は金九たち右派に敵視され、1947年7月19日暗殺されます。
そしてアメリカとソ連の関係も、急速に悪化していました。

そんな時に李承晩が動き出しました

李:ウリを大統領にすれば朝鮮半島の赤化は防げるニダ!
米:半島の人たちの総意が必要だろう?そんな人気があるのか?
李:選挙はウリの支持者がいる地区だけでするから問題ないニダ!
米:お前を支持する地区だけで選挙するって、おい…(。。;;

こうして李承晩は各国の意見を無視して、自分の支持区(南部)だけの国民投票を行いました。しかし、これは平等な選挙を行おうという北側の意向を全く無視したもので、当然李承晩は国際的に批難を浴びた。 

ソ:ならば北部も共産主義国家として独立させろ。行け、金日成!
金:ウラー!

1948年8月13日 大韓民国成立。
同年9月9日 朝鮮民主主義人民共和国成立。
ひとつだった国は、ふたつになって争い始めた。

そして韓国では李承晩が凄まじい専横を行いました。

彼は反日反共政策を掲げ、日本人、共産主義者、自分に敵対する勢力を次々に虐殺しました。

李:共産主義者と南北平和統一を訴える者は全員死刑nida!

李承晩、国家保安法を布いて国民を言論統制。および共産主義者たちを弾圧。

李:あと日本から竹島を奪うニダ!

韓国政府、日本から竹島を奪取。さらに日本人を3929人拉致。

しかし、こうした彼の行動は同盟国であるはずのアメリカからも白眼視されていた。

1949年6月
米:約束通りにアメリカは韓国から撤退し、軍の指揮権も返上しよう。
李:何故ニカ?! アメリカはわが国を見捨てるつもりニカ?!

この当時、韓国は北朝鮮に対して警戒しており、米軍が引き上げられたら襲われるのは明白でした。

米:君たちのような協調性の欠片も無い人たちを守る気はない。
李:共産主義者達を弾圧することの何処がいけないニダ!
米:まずは自国民を弾圧したこと。
李:う…!
米:共産党員であれ、裁判なしに処刑することは許されることではない。次に日本で略奪・暴行を働いた在日韓国人たちを諌めなかったこと。
李:りゃ、略奪は戦勝国の特権ニダ!
米:韓国は戦勝国でも何でもない。我々によって独立させられただけの国だ。よって我々は韓国は正義の国ではないと判断した。
李:アイゴーーーーーー!

アメリカ国務長官アチソンによる声明
我々はアリューシャン列島、沖縄、フィリピンを防衛圏とし、それ以外の地域には責任を負わない。
・・・ようするに、アメリカは韓国を見捨てる、という声明ですね。

李:アイゴー!アメリカの支援を失っては、ウリの地位も危ないニダ!

さらにこの後、李承晩は総選挙にも敗れた。彼は自分の権力を守るために、国民に5月6月危機説を唱えた。

李:このままでは北朝鮮に襲われるニダ!ウリを大統領のままにして、一致団結するニダ!

しかし、争いの原因をつくった彼に対して国民の反応は冷たかった。
そして1950年6月――

金:祖国統一のチャンスニダ!スターリン様、どうか出撃の許可を!
ス:…うむ、認めよう。
金:ははー。では全軍突撃nida!解放記念日の8月15日までに南部を制圧するニダ!

6月25日未明・・・

金:祖国を統一せよ!

こうして朝鮮戦争は始まりました。
李承晩はアメリカと日本に泣きつき、援軍の要請と武器の調達を依頼しました。

結局朝鮮戦争が起きた原因は日本の統治でも、米ソの都合によるものでも無く、朝鮮民族の愚かさが生んだ戦争でした。
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現状は中国でしょう。



米軍主導の国連軍は朝鮮半島から人民軍を排除したのに、中国が義勇軍を送って38度線で睨み合いになり、停戦になったのですから…
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論理的におかしいだろう^^



分断されたのは、ソ連・中国とアメリカのせいです。

このどの国のひとつでも欠ければ、分断はありえない。よって、責任は3カ国に平等にあります。

どれが正義かとか、その結果どうだったとかいうのは関係のないこと。
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朝鮮分断の責任者は第一にソ連。


第二に金日成。
第三に義勇軍を送った中国です。

もしアメリカがいなかったら今頃朝鮮半島全部がキムジョンイルのものとなっており、半島全土が飢えていただろう。せめて半分だけでも豊かになれたのはアメリカ人が血を流して守ってくれたお陰だ。日本を恨むなんてのはお門違いもいいとこで、韓国得意の「電信柱が高いのも郵便ポストが赤いのもみんな日本が悪いのよ」です。
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1948年12月に国連総会で、ソ連の反対を押し切って、朝鮮問題に関する米、中(台湾)、豪三国共同決議案を48対6で以下のように採択した。


韓国政府を国連臨時朝鮮独立監視委員会監視下の自由選挙に基づく、唯一の合法政府であることを宣言する。
米ソ両国に、占領軍をできるかぎり早く撤退させるよう勧告する。

このあと米国は軍の引き上げを開始して手薄になっていた時に、戦争が起こった。
国連警察力が弱かったといえる。
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