アプリ版:「スタンプのみでお礼する」機能のリリースについて

日本で教師が国歌斉唱しなかったらクビにするどうこうという問題がありますが、海外ではどうなのでしょうか?

アメリカやフランスやロシアや中国など、色んな国に国歌が存在し色んな人が歌いますが、「歌わなかった」「起立しなかった」という理由で仕事をクビにさせられたという話はあるでしょうか?
もしくは、それで、デモや激しい議論が起きたとか…。


ちなみに、私自身が政治的な議論などがあまり得意じゃないのと、ただの素朴な疑問なので「自分は〇〇すべきだと思う!」という意見は望んでいません。

あと、お礼が遅れる場合がありますが、遅れたと文句言われても困るだけなのでその様なのはスルーします。

A 回答 (11件中1~10件)

#10さんの論が秀逸なのですが、それを踏まえて「国旗・国家」のそもそも論を提示したいと思います。



「近代国家においては、国旗及び国歌の存在は、国民と国家の統合を象徴するに必要不可欠な要素である」ということです。

近代国家(フランス革命によって啓蒙された共和国体または立憲君主的な国家)は国民が国家と契約しており、国家は各国民に安全を保障する代わりに国民は義務を果たすということになっています。社会契約説というやつです。

このとき国民が果たす義務には、国家の安全に対して兵役の義務を負う、というものも含まれているのが当然のことになっています。この義務をもって徴兵制などが合法になるといえます。

このとき各国の軍隊に徴兵された国民は「国旗」の元に「国家の安全のために自らを進んで犠牲にする」ということになり、これが「名誉」につながっていきます。

つまり「国旗を守る」ということはそのまま「自分達の誇りを守る」ということにつながっていくのです。


これが最低限の共通意識としてあるために、オリンピックなどの国際競技会においても国旗は丁重に扱われることになり(丁重に扱わないということはその国を馬鹿にしている=その国の国民を馬鹿にしている)ということになるわけで、対戦国やいま試合を行っている国家の国旗掲揚と国歌斉唱に対して、すべての参加者(選手も観客も)が「起立して敬意を表すがマナー」ということになるのです。


ということで、普通の国の国民であればどのような時に国旗を掲揚し国歌を斉唱するか、という意識は自国の歴史を学ぶ際の帰国の国旗の取扱いや「自国(と自国国旗や国歌に対しての)誇り」を学んでいきます。どの国でも自国の歴史には必ず戦争が関係しその戦争について必要が無かった、悪い戦争だったと教える国はないからです。(ただし日本を除きます)

そうなると自国の国旗と同様、他国の国民もその国の国旗に対して誇りを持っている、ということにいずれ気がつきますし、それがマナーになっていきます。だからこそ「どの国の国旗・国歌であっても敬意を表す為に起立し、斉唱している人の邪魔をしない」というのがルールになるのです。
逆を言えば国旗を燃やす・踏みつけるというのは最大限の侮蔑を表す行為ということになります。

これが基本なのですが、そうは言っても各国で政治的な背景や歴史的経緯があり、取扱いに慎重な国ももちろんあります。一例を挙げていくと
・アメリカ合衆国
移民の国であるため、国家に忠誠を誓うことが「国民」という認識がある。国としても教室ごとに国旗を掲げ、毎朝忠誠の言葉(Pledge of Allegiance)をクラス全員で暗誦する。

・フランス
世界で始めて近代共和制が確立した国「フランス国民は三色旗の旗の元に王政を妥当して、自由共和制を勝ち取った」という意識があるので、明示的な国旗礼賛はしないものの(あまり過度に礼賛すると、逆に革命を礼賛することになるため)国民の勝利の象徴であるフランス国旗は当然のこととして公官庁・教育機関などで掲示される。

・ドイツ
フランスに比べて歴史的に地域によって国家の所属意識が違う。小説「最後の授業」に出てくるような民族問題(国家帰属問題)があるので、統一ドイツであっても国旗を強制するのは各地域の紛争の元になる。そのため各州ごとの特性にあった国旗・国歌教育が行われる。

・大韓民国
同じ民族が北朝鮮と韓国に分かれた分断国家であるが、民主的国家である大韓民国が「朝鮮民族の正統国家」と主張する為に、韓国の学校では毎日国旗掲揚が行われる。なお、男子には徴兵制がある。

・中国
共産党一党支配であり、共産主義の実現を目指す途中ということになっている。そのため「共産党の赤旗の元、全国民が一丸となって共産主義にまい進する」という方針のため、国旗と国家に対する忠誠は同一と考えられているし、思想教育上国旗をおろそかにするものは反逆者のそしりを受ける。

・イギリス
イギリスは統一王朝がありながら実質的には3国(イングランド・スコットランド・ウェールズ)の連合国家であるため、ユニオンジャックの取扱いには慎重な姿勢で臨んでいる。特にスコットランドはイギリス連邦からの脱退独立を目指している世論が強い、そのためユニオンジャックを国旗と認めない人も存在するが、「国家に対する国旗の役割」は歴史として学ぶ(特にアメリカ独立における星条旗の意義はアメリカと逆の意味で学ぶといえる)

・タイ
立憲君主制の国家であるため、国旗=王室の象徴、という意味にも使われる。朝夕に国歌が流れ国旗が掲揚・降納式が行われる。この際、全国民は直立不動・国歌斉唱が「義務」であり、場合によっては不敬罪に問われる事もありうる。

各国でいろいろな事情がありますが、少なくとも「(どの国のものでも)国旗・国歌に敬意を払う」というのは常識でありマナーでもあります。
ですので

>アメリカやフランスやロシアや中国など、色んな国に国歌が存在し色んな人が歌いますが、「歌わなかった」「起立しなかった」という理由で

>仕事をクビにさせられたという話は
中国やタイなどでは十分にありえます。北の将軍様の国では銃殺だってありえるでしょう。

逆にヨーロッパでは歴史的な経緯で複雑な感情の場所もあります。アメリカは一応「信条の自由」を優先して法律的には問題ありませんが、実際には、国旗に経緯を払わないような人は、大部分の地域で袋叩きにあうでしょう。


少なくとも「国旗の存在意義と役割」についてのコンセンサスはありますから、世界中の大部分の国で
>それで、デモや激しい議論が起きたとか…。
ということはないといえます。


日本は話が逆なんですよ。
本来は「国旗の果たす役割」ときちんと教えてコンセンサスを作るのが先であり、そこで「日の丸」を恣意的に扱う必要はないのです。ですから橋本氏も日の丸を政治利用しているといえるのですが、それ以上に日本教職員組合は、政治闘争に日の丸をとことん利用してきたといえます。

本来「国旗・国歌」は政治の駆け引きの道具になること自体がおかしいですし、それも安定的な国家(日本が分裂することなんてありえないでしょう)でそのような議論が起きること時代が世界常識とかけ離れているのです。

日の丸を含めて「国旗・国歌には敬意を持つ(たとえ嫌いな国であっても敬意は持ちましょう)」、それらが公の式で利用されるときには敬意を態度で表す(起立と黙祷)のが正しいのです。その点において、

学校の式典という公の場で騒動を起こす教師がまずおかしいですし、それを強制しすぎる行政も本質からずれすぎているとは思います。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

タイや韓国の話もあまり聞かなかったので興味深かったです。

回答ありがとうございました。


それぞれに色んな思いがある為か、このままいくと私が望んでいる回答がどんどん減って意見の主張ばかりが目立つ状態になりそうなのと、回答を読んでいて自分どどうやって調べたら良いのかというのもなんとなく把握出来た気がするので、閉じます。

お礼日時:2012/04/26 00:36

日本の国旗国歌法で決まっているのは、国旗は日の丸、国歌は君が代という定義だけである。

一方、「学習指導要領」が1989年に改定され、日の丸・君が代を国旗・国歌として入学式・卒業式で掲揚・斉唱することが義務づけられた。
ところで、学習指導要領とは何か? これは法律ではない。法律より下位の「省令」である「学校教育法施行規則」の第25条に基づいて、文科大臣が公示するものである。つまり、国会ではなく大臣が決める事項である(省令も大臣の命令)。
ただし、単なる努力目標のようなものではない。伝習館高校事件の最高裁判決(1990年)によれば、学習指導要領は法規としての性質を有するとされる。法律ではないが法規ということである。
同判決は、「教育の具体的内容及び方法につき高等学校の教師に認められるべき裁量」についても述べている。すなわち、指導要領で教師に義務づけはできるけれども、他方、教師の裁量もある程度認められる。つまり、両方のバランスに気を配れということだ。
結局、この種の件で違反教師に下される処分は、「免職や停職は重過ぎる、減給や戒告ぐらいに留めよ」という線引きになった(そういう判例があるようだ)。重過ぎる処分は、バランスに反するから認められない。ということで、教師が入学式・卒業式で日の丸・君が代に反対しても、さしあたって首にはならない。

だいたい、日・米以外の先進国では、学校の式で国歌を歌わないそうだ。つまり西欧各国の現状についてであるが、日本の文部省が調査してまとめている。ネットでも探せば読めるだろう。
考えてみれば、スポーツの国際試合などは国歌が付き物だが、外国と対峙する必要もない入学式・卒業式で、なぜ国歌が不可欠なのか? 本邦では、「学校の式典は国歌斉唱が当たり前」という思い込みが見られるが、戦前からの惰性ではないのか? 何せ、戦前・戦中の日本は、全国の学校に「御真影」があった。御真影と来れば、日の丸・君が代が付き物だっただろう。しかし、戦後は学校から御真影や奉安殿が姿を消した。
ところで、国旗・国歌を学校に強制するには、次の2つのプロセスがある。

(a) 教委・校長 →(通達・命令)→ 教員
(b) 教員 →(指導)→ 生徒

「国旗・国歌大好き」のお国柄の米国について見ると、連邦最高裁は、(b)に対する違反に「退学などの罰を科してはならない」とする判決を下した(バーネット判決)。
また、学校の話ではないが、デモで星条旗を燃やしたりする者が出て物議を醸した。米国には星条旗の損壊を罰する法律がある。しかし、「星条旗を燃やして国家社会に異議を申し立てるのも、表現の自由」という無罪判決が確定して判例となった。
これはどういう論理構成かというと、例えば公人の名誉毀損のようなものだろう。名誉毀損を処罰する法律はあるが、「報道の自由」と拮抗する。政治家がマスコミを名誉毀損で訴えようとしても、報道の自由の方が優先して、罪に問えないことが多い。
ただし、燃やして「表現」するときは場所や対象をよく選ばないと、別の罪、すなわち道交法・消防法・器物損壊・業務妨害などに触れてしまう。

要するに、ヨーロッパも、そして米国でさえも、けっこう冷静に強制を避けているのである。「国旗・国歌を通しての国民統合」と「思想及び良心の自由」とは、両立されなければならない。(a)の命令権の濫用や、重過ぎる処分などは、司法でも認められていない(重過ぎない限り、(a)の命令権は認められている)。
なぜ、日本ではムキになって学校に押し付けるのか? また、それに対し激しく迎撃するのか? それは、国旗・国歌そのものの論議というより、学校に対する管理強化と、それに対する抵抗の象徴となっていたからだろう。
しかし、学校行事で国旗・国歌をあまりフィーチャー(feature)しないという西欧の方式が、妥当なのではないか。西欧各国が愛国心に欠けるわけでもなさそうだ。日本でも、戦後何十年も入学式・卒業式で国歌を歌わない学校が少なくなかったが、それらの学校の出身者は社会に出ていってバリバリ働き、国力の発展にも貢献した。戦前・戦中の教育の悲惨な結末に比べれば、戦後の教育のほうがナンボかましである。
    • good
    • 3
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

これだけ丁寧に長々と自己主張をしてあるのに私(質問者)に対しての変な嫌がらせというか嫌味みたいなのをなるべく抑えて丁寧に書こうとしている様なのは見ていて気分が良いのですが、残念ながら、個人の意見みたいなのはあまり求めていません。

お礼日時:2012/04/25 17:26

「入学式・卒業式に国家を斉唱する習慣はありません」は間違いで、「入学式・卒業式に国歌を斉唱する習慣はありません」でした。

訂正いたします。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

私自身も気付いていなかった細かいところの修正を書いてくれてありがとうございます。

お礼日時:2012/04/25 17:14

ニューヨーク在住のアメリカ人です(リタイアした老人)。

日本に数年住んだことがあります。

アメリカには、公立であれ私立であれ、小学校から大学まで、入学式・卒業式に国家を斉唱する習慣はありません。(星条旗はいつも壇上に立っています)。わたしは、もちろん愛国心はもっていますが、国家や法律によって愛国心が強制されるのを好みません。

わたしはベースボールが好きで、よくヤンキー・スタジアムに行きますが、試合開始の直前に全員起立でアメリカ国歌が流されるので、それが終わってから席につきます。それまでは、ホールでコーラを飲んだり、ピッツァを食べたりして時間をつぶしています。別にアメリカ国歌が嫌いなわけではないのです。無理やりにこうしろといわれるのがイヤなのです。国歌が流れているあいだ、起立しなくても違法行為ではありませんから、処罰されることはないのですが、座ったままでいると周りのひとからイヤな目でにらまれる(だろう)から、気の弱いわたしは、そんな場所には行かないようにしているのです。しかし、7回の裏が始まる前、こんどは国歌ではなく"God Bless America"という歌が流され、全員が起立します。席をはなれるのはむつかしいので、気の弱いわたしもしぶしぶ起立します。

愛国心というものは人の心の中に自然に育つもので、行政によって強要されるものではないでしょう。わたしはキリストの教えを信じるものですが、十字架なんかはクリスチャンにとっては聖なる物件でしょうが、クリスチャンでないひとにとってはただの棒切れにすぎません。それを尊敬しろといわれて、集団で頭を下げているのは、他人が見たら異様な光景だと思います。わたしはキリスト教徒だけど、教会の形式主義がキライだから、無教会派です。

国歌も国旗も大切なものでしょうが、それらが国民(人間)より上位にあるような社会には属したくないですね。そんなことがいえるのは、わたしがもう退職していて、そういう場所に出なくてもすむからだということも承知しています。
    • good
    • 3
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2012/04/25 17:12

ブラジルに住みました。


ブラジルは南ヨーロッパの文化を継承しています。
国歌斉唱では起立が常識です。起立しないと非難の目で見られます。
ヨーロッパの文化では「起立→敬意」となっています。たとえば地位の非常に高い人が入って来た時も起立して迎えます。日本人は起立せず正座します。ここが日本と西洋の違いです。起立の文化がまだ形成されていないんです。起立しないのは偉い人が来たのに胡坐をかいているのと同じです。

ブラジルの大学に学んでいた頃、学長が教育界の重鎮とともに入室しました。するとこれまで雑談をしていた学生たちが雑談をやめて全員立ち上がりました。で、私も立ち上がりました。
要するに起立が常識になっているんですよ。それをしないからといってクビにはなりませんが、礼儀を知らない、おかしい奴と皆から思われるのは間違いないです。
なおブラジル人の場合、国旗や国歌には無条件で敬意を表します。日本は先の戦争がありましたからまだその後遺症があるのでしょう。あと半世紀くらいは続くでしょう。そのうち戦争の記憶が薄らぎ普通の国になるでしょう。
ではドイツの場合はどうかということになりますが、ドイツでは、よく知りませんがたぶんないでしょう。その理由は、
1.皇室が存在しないし、天皇陛下を讃える国歌でもない。
2.起立は特別なことではなく一般常識になっている。
3.戦争はヒットラーが率いるナチスがやったのでドイツ国民が欲したのではない。日本は国民も一億火の玉となって戦争を遂行した。つまり自責の念がドイツ人より強い。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ブラジルの話そのものも私はあまり耳にしなかったので興味深かったです。

回答ありがとうございます。

お礼日時:2012/04/25 07:30

中国も含めた情報のページがありましたので、ご紹介します。


http://www.union-net.or.jp/cu-cap/fkokkikokka.htm

他国と比べて強制力がある様に見受けられます。
北朝鮮でも、中国と同様の対応という指摘もある様なので、そう考えますと日本の場合は、民主主義を掲げていながらも、国旗や国歌の扱いに対する国民感情は、(アジア系)共産主義国家の精神性に近い事が見て取れる様にも思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

中国のも含めた分かりやすいサイトを書いてくれて、ありがとうございます。

お礼日時:2012/04/25 06:53

 回答者はイギリスの大学で勉強し、3人の子供は現地の小学校に在学しました。

日本人学校のことは分かりません。

 入学式から運動会、文化祭、卒業式まで、国旗も国家も無関係でした。もっとも、日本の大学でも、国旗はともかく、国歌は聞きません。(東大、京大、早慶、同志社関学など)。

 イギリスで国歌を聞くのは、スポーツの国際試合ぐらいでしょうか。それもイングランドだけで、スコットランド、アイルランド、ウエールズなどは、それぞれの国の歌を斉唱します。古きを尋ねればイングランドは征服者ですから、その女王を称える歌など国際試合で歌うはずがありません。それに、オリンピックを除けば、イギリス代表チームはありません。

 歌を一緒に歌う場所は教会で、歌は讃美歌です。音楽的にも国歌とは出来が違うし、パイプオルガンなど設備も整っている、しかも聖歌隊の素晴らしい演奏がある、これでは学校で歌を歌うのは恥ずかしいのではないでしょうか。
 もっとも、ウエールズの国の歌Land of my Fathers の迫力と歌詞には、抑圧された国民の魂が籠っていて、聞くたびに感動します。

 また、イギリス人の2割か3割は反王政主義者だといわれています。テレビや新聞にも、相当きつい皮肉や批判が溢れています。国歌や国旗で絆を確認するといっても無理ではないかと思われます。さらに、たとえ自分と意見が異なる場合でも、自分の意見を貫く人には敬意を払うのが国民的合意となっています。

 要するに、国家と国民は納税と選挙でつながっているので、歌だの旗など原始的、感情的な要素でつながりを強化するのは危険だという反省があるのでしょう。それが2度の世界大戦で多くの若者を失い、世界中の海と港に翻っていたユニオンジャックを失ったイギリス国民の知恵かもしれません。

 
    • good
    • 0
この回答へのお礼

blackhillさんの経験も交えての詳しい回答ありがとうございます。

お礼日時:2012/04/25 00:08

米国などは、国旗に対する忠誠条項てのが


ありまして、義務化されているようですが
違反したから、といって罰則がある訳では
無いようです。

ただ、日本みたいに国歌が問題になっている
国、というのは聞いたことがないですね。

日本だけでしょう。
サヨクみたいな存在が自由に発言行動できる
国は。

他の国であんなことやったら、売国奴扱い
されますよ。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/04/25 00:02

学校で校歌を歌ったこと無いんですか?


座ってたら体育の先生にブッ飛ばされますよね。それとおんなじことがよその国でもあります。

国が国民を守ってくれて居るのだから、多かれ少なかれ感謝して歌唱に参加するのは普通です。
それが嫌なやら別の国の国民になってみれば良いです。つまりこの国の国民をクビになるわけです。

オモシロイでしょ?

この回答への補足

「それとおんなじことがよその国でも」とありますが、Nkfeさんが言っているその「よその国」というのがどこの国か?というのが分かると嬉しいです。

補足日時:2012/04/25 00:50
    • good
    • 0
この回答へのお礼

う~ん、あまり権力などを持たない一般人が例えば千人くらいでこいつが気に入らない出ていけと言っている程度では国外追放は難しい気がするのですが…。

というか、私の質問の意図があまり伝わらなかった気もしますが、わざわざ回答してくれてありがとうございます。

お礼日時:2012/04/24 23:58

個々人の「経験」が何を基にするのかで回答が異なると思いますが、最近問題になっている「学校」においての扱いに限って調べてみますと、以下のページが参考になるかと思います。



国旗掲揚、国歌斉唱に関する
諸外国の判例・事例
http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/aoyam …
起立・国歌斉唱について(外国の場合)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question …

以上を踏まえますと、少なくとも「学校」の現場では、世界的に強制力が無い様に見受けられると思いますので、その現場においてデモや激しい議論が起こる下地が無いとも言えるでしょう。

軍隊や、学校以外での国際的な行事等におていは、扱いが異なってくると思いますので、その場においての国歌斉唱や起立は、「当たり前」と言える場合もあるかと思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

リンク先のページはまださらっと簡単に見ただけですが、学校に判断を委ねているという場合も含めると様々になりそうですね。

「(国歌斉唱での)議論が起こる下地が無い」という状態の国もあるとしたらどこの国がそうか?というのも気になっていたのと、なるべく色んな国での状況が知りたかったので、blackhillさんやt78abyrf9cの回答は私の疑問とうまく合っていたので良かったです。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/04/25 00:41

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!