アプリ版:「スタンプのみでお礼する」機能のリリースについて

私は、「ご苦労様でした」は、年上の者が年下の者に

使う言葉だと思ってますが、この認識で間違いないでしょうか?

年下の者が年上の者に言う場合は、「お疲れ様でした」だと思うのですが?


NHKの朝ドラ「梅ちゃん先生」で、父親 建造の退職祝いで家族から

「(お勤め)ご苦労様でした」と、子供や妻から言われてました。

梅子だけは、「お疲れ様でした」と言ってましたが、、、。

あの場合、建造にご苦労様でした、、と言えるのは義母(育ての親)である

正枝だけだと思うのですが、、、。

天下のNHKさんが間違うはずもないのに、、と、ちょっと、首を傾げてます。

A 回答 (8件)

過去に似たような質問があり、私も何度か回答していますので、繰り返しになりますが、以下私なりの回答をさせていただきます。



「ご苦労様」は目上から目下
「お疲れ様」は目下から目上
「お疲れ様」としておけば無難

これはビジネスマナーにおける教え方です。実際私もこうした内容の研修を受けた記憶があります。

しかし、この定義は、私には乱暴に思えます。はっきり言って逆じゃないの?と思っています。

よく言われる「『ご苦労』とは、昔の殿様が目下に向かって言った言葉、『ご苦労であった』からなので…」というのは嘘です。時代劇を見ても分かるとおり、昔は「大義であった」といいました。

この場合の「苦労」とは、その役職、役目、役割特有の、主に精神的な「苦労」のことです。

例えば、組織として一つの仕事をする場合、指示する側と指示される側とでは、苦労の度合いが全く異なるわけです。手足を動かしていればよい下っ端は「疲れる」だけですが、首から上の頭を使うマネージャーには、下っ端には分からない「苦労」があるわけです。

「ご苦労様」とは、本来、その「お役目」における精神的な苦労に対するねぎらいの言葉です。当然、ねぎらいだけでなく、感謝の気持ちも含まれているでしょう。

宅配の配達人が自宅に荷物を配達してくれたときは、「ありがとう」の代わりに「ご苦労様」といってもよいと思います。配達がその人の役割なのですから。

夫が帰宅した際、妻から「おかえりなさい。ご苦労様」と言われれば嬉しいものです。「一家のために働いてくれてありがとう」というニュアンスが伝わってきます。これが「おかえりなさい。お疲れ様」だと、値打ちが下がるような気がします。共働きなら分かりますが。

一方、「お疲れ様」というのは、肉体的な疲労、例えばレジャーから帰宅したとき、「やっと着いたね。お疲れ様」という感じです。会社などでも、日常の退社時における同僚同士の挨拶であれば、これでよいでしょう。

しかし、例えば定年退職者の送別会などにおいては、長年のお勤めに対するねぎらいの意味で「長い間ご苦労様でした」と言うことはよくあります。ご質問の「梅ちゃん先生」もまさにこの場面ですよね。

これが「長い間お疲れ様でした」では、主役が下っ端のような気がします。実際に管理職などの経験がない万年平社員であったとしても、送別会という主役を持ち上げる場面では「長い間ご苦労様でした」が適切だと思います。

よく駅前などで市議会議員などが「皆さん、朝早くからのお勤めご苦労様でございます!」などと街頭演説をしていますが、彼らは自分が有権者より目上だと思っているわけではありません。一家の大黒柱としてのお勤め(役割)に対するねぎらいの言葉なのです。

昭和天皇の「大喪の礼」の日(1989年2月24日)、前夜の午後8時から葬列を待っていた74歳の男性は「『心からご苦労様でした』といって見送らしてもらいました」と話したことが記事となっています(同日付け朝日新聞夕刊)。

要するに、公的な役割に対するねぎらいと感謝の言葉なのです。

こうして考えてみると、「ご苦労様」は、むしろ目上の人に対して使うべき言葉だと思いませんか?

あくまで公的な役割に対するものなので、例えば、いくら会社の上司に対する言葉であっても、社内旅行や社内野球大会などレクレーションの終了時は「お疲れ様」が適切だと思います。これらは単なる遊びですから。でも、幹事に対しては、普段は社内では下っ端であっても、この場合は「ご苦労様」と声を掛けてやるのが適切な使い分けだと思います。幹事はみんなのために企画、調整、予約、精算などの面倒な役割を果たしたわけですから。

こうしてみると、昔の人は「ご苦労様」は役割に対するねぎらいの言葉であるということを正しく理解していたため、目上の人に対して言うことの方が多かったのです。つまり、最近のビジネスマナーとしての教え方の方がおかしいわけです。これは「言葉は変化するもの」というレベルではなく、間違った教え方をした結果、現代では変な用法になってしまった、ということです。

「梅ちゃん先生」については、私もその場面を見ていましたが、私は皆さんとは逆に「どうして梅子は『ご苦労様』といわなかったのだろう?」と思いました。もしかしたら、「同じ医者として」という気持ちがあったのではないか、とも思いましたが、相手は医者としても大先輩なのですから、やはり「ご苦労様」が適切なのではないか、と思いました。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

肉体的疲労と、精神的疲労によるつかいわけ、、。

たしかに、そうですね。


とても、勉強になりました。

お礼が遅くなってしまい、申し訳ありません。

お礼日時:2012/10/16 13:20

> この認識で間違いないでしょうか?



正しいと思いますよ。

「ご苦労」などは昔からある言葉ですが、こちらは「大儀であった」「手間をかけた」「造作をとらせた」などと同様、上役が部下か、せいぜい同輩間で、労働や労力を「評価」することで、間接的に「ねぎらいの気持ち」を示す言葉ですね。

ただ言葉そのものは、あくまで評価の文言です。
部下は上司を評価する立場では無いので、部下が使用するのには、基本的には適しません。

また「お/ご〇〇さま(でした)」と言う言い回しは女房言葉(女性言葉)です。
殿様の女房などが、殿様の部下や奉公人などに使った言葉ですが、この丁寧・婉曲な言い回しが、江戸時代には男社会にも広まり、部下側が上司や先輩などに対して、「ご苦労さまでした」と言う場合もあった様です。

一方の「お疲れ様」は、明治時代に出来た、比較的新しい言葉です。
あくまで推測ですが、明治維新で、身分制度がガラリと変わり、上司の労苦に対し、ねぎらいの言葉を発する必要性が生じ、高まってきた結果、編み出された言葉では?と思います。
こちらは「いたわり」の言葉であって、「評価・ねぎらい」に比べると、かなり使いやすいかと思います。

それでも厳格な人などは、「上司や目上に用いるべきでは無い」などと言いますけどね。
確かに一理はありますが、言語の進化過程を考えますと、江戸時代には部下の「ご苦労さまでした」が使用されはじめ、その「評価」の文言に配慮して生み出された「お疲れさまでした」を、「ダメ!」と言うのでは、上司をいたわる言葉が日本語には存在しなくなってしまいます。

本題のNHKのドラマに関しては、「天下のNHK」などと過大な評価は不要かとは思います。
商業マスコミに比べますと、配慮はしていますが、たまに「アレ?」と思う様な表現もありますので。

こちらは「家族間」ですから、上述した上司・部下の概念とは異なりますよ。
あくまで「ねぎらい」「いたわり」の言葉として、容認されるのでは?と思いますよ。

言葉は、難しく考えるより、言われた側の気持ちを考えてみても良いかと。
子供から「父ちゃん、ご苦労さま~!」「パパ、お疲れ~!」などと言われりゃ、「目上に対して失礼だ!」などと思う人の方が珍しく、素直に「嬉しい」とか「癒される」のではないでしょうか?

また同様に、上司が仕事でヘトヘトになっている日などは、「本日に限っては、普段通りに『お疲れ様でした』と申し上げるよりは、本日に限っては、失礼ながら『誠にご苦労さまでございました』などと申し上げた方が、しっくりきますね。」などと言ってみても、共感が得られる場合もあるのでは?と思います。

質問者さんの言語感性は、なかなかスルドイと思いますし、基本をご理解なさっておられますので、そういう方なら、そういう冒険をなさってみても面白いと思いますよ。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

なるほどー、、。

深いですねー。

確かに「父ちゃん、ご苦労さま~」といわれても、腹は、立ちませんものね。


あまり、杓子し定規でも、、、ね。

お礼が遅くなり申し訳ありません。

お礼日時:2012/10/16 13:12

こんにちは。

質問者様の考えが正解です。
『ご苦労様でした』は目上の人間が使うものです。ですので、正枝以外は『お疲れ様でした』というのが
正しいですね。私も土曜日の放送を見ていて疑問に思いました。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

おかしい?と思ったのは、私だけではなかったのですね。

ちょっとホッとしました。

お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。

お礼日時:2012/10/16 13:06

正しい日本語の言葉つがいが崩れたのは戦後の混乱期です。



日本放送協会は歴史考証によって、当時の言葉の乱れを忠実に再現しているのだと思います。

明治のお婆ちゃんが聞いたら怒りだすような言葉遣いが蔓延したのが昭和20年代、30年代ですよね。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

言葉も、時代によってかわっていくのですね。

お礼が遅くなりました。申し訳ありません。

お礼日時:2012/10/16 13:03

現代のビジネスマナーとして一般化されているのは、


ご質問者さんがいうように目下からは「お疲れ様でした」といい、
目上からは「ご苦労様でした」でも構わないというものでしょう。

しかし、ご指摘のシーンはビジネスではなく家庭内の話です。
しかも時代は昭和。奥様も戦前の教育を受けたか、
もしくはあまり教育を受けていない人である設定かもしれません。
今の基準だけで推し量っては拙速すぎます。

http://blogs.dion.ne.jp/bunsuke/archives/3413122 …
新聞コラムを紹介したこの記事は参考になります。
目上目下の違いで使い分けるのではなく、
自分のためにしてもらったかどうかで判断するというものです。

自分のため、私たち家族のために仕事をしてもらっているから、
「ご苦労様でした」でも気持ちがこもっていればいいのでは?

言葉は移ろいやすいものです。
四角四面に捉えると本意を失いますよ。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

時代によって変わって行くのですね。


ありがとうございました。

お礼日時:2012/10/16 12:55

会社とか団体の様に、私と貴方はそれぞれが独立した存在であり


その独立した個人としての目上、目下という関係になる。

その為、「お疲れになりましたね」が妥当。

一方家庭内の場合には、父親の勤労によって生活が成り立っている一つの共同体を構成するので父親の苦労の結果で自らの生活が成り立っているので「ご苦労頂きありがとう」となる。

「お疲れ」はお互いの関係が少し離れている
「ご苦労」はお互いの関係が密接している

別な面で言えば

「お疲れ」は、会社や地域などへの貢献や利益をもたらす行為に対するモノ
「ご苦労」は、貴方自身に対する貢献や利益などがもたらされる行為に対するモノ
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2012/10/16 12:54

 本来、「ご苦労様でした」「お疲れ様でした」いずれも目上に対しては言えません。

しかし「お疲れ様でした」は言えると主張する人もたくさん居り、実際にそのような軽重はあると私も思います。考えなければならないのは、すべての企業や家庭において構成員が軍隊のような服従を求められているかどうかということです。子が父に「ご苦労さま」と言ってはいけない家庭が有るとすれば、そこでは子が父親に「なんで約束が守れないの?」と言ってはいけない家庭のはずです。みなさんの家庭はそんな風だったのでしょうか? 敬語という視点で決められることと、現実の家庭がどうかという点はチト違うように思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/10/16 12:51

基本的には、「ご苦労様でした」は、年上の者が年下の者に、「お疲れ様でした」 年下の者が年上の者に使う言葉という認識でよいと思います。

ただ、家族という上下関係を超えた強い絆でつながっている関係では、「ご苦労様でした」も違和感がないように思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

早速の回答 ありがとうございます。

やはり、私の認識で良かったのですね。

ちょっと、安心しました。

子どもに、そのように 使うように躾けてたものですから。


>家族という上下関係を超えた強い絆でつながっている関係では、「ご苦労様でした」も違和感がないように思います。

なるほど。上下関係を超えた絆、、。

すっきりしました。 ありがとうございました。

お礼日時:2012/09/17 09:54

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!