プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

私は、本を読んでいて、どうも集中力が極端に弱いのか、一冊300ページ位の本を最初から最後まで完全に通読する事が出来ず、途中で飽きて止めてしまう事があります。これはなぜなのでしょうか?やはりに

忍耐力や集中力が足りないのでしょうか?それとも読書そのものに慣れていないのが原因でしょうか?

A 回答 (8件)

私も同じです。

この手の人間です。

例えば、1行読んだだけであれはああじゃないか、こうじゃないかと考えるので、10行くらい読んだところでへとへとになってしまうのですね。
あと飽きが来るというのもままありますが、通読に1年くらいかかる場合もあります。そんなこんなで一気通読したことは数回しかありません。

>忍耐力や集中力が足りないのでしょうか?それとも読書そのものに慣れていないのが原因でしょうか?
両方だと思うのですが、それはこれから慣れや習慣で備わってくると思いますので、あまり気にしなくてもいいのではないかと思います。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

回答をありがとうございます。お礼が遅れて申し訳ございません。

 忍耐力や集中力が足りないのでしょうか?それとも読書そのものに慣れていないのが原因でしょうか?
両方だと思うのですが、それはこれから慣れや習慣で備わってくると思いますので、あまり気にしなくてもいいのではないかと思います。

 そうですね。慣れや習慣で少しづつ出来るようになっていくと思うので、頑張ります。

お礼日時:2014/02/21 19:33

これは、一概に言えませんので、幾つかの条件の下で考えて見ます。



まず、文学作品(小説など)これは、いわゆる実験的小説などのようなものは別として、筋書きがあり、最後迄読まないとその本のお話はわからない場合が普通です。短編集などで気に入った作のみを読むといった場合は除外します。
もし途中で読むのが飽きてしまうのなならば、その作品があなたに合わなかったのです。

次に、実用書や教習本の場合を考えて見ます。これは、もし本ではなく例えば講習会などのばあいだとどうでしょうか?矢張り途中で飽きてしまっってというのならば、それはあなたが必要を感じていないか、その本があなたに合わないかです。
ただ、語学の参考書をみたらはじめに発音について詳しくのっているので途中であきたなどの場合は、初めはおもしろくなくとも辛抱して最初に身につけないとその先の事の説明ができない学習ができないという事があります。もしそれを飽きたからやらないというのであればあなたは一生その語学を身につけることは出来ないでしょう。

学術書の場合は、二つの場合が考えられます。まず、その本を読むにはその前に知っておく必要の事があるのにその勉強をしていない。(程度が高すぎる)場合です。もう一つはあなたが意識しているか否かは別としてその本が扱って居るテーマに関する意見と異なる見方と異なる場合に受け入れられない場合です。これは実は新しいものの見方考え方を紹介しているので反対だろうが一旦は著者の考え方の流れに沿ってみてみるべきです。

読書そのものに不慣れが原因との事ですが、これもありえます。特にテレビのアニメやドラマの連続ものでは1回が30分なり1時間で一応完結する。映画のようにながいものでも精々3時間くらいです。長いこと集中してあるいは整理しながら鑑賞するという習慣が身についていない事も考えられます。

忍耐力や集中力は、読もうとしている本に対する興味なり必要性なりの熱度とでもいうものによっても違います。部厚い本でもどうしても一冊あげないといけないという必然性が逼迫度が高ければ読み上げるでしょうし、学校で読めといわれたから授業科目にあるからなどという理由で嫌々読むのでは一冊どころか初めの数ページでいやけがさすでしょう。

以上色々述べてきましたが、一概に言い切れません。ただ、読書に不慣れでさして興味のないものには集中できないのは当然ともいえます。

ご参考になれば幸甚です。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

回答をありがとうございました。非常に丁寧にかつ、論理的に教えて頂き勉強になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2014/02/21 19:35

読書そのものに慣れていないからでしょう。


この慣れの本質は、3つあります。
かなり長いので、がんばって最後まで読んで下さい。

一つ目は、文章から想像したり、文字を絵として捉えた時の美しさを感じる力(審美眼)など、
文字羅列に対する慣れです。

二つ目は、本を選定するときの慣れです。
最後に、本を読むときの心得です。

1.『文字の羅列に慣れるための基礎訓練』

読書への精通は、音楽鑑賞、歌唱などと同様ですので、基本なしで闇雲に行っても辛いだけで
上達しません。

読書ができるようになる難易度は、
歌が苦手な人が歌を練習して、セミプロ程度に上手くなるのと同じくらい難しいです。

例えば歌唱では音程精度があります。その結果として上手い下手ができてしまいます。
同様に読書にも読解力が必要であって、読書の上手い下手があります。

読書が趣味であると言う人がいたとして、
これにも個々人の読解力に差があるため、実際にちゃんと読めているかはわかりません。

「では何ができてないといけないのか?」

思い出して欲しいのは国語の授業です。
その中で読解というのを散々やったと思いますが、
あれで少なくとも100点近く取れないと、基本が出来ていないとなります。
ただし、人の心情を慮る出題は大変難しいと思います。
40歳を超え、立派と言われる人物にならないと無理でしょう。
ここだけは、将来に向けての布石程度でも仕方ないと思います。

わたしも特に国語が好きというわけではありませんでしたが、
好きな本を美味しく読む(最後まで楽しんで読む)ためには、
あれがやっぱり基礎としてよく出来ていると思いました。

では具体的で非常に重要な基礎訓練です。
これだけが全てと思えます。

歌には音痴と言うのがあります。音感が育っていない人が歌うと間違いなく音痴を露呈します。
これを養うには3年ほど毎日音楽に触れていないと無理でしょう。

読書にも音感に相当する部分があります。
これは一つの文字や文章から、頭の中に映像を作る能力です。

実際にやると、
記号を扱う脳と絵を認識する脳を同時に働かせて連結するわけですから、大変疲れます。

しかしこの力を獲得すると、
人の話が良く分かるようになったり、話し方が上手くなったり、と他のことでも得をします。

では実際に文章から映像を頭の中で作ってみましょう。

「二つの三角形があり、これが回転しながらそれぞれ左右にとび、しばらくすると左の三角形が
 地面に落ちてパタンと倒れた」

と描写されていた時、私のイメージ映像は、
真っ暗な背景に白い三角形が二つ浮かび、面をこちらに向けて回転し、
左の三角形が落ちた時、突然茶色の地面が出現する感じです。

しかし、映像がぼやけたまま読み進める人がいます。
これが歌で言うところの音痴です。

一冊の本を読む場合、大量の映像がイメージとして記憶に残ります。
音や匂いが残る場合もあり、この場合は作者が相当すごいですね。
本を書いている人は、最初に自分でイメージ映像を(想像力で)作り、
これが消える前に文章力によって書き留めるわけです。

読み手と書き手の能力がほぼ等しいと完全に映像が伝達されます。
(プロは大意で飛ばされても、面白く感じるように構成するけど)

まずは文章から映像を作る練習を徹底的にします。

会社で同僚にやらせたことがありました。
5分ほどでイライラし、頭が割れるほど痛くなったとか。
それくらいが普通なのだと思います。

慣れると段々早くなってきます。
この練習は毎日1時間、3年を目処にすると良いでしょう。
末永くクリアーな脳を人生で活用できると思います。
ちなみに、うつ病や老人ボケの治療である認知治療も似たような事をします。
企業内での経営者や管理者層で重要視されるコンセプチュアル能力も同様のカテゴリ。

私がいま言った練習は、これらの数倍きつい練習量になるでしょう。
なので本が読める程度で終わらないと思います。


2.『自分にあった本の様式を選定する』

次は本の様式選定ですが、
本にもある程度の様式がありますので、そのジャンルに沿って作者が文体を変えたりします。
ここにはお約束があり、文字通りの意味ではなく、様式に沿った意味になります。
つまり、日本語が読めるから本が読めると言うことにはなりません。

この読み方も国語の中で幾つかのジャンルを選定して教えているはずです。
そのため自分が読めるジャンルは読みやすく、それ以外は読みにくいとなります。

大体の場合は、エッセイやコラムが読みやすく、次に専門書、次に論説、次に小説、
最後に学術書、それに相対する次元で詩となるでしょう。

学術書や詩以外は、雑誌でも良く見かけるジャンルですね。
論説を読み解けない状態で、小説に挑むと、大雑把な理解
(会話分だけを追うとか、筋だけ追うとか)
で読んだ気になり、中身の美味しい部分は味わえません。

取りあえず本を読みたいという場合は、作者で選ぶよりも、こうした形式で選び、
順に難易度を上げていくのが良いと思います。

1.の基礎力が身についたあとは、難なく多くのジャンルを楽しめるはずです。

3.『もっとも大事なこと、心得』

最後に本に関する共通するお約束があり、これを知らないとどんな本を読んでも辛いです。

これも国語の最初のほうで習うのですが、読書感想文と言うのがありましたよね?

本を読む人で失敗する人は、内容を理解しようとして読むからです。
そういう人は、難しい、優しい、読みやすい、読みにくい、完読、読破などを語ります。

実際は、本の中の一文や使われている語句、これについて感想を述べ、
文章の流れについて感想を述べ、そこで語られているシーンを想像し感想を述べ、
成り行きについて感想を述べ、論理展開について感想を述べ

と、色んな点について誰かに「感想として紹介する」目的で読まないといけません。

字が多いと言うのも立派な感想ですが・・。

また、感想を述べるためには、ある程度緊張感を減らさないといけません。

コツとしては、
自分が執筆するつもりで批判的に挑み、途中から実力を認め、ファンとして読むのがよいかと。
こうしないと、面白くない本を無理して読むことになります。
つまらない本は読まないようにすることが大事です。
作者に向けて直接苦情が言えない訳ですから、”読まない”と言う防御はとても大事です。

気がついたら嫌な気分にさせられており、本をたたいたことが何度もあります。

面白くない本とは、
人生経験が足りない、優しさが足りない、発想が足りない、取材が足りない本などです。
こうした本にあたると、最後まで続きませんし、活力を得ることが出来ません。
また、面白くない本を面白いと言う人にもなってしまいます。
とくに内容を理解できたと言う満足感と面白さが混同してしまうのは良くありません。

本を売りたい書き手と言うのは、
読み手にショックを与えることで印象を強くし、名作として勘違いさせる手法を平気で
使ってきますので、書き手を信用しない姿勢が大事です。

字を大きくして、無理にページ数を増やし、「読んだ満足感」を与えたら、
本が売れたと言う逸話が出版業界にあるそうですが。

これはさすがに読み手の責任かな。

小説などの創作物と言うのは、
全てを満たしているか、全てが足りないかのどちらかに倒れる傾向があるようです。
書き手と言うのは、人生経験が増すと優しさが生まれ、これが執筆の衝動になります。
優しさから伝えたいことが生まれ、どう伝えるか発想が出来上がると、
現実感を増すために取材に行くわけです。


4.『最後にまとめ』

さて、本件へのお答えとしてまとめます。

・まともに読めている人は、ほぼ居ないので気にするな
・読めているかどうかは、記憶に残った映像の鮮明度合いだ
・読んだページ数よりも、この鮮明度合い(歌で言うと音程精度)に対して敬意を払うのが普通だ
・実際にちゃんと読もうとすると、読むのが遅くなり、凄い時間がかかっても仕方ない
・上記に自信がついたら、綺麗な映像が出やすい作家と全く出てこない作家を識別しろ
・これをもって作家の力量を測り、本を選べ(映像が出やすい作家が当然ながら力が上)

今一度1.の練習からはいり、自信がついたら文学小説などを読んでみてください。
文豪に書かれた文章が、どれだけ読みやすいか分かりますよ。しかも大変美味しいです。
市中の書き手との力の差もわかります。

また、現代でもすごい人が居たりします。
それが自分で分かるとなれば、うれしいものです。
この段階で本格的に読書ができているとして良いかと思います。

論説の読み解きは練習しておくと、インターネットで調べごとをしているとき、助かりますよ。
まずはこうした本のジャンル(スタイル、タイプ)を一度調べてから取り組むとわかり易いです。

以上ご参考になれば。。
    • good
    • 36
この回答へのお礼

回答をありがとうございました。非常に勉強になりました。やはり自分の努力不足や読書経験の不足が原因だなと思いました。これからも頑張って読書したいと思いました。ありがとうございました。

お礼日時:2014/02/21 19:36

 似てる。


 なので日本の文学とやらは読まないことにしました。
 みえもしないキャラの心のうちをグダグダいわれてもつまらん。

 それに比べれば翻訳物は、動き・行動でグイグイ引っ張っていくので最後まで読める場合が多い。(SFやミステリー)

 つまりは、エンターティメントしていない作者の腕の悪さが原因。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございました。読みやすい本と読むのが難しい本とありますよね。出来る限りどんな本でも読めるようになりたいと思います。ありがとうございました。

お礼日時:2014/02/21 19:37

自分にとって「面白い!」と思える本を読んでいないからではないでしょうか?


読書が好きな人間でもつまらない本はなかなか読み進められないものです。
それは文章が難解だとか平易だとか、ページ数が多いとか少ないとかはあまり関係ないです。
まず、自分が興味が持てる本を見つけることから始めるといいと思います。もし、それでもなかなか読めないというときは、読書に慣れていないと思いますので、簡単な言葉で書かれている(内容まで幼稚とは限りません)児童書や、文章が短い星新一さんのショートショートなどを読んでみるといいのではないかと思います。

そして、どんな本を読んだらいいのか分からない場合は、改めてオススメの本を質問するといろいろな方から紹介してもらえると思います。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ありがとうございます。

 自分にとって「面白い!」と思える本を読んでいないからではないでしょうか?
読書が好きな人間でもつまらない本はなかなか読み進められないものです。

 そうですね。それもあると思います。自分にとって本当に面白い本だったらもっと楽に読めるのかなと思いました。ありがとうございました。

お礼日時:2014/02/21 19:44

決定的には、自分が心底興味のある読み物だと、長持ちします。


小説でも解説書でも、勉学や、方法論でも、関心のある本にあたるかは重要だと思います。
興味関心の要素が大きいと思いますよ。
大半の本は、途中、くだらないじかんがありますからね。
完璧主義を捨てて、読み飛ばすのもてかもしれません。
    • good
    • 0

まず読まなきゃっとどこかで力んでしまっているのが原因ではないでしょうか?? 例え本好きでも相性の悪い本は出だしで飽きてしまいます


自分にとって読みにくい本に厚さは関係ありません
もし本が好きでこの質問をなさったのであれば、読書はあくまで趣味 楽しい事が前提として読んでください 飽きたらやめてまた読めば良いんですよ^^
もしすぐ飽きてしまうのが不安だということならば話が頭に入っていかない証拠です やっぱりどこかで集中できない自分を感じていらっしゃるのかもしれませんね
あまり重荷に感じる事はありませんよ 大丈夫です^^
    • good
    • 3

同じ300頁でも読める本と読めない本があるとおもいます。



どんな本でもだめならあなたに問題があります。端に読書
ができればよいのなら、城山三郎だとか、宮部みゆき、
山崎豊子などをよまれてはいかがですか。退屈せずよめ
るかとおもいます。

あとは、最初から短編をねらうとか、戯曲をねらうとか・・・
シェイクスピアなどは面白く読めるかと思います。

大学の先生などが書いた本は退屈なものがおおいですか
らね。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!