在日朝鮮人は戦中日本に連れて来られたといいます。無理矢理連れて来られたのに、在日の特権をひがみ、在日の存在さえ否定する人がいます。
昔に日本と朝鮮との間にあった事は少ししか知らないのですが、勉強不足なためよくわからないのも事実です。
さて、在日朝鮮人が連れて来られたのに、今在日朝鮮人に、帰れ!、というのは酷ではないでしょうか?そんなに簡単に人は住み慣れた場所を後にして、故郷に帰れるものでしょうか?福島の原発事故で避難した方のように、複雑な問題なのではないでしょうか。

感情的になった部分が多々有りますが、皆さんどうおもわれますか。

A 回答 (9件)

”在日朝鮮人は戦中日本に連れて来られたといいます”


    ↑
これは明らかな間違いです。
現在、日本にいる朝鮮人は総て自分の意思で
日本に居住しています。
これは日本政府が確認しています。

多くは密入国者です。
ソフトバンクの孫さんのお父さんは密入国でした。
これは孫さんが自著で告白しています。
ロッテの創業者も密入国です。


”昔に日本と朝鮮との間にあった事は少ししか知らないのですが”
    ↑
それでしたら、勉強しましょう。
何時やるの?
今でしょ。

日韓併合は、韓国が日本に依頼してきたものです。
これは、あの韓国寄りの田原総一郎氏も認めています。
韓国の総理大臣「李完用」が、議会の承認を得て
日本に併合を依頼してきたものです。
だから、李完用は韓国史上最大の悪人とされています。


”感情的になった部分が多々有りますが、皆さんどうおもわれますか。”
    ↑
在日の人は貧乏なんかではありませんよ。
人口の0,5%しかいないのに、長者番付では
過半数を占めています。
暴力団と組んで在日特権をフル活用した結果です。

これは2005年度、長者番付です。怖くなりませんか?
人口の0,5%しか居ないんですよ。
★付きが在日。

1.佐治信忠    5800億円【サントリー】
2.福田吉孝    5600億円【アイフル】(サラ金)★
3.武井保雄    5500億円【武富士】(サラ金)★
4.糸山栄太郎   4900億円【新日本観光】
5.木下恭輔    4700億円【アコム】(サラ金)★
6.毒島邦夫    4700億円【サンキョウ】(パチンコ)★
7.岩崎福山    4400億円【岩崎産業】
8.孫正義      4300億円【ソフトバンク】 ★
9.堤義明      3700億円【西武鉄道】
10.森章      3200億円【森ビル】
11.柳井正     3200億円【ユニクロ】★噂あり
12.伊藤雅俊   2900億円【イトーヨーカ堂】
13.重田康光   2600億円【光通信】★噂あり
14.滝崎武光   2600億円【キーエンス】
15.船井哲良   2300億円【フナイ】
16.吉田忠裕   2300億円【YKK】
17.神内良一   2200億円【プロミス】(サラ金)★
18.山内薄     1800億円【任天堂】
19.岡田和生   1700億円【アルゼ】(パチンコ) ★
20.辛格浩(重光武雄)1700億円【ロッテ】 ★
21.福武總一郎  1500億円【ベネッセ】
22.大島健伸   1400億円【SFCG(旧:商工ファンド)】★
23.盛田英夫   1300億円【ソニー(レイケイ社長)】
24.馬渕健一   1200億円【マブチモーター】
25.韓昌祐     1100億円【マルハン】(パチンコ) ★
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/12 21:03

質問者様は誤解していると思います。



彼らが日本にいる理由ですが、
日本は1910年に、自業自得の失政で国を破綻させてしまった朝鮮の要請を受け入れて併合しました。(侵略して植民地にしたのではありません。)
併合時の統治も酷い事はしていません。
これらは当時の外国も認めて評価しています。
(強制連行や、従軍慰安婦や、創氏改名の強制は、事実ではありません。)

そして併合の結果、日本に多くの朝鮮人が出稼ぎに来るようにもなりました。

在日のルーツは、戦前戦中に出稼ぎや徴用で来た人が、終戦後も自分の意志で日本に残ったのと、朝鮮戦争時の密航者です。
(当時は残留も帰国も自由意志で、日本政府はどちらも強制していません。)

徴用工とは、戦時中に労働力として日本政府や企業の募集(官斡旋、徴用)に応じて集まり、働いた労働者です。
これには当時の朝鮮人もいました。
当時の資料によれば、募集方法や待遇は合法的であり、むしろ日本人徴用者より良かったという事です。

「徴用」と「官斡旋」ですが、
「徴用」は国民の義務としての日本人にも適用されており(というか、日本人の方が圧倒的に多い)、合法なものですし、期間後の帰国の便宜も図っています。
それに、国民徴用令は日本内地では昭和14年7月に実施されましたが、朝鮮で行われたのは1944年9月~1945年3月迄で、人数も多くはありません。

官斡旋は↓のように、朝鮮総督府が企業の要請で募集したものです。
官斡旋は辞めても罰則はなく、そのまま日本に残って別の仕事に就くこともできました。
そして、その場合でも日本国内で食料の配給を受けることができました。
現場での待遇も、日本人と比較しても悪いものではありませんでした。

「韓国・中国歴史教科書を徹底批判する」(勝岡寛次 2001年 小学館文庫)
(終戦時約二百万を超えた朝鮮人労働者の大部分は本人の自主的な意志によって渡航してきたもので、「強制的」に「連行」されたものではない、ということである。所謂「強制連行」は、大東亜戦争勃発に伴う労働力不足を補完するため、戦争中の昭和十七年に、それまで自由募集であった朝鮮人労働者を「官斡旋」即ち、朝鮮総督府が募集することにし、間に立った朝鮮人ブローカーが強引な徴用を行ったことを指して言う場合が多いようだが、その実態は甚だ不明である。そもそも日韓併合以降、貧しい韓国から豊かな日本へ移住しようとする朝鮮人は引きも切らぬ有り様だったのであり、朝鮮総督府や日本政府は法律の網の目を潜ってでも日本で働こうとする朝鮮人の密航者には、終始、頭を痛めていた。法律を犯してでも日本に入国しようとする朝鮮人が一杯いたというのに、何で「強制連行」の必要があるのだろうか。その必要はなかったしむしろ日本側は迷惑していた。)

日韓併号 韓民族を救った「日帝36年」の真実(祥伝社 崔基鎬)
(たとえば、忠清南道で実施された徴用の例でいうと、公州・扶余・論山・青陽・舒川などに、北海道札幌の三菱手稲鉱業所から、約1000名の鉱夫募集があった。ところが応募者数は約7000名にのぼったために、次のような採用考査が施行された。
(略)
こうして厳選された約1000名は、二組に分けられ、その中の一組は同年9月11日、論山出発、翌日12日元山港着、輸送船(5000トン級)で翌日の夕 刻函館港に着いた。採用者(徴用者)たちは歓喜に溢れ、船内では全員歌舞に耽って、元気旺盛そのものであり、手稲鉱業所への就業後も、休祭日は自由に札幌 市内に繰り出し、ショッピングはもとより銭函湾での船遊びまで楽しんだ。
多くの青年たちは、札幌の市内観光や大門通りの遊郭回りに憩いを求め、一部は淋病や梅毒に感染し、中には局部の切開手術を受ける者もあって、監督機関では性病対策に苦慮して衛生サックを配るなどした(休暇中の公傷は全額支給)。
このような徴用の光景は、1945年まで毎年見られた。
(略)
待遇は、一般の事務職よりも約三倍程度高額の給与が与えられ、月平均給与額は120円程度。作業はほとんど採鉱器を活用、削岩機・ドリル・トロッコが使われた。
重複勤務の希望者が多く、八時間制の三交替で一般的傾向として月間約10日、または15日が重複勤務の場合、割増金を合計すると、月間180円から220円の支給額となったから、事務職、または本籍地の労働者の、約四倍ないし五倍以上の厚遇であった。(略)
一般の独身者には、寮などが無料で提供され、世帯持ちにはとくに独立の平屋建てが一戸ずつ提供されたから、本籍地または現地の未婚女性たちの結婚相手としても人気があったのは当然であった。)

↑のように、強制連行などしなくても、朝鮮人は日本に来たがっていました。
(その結果1939年~1942年間の朝鮮人密航者数の摘発件数は2万人を越えています)
終戦直後の1945年には在日朝鮮人は200万人いましたが、ほとんどは自由意志による出稼ぎで、その多くは1946年に半島に帰っています。


「在日朝鮮人の渡来および引揚げに関する経緯、とくに、戦時中の徴用労務者について」(1960年外務省発表集第10号より抜粋)

1、第二次大戦中内地に渡来した朝鮮人、したがつてまた、現在日本に居住している朝鮮人の大部分は、日本政府が強制的に労働させるためにつれてきたものであるというような誤解や中傷が世間の一部に行われているが、右は事実に反する。
実情は次のとおりである。
 1939年末現在日本内地に居住していた朝鮮人の総数は約100万人であつたが、1945年終戦直前にはその数は約200万人に達していた。
 そして、この間に増加した約100万人のうち、約70万人は自から内地に職を求めてきた個別渡航と出生による自然増加によるのであり、残りの30万人の大部分は工鉱業、土木事業等による募集に応じて自由契約にもとづき内地に渡来したものであり、国民徴用令により導入されたいわゆる徴用労務者の数はごく少部分である。
 しかしてかれらに対しては、当時、所定の賃金等が支払われている。


密航についてですが、朝鮮が期待より良くなかった事や朝鮮戦争によるものです。

朝日新聞(1955年8月18日)
65万人(警視庁公安三課調べ)の在日朝鮮人のうち密入国者が10万人を超えているといわれ、東京入国管理局管内(1都8県)では、この昨年中のべ1000人が密入出国で捕まった。全国ではこのざっと10倍になり、捕まらないのはそのまた数倍に上るだろうという。

不法入国者の摘発者数
1946年:17,733人  1947年:6,010人  1948年:7,978人  1949年:8,302人  1950年:2,434人
1951年:3,503人  1952年:2,628人  1953年:2,244人  1954年:1,721人  1955年:1,395人  
1956年:1,117人  1957年:2,060人  1958年:1,438人  1959年:1,033人  1960年:1,852人
1961年:1,753人  1962年:1,418人


更に彼らは、戦後の混乱期に日本中で多くの犯罪を行っており、高齢者が彼らを嫌う理由の一つになっています。

【在日コリアンが戦後に起した事件】


【戦後から繰り返される在日朝鮮人の暴力・殺人・犯罪まとめ】(密造酒販売について)
http://www.youtube.com/watch?v=U3tAjOhaLmI


【1949年に吉田茂氏がマッカーサーに宛てた「在日朝鮮人に対する措置」文書】(田中宏「在日外国人」より抜粋)
(朝鮮人居住者の問題に関しては、早急に解決をはからなければなりません。
彼らは 総数100万にちかく、その半数は不法入国 であります。
私としては、これらすべての朝鮮人がその母国たる半島に帰還するよう期待するものであります。
その理由は次の通りであります。
―中略―
大多数の朝鮮人は、日本経済の復興に全く貢献しておりません。
さらに悪いことには、朝鮮人の中で犯罪分子が大きな割合を占めております。
彼らは、 日本の経済法令の常習的違反者 であります。
彼らの 多くは共産主義者ならびにそのシンパで最も悪辣な政治犯罪を犯す傾向が強く、常時7000名以上が獄中にいるという状態であります。)


現在の彼らは、これらの犯罪行為を謝罪どころか認めもせずに「強制連行の可哀想な被害者」を騙って、事実を知らない日本人に罪悪感を植え付け、それにより多くの「特権」を認めさせています。


在日を批判する人たちの理由は、↑の事実や失業率(生活保護受給率)や犯罪率の高さを指摘し、「日本に住むなら日本のルールを守れ&密入国者は帰れ」と言っているのであって、質問者様が考える「ひがみ」によるものではありません。

最近でも、彼らに与えた特権により↓のような事件も起きており、国益が他国に流出しています

【朝銀に公的資金問題(総計1兆4000億円)】
https://www.youtube.com/watch?v=f5vZ956VgEE


>そんなに簡単に人は住み慣れた場所を後にして、故郷に帰れるものでしょうか?

彼らが現在得ている特権や、要求している権利は、他の国では外国人には認められていないものばかりであり、そんな要求をすれば「帰れ」と言われるのも当然のものばかりです。
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この回答へのお礼

爺ちゃんに聞いてみたら、朝鮮人は戦後、とても貧しく、リアカーをひいて廃品回収をしてたらしいです。
お祭りで、おもちゃ売りもしていたと婆ちゃんが言っていました。
犯罪犯す人もいたんですね。吉田茂氏がマッカーサーに朝鮮人の犯罪を手紙で送ってたなんて、初めて知りました。
全て内容を把握しきれませんでしたが、回答ありがとうございます。

お礼日時:2014/06/12 20:11

>在日朝鮮人は戦中日本に連れて来られたといいます。



連れて来られた人々は運賃無料の船で故郷へ帰りました。でも一部の人は残りました。貧しい故郷よりも日本のほうがマシだったんです。でもそれを言えば立場が弱くなるから無理矢理連れて来たんだから日本政府が責任取れ!と開き直るんです。

>さて、在日朝鮮人が連れて来られたのに、今在日朝鮮人に、帰れ!、というのは酷ではないでしょうか?そんなに簡単に人は住み慣れた場所を後にして、故郷に帰れるものでしょうか?

それなら日本を好きだから帰化したいと言えばいいんです。
日本が好きな人は帰化し、日本が嫌いな人は帰りなさい
と日本人は言ってます。

たとえばね、同じ在日外国人でも、ブラジル人は条件さえ満たせばどんどん帰化しています。それはね、日本が好きだからです。
韓国人は日本に対して敵意をもっていて日本国籍をとるのに抵抗があるんです。で、在日コリアンのままでいたがります。

日本は日本を愛する人が住むところです。

日本が在日コリアンに対して好意的にできることは一つだけあります。帰化手続きを簡略化してあげることです。
ただし犯罪歴があったり生活保護を不当に受けている場合は除きますが・・・
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この回答へのお礼

貧しい故郷に帰るより、裕福な日本に住みたい。でも日本人には恨みがある、とこんな感じでしょうか?
回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/12 17:55

 これは、なかなか難しい問題です。


 第二次世界大戦で日本が負けるまでは、朝鮮半島・台湾・南樺太全てが日本でした。ですから、京城帝国大学(ソウル)・台北帝国大学もあり、日本の高等学校を卒業して、京城帝国大学に進学される方も普通におられました。
 ですから、日本で生まれた方でも、朝鮮半島・台湾・満州に移住される方も多く、また逆に台湾・朝鮮半島出身で、日本に移住される方も少なくはありませんでした。もちろん、それらの移住は自由意志だけでは無く、政府・会社あるいは軍の命令による、ほぼ強制的な移住もあったと思われます。ただ、台湾の方に比べて、朝鮮半島出身者がより多く日本への移住が強制されたという事実は無いように思います。
 第二次世界大戦が終わった時点で、現在の日本領土になるわけですが、日本領土外にいた大部分の日本人は全ての財産を失い、日本に帰って来ました。現在の日本にいた台湾出身の方も多くは台湾に戻られたようです。それに比べて、朝鮮半島出身者は、日本に残った方が多かったようです。第二次世界大戦終了後、特別永住者として、外国籍でありながら、日本永住が認められているのは、韓国人、朝鮮人、台湾人の3カ国になりますが、2010年末現在特別永住者の国籍は韓国人・朝鮮人で99%が占められています。
 強制的に移住させられた、現在の日本外におられた日本人、日本におられた台湾人の多くの方が全てを捨てて母国へ帰って行かれたことを考え、さらに帰国運動も盛んであったことを考えれば、現在日本におられる朝鮮半島出身者が、自由意志により日本在住を選択したという見方も、大きな間違いとは言い難いように思われます。
 しかし、上に書いたように、朝鮮半島・台湾出身者に日本永住許可を出し、日本人と同等の経済活動を認めている以上、今さら朝鮮半島出身者は帰れ、というのは信義に反すると言わざるを得ません。実際、日本で大きな会社を経営し、多くの日本人を雇用している朝鮮半島出身者は少なくありません。彼らは、日本における自由な経済活動が永久に保証されている前提で活動しているわけですから、今さら全てを捨てて朝鮮半島に帰れ、というのは認められる話ではないと思われます。
 
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この回答へのお礼

非常に何か打たれるものがありました。
作家の五木寛之さんも幼少の頃、朝鮮半島へ渡りました。その頃の事を書いているのを読んで、朝鮮人がいい人のようにうつったのを記憶しております。
つまり日本政府は、台湾、朝鮮、韓国の人達に、日本に住んでもいいよ、と言ったんですね。
それに対して、今日本人が、在日の方に「出て行け、帰れ」というのは、信義にたしかに反します。そういうことなら約束を交わした歴史を知らない人が言うことかもしれませんね。僕も知りませんでした。
僕も韓流の波に飲まれチャングムの誓いとかバラードの女王とかも好きですし。
暖かい文章、ありがとうございました。これをもって、お礼とさせていただきます。
ではまた。

お礼日時:2014/06/12 18:46

戦後に国へ帰れ!と言われたのに帰らなかった迷惑朝鮮人が在日朝鮮人です。



その時にちゃっかり密入国してきた犯罪者が在日韓国人です、

韓国政府から再三に渡って兵役命令されていますけど?
今度、在日韓国人の海外旅行が規制されるそうです、
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/12 20:24

強制的に連れてこられた人はいません。

戦時中、軍需工場への徴用はありましたが、それは日本人も同じです。朝鮮の人も当時は日本人だったのです。

日韓併合後、貧しかった朝鮮半島の経済水準は格段に上がりましたが、日本本土ほどではありませんでした。そのため、本土へ出稼ぎに来る人が増えました。東北地方から東京への出稼ぎと同じです。今の在日の先祖はほとんどがそれです。青森の人なら、上野駅から汽車に乗ればいつでも帰れますが、敗戦で韓国、北朝鮮は日本とは別の国になったので帰りづらくなりました。それでも昭和30年代には大々的な帰国運動があり、日本政府ももそれを助けましたが、日本より貧しい祖国に帰らなかった人がほとんどでした。当時北朝鮮に夫と一緒に帰国した日本人妻が、生活苦で脱出していることを見てもその状態が分かります。

戦後日本政府は一貫して在日の方に日本への帰化を奨めています。戦争前は同じ日本国民だったからです。一般外国人には条件が厳しい帰化を、在日の人たちにはほぼ無条件で認めているのです。しかし祖国に対する感情や在日特権が邪魔をしてなかなか帰化しません。

最近の嫌韓感情は韓国の異常な反日に嫌気がさしているのが原因です。そのとばっちりを在日の方々が受けているのです。しかし総連系(北朝鮮系)の学校が、生徒に北朝鮮を敬い、日本を貶めるような教育をしたりしていることも事実です。今の反韓感情はそれも原因しています。日本人にとっては北も南も朝鮮なのです。日本の悪口を言われ続ければ反朝鮮感情が生まれるのは仕方ありません。

どちらにしろ福島とはまったく事情が違います。問題をすり替えないようにするべきです。
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この回答へのお礼

貧しい祖国よりも豊かな日本、特権も貰っている現状に甘んじる心情はわかります。
僕はかなり前、韓国の若者が日本に対して感情的に抗議していたのをテレビで見て、一時期、韓国人を憎んでいました。負のスパイラルですね。
回答わかりやすかったです。ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/12 20:47

その頃は朝鮮が日本の一部であったことをご存じないのかな?


徴兵を免除される代わりに徴用で内地の工場などに来ただけで無理矢理ではありませんよ。
終戦後はソ連が侵攻した満州や樺太にいた人を別とすれば北でも南でも帰国することは可能でした。
その上で自由意思で日本に残った(大部分は戦前に自由意思で日本本土に渡った人と戦後どさくさに紛れて密航してきた人)人とその子孫がいわゆる在日です。

>在日朝鮮人が連れて来られたのに、今在日朝鮮人に、帰れ!、というのは酷ではないでしょうか?
自由意思で合法、非合法にかかわらず住み着いているのですから酷とはいえません。
日本で生活するのなら帰化も簡単にできるのに国籍を変えない人たちです。
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この回答へのお礼

合法、非合法にかかわらず在日の方が非難されるのは、仕事を在日の方に取られるからでしょうか?犯罪という面もありそうですね。それとお金を持ってるように想像するから、ひがみ、やっかみが日本人を怒らせている原因なのかもしれませんね。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/12 21:21

無理やり連れて来られた人は帰ったと思いますよ。



帰らなかった人は出稼ぎで来た人達、つまり自分の意思で日本に来た人達だと思います。

当時は強制的に連れて来られた人とかいたり、そもそも日本は連合軍に占領されてましたので、色々とその辺まで頭が回らなくて密航は余裕だったとおもいます。

>さて、在日朝鮮人が連れて来られたのに、今在日朝鮮人に、帰れ!、というのは酷ではないでしょうか?

今の在日は日本で生まれて日本で育った人なので、関係ないですよ。

>そんなに簡単に人は住み慣れた場所を後にして、故郷に帰れるものでしょうか?

故郷ってどこなんでしょうかね。生まれた場所ですかね、育った場所ですかね。ネトウヨが帰れっていうのは「ルーツのある場所に帰れ」と言っているにすぎません。

人間のルーツはアフリカなので、まずはネトウヨのみなさんがアフリカに帰るなりして示さないと在日のみなさんは帰らないでしょう。
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この回答へのお礼

ユニークな回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/12 21:26

 


戦後、すぐに韓国の李承晩大統領が在日朝鮮人に帰国命令を出しました

また、北朝鮮も帰還事業が戦後有り30年近く事業は継続されました

戦後すぐに帰国の機会があったのだから、「住み慣れた場所」と言うのはありえないです
強制連行されたと言いながら、自分の意思で日本に残った人たちです

 
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この回答へのお礼

帰国命令があったなんて、今日初めて知りました。
お返事ありがとうございました。

お礼日時:2014/06/12 17:45

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