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こんにちは。初めまして。

捕鯨をするにあたってそれぞれ捕鯨に賛成や反対している団体がありますよね。

仮に日本政府を賛成、ピースボートを反対、そしてどのような団体があるのか知りませんが、
中立の立場にいる団体があるとすると彼らの捕鯨に対する言い分はどのようなものが考えられるでしょうか。

あなたが作ったアイデアでもいいので是非教えてください。補足など要求していただければすぐいたしますので。

A 回答 (7件)

以前似たような質問がありました。

そこで答えた内容です。参考になればよいのですが。
はじめまして。
感情論になっているんではないでしょうか。
以前、アメリカ人の友人に鯨はイルカやシャチと同じ種類で小型の物は人間と友達でペットのなるみたいなことを言われた事があります。
ニュースでは日本の保護団体が、鯨は日本の食糧事情が悪かった頃食べていたのであって今更食べる必要のないものだと言っていたのを覚えています。
どちらも見当違いもいいとこだと思っています。なぜ鯨を食べるのがダメで、ウサギや小鹿は食べていいのか。牛はペットには成れないのかなんて感じたりします。
日本の捕鯨は欧米諸国のように肉だけとったら後は捨ててしまうような物ではなくひげや油までしっかり使い切る物でした。ですから文化になりえたのだと思います。
そもそもペリーが浦賀にきたのも捕鯨の前線基地が欲しかったからでしたよね。
アメリカは現在でも捕鯨量は、世界でもトップクラスですよね。そういう事実を大きく扱わないくせに日本の伝統的文化を野蛮だと言っている神経が信じられません。
感情的に成りましたが、論理的証拠はもうほとんどありません。鯨が増えすぎて魚が減っている漁場もあるとニュースではやっていました。いいかげんにうそは止めて真実を取り扱って欲しいと思いますね。
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回答1の方も書いているように、価値観です。


鯨は殺したらかわいそうな生き物で、牛は殺して食べても良い生き物という、価値観の押し付けです。
絶滅とか保護というのは、こじつけです。
現に、種類によっては鯨は増えていますが、それでもその種類の鯨を取る事にも反対しています。
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自分たちの食文化を他人に押し付けてるだけと思います。


例えば中国や朝鮮では犬を食べます。
我々日本人から見れば犬はペットであり、それを食べるのは野蛮と思うかも知れませんが、その国の食文化であり、他人が非難するのはどうかと思います。
また特に変に思うのは、アメリカの場合、自国民(アラスカ州などのエスキモー系アメリカ人)が捕鯨をするのは伝統文化ととして許容してるのに、他国民が捕鯨をする事を非難する事が理解できません。
他人を非難するなら、まず自分自身を改めてからと思いますが、何か変ですね。
命に変りありませんから、鯨の命は重く、牛や豚の命は軽いとは言えません。
我々人間は食物連鎖の頂点に立つ者として、他の生命を絶って自分に取り入れることを重く考え、感謝しながら食べるのであり、捕鯨反対派の意見は理解できません。
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 私は反捕鯨国の主張が正しいなどとは全く思えないし、牛は食ってもいいが、鯨は殺してしてはいかんなどという感情論に与するつもりもありません。

しかし今の日本人の食文化の状況を考えると、少しくらいは食べたいものを我慢する状況があってもいいのではとも思います。

 人間は食物連鎖の頂点に位置し、何かの生き物の命を奪い続けないと自分たちの命を保持することはできません。牛肉や豚肉などのように、スーパーの奥の棚にラップに巻かれていようが、今釣ってきた魚であろうが、生き物の命を奪い続けて自らの命を長らえています。ですが、そのことを非難する道理も実はありません。むしろ生きるために当然のことです。この業を免れるのは植物性プランクトンや大部分の植物くらいのもので、それを言い始めたら動物の存在は否定されてしまうからです。

 ですが、ひとたび都市生活に浸ってさまざまなメディアに取り巻かれると、やれこれを食え、あれを食え、という際限のない誘惑に取り巻かれることになります。そこには大切な大切な命を差し出してくれた動物たちへの申し訳なさ、感謝、などといった思いはみじんも感じられません。そんな説教ばかりされると確かにイヤになるのは分かりますが、テレビの料理番組を10分でも見たら、少しは考えたらどうだといいたくなります。

 そしてその食生活のスタイルの中に鯨が投げ込まれることになるにしても、がつがつ食べぶくぶく太り生活習慣病が死亡率を押し上げても、そのようなライフスタイルが、メディアをあげて推奨されることに少しは違和感を持つことはないのだろうか、日本人とはかくも自虐的な民族なんだろうか、と根本のところからつい考えてしまうのです。

 私の住む県は日本でも有数の貧乏県で一人あたりの県民所得は東京の約3分の1しかありません。しかしこの県のある地域では農産物のブランド化に成功し、首都圏への出荷により一個あたりの農家の所得(収入ではない)は1500万円になんなんとしています。それはそれでいいことなのですが、問題は既得権が特定の政治家に集中するしくみです。おそらく鯨が解禁され日本の政治的風土からして新たな既得権、新たな族議員が生まれることを想像すれば、鯨を食えない状況を我慢した方がましということにもなりかねません。

 もう一つ考えなくてはならないのは、食料生産に対する民族内の蔑視、軽視です。都市に住み都市化の中で職業や生活を組み立てている人たちからすると想像だにできない農家の生活に、その苦労に報いて一体どれだけの金銭的報酬が与えられているでしょうか。若い人がどれだけ農林水産業に希望と魅力を感じているでしょうか。大都市の住人から見ると地方で第一次産業を支える生活とは悲惨なものにすら映るかもしれません。

 一方では先祖が脈々と守ってきた田畑を荒廃にまで追い込む農業政策の失態があり、貧しい地方の暮らしがあります。一朝事があれば戦略物資でもある食料は簡単に輸入できない事態も考えられるのに、基本食料である米の作付け面積は縮小され、鯨にかんしては食わせろといって騒ぐのはあまりにもバランスを欠いたあさましい行動ではないかと感じることもあるくらいです。

 深刻でないものを含めると世界人口の半分近くが飢餓に陥っているといいます。何かのきっかけで国力を失えば日本もカロリー自給すらできない状況になるでしょう。反捕鯨国の理不尽な主張があるならそれは認められないのは当然としても、我々日本人の側に食料に対して一貫した謙虚でしたたかな姿勢があるかというととてもそうは思えないのです。
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私も反捕鯨には賛成できません。


私は鯨は食べないし、美味しいとも思いませんが皆さん同様反捕鯨の理由は理解できません。日本人だからでしょうか。アラスカに住むイヌイットは鯨は神から与えられた物だと言って狩を行います。彼らは鯨の恩恵を受けているので鯨を大切にします。絶滅させたりはしません。日本人も同じ思いで鯨を奉ってる所もあります。実際、鯨を激減させたのは欧米の工業用製品の材料としての捕鯨で大量に捕獲したせいだと聞いたことがあります。怒!
また、捕鯨反対の話題が出たのは、アメリカがベトナム戦争の矛先をかわすために動物保護団体が叫んでいた事を煽ったとも聞いています。その後、アメリカの食肉生産団体が鯨を食べられなくなった代用品として日本が豚肉や牛肉を輸入しなければならないので、反捕鯨運動を行っている団体に多額の資金援助をしているとも聞きました。怒怒怒!!
何か反捕鯨に対して邪まな意思が渦巻いています。
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この件に関してですが、まず鯨そのものの数は全体的に増加の一途を辿っています。

今の日本人が鯨を食べたいかは別として、増えすぎた鯨のせいで海の食物連鎖が大きく崩れているとの見方もあります。捕鯨反対運動の大元締めはアメリカのグリーンピースという国際法違反の行動も辞さないキチガイ団体ですが、彼らは自分たちの団体に集まる寄付金を着服している疑いや、政治の世界に影響力を持つとも言われている怪しい集団です。詳しくはこの問題について役人の立場で奮闘されている水産庁の小松正之氏の著書を読まれてみてはいかがでしょうか。反捕鯨国の論理矛盾が手にとるようにわかりますよ。
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捕鯨そのものに対する意見ではありませんが・・・・



反捕鯨としているのは、日本への圧力カードと理解しています。

イラクのように軍事基地があるとか、独裁者がいるとかであれば、理由を付けて武力で言うことを聞かせれば良いですが。
日本は軍隊?も無ければ、ある程度他国の言いなりの国です。
こんな国をさらに言うこと聞かせるには、食料で攻めないと、国際社会から批判を受けますよね・・・・幸いなことにモンゴリアン人種の食べ物はほとんどのコーカサイドの人種の食べ物と歴史が違いますので、禁止しても彼らはほとんど困りませんからね!!

私は鯨の肉が大好きで、現在高くて食べられないので是非捕鯨再開して欲しいですが!!!

その内、列強国・・・・マグロも減っているから取っちゃだめ!魚は全部だめ!タコが激減しているからだめ!
肉は牛肉、豚肉、羊、特に米国産!
などと日本人の食べているもの、全部禁止にしそうですね!!
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