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昔の体罰横行していた時代の体罰は体罰というより傷害じゃん。怪我させる気満々だったでしょ。暴力どころか傷害までいってるし。今どきビンタ1発で体罰認定とか甘いとか言ってる中年年寄りいますけど、傷害並の体罰を見てきて感覚狂ってんじゃないの?って言いたい。蹴る殴るどころか傷害なんて体罰以上のものでは。
時代遅れな連中が多いなぁっていう感じがしますね。

質問者からの補足コメント

  • 体罰横行時代は体罰だったら人に怪我(軽傷、重傷、回復不能怪我問わず)させても罪悪感薄い時代だったんだなぁってことだろうから、酷い時代ですね。

      補足日時:2019/03/18 19:05
  • いじめとか増えてますけど、それを解決するために暴力を使用することを許していいという訳にはいかないですよ。

      補足日時:2019/03/19 14:26
  • 体罰に対して色々考え方があるんだなぁ。

      補足日時:2019/03/19 14:55
  • 体罰は憎悪の対象でもあるのによくも効果的とか言えますな。体罰をされる意味を理解するとかではなく、体罰されたことに怒るのは当然のこと。体罰した理由は関係ない、体罰自体が嫌われる。

      補足日時:2019/03/21 21:51
  • 今どき、体罰教師はリスペクトの対象では無いからね。

      補足日時:2019/03/21 21:52

A 回答 (8件)

正直、どっちでもいい。



自分が小中学生だった平成初期を思い出してみると、体罰があったおかげで成長できたなんて事は一切ない。しかし、体罰があったせいで何か問題があったという記憶も無い。しかしヤバい先生というのはいて、そういう先生は体罰するかしないかというレベルではないところで危険な存在だった。

体罰という行為に焦点を当てられることが多いが、安易な解決策でお茶を濁しているだけだと思う。

例えば長崎の事件
https://www.asahi.com/articles/ASM3V5SVRM3VTOLB0 …

まったく蹴ったり殴ったりしなくても、このようなサイコパスな教師は、いくらでも他の手段を使って生徒を苦しめたり自殺に追い込んだりすることは可能。

また、多摩地域の都立高校のバレー部の顧問の事件
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190326/k10011 …

「試合の敗因はおまえだ。みんなに謝れ」などと言ってほかの生徒の前で土下座をさせたそうだが、まさに地獄の鬼の所業。こんなこと言われるぐらいなら、ビンタやげんこつされたほうがずっとマシとさえ思えるな・・・。



そもそも質問者さんは、昔は怪我をさせるような体罰が許されていたと思っているのかな?
今も昔も、人に怪我をさせるのは傷害だし、体罰が暴力であることはかわりない。普通に警察に捕まる。

昔だって、体罰で怪我を負わせるような教師は、頭がおかしい。時代が変わって体罰が厳しく禁止されても、頭がおかしい教師はやるだろう。感情をコントロールできない人を、ルールで治すことはできないからね。

もっとサイコな教師は、体罰にならないように合法的に、生徒を追い詰めるだろう。
結局、体罰がどうなろうと、何にも変わらない。
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この回答へのお礼

人を使って人に体罰をさせるやつはいますよね。自分は手を出さないが。

お礼日時:2019/03/27 17:06

私は体罰指導は原則肯定しているので質問者様からは批判される側の人間だとは思いますが、それを前提に自分の考え方を書いて回答にかえさせていただきます。


体罰指導原則肯定というのは、世の中には暗黙の掟やルールは厳然として存在するのであり、それを破れば子供といえどもそれ相応の制裁を科せられる可能性はあるんだ、お前ら、世の中を社会を舐めるなよ!という脅しの効果が『悪い事をした子供がいて、言葉による教育では中々理解してもらえない』状況下においては体罰の教育的懲戒効果は間違いなくあるとおもうからです。
ただし、体罰指導する以上は、やる側の教師にもそれなりの覚悟と信念と一貫性を要求したいと思ってますけどね。
たとえば桜宮高校のバスケ部顧問だった小村基みたいに体罰指導で生徒を自殺に追いやっておいて、事件が発覚して世間から批判されたら慌てて『いやいや、そのときにはそれが体罰指導だとは認識しておりませんでした』などと一貫性の欠如したナサケナイ弁解する馬鹿や、
或いは反抗反撃してくる可能性が無いこっちのアタマは遠慮無くぶん殴るけど、あっちの本気で反抗反撃してくる可能性がある凶暴な不良児童のアタマは殴れない・手は出せない、みたいな一貫性の無い教師の体罰指導に教育的な懲戒の効果があると思いますか?そんなセンセー、尊敬できますかね(笑)?
例を挙げると、自分の小学校時代に、ワキザカ先生という体罰指導教師がいました。
ただこの先生は殴る、蹴りを入れる、髪の毛を摑んで引きずり回すなどしましたけど、相手が男子生徒だろうが女子児童だろうが、ヤクザの子どもだろうが授業中に騒いで授業妨害するなど悪いことをしたときは平等にヤクザの子ども相手でも躊躇せずに殴る、蹴る、髪の毛を摑んで引きずり回すなどしておられたので、私は今現在にいたるまで特に不満も感じていませんし、この先生は、もう退職なさったと思いますが生徒からも尊敬されていたと思います。
一度か二度、ヤクザの子どもの親の本物のヤクザが学校に乗り込んですごんで来た事件もあったのですが、ワキザカ先生は毅然と対応して追い返していました。
反対に、自分が中学生のときは、私の頭は殴るけど、本気で反抗反撃してきそうな強そうな不良集団には全然手を出さない体罰指導教師がいたりして、それは、今現在にいたるまで納得できません。
詳細を書くと、私の通っていた長野県岡谷東部中学校の学生時代、
東中連合という不良集団が職員図書室を占拠して暴れており、授業妨害もしょっちゅうで、
卒業式には私服警官に保護者席に入ってもらわなければならないくらい学校が荒れて いました。
この当時、体罰指導が無かったか?といえばもちろんありました。
生徒のアタマをメガホンでぶったたく体罰教師もいました。私も二回くらいメガホンでぶんなぐられましたが。
時効に近いくらい昔の話だから実名出しても問題ないと思うので実名で書きますけど、私が名取秀樹先生というメガホン教師に頭をぶったたかれた二回とも、生徒集会中だったのですが東中連合の使いっパシリ三下みたいな奴に絡まれて頭を叩かれたり小突かれたりしたので、手でそれを払いのけていた。それが、二人して生徒集会中に騒いでいると認識されたらしく、メガホンでぶったたかれました。
私は、頭をぶったたかれた二回ともに非常に不本意な気持ちでその体罰を受け入れましたけど、「昔から連帯責任というか、喧嘩両成敗という言葉もあるし、これはこれで仕方ない」と自分で自分を納得させていました。
自分にも言い分はあるにせよ、頭を小突かれたり叩かれたのを振り払って、結果的に生徒集会の進行を妨害していたのは事実でしたから。
ところがその後あるとき、全校集会で東中連合の不良グループが椅子を投げつけるなどして大暴れして、体育館内がめちゃくちゃな騒ぎになった
事件があったのですが、周りの教師達はびびってしまって止めに入りませんでした。
件のメガホン教師も傍観していました(笑)

ただ一人だけ不良達を止めようとしたのは、国語の女性教師の笠井みゆき先生でした。
体罰指導なんかとは特に縁も無いような体の細い、気の弱そうな先生で私は直接教わったことはありませんでしたが、本当に偉い先生だったと今でも尊敬しています。

もっとも、多勢に無勢で不良達には歯が立たず、ボコボコにされていましたが(笑)。
薄情なようで申し訳ないんですけど、私は笠井みゆき先生が不良集団にボコボコにされていたとき、ゲラゲラ笑ってましたね。あまりにもブザマで滑稽で。
もちろん、半分くらいは多勢に無勢で勝てる見込みもないのに不良集団を止めようとひとりだけ立ち向かっていた笠井みゆき先生のブザマな姿が滑稽だったから笑ったんですけど、半分はメガホン持ったまま傍観していた名取秀樹先生の姿が滑稽だったから、というのもあります。
あんたのメガホンは、俺のアタマをぶったたくのは役に立ってるみたいだけど、不良集団を止めるのには全然役に立ってねえな、と。
テメぇラ体育会系教師どもの体罰指導やら体育会系のリクツは、俺を殴るのには役に立ってるみてぇだけど、東中連合の不良どもを止めるのにはクソの役にも立ってねぇじゃねーか、と。
もちろんこれは極端に酷い教師の事例であって、そうじゃない体罰指導教師もたくさんいるとは思います。

繰り返しますが生徒集会中に体罰教師からメガホンで頭をぶったたかれたこと自体は納得しています。故意にやったことではないにせよ生徒集会の進行を妨げていたのは間違いなかったし、誤解を招くような行動をとったワタシの当時の判断も不適切だったとおもうから。
ただその後、不良集団が大暴れしたときは、これは私のケースとは根本的に違って、明らかに悪意をもって意図的に生徒集会を妨害していたのは誰がみても分かることで誤解のしようもないのに、なんでそれは止めなかったのか?しかも女性の教師がただ一人だけ止めに入ってボコボコにされていたのに…。
ということです。
あんたの持っているメガホンは、飾りか?と。
おそらくメガホンでぶったたくのは大きい音がするだけで特に痛くはないし、体罰の範疇には入らないだろうし、頭をぶったたく大きな音が体育館内に響けば生徒の耳目を集められる。
「お前ら、騒げばこういう目に遭うぞ!」というミセシメと脅しの意図がメガホン教師にはあったんだろうと思いますが。
誤解の無いように補足しておきますが、最初に書いたように私は教育的な懲戒効果が見込める体罰指導は必要だと思うし、原則肯定しています。
また、教育の現場における体罰指導や暴力指導が連帯責任を伴うものである以上、ときに受けた生徒が理不尽に感じるケースがあるであろうことも理解はしているつもりです、一応。
今回名取秀樹先生の実名を出して批判したのは、この教師の暴力指導に覚悟も信念も一貫性も無かったからです。
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体罰をするからリスペクトしたわけじゃないよ?


体罰をしなくてもおかしい教師もいたしね。

体罰をするか否かだけで線引きする方が、偏狭だと思う。
実際、体罰をするように仕向ける生徒もいるし、それを拡散する生徒もいる。
それは暴力ではないの??
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この回答へのお礼

確かに体罰しなくてもリスペクトできない要素はありますね。

お礼日時:2019/03/21 22:05

ほんとほんと。



デッキブラシで
叩いてくる教師とか
バケツ投げつけてくるとか
普通に20年くらい前は
いたけど、
普通じゃなかったよ

一つも良い思いでなんて
ないし、
暴力で人を代えようと
いう気は、
さらさらない。
何の ためにもならなかった
ただ、
もし、デッキで叩いてきた、
先生に会う機会が
あるとしたら、
今でも、注意したい。
が、二度と会いたくもない
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部活でビンタが当たり前でしたけど、どうしてビンタなのか・どうしてボールを思いっきりぶつけられるのかっていうことが、なんとなくだけど分かっていたんですよね。


自分の弱気な面や気を抜いたのが原因だ、とか、この流れじゃ監督だってイライラして当たり前だよな、とか。

その一方で、理不尽な体罰にも敏感でしたよ。
同級生にやくざの組長の息子がいたんだけど、彼は一切関与していないのに、担任は彼に問いただすこともせずに殴ったの。
彼は自分がどうしてそういう目に遭わされるかを受け入れていたって言うか、諦めもあったのかもしれない…黙って殴られていたら、担任はその態度を『ふてぶてしい』と思ったらしく、余計に激高して殴り続けた。
それ以降、その担任は生徒から総スカンで、鬱病になって辞めたよ。
生徒も徒党を組んで総スカンにしたわけじゃなく、一人一人が担任から不当な扱いを受けるのを承知で対峙した。
当の彼は我関せずだったけどね。

私自身が大人になってからは、自分より弱い人間を殴ったことはないけど、注意したり感情的に怒ったりした時に、私が言っていることの内容や怒るに至った経緯を考えることもせず、私が感情的になっていることだけを嫌悪したり嘲笑う若い子を見ると、「こいつは何歳になっても使えないんだろうな」と思うし、期待もしないし、良かれと思ってその子に足りないことを教えるのも無駄って思うよ。
ネットを使えば何でも調べられるけど、そのくせ、自分の弱さゆえに誰かに質問したり同意を得ないと不安でいられない若者が、このサイトにもウヨウヨいるよね。
こういう若者に限って、↑のように怒られたり異を唱えられると逆切れするもんじゃない?
どこが進歩したんだか、って思うよ。
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昔は昔、もう今はやってはいけないことですよね。

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この回答へのお礼

そうですよね。いちいち昔と比較する連中がいて呆れます。

お礼日時:2019/03/19 14:27

その様な理不尽に耐えてきた人間は社会的に役に立ち仕事が出来ています。



今の若い人は精神的にも肉体的にも弱く、日本語が不自由な外国人に日本の仕事で負ける位です。

暴力が良いとは思いませんが色々なものが低下しているのは事実ですよ。
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この回答へのお礼

体罰が減って怪我人や死人が減った代わりにそういうふうになったんでしょうかね……。

お礼日時:2019/03/19 14:19

申し訳ないですが、質問者さんの主張にあまり共感できません。


理由は、いじめや不登校が減ってる気配がないからです。
殴らない教育に変化した効果が上がっているかといったら、疑問ですね。
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