10秒目をつむったら…

  今朝、車を運転中「NHK第1」を聞いていたら、女性アナウンサーがスズムシにエサを「あげる」と言ったところ、男性アナウンサーが、虫どもに「あげる」とは言わない、「やる」です、と訂正しておりました。
  確かにその通りで、昔から言われているようにスズムシや犬猫にエサは「やる」が正しいと思います。
  が、愛犬、愛猫に実際「やる」と言っている人はいるでしょか?殆どの方は、人に対してと同じように「あげる」と言っていると思いますが、皆さんは如何?
  ちなみに、憎らしい人(犬猫ではなく、人)には逆に動物扱いをして物を「くれてやる」なんて言いますよね。
  
  犬、猫、スズムシに対しても「あげる」という言い方がぼちぼち市民権を得てもいいと思うのですが・・・・

A 回答 (18件中1~10件)

ちょっと、興味ある話題だったので


俺の意見です。

「やる」の方が、合っていると思います。

動物に対して「あげる」というのは、
動物にも、人間と同じように愛情を
注ぎたいという気持ちから来るのかなとは
思いますが、

しかし、これは見方によっては、いい大人が
いつまでも、メルヘンの世界に・・・と
とれるような言い方かもしれないですね。

決して、「あげる」というのは
悪い事だと言うわけではありませんが
動物と人間に対する言い方の区別はした方が
いいのではないでしょうか。

別に、人間様がエライとか言いたいわけではありません。
念のため。

この回答への補足

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補足日時:2001/08/29 14:46
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この回答へのお礼

 早速、ありがとうございます。
皆さんおっしゃるように(また私も質問文で言っているように)「やる」が正しいと思います。
 でも、やはり自分の飼っているペットにだけは愛情を注いでしまって「あげる」と、なってしまうのでしょう。

お礼日時:2001/08/26 12:37

やるっといったら、自分の方が上という感情があるように聞こえますね。



別に犬、ねこに対しても、あげるといってもいいとおもうのですが。。。

ちなみに、自分は誰に対しても、やるっていいますね。別に自分が偉いからという感情はなく、そっちのほうが、慣れていて、普通に口に出てしまうんですよ。

 女性の方に、あげる。男性の方に、やる。と言う傾向が強いと思われますが。。
ちなみに自分は、男よりの中間です。(笑)

この回答への補足

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補足日時:2001/08/29 14:50
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この回答へのお礼

 おっしゃるように、女性の方に「あげる」が多いと思います。ある意味ではやさしく響いて、良いと思うのですが・・・
 ありがとうございます。

お礼日時:2001/08/26 14:44

今日の日経新聞の増頁(?)「NIKKEIプラス1」の「オトナの心得」というコーナーに、ちょうどその件について書いてありました。



 エッセイストの阿川佐和子さんが季刊「叙情文芸98号」に「家庭内日本語事情」というテーマの随筆を書いている。父親の作家・阿川弘之さんは日本語の誤用に対し厳しい。うっかり誤った言葉を使おうものなら、わきから怒鳴り声が飛んでくる。
 「犬に餌をあげる、子供にミルクをあげる、などとお前ら絶対に言うなよ。犬も子供も『やる』だ」

との事です。私自身はどっちにも「あげる」を使っていたので、とてもびっくりしました。
ちなみに、このコラムの締めくくりにはこう書いてありました。

 「言葉は世につれ変化する」とはいえ、誤用がまかり通って定着してしまうのは困ったことだ。どうすればいいか。「辞書を見よう」以外に、いい対策が煮詰まらない。

この回答への補足

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補足日時:2001/08/29 14:52
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この回答へのお礼

 日経に出ていたのですか、そうですか。
誤用と言えば誤用ですが、外ではともかく、家族内で、ご自分の飼っている愛犬、愛猫には「あげる」を使っても私は目くじらを立てて誤用だと言うほどのことではないと思います。
 
 それよりも阿川弘之さんは、ご自分の子供に「お前ら」と言っていたのですね。昔の人間だったのですね。

お礼日時:2001/08/26 14:58

犬、猫、スズムシは、人に言う場合はやっぱり「やる」ですね。


「あげる」は「差し上げる」の意味だそうです。

ラジオで放送するなら、男性アナが訂正して良かったと思います。
私の場合、人に言う時「飼い猫に鶏肉なんかも、やってるよ」なんて言い方します。
でも、猫に対しては、「直ぐあげるから待っててね」なんて言います(^^)

我が子のことで人に話す時、「中学生の娘に毎朝、お弁当を作ってあげています」
というのも「お弁当を作ってやっています」と言うべき。
なので、犬、猫、スズムシは当然でしょうね。

市民権・・・やはり間違った言い方をすると、耳障りになるので人に話す時は
「やる」で、お家の中ではなんとでも言っちゃってください(^-^)

この回答への補足

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補足日時:2001/08/29 14:55
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この回答へのお礼

 全くおっしゃるとおりだと思います。
#5 minatouriさん、#6 kerorineさんもおっしゃっているように、人と話す時は「やる」、家の中、自分の愛するペットに向かってはなんとでも言っちゃう、そういうことだと思います。
 

お礼日時:2001/08/26 12:56

えさ→やる


ごはん→あげる

自分が使う場合,すべての動物をひっくるめてどちらかに統一しているわけではないですね.
例えば自分が飼っている猫だと「ごはんをあげる」だし
たまに見かける野良猫だと「えさをやる」です.動物園などの飼育動物も「えさをやる」ですね.
これは自分の飼い猫に対して感情移入しているので「えさ」という言葉に抵抗があるわけです.

本来は「えさをやる」が日本語として正しいとは思います.
ただ「やる」という言い方が乱暴に聞こえてしまうような場合があるので,「あげる」を使うことが女性に多いかもしれません.

この回答への補足

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補足日時:2001/08/29 15:00
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この回答へのお礼

 おっしゃるとおりだと思います。#4 cotton100さん、#6 kerorineさんと同じく、自分が飼っているペットにはどうしても「あげる」になってしまいますネー。

お礼日時:2001/08/26 13:07

こんにちは octagonさん。



正しくは「やる」でしょうから、私は、人間同士で話すときには「やる」。
でもペットのうさぎには「今あげまちゅよ~。」って「あげる」ですね。
やっぱり「私の可愛い子供」みたいな意識がありますから・・(^-^*)

ただ、犬に対しては「やる」のほうがいいと思います。
犬は縦社会ですから、飼い主が御主人様(リーダー)であったほうが、
犬にとっても人間にとっても良いことだと思うからです。
犬にとってリーダー不在の状態は権勢症候群になる元です。
ですからペットの性質により、使い分ければ良いと思いますが・・

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補足日時:2001/08/29 15:02
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この回答へのお礼

 同感です。#4 cotton100さん、#5 minatouriさんのおっしゃっているように、人に話す時は「やる」、家の中、ペットには「あげる」が自然なのでしょう。
>あげまちゅよ~ には笑いました(ごめんなさい!)

お礼日時:2001/08/26 13:15

cotton100さんが、ほぼ完璧だと思います。


 私も日本語の誤用にすごく興味があります。
 さて、直接関係なくて申し訳ないですが、新潟ではよそ様に何かを差し上げる、渡すといった意味のことを方言として「やる」といいます。慣れないうちはとまどいます。
 みなさん新潟へお出での節はどうかお気を悪くなさらないで下さいね。言っている人たちは何の悪気もありませんから。
 ところで、最近それこそ市民権を得ている「こだわる」について、octagonさんは考えたことがありますか? 今の使われ方に私は非常にギモンを感じています。
 どうもお邪魔しました…。

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補足日時:2001/08/29 15:05
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この回答へのお礼

 私も、#4 cotton100さんに同感です。
それはそうと、「こだわる」の最近の使われ方に非常に疑問とのことですが、ちょっと分からないのですが、どういう使われ方なのでしょうか?

お礼日時:2001/08/26 13:23

妙齢の女性が「観葉植物に水をあげる」等というので、間違いを指摘し、その勢いで国立国語研究所に電話し、伺った事があります。

20年前のことでした。回答は、そのような用例が増えてきている。しかし、言葉は生き物なので必ずしも駄目だとは言いきれない、といった趣旨のように覚えています。

そして今、相変わらずそのような用例を聞く度に不快感を否定しきれません。行きつくところ、あらゆる動植物や無機物に至るまで人格が備わり、挙句、モニターさんを拭いてアゲル、Cドライブさんにデフラグをしてアゲル等と、神話的世界に陥りそうな気がしますがね…。

だから、連中には市民権は ア ゲ ナ イ ・・・

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補足日時:2001/08/29 15:07
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この回答へのお礼

 ありがとうございます。
 「市民権」云々は少々言いすぎかなとも思いますが、#4 cotton100さん、#5 minatouriさん、#6 kerorineさんのおっしゃる、家庭内に於いて、自分のペットに向かっては許容される範囲だろうと考えます。

お礼日時:2001/08/26 13:33

要するに、こうしたことまで議論の対象となるぐらいに、日本語は崩壊しつつあるのです。



他人との会話で、自分の子供にお菓子を「あげる」と言ったり、動物にエサを「あげる」と言える神経が、私には全く理解できません。両方とも「やる」と言わなければなりません。

とりわけマスコミは、日本語を正しく使うよう努力すべきですが、現在のマスコミ各社にそのような使命感がないのは、私が指摘するまでもありません。

かつては、話し方の模範であったNHKのアナウンサーの言葉使いの乱れようは、このご質問のきっかけとなったように、目を覆うばかりです。

さらに、東京(関東)方言を標準日本語と勘違いしている放送局や新聞社が多くて、苛立ちを感じます。一番の例が、「落とす」を「落っことす」、「落ちる」を「落っこちる」と言ったり、「分かりにくい」を「分かりづらい」と言ったりします。そして、こうした方言を、何のためらいもなく全国に放送し、全国紙に書いているのですから、マスコミ自体が、日本語の崩壊の先導役をしているようなものです。

NHKも含めて、テレビに出演している不良芸能人の日本語(と思われる言語)などは、もう聞く気にもなりません。ただ腹立たしいだけです。

最も気がかりなのは、こうした「誤用」の「常用化」です。

つまり、間違った表現なのに、あまりに多くの無神経な人種がその表現を使うことで、やがて一般化してしまうのです。例えば、否定のことば(「ない」など)を伴わずに「全然」ということばを使う人が、若年層だけでなく老人にも多く見受けられるのには驚いています。「全然平気です」などと言うのを聞くと、いきどおりを通り越して、殴り殺してやりたいほどです。

この回答への補足

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補足日時:2001/08/29 15:10
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この回答へのお礼

 ありがとうございます。
おっしゃるとおり、他人との会話では「やる」が正しい言い方ですが、#4 cotton100さん、#5 minatouriさん、#6 kerorineさんの言われる、家庭内で、愛犬、愛猫、愛兎(?)に向かっては「あげる」が飼い主にとっては妥当な言い方かと考えます。
  
 閑話休題。「全然」は私も気になりますが、私の一番の気掛かりは今流行の「~的」です。
 テレビの街頭インタビューに若い女性が答えて「私的には、独身じゃないですか」!
 「私は独身です」と言えず、また初めて会った人に「独身じゃないですか」と念をおされても、そんな事は初めて聞いたことですから分かるわけが無いし、何たる言い方かと思いました。そういえばゴルフの中継で、評論家がドライバーのショットを評して「距離的に距離が出ましたねー」と言ったのには腰を抜かしました。

お礼日時:2001/08/26 14:07

 芥川竜之介は大正時代の終わりに、「とても」という言葉は本来否定を伴うはずなのに最近では肯定の意味で使われるようになってきた、と指摘しています。

また、柳田國男は「とても寒い」という言い方に驚いたという記録もあります。さらに「全然」を肯定に使う用法は

・芥川竜之介
・森鴎外
・夏目漱石
・志賀直哉
・石川啄木

らの作品中に見られます。これを殴り殺されちゃあ、あんまりです。

 何が言いたいのかといえば、言語というものはその時代の事象を表現する道具ですから、時代によって変化するのは仕方がない、というか変化を押さえつけるのは不自然なんじゃないですかね。

 さらに我々は、自分が育った時代や地域を絶対的な標準だとみなしがちです。私なんか東京の人間ですから、野球中継で「[ど真ん中]に[放る]」なんて聞いたら「全国放送で関西弁を使うのはケシカラ~ン」と思います(大げさ)。「全然+肯定」については、たしかに内心では抵抗ありますが鴎外や漱石を差し置いてこちらこそ正しいと言い張る度胸はないですね。いや~、どちらが「正しい」んでしょうねえ。

 とか言いつつ、最近ちょっと気になるのが「すごい」を副詞的に使うひとびと。「すごい大きい」「すごい驚いた」とか。でもこれも遠からぬうちに標準日本語になるのでしょう。

この回答への補足

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補足日時:2001/08/29 15:13
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この回答へのお礼

 「全然」を彼の文豪、歌人が肯定に使っていたとは知りませんでした。否定に使われるべきものとばかり思っておりました。
  また#7 kimgwaさんが新潟では「やる」が「差し上げる」意味であるとのこと。
  更に#8 001さんが国立国語研究所で、「言葉は生き物云々」と言われたことなど、言葉は少しずつ変わっていって当たり前なのでしょう。
 
 私の嫌いな「~的」もNHKのニュースで「将来的には~」と言っているのでNHKに電話し、何故「将来は~」ではないのか、そのうち「現在は~」「過去には~」ではなく「現在的には~」「過去的には~」と言うのかと正したところ、なんとか委員会に諮ります、といっておりましたが相変わらず使用されているところをみると、これこそ市民権を得てしまったようです。  
  
 そういえば、昔、Have you ~?と習ったのに、今はDo you have~? だし、I'm glad to see you. が、Nice to meet you! だし、何語に限らず時代とともに変化して行くのでしょう。

 ながなが失礼致しました。いろいろ気になったもので。

お礼日時:2001/08/26 14:39

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