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三遠南信地方という地域があります。
東三河、遠州、南信州を合わせた地域名だそうです。
この山地域の中心都市である豊橋市、浜松市、そして飯田市はお互い交流が盛んなのでしょうか?

先日初めて豊橋から飯田に下道で行きましたが、けっこう遠かったので疑問に思いました。
豊橋↔️浜松間はけっこう交流あるみたいですが。

A 回答 (6件)

豊橋から飯田へは国道151号線で行かれたと思いますが、ところどころ1車線しか無い狭い道になる、当然ながら交通量少ないです。



浜松から飯田へは、国道152号線と天竜川沿いの長野・愛知・静岡県道1号線がつないでいますが。国道152号線は県境の青崩峠がいまだ通じておらず、代わりに隣の兵越峠を経由する、しばらく前まで林道扱いだった細い市道で結ばれているのみです。県道1号もひどく狭く曲がりくねった走りにくい道です。どちらも交通量は国道151号線よりさらに少ない。

というわけで、今のところ東三河・遠州から南信への、生活レベルでの往来はほとんどなさそうに思います。観光で行くことはあるでしょうが、たとえば飯田市の人がお買い物のために浜松まで出るみたいなのは非常に考えにくいです。

今のところ両地域間を移動するとしたら、「酷道」好きな変わり者以外は、岐阜県回りの中央道か、西三河と南信をつなぐ国道153号線を普通使うだろうと思います。153号は151・152号にくらべずっと立派な道で交通量も断然多いです。

国道151号と152号はそれぞれ別所街道、秋葉街道という昔の街道とほぼ同じルートらしい、かつ天竜川沿いの伊那谷と遠州には「〜ずら」「〜だに」と共通な言い回しがある、なので歴史的にはそれなりに交流あったのでしょうが。

いま、三遠南信地域の交流行事というのを時々ニュースで見かけるのは、逆に言うとニュースになるくらい非日常だってことです。他の方が挙げている綱引きはともかく、それ以外のは三遠南信道の建設機運を盛り上げていくために自治体がわざわざ企画してやってんだろうと思います。

なお、青崩峠のトンネルについてですが。地質調査したらあまりにぐずぐずだったでルートを変更した、それで峠の南側にある既に完成した長大なトンネルが「放棄」されるという珍事はありましたが。で、比較的安定した地質の場所に現在掘り進めています。調査坑は既に貫通して本坑を掘削中、あと数年で完成するものと思います。
https://www.shinmai.co.jp/feature/bookweb/chizuk …
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この回答へのお礼

ありがとうございました!皆様のご回答が大変わかりやすく、ベストアンサーに大変悩みましたが、特に詳しく書いていただいたsanadaba様を選ばせていただきました。
色々調べてみましたが、確かに三遠南信間の一番早い交通手段が岐阜県周りの中央道でした。あんなに遠回りなのに一番早いということが、どれだけその間が交通状況が良くないかを感じました。国道151号も通りましたけれど、今でこそ片側1車線となっていても、カーブも多く、一昔前はかなりの狭い道だったそうですね。

お礼日時:2022/03/25 18:20

南信州地域の言葉は静岡に近いですよね・・・「何々ら」とか。


現在の交通網で考えるとつながりが薄いように見えますが、他の方の言うように、かつては天竜川を通じた交流は、当然あったと思います。

余談ですが、長野静岡県境の、兵越峠(青崩峠のすぐ東)では、毎年、峠の国盗り綱引き合戦をやっています。綱引きで勝った方が、相手側に自分の県の領土を1m拡げる事が出来る、というイベントです・・もちろん正式の県境は不動ですが。
この綱引き合戦は、長野県側は飯田市、静岡県側は浜松市が参加し、豊田市(だったかな?)が行司役となっています。
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この回答へのお礼

ありがとうございました!

「ダニズラ」という呼び方を聞きましたが、この辺りの地域に共通する語尾らしいですね。今ではダムができてしまいましたが、その昔はこの川を流れたり、さかのぼったりして人々は交流していたのでしょうね。

国盗り綱引き、聞いたことがあります!浜松市と飯田市の参加ということは知っていましたが、愛知県の市が行司役なのは初耳で、勉強になりました。

お礼日時:2022/03/25 18:22

遠州と伊那を結ぶ(二俣と中部天竜)予定だった佐久間線の計画が取りやめになりましたからね。

浜松から伊那方面は水運の時代は結びつきがありましたが今は活発ではありません。
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この回答へのお礼

ありがとうございました!佐久間線、浜松から飯田線に接続する予定だった線路でしょうか。もし実現していたら、きっと秋葉ダムなどの近くを通る景色のいい路線だったのでしょうね。高速が主体になってしまうとどうしても過疎化してしまう場所だったのですね。

お礼日時:2022/03/25 18:24

昔は天竜川を使った交通でつながっていたので交流はあったようですね。


ただ三河は北部に限られているのではないかと思います。
飯田⇔豊橋はJR飯田線でつながっていますがそれほどの交流はないのでは。
北三河⇔豊橋もどちらかというと名古屋への経由地なのでは。
北三河-豊田あたりの方が指向としては強い気がする。
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この回答へのお礼

ありがとうございます!
飯田線と一言に言っても、全部の沿線というよりは、その中の地域間の交流が強いのでしょうか。
確かに、同じ愛知県の東三河内でも、豊橋から北設楽郡は想像以上に遠かったです。

お礼日時:2022/03/25 18:26

「三遠南信の会」という歴史や民俗(文化)の愛好者の交流会がありました。

いまでも続いているのかは知りません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます!そんな会があったのですね。初めて知りました。
三遠南信しんきんサミットみたいな名前のものを聞きましたが、もしかしたら後継的な会かもしれませんね。

お礼日時:2022/03/25 18:27

三遠南信道と言うバイパスが出来て交流が盛んになるはずだったのに


途中の青崩峠が想像以上に工事の難所で、
まだ道路が実用になっていないんです。恐らくこのままでしょうね。
浜松から飯田へはそれほどでもないんですが
飯田から浜松へは期待が大きかっただけに残念です。
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この回答へのお礼

浜松いなさジャンクションから伸びている道路ですね。一度走りましたが、
鳳来山インターでR151に無理やり降ろされた後はよくわからず、そのまま飯田までこの国道を走って結局時間がかかりました。
後で地図を見ると、佐久間、水窪から先がおっしゃる難工事区間のようですね。飯田浜松は合併で”隣の自治体”になったそうですが、かなり遠いお隣さんですね。

お礼日時:2022/03/25 18:30

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